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官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotA〜美陽編〜・シーズン4
居心地の悪い夢
視線を感じる。誰かがじっと自分を見つめている。
妙な居心地の悪さを感じる。
(どうしてそんなに私を見るの……?)
そう疑問を覚えた瞬間、美陽は目を覚ました。
目の前には隆弘の顔。のアップ。
「ふ、副編集長!」
思わず後ずさろうとして後部座席に頭を勢いよくぶつけ、自分は新幹線で京都に向かっていたのだと思い出す。
隣で隆弘に作業をさせながら一人だけぬけぬけと寝られるわけがない、そう思っていたのに疲れのほうが勝っていたようで、いつの間にか眠っていたようだ。
隆弘はさっき顔に掛けたハンカチを手に、呆れたような表情をしていた。
「お前、意外と図太い神経してるな」
「なっ!?」
「何度か呼びかけたけど、全然起きなかったぞ」
「えっ?」
まったく気づかなかった。よほど疲れていたのだろう。
「このまま起きなかったら、キスでもしてやろうかと思った」
「え、えぇぇっ!?」
美陽は今度は後ずさるというよりはのけぞって、先ほどよりもさらに勢いよく後部座席に頭をぶつけた。
「そこまで露骨に嫌がるな。冗談だ」
「い、嫌とか……」
嫌とかじゃなくて、と言いかけて、言葉を飲みこむ。
――嫌なのか嫌じゃないのか、自分でもよくわからない。隆弘には失望したはずなのだ。
「まぁ、いい。ほら、資料できたぞ。コンビニのコピー機のプリントサービスで印刷して、先方に渡そう」
隆弘はPCを美陽の前のテーブルに置いた。
(すごい……)
その内容を見て、美陽は息を飲んだ。完璧としかいいようのない資料だった。ただ雑誌の理念を述べるだけでなく、雑誌の理念と料亭の魅力がいかにリンクしているかに的が絞られている。
雑誌に掲載されることがいかに料亭のメリットになるかで止まっていた即物的ともいえる自分の企画書を、美陽は何だか安っぽいものに感じた。
ぽん、と頭に重みのある柔らかなものが載った感触があった。
隆弘の手だ。
褒め言葉
「あそこまでよく書いたな。ちょっと見直した。お前、俺が思ったよりしっかりしているんだな」
「え?」
思いも寄らない褒め言葉に、美陽はまじまじと隆弘を見つめてしまう。
隆弘に褒められたのは初めてだ。こんなにはっきりと、わかりやすく褒めてくれる人だったのか。
が、その感動は次の一言で一瞬にして消えた。
「やっぱりお前を下僕にして正解だった」
「ちょっ……下僕とか、もうホントやめて下さい!」
「ははっ、そうムキになるなよ。下僕なんて言ったのはお前を俺の部下に置いておきたかったからだ。できれば俺直属の。まぁ人数の少ないこの編集部では限界があるが」
「……副編集長のお気持ちはわかりました。けど、他に言い方はないんですか?」
そうこうしているうちに、新幹線は京都に到着した。 二人は駅を出てすぐに資料を印刷すると、タクシーで料亭に向かった。夕方前ではあったが、急がないと夜の営業に向けて準備が始まってしまう。
料亭は街の中心街からはだいぶ離れたところにあり、タクシーでも三十分ほどかかった。 女将に会って直談判するのが目的だったが、試練はその前から始まった。従業員が門前払いを食らわせようとしてきたのだ。
「あのっ、せめてこれ……」
帰って下さいとばかり繰り返す地味な着物姿の女性に、美陽は持っていた包みを差し出そうとした。土産の菓子だ。こういうことを手ぶらで頼みに来るわけにはいかないから、東京駅で買ってきた。
しかしなぜかそれを隆弘が止めた。黙って見ていろ、と目で合図される。
最後の難関
隆弘はみずからが持ってきた土産と名刺を従業員に渡し、
「暁水社の森尾と申します。少しの時間で構いませんので、女将さんとお話をさせていただけないでしょうか」
と、深々と頭を下げた。美陽も何が何だかよくわからないながらも、一歩下がってそれに倣う。
従業員は一旦土産に視線を落とすと、「ちょっと待っておくれやす」と言い残して店の奥に消えていった。
「何を渡したんですか」
「後で教える」
美陽の質問に、隆弘は素っ気なく答える。だが、その姿はなぜかとても頼もしく見えた。
数分後、料亭の座敷で美陽は隆弘と並び、女将と向き合っていた。
しどろもどろになりがちな美陽を下がらせ、隆弘は新幹線の中で作った資料を見せながら、スマートに、しかし熱意の感じられる交渉を展開した。
一生懸命ではあるが力技ではなく、しかも話の端々に高い教養を感じさせる話しぶりだった。
隆弘が持ってきた土産は、東京で知る人ぞ知るといわれる老舗の和菓子だった。東京駅に向かうのが遅くなるといった理由は、その菓子をわざわざ買いに行ったためだったのだ。
対して美陽の手土産は、駅でも取り扱いがあるほどの有名大衆店の菓子折りだ。
(あれを渡さなくて、本当によかった)
美陽は安堵するとともに、持っていけば有名料亭の女将にも目通りを許されるような和菓子の店を知っている隆弘を素直に尊敬した。下僕扱いは腹立たしいが、それとこれとは話を別にしてもいいだろう。
「貴方のような方がつくっていはる雑誌なら取材を受けても構いませんが、でも、ひとつだけ条件があります」
「何でしょう?」
これが最後の難関になる。そう予想した隆弘と美陽は肩をこわばらせた。
旅館
「うちの味を知らない方に、うちの記事を書かせるわけにはいきまへん。今日はお二人でお食事をしていって下さい」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
隆弘が即答する。
横で美陽は焦った。食事などしていたら新幹線の終電に間に合わなくなってしまう。
今夜には帰らないと、明日からのスケジュールに遅れが出る。
だがここで女将の提案を断るわけにはいかないのも事実だ。
一難去ってまた一難というのは、こういうことを言うのだろう。
「では用意を致しますので、七時頃またお越しいただけますか」
とりあえず二人は、女将に言われるままに料亭を後にした。
「どうするんですか。明日の朝イチからスケジュールが詰まってるのに」
料亭を出てすぐに美陽は尋ねる。
「深夜バスで帰る」
隆弘はあっさり答えた。
「平日だから、予約がとれないことはないだろう」
隆弘は美陽の返事も聞かずスマートフォンを取り出し、その場でまず編集部に報告の電話を入れ、続けて深夜バスの予約を取った。隆弘の言った通り、平日の深夜バスは十分に空席があって、美陽たちは隣同士の席を確保できた。
「あ、雨……?」
歩き始めてほどなくして、空から冷たいものがぽつり、ぽつりと落ちてきた。もともと空は曇っていたが、天気予報など調べることも思いつかず行動してしまった。
繁華街にはアーケードのある通りが多いが、ここは店さえまばらだ。
「どこか喫茶店でも入るか」
隆弘が周囲を見回したが、あたりにそれらしい店はない。それでもコンビニは一軒だけあったので、二人はそこに飛び込んだ。
それぞれビニール傘を一本ずつ手にしたが、隆弘は美陽が傘を買おうとするのを止めた。
「一本でいいだろ。どうせ通り雨だろうし、後でゴミになるだけだ」
コンビニを出ると、二人は一本の傘の下に身を寄せ合った。
雨と相合傘
喫茶店が見つかるまで、十五分ぐらいは歩いただろうか。
「ほら、お前、肩濡れてるぞ。もっとこっち来い」
隆弘はときどき、美陽の肩を抱き寄せて傘の中心部へ……自分のそばへ引き寄せた。
「ただでさえ遅れが出た状態なんだから、風邪なんてひくなよ」
「わ、わかってますよ……あっ」
胸が高鳴っていたせいだろうか。それともまさかの相合傘に恥ずかしくなってうつむいていたせいだろうか。美陽はつまずきかけた。
ふわり、と体が浮いたような感覚。
「アホか、お前は」
隆弘が美陽の腰を力強く抱えていた。
「風邪の前に怪我とか、シャレにならないだろ」
「す、すいません……」
心臓の鼓動が大きく、早くなる。隆弘に気づかれたらどうしよう。
「なぁ」
黙り込んでいる美陽に、隆弘が腰から手を離さないまま話しかけてくる。
「はい?」
「しばらくこのままでいて、いい?」
「……………………!」
どん!と音がしたような気もする。美陽は反射的に隆弘を突き飛ばしていた。
「お前なぁ、冗談だよ」
「い、言っていい冗談とよくない冗談があります!」
「わぁったよ、悪かった、悪かった。ほら、濡れるからこっち来い」
隆弘が手招きをする。美陽は少し迷った末、また隆弘の傘の中に入った。
「か、風邪をひくわけにはいかないから入るんですよ」
「わかったわかった」
隆弘は美陽をもう一度抱き寄せて、雨に濡れないようにする。それ以上は、もう何もしなかった。
「まずは乾杯!」
「お疲れ様でした!」
京都駅のそばにある深夜バスの待合室で、二人は缶ビールをぶつけあった。
料亭での食事を終え、やっと一息つくことができた。料亭でも酒は出してもらえたが、とてもではないが酔えなかった。
待合室は広かったが、客は点々といるばかりだった。二人は缶ビールを買って、そこでごくささやかな打ち上げをすることにした。深夜バスの座席は一席ずつ独立している上、車内は基本的には「眠る場所」とされているので、乗ったら完全に消灯されてしまうし、会話も禁止だという。
「12時出発の便だから……あと1時間だな」
隆弘は腕時計を見て呟き、
「本当、お疲れさま」
美陽にそれまでに比べるとわずかに柔らかみを帯びた声をかけた。
その直後、美陽は椅子からずり落ちそうになる。
「俺、本当にお疲れ様だったよなぁ。資料も手直しして、交渉も成功させて」
「そ、そうですが……」
「お礼してほしいんだよね。……バスの中で」
あらすじ
誰かがじっと見つめているという居心地の悪い夢にうなされ、目を覚ますと美陽の目の前には隆弘の顔があった…。
驚いて身を引き頭をぶつけた美陽をからかう隆弘。
美陽の前には隆弘が作成したと思われるプレゼンの資料が完成していた。