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官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotB〜月乃編〜・シーズン6
きっと穏やかで優しい…
二人の間を沈黙が流れる。考えた末、月乃は答えた。
「えぇ。行きたいです」
微笑を浮かべたつもりだったが、うまく笑えていなかったかもしれない。 いやだったわけではない。緊張してしまっただけだ。 哲也に対しての好意は、この1ヶ月で以前よりも大きくなっている。
「気を使っていらっしゃるのなら、無理なさらなくてもいいんですよ」
哲也は言ったが、その表情はふわりと明るい。やはり嬉しいのだろう。
もう十分、哲也を待たせた。
今までずっと、哲也にばかり勇気を出させてきた。今度は自分が勇気を出さなければいけない番だ。
夜の海といったが、待ち合わせは昼過ぎだった。哲也がまずは水族館に行くのはどうかと提案してきたのだ。 突然夜のドライブというのは月乃も緊張するだろうと気を使ってくれたに違いなかった。
週末の水族館は家族連れで賑わっていた。周囲に笑顔が溢れていて、月乃の緊張も少しずつほぐれていく。 いくつもの水槽を眺めながら歩いていると、哲也の腿あたりに前から何かがどんと勢いよくぶつかった。月乃と哲也が驚いてうつむくと、4、5歳ぐらいとおぼしき小さな女の子だった。
「お父さん!」
女の子は声をあげる。だがすぐに、「あれ?」とでも言いたそうに首を傾げた。
「マナちゃん、お父さんじゃないでしょう!……すみません、娘が」
後から駆けてきた母親がその子の手を取り、月乃たちに何度も頭を下げる。
「いえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
哲也は女の子の頭を軽く撫でた。
「またね」
哲也が手を振ると、女の子も「またねー」と振り返し、母親に連れられて遠ざかっていった。
(お父さん、かぁ)
月乃はふと、想像する。もしも自分が哲也と結婚して、子供が生まれたら。
(飯倉さんはきっと穏やかで優しいお父さんになるんだろうなと。今みたいな)
――結婚。子供。
(私、いきなり何を……)
自分の想像が飛躍していたことに気づいて、月乃はひとりでこっそり顔を赤らめた。
そのうち、空が暗くなってきた。
「そろそろ出ましょうか」
哲也が切り出す。
「とっておきの場所があるんです。吉井さんをそこへ連れていきたいな」
特別な場所
哲也が車を走らせてしばらくすると、あたりにはすっかり夜のとばりが降りた。 哲也は海に面した桟橋に車を停めた。湾になっている周囲の臨海には高層ビルが目立つ。観覧車もあった。 色とりどりのライトがまき散らされた宝石のように光る、絶好の夜景スポットだった。
「きれい」
月乃は呟く。このあたりは昼間は仕事で来たことはあったが、夜は初めてだった。
「よかった、喜んでくれて」
哲也は顔をほころばせる。 もちろん嬉しかったが、しかし月乃は何だか居心地が悪かった。 ここは有名な場所なのか、まわりには二人のほかにも男女の組み合わせで来ている人たちが多い。 皆、カップルのようだ。手をつないでいたり、人目をはばからず抱き合っていたりもする。
(きれいだけど、何だかいづらいな……)
すると哲也は、月乃の心情を察したように口を開いた。
「でも、とっておきの場所というのはここではないんです。ここは有名な場所だから一応、案内しただけ。お見せしたいものは、他にあるんですよ」
哲也に促されて再び車に乗った。車は二十分ほど走った。
二人が着いたところは、先ほどのきらびやかさが嘘のような、ひっそりと静まり返った海岸だった。一見岩で囲まれているように見えたが、そこを抜けたところに砂浜が広がっていたのだ。
あたりに人影はない。岩壁だと思って誰も立ち入らないのだろう。
夜景はずいぶん遠く、海を照らすのは満月の光だけだ。潮騒はさっきよりもずっと大きく聞こえる。
月乃はこちらの海のほうがずっと好きだと感じた。
「少し歩きませんか」
哲也が遠慮がちにそっと月乃の指に触れる。月乃はその手を握った。
二人は海岸を歩きだす。
「ここがとっておきの場所です。昔、このあたりに住んでいたときに偶然見つけました。僕だけの特別な場所を、吉井さんに見せたかった」
ここは哲也にとって心を落ちつけられる場所なのか、動作が普段よりもさらに柔らく、そして無邪気なようにも見える。それまでの頼りがいのある哲也とのギャップに、月乃の胸は甘ずっぱく疼いた。
(このままずっとこうして歩いていたいな。飯倉さん……うぅん、哲也さんと)
月乃は哲也の手を、少しだけ強く握った。
僕はこれからもずっと…
海岸はそれほど広くなかった。一度、岩に阻まれた向こう側まで行って、出発した場所に戻って来るのには、ゆっくり歩いても1時間とかからなかった。
「月乃さん、きれいですね」
「えぇ、とても」
名前を呼ばれたことにどきりとしながらも、哲也に同意する。すると哲也は止まって、体ごとこちらに向けた。
「あの、風景が、じゃないですよ。僕は月乃さんがきれいだと言いたかったんです」
喉元で息が止まる。
哲也の顔は夜でもそれとわかるぐらい、赤く染まっていた。
「僕はこれからもずっと月乃さんを見ていたい。月乃さんと一緒にいると、とてもほっとできるんです」
ざぁっと波が打ち寄せ、引いていく音が耳の奥まで響き渡る。 時間が止まっていないのが不思議に感じられた。
「私も……」
月乃は声を絞り出すようにして、小さな声で呟く。 うぅん、だめだ。もっと、はっきり言わないと。きちんと伝わるように。
「私も、飯倉さん……哲也さんと、一緒にいたいです。お付き合い、したいです」
哲也の目が一瞬、大きく見開かれた。 その驚きはすぐに、月乃にもわかる、とろけるような喜びとなって哲也の表情に広がっていった。
「月乃さん。キスして……いいですか?」
つながれた指先から哲也の迷いと、月乃を求める心とが一緒になって伝わってくる。
「……はい」
月乃は答える。もうためらわなかった。
哲也の両手が月乃の頬を包む。恥ずかしくてうつむきそうになる月乃の顔が、優しく上げられる。
その唇に、哲也の唇が重なった。
帰りの車の中で、二人は何も喋らなかった。ただときどき、手をつないだ。
信号が赤になるタイミングを見計らって哲也がそっと差し出す手を、月乃がきゅっと掴む。
月乃にはそれだけで十分だった。今は無理に会話をするよりも、この満たされた空気を感じていたい。
やがて車は月乃のマンションの前に着いた。
「また連絡します」
「私も」
晴れて彼氏と彼女の関係になったが、まだ敬語が抜けきらない。だが、そのほうがよかった。いきなり急接近されたら、きっとまた心を閉ざしてしまっていただろう。
「……もう一度、キスしていいですか」
哲也の微笑に、月乃も微笑で答える。二人の唇がもう一度触れ合う。
その感触に、月乃は切なくなった。いや、今、突然感じたことではない。帰り道、ずっと思っていた。
もう少しだけ、哲也と一緒にいたい――。
迷っている時間はない。月乃は心を決めた。
何もしませんから……ただ…
「哲也さん……よかったら家でお茶、飲んでいきませんか」
口に出してすぐ、はっとする。心を許したからといって、体まですぐに許すような女だと勘違いされたくないし、実際自分にそんな真似はできない。 ちゃんと、先に伝えておかなければ。
「でも、まだ、あの……いきなりは……」
そのこと自体を言葉にはできなかったが、哲也はすぐにわかったようだ。照れを隠しきれない様子で返される。
「大丈夫ですよ。僕も月乃さんと同じで、付き合ったからすぐに……なんて器用なことはできないタイプです」
マンションの近くの駐車場に車を停め、二人は月乃の部屋に入った。 月乃はハーブティを二人分用意して、片方を哲也に出した。 二人は向かい合って座った。月乃はクラシックのピアノ曲を流した。ゆったりとした、バッハの長調の曲だ。
どきどきする。何かが起こりそうで起こらない時間が流れていく。
「月乃さん」
「はっ、はいっ!」
呼びかけられて、月乃はびくりと肩を震わせた。
「その……何もしませんから……ただ、
抱きしめていいですか」
「抱き……」
ほんの少し、不安になる。だが、哲也の言うことが信用に値するものだということは、彼が纏う緊張からわかった。
「……はい」
月乃がうなずくと、哲也は月乃の横に移動し、その体を両腕で包み込んだ。
(あたたかい……)
その胸に月乃も体重を預けた。会社で倒れた日や、酔って介抱してもらった日のことが浮かぶ。
「僕はずっと、こうしたかった」
「私も……」
どのぐらいそうしていただろう。
「そろそろ、帰ります」
哲也は月乃の体をそっと放した。
月乃にも異存はない。これ以上こうしていたら、あとはもう、することはひとつだけという気がした。そこに至るにはまだ早い。
マンションの玄関まで送っていくと、哲也は言った。
「今日は本当に嬉しかったです」
二人はあたりに誰もいないことを確認して、もう一度キスを交わした。
「いつも」を壊すもの
月乃は決心した。竜英の英語のレッスンはもう終わりにしよう。彼氏ができた今、自分に気があるとわかっている男性を、レッスンだからといってもそばに近づけるのはよくないことだ。
月乃は次のレッスンで、哲也と付き合うようになったことから始め、きちんと理由を説明した。 竜英は食い下がったが、月乃の気持ちは動かなかった。
「最初はどうなることかと心配したけど、最近の上達ぶりには正直驚いていたわ。この調子で勉強すれば大丈夫だから」
月乃の気持ちが変わらない以上、竜英にはどうすることもできなかった。 最後のレッスンが終わると、二人は駅まで一緒に歩いた。
「今までありがとうございました」
竜英が深くお辞儀をする。あまりにもきちんとした所作に、周囲の人が何ごとかとこちらに目を向ける。
「こちらの都合でごめんなさい。今のペースを崩さないでがんばってね」
無責任だとは思うが、そのぐらいしか掛けられる言葉がない。心が痛む。だが何かを選ぶということは、何かを切り捨てるということだ。
「吉井さん」
改札を抜けようとする月乃に、竜英が後ろから思いつめたような声を掛けてくる。
「俺、いつでも隣は空けておきますから……その、何かあったら……」
「ありがとう」
竜英に全部言わせてはいけない気がした。月乃は無理してつくった微笑みを返し、ホームに向かって歩いた。
月乃は哲也に、竜英との英会話のレッスンをやめたことを伝えた。哲也はあからさまではなかったが、ほっとしたように見えた。
そのまま何ごともなく数週間が過ぎた。 哲也とは何度もデートをした。家も行き来した。 だが、まだ一線は超えていない。いつも「もしかしたら、今回は」と「覚悟」をするのだが、これというきっかけがなかった。 二人とも奥手なせいだろう。
そんなある日のことだ。月乃は哲也と同じエレベーターに乗り込んだ。 同じフロアだから、哲也とこうやってエレベーターに同乗する機会は多い。二人はそのたびに目と目で思いを確かめ合った。 だが、その日起こったことは、そんな「いつも」を壊すものだった。
営業部のあるフロアで、竜英と鉢合わせしたのだ。 竜英は中に乗っているのが月乃と哲也だけなのにはっとしたようだったが、すぐにのしのしと乗りこんできた。 竜英も哲也も、直接会ったのは一度きりだったが、お互いのことは知っている。
空気が凍りついた。エレベーターはそのまま進んだ。誰も目を合わせようとしない。
チン、と軽やかな音を立てて、途中のフロアでエレベーターが止まった。
「俺、吉井さんのこと、まだあきらめきれてないです」
竜英はそう言い残して、ひとり、出ていった。
エレベーターの中にはまた、哲也と月乃が二人で残された。
突然、哲也が月乃を抱き寄せた。これまでになく強引な態度に、月乃はぞくっとする。 哲也は月乃の耳元に息を吹きかけるように囁いた。
「今夜、家に来ませんか?」
あらすじ
哲也と竜英の同時告白から一ヶ月がたった。
月乃は哲也から夜の海にドライブに誘われ、決心して行くことにした。告白の返事はまだしていないが、この旅で哲也と後戻りはできない関係になるだろうと覚悟してのことだった…