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彬(あきら)との約束の時間まで、まだ、25分あった。
奈々枝は待ち合わせ場所の、ホテルのロビー正面の磨きこまれた、
ウィンドウに映る自分の姿を確認する。
(……ジョーゼットのワンピースにハイヒールなんて久しぶりだわ)
普段は、ジーンズにシャツ、その上に丈夫な帆布のエプロンをかけ、 足元はスニーカーで立ち働く奈々枝なのだ。
そこに、 「奈々枝!」
聞きまちがえるはずのない恋人の声。 奈々枝のおとなしやかな顔立ちから、自然な笑みが溢れ出た。
「本当に久しぶりね。メールは毎日してたけど」
「うん、ずっと会いたかった。まず、食事に行こうか。それから――」
奈々枝は、父の代から受け継いだ花屋で働いている。 定休日は一応、第二木曜日だが、クリスマスやバレンタインディといった、 イベントディに休みはない。
父親は奈々枝が高校生の時、急死した。 しかし、もともと花が大好きだった奈々枝は、 高校卒業後にフラワーコーディネーターの資格を取り、店を切り盛り、 現在に至っている。 不満があるとすれば、恋人と人並みなデートができないことだろう。
同じ町内に育ったひとつ年下の38歳の彬は、外資系の商社マンで、 昨年、本社に栄転した後は、月の半分は海外出張するような身上なのだ。
彼女とは、一年以上ゆっくり過ごしていない――
会えないことを奈々枝以上に不満に思っていた彬は、 大きな商談をまとめた後、奈々枝の休みにあわせて有給をもぎ取った。 そして、ようやく今夜、二人は、ほぼ一年ぶりのゆったりとした時間を 共有できることにこぎつけたのだ。
レストランのコース料理を堪能した後、彬は部屋を取ってあると、 奈々枝に言った。
「奈々枝に会いたかった。抱きたかったよ」
ドアを閉めたとたん彬は奈々枝をきつく抱きしめ、
奈々枝も彬の背中に手を廻し、うなずいた。
その時、奈々枝の手から持っていたブーケがこぼれ落ちた。
「なんだい? 可愛いブーケだね」
「このお花、知ってる?」
彬が拾い上げたブーケは、赤いハート型の小さなものだった。
「なんだろう? 観葉植物みたいだけど」
「近いわ。アンスリウムっていうの。
カラーとか、わかりやすくたとえればサトイモの仲間よ。
この赤いハートは花じゃなくて、苞(ほう)なの。
……ねぇ、彬、この花の、花言葉、知ってる?」
「いや、そういうのは、奈々枝の得意分野だろう?」
奈々枝は、顔を伏せて言葉をつむいだ。自分に正直になることが、 それを言葉にすることが、気恥ずかしかったのだ。
「……あのね、花言葉は……煩悩、とか、恋にもだえる心……っていうの。 彬にずっと会いたかった……私が作ったのよ。私の気持ち……」
彬はその言葉を聞いて、奈々枝を抱き上げてベッドに降ろした。
「奈々枝、明日は定休日だったよね?」
「ええ……」
「だったら、今夜は朝まで寝かさないかもしれない」
せめてシャワーを浴びたいという奈々枝の希望は、 強引な彬によって却下された。部屋のライトも煌々と明るい。 奈々枝が拗ねた様子を見せると、
「恥ずかしいのなら、ちょっとサービスしてあげる。 うつぶせになってごらん?いいものを持ってきてるんだ。 肩と背中をマッサージしてあげる」
奈々枝は恋人の大きな手のひらに身体を任せて、 うっとりと目をつぶった。
-------------------------------続く----------------------------
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