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官能小説 Sweet of edge 小都音と倉前編「ある恋の話」
駆け引きの夜
栗皮色のテーブルに頬杖をつきながら、小都音はほろ酔いの倉前を見据えていた。暖かみのある灯りが倉前をぼんやりと照らし、赤く染まった彼の頬がより一層赤く見えていた。
「はぁ……」
物思いに耽る倉前は、目の前にいる小都音のことが見えていないかのように溜め息をつく。
「倉前くんって、そんなに春のことが好きだったの?」
小都音は見兼ねて問いかけた。
「それはものすごく……」
躊躇なく答えた倉前の言葉が小都音の胸に突き刺さる。
わかってはいる。倉前は春のことが好きだ。それをわかっていて、小都音は倉前に近付いた。春が内館と付き合うことになったり、派遣の更新をしなかったりしたことで、春と倉前はあっという間に接点がなくなった。そして、小都音はそんな倉前の弱みに付け込んで、倉前と仕事終わりに飲みに行くほどの仲になった。 今日だって、こうして瀬戸内海の魚をメインにした料理に定評がある居酒屋の個室で、二人は仕事帰りに飲んでいる。
けれど、現実はそんなに甘くはなかった。倉前は会えない春のことを想い続け、小都音の方を向く気配が全くないのだ。
どうしたものか……。小都音は浮かない顔をしている倉前を前に思考を巡らせる。倉前のことが好きだし、早く付き合いたい。出来ることなら、今すぐベッドインしてもいい。しかし、だ。
倉前は春のことを引き摺って、傷心した状態から立ち直りそうには見えなかった。
「玖波さんが派遣として来てからずっとですよ。ずーっと、好きだったんです。ああ、もっと早く行動しておけば良かったなぁ……」
倉前は気の抜けたビールを一気に飲み干す。その姿は情けなくて、小都音はどうしてこんな人を好きになったんだろう、と思ってしまう。その反面、こういう人だから好きになったのかな、とも思えてしまう。とどのつまり、放っておけないのだ。
「もしかして、一目惚れだったの?」
小都音は恐る恐る訊いてみた。
一目惚れだと答えられれば、この勝負は長引くことが確定するだろう。恋において、一目惚れに勝るものはない。
「はい。あれはまさしく、一目惚れでした」
小都音の目の前は一瞬で真っ暗になった。これは一筋縄ではいかないぞ……、と暗澹(あんたん)とする。恋愛において、なんの理由もいらない一目惚れは無敵だ。優しいところが好きだと言われれば、優しさを感じさせる努力が出来る。料理が出来るところが好きだと言われれば、料理を頑張ればいい。
けれど、一目惚れは太刀打ちのしようがない。まさしく、“恋に落ちた”と言わしめるにふさわしいきっかけが、一目惚れなのだ。
「春の顔が好きなの?」
小都音は意を決して訊いてみた。強い酒が欲しい。小都音は呼び出しブザーを押しながらも、倉前から視線を離さない。
「そうですねぇ……。顔も好きですけど、雰囲気とか佇まいとかも好みで……」
やっぱり、強めの酒が欲しい。小都音は注文を取りに来た店員に冷酒を頼み、倉前はビールを頼んだ。 しばらくして、注文した冷酒とビールが運ばれてくると、二人は今日何度目かの乾杯をした。
春と小都音は顔立ちも雰囲気も佇まいも、そのどれもが全くかぶらない。身長は似たり寄ったりだったが、持って生まれた性質は大きく異なっていた。
「小都音さんは、一目惚れとかしたことあるんですか?」
倉前に訊かれて、小都音は口ごもった。しいて言うならば、倉前が一目惚れの相手だった。でも、今ここで一目惚れしたことがあると言えば、どんな相手だったのかと訊かれるだろう。
今、小都音は自分が倉前を好きだということを知られるのだけは避けたかった。好きになった相手をガンガン攻めるだけの強さも積極性も持ち合わせてはいるものの、最後の一言だけは男に言わせたい。
そのためには、倉前に自分をまず恋愛対象として見てもらう必要があり、更には好意を持ってもらう必要がある。そして、告白しても大丈夫だと思わせなければならない。
男は女が思っているよりずっと臆病だ。告白しても傷つかないと提示するのは、いわば告白をしてもらう為に重要なお膳立てだ。
実際、倉前は傷つくことが怖くて、なかなか春にアプローチが出来なかったのだろう。倉前が臆病だったからこそ、小都音は倉前と付き合えるチャンスに手が届きそうになっている。だから、臆病であることは悪いことではない。
「その様子だといるんですね?」
倉前は小都音の顔を覗き込むように自分の顔を近付けた。
「いないわよ。そんな運命みたいな恋はしたことないわ」
「そうなんですか? ああ、でも、小都音さんなら一目惚れするよりされる方っぽいですもんね」
「一目惚れされる方?」
倉前の言葉に小都音は眉根を寄せる。
「だって、小都音さんって美人だから」
屈託なく言う倉前に小都音は柄にもなく、自分の顔が赤くなっていくのを感じていた。
「そんなことないよ。別に美人なんかじゃない」
二重に否定した。
好きな人から急に褒められるのは、いくつになっても慣れないものだ。
心の中には
今日も小都音は仕事帰りに倉前と飲んでいた。倉前は落ち着いていて、食事とお酒の美味しいお店をたくさん知っている。心の中には
「そう言えば、この間、告白されたんですよね」
「えっ」
突然の告白に小都音の心臓はきゅっと締め付けられた。こういった告白は前置きがほしい。心の準備がなければ、すぐさま受け止めきれる自信がなかった。
「誰に告白されたの……?」
最近の小都音は、倉前に恐る恐る質問してばかりだ。倉前が誰に告白されたのか、その告白を受けるのか、聞きたいことは山ほどある。小都音は不安になりながら、倉前の言葉を待った。
「大学時代のサークルの後輩なんですけど……。この間、久々にサークルのみんなで飲んだんです。その帰りに告白されて」
「久々に会ったのに?」
「僕も驚いたんですけど、大学時代からずっと好きだったって……」
小都音には考えられないことだった。
大学時代からということは、少なくとも三年以上、片想いをしていることになる。自分が倉前の立場だったら、そんな一途な想いに心が動いてしまうかしもれない、と小都音は思う。まして、傷心の身なら尚更だ。
「どうするの?」
「うーん……。答えはすぐにはいらないって。考えてほしいって言われちゃったんですよね」
倉前は少し悩んでいるように見えた。
「それより、小都音さんはどうなんですか?」
「何が?」
「恋愛ですよ。好きな人とかいないんですか?」
どうして、こうも倉前は鈍いのだろう。好きな人に好きな人を訊かれることほど、切ないことはない。
好きな人を訊く場合、好意を持っている相手に好きな人がいるか探りを入れたくて訊くこともあるだろう。しかし、倉前が春のことを好きだということを考えれば、話題の一つとしてただ訊いただけに過ぎないことは明らかだった。それは倉前にとって、小都音が恋愛対象に入っていないことを意味する。
倉前のことが好きだ。今すぐ付き合いたいくらい好きだ。でも、倉前の恋愛対象にすら入っていない。
小都音は泣きたくなった。
久しぶりにした恋は一筋縄ではいかない。そんなこと、好きな人がいる人を好きになった時からわかっていた。それでも、この人が欲しいと思った。とんでもない独占欲だ。
だけど、その気持ちに素直でいたい。繕うでもなく、諦めるのでもなく、ただ純粋に目の前にいる彼と向かい合いたい。そして、自分を好きになってもらいたい。
倉前が失恋から立ち直るまで長期戦でいこうと思っていたが、これは勝負に出ないといけないかもしれない。 小都音は静かに決意していた。
小都音はいつものように倉前の前に座り、頬杖をつきながら彼を見つめる。倉前がテーブルに視線を落とす度、長い睫毛が彼の頬に影を落とした。
可愛い顔してるなぁ……。ついつい小都音は倉前に見惚れてしまう。
年下の男の子が好きだというわけではない。可愛い顔の男が好みだというわけでもない。たまたま、好きになった相手が年下の可愛い男の子だっただけだ。
きっと、傍から見たら、年上の肉食系女子がハイエナのごとく、小動物のような年下男子を狙っているように見えるのだろうことも小都音は自覚している。けれど、体裁など構っていられない。欲しいものは欲しいのだ。
「どうかしました?」
倉前は小都音の視線に気が付いたらしい。
「ううん。何でもない」
小都音は答えながら、この間のサークルの後輩の女の子のことを聞きたくて仕方がなかった。
しかし、倉前は他愛ないことを楽しそうに話している。このままでは埒が明かない。小都音は出来る限り平静を装って、口を開いた。
「そう言えばさ、この間言ってた女の子とはどうなったの?」
「特に何も……」
倉前の言葉に小都音は胸を撫で下ろした。自分でも意外なほどに緊張していたらしい。
「まだ考えてる感じ?」
「んー、そうですね」
「付き合うの……?」
小都音は速まる心臓の音と急激に上がっていく体温を悟られないように、淡々とした調子で訊く。
「別に好きなわけじゃないんですよね」
「でも、付き合ったら、好きになるかもよ?」
「そうかもしれませんけど、それって不誠実じゃありません?いたずらにその人に期待させるのも嫌ですし、人生の無駄遣いをさせたくもありませんし」
いつになく、倉前は真剣な眼差しで言う。
「人生の無駄遣い、か……」
小都音はぽつりとつぶやいて、グラスに手を伸ばした。
小都音は倉前のこういうところが好きだな、と思う。でも、相手の人生を無駄使いさせたくないという言葉は、小都音が告白した場合にも間違いなく返ってくる言葉だ。
「女性の場合、子どもを産みたいと思ったら、タイムリミットがあるわけですし。付き合っても、結局、あんまり好きになれなくて結婚出来なかったら、彼女が結婚する相手の為に使えた時間を僕が奪ってしまうことになるでしょう? だから、中途半端な気持ちで付き合うのは違うんじゃないかなって」
「ってことは、倉前くんは次に付き合う人と結婚するつもりでいるってこと?」
「まぁ、一応……。相手に断られなければですけど。ちゃんと真面目にお付き合いはしたいと思ってます」
意外だった。若い男の子が結婚についてこんなに真剣に考えているなんて思いもしなかった。それと同時に、相手の人生の時間について考えられるところをいいな、とも思う。これではますます倉前にハマってしまう。小都音は焦る気持ちを落ち着けようと酒を煽った。
「小都音さん、最近ちょっと飲み過ぎじゃないですか?」
倉前が心配そうに小都音を見る。
「そう?」
「そうですよ。この間だって、冷酒を水のように飲んでたし……。飲み過ぎは身体に毒ですよ?」
誰の所為で飲んでると思ってるのよ、と口から出そうになったのを小都音はぐっと堪えた。
「ねぇ、次に付き合う人と結婚を前提にってことは、もう春のことは吹っ切れたの?」
「いえ、まだ僕、玖波さんのことは引き摺ってます……」
やっぱりな、と小都音は臍(そぼ)をかむ。打撃を受けることはわかっているのだから、訊かなければ良かった。
「好きなだけ引き摺ればいいじゃない。まだ、倉前くん若いんだし」
「小都音さんだって、若いでしょ?」
「もういい年よ? 結婚ラッシュが来て、出産ラッシュも来て……。中には離婚して再婚した子もいるんだよ。私がまだ一度も結婚してないうちに」
「酔ってますね? 小都音さん」
「そうかも」と答えて小都音はなんだか少し空しくなった。
策略と一途な想い
数日後、倉前から飲みに行こうと誘われた。いつもは自分から誘ってばかりだった小都音は、倉前からの誘いに浮かれずにはいられなかった。しかし、そんな気持ちはいきなり吹っ飛んだ。
「小都音さんに報告しておきたいことがあって」
嫌な予感がする。
「前に言ってた女の子と付き合うことにしたんです」
「えっ……」
少し照れたように俯く倉前に、小都音は言葉を失った。
じわじわと距離を詰めていると思っていたし、春のことを引き摺っているからとどこかで安心している気持ちもあった。けれど、ただ距離を詰めていた小都音と、告白という行動を取った後輩の女の子には明らかな違いがあった。
それは倉前に自分の気持ちがストレートに届くかどうかだ。今さら後悔をしたって仕方がない。倉前は小都音を選ばなかった。それが現実だった。
小都音は倉前になんて言葉をかけようか迷っていた。“おめでとう”なのか、“良かったね”なのかはわからない。ただそういった類の言葉を口にしなければならないことだけはわかっていた。
泣きそうになるのを我慢しながら、小都音が口を開きかけた瞬間、倉前が白い歯を見せて笑った。
「……なんて嘘です」
「え?」
倉前の言っていることが理解出来ずに、小都音は間抜けな声を出す。
「ちゃんと断ってきました」
「何を?」
「後輩からの告白をですよ」
「でも、付き合うことにしたんでしょ?」
「だから、それが嘘なんですってば」
そう言って倉前は笑う。その笑顔には悪気など微塵も見えない。ただ単に少し小都音を驚かせてやろうと思ったのだということが見て取れた。
小都音は安堵と疲労で感情がもつれそうになる。
「小都音さんには話を聞いてもらったんで、今日は報告とご馳走をしようと思って誘ったんですよ」
まだ少し頭が混乱している。
小都音は冷静さを取り戻そうと視線をテーブルに落とし、しばし考えてから口を切った。
「でも、本当に良かったの?」
「はい。何度考えても、好きにはなれないと思ったんで」
「じゃあ、倉前くんはどんな子とだったら付き合うのよ?」
「小都音さんみたいな人だったらいいなぁ」
「もう冗談ばっかりね。今日の倉前くん」
「冗談なんかじゃないですよ?」
「もう嘘ばっかり」
小都音は大きく息を吐くと、グラスに手を伸ばし、ビールを喉に流し込んだ。そんな小都音を倉前は大きな瞳でじっと見据えている。
「何よ……?」
「小都音さん、僕のこと、ちょっと気になってますよね?」
「え……?」
自分の心の中が見透かされているようで、小都音は急に恥ずかしくなった
「さっき、わざとかまかけたんです。小都音さんが僕のことをどう思ってるのか知りたくて」「ちょっと待って。どういうこと?」
「僕が他の女の子と付き合うって言って小都音さんがショックを受けたら、きっと僕に好意を持ってくれているんだろうなってわかるじゃないですか」
「……」
「今までも、恋愛の話を何度も出して、小都音さんの反応を見てたんですけど、いまいち、確証が持てなくて。今回は騙すわけですから気が引けたんですけど、どうしても小都音さんの気持ちが知りたくて」
「どうして、私の気持ちが知りたいのよ?」
「それは、小都音さんのことが好きだからです」
「え……?」
小都音はまたしても倉前の言っている意味が理解出来ずに、今日何度目かの間抜けな声を出していた。
「倉前くん、春のこと引き摺ってるって……」
「随分前に吹っ切れてますよ? 玖波さんのことを引き摺っているとでも言わないと、小都音さんと飲みに行く口実が出来ないから……」
小都音は混乱する頭の中を整理するのに必死だった。
ずっと片思いをしていたと思っていた相手が、自分のことを好きだと言っている。しかも、自分の気持ちはバレていて、それを飄々と告げられた。
ここまで整理して、小都音は倉前を真っ直ぐに見つめた。目の前には穏やかな笑顔を浮かべている倉前がいる。
「小都音さん、僕と付き合ってみませんか?」
笑顔で言う倉前に、小都音は恥ずかしそうに頷いて見せた。
END
あらすじ
春と内館が付き合うことになり、失恋で傷心中の倉前と二人で飲みに行くほどの仲になっていた小都音。
しかし、倉前が一向に失恋から立ち直る気配はなく、小都音のことも恋愛対象にない様子で彼女はヤキモキしていた。
そんな中小都音は倉前から、大学時代の後輩から告白されたと聞いて・・・。