まさかのサプライズ人事に
社内も騒然としていた。
窓際にあったデスクの整理をしている間も、
周りでコソコソと今回の異動について
非難する声が聞こえた。
でも貴子にはそんなものは関係なかった。
やっと自分の持っているものが認められた、
自分の力が発揮できる!と思うと、
どんな辛い言葉も聞き流すことができた。
先日、地下倉庫で出会った男こそが、
例の引き抜かれた新部署の事業部長、金子だった。
貴子の内に秘めた燃えるような目に
可能性を感じ、試したいということで
直々に上司へ話をしにきてくれたらしい。
貴子の人生に一縷の光が
見えてきたのを感じていた。
1週間後、
新プロジェクトのキックオフと共に、
雑用しかしていなかった生活が、
会議や打ち合わせのための外出、
PRのための雑誌社周りなどで慌ただしくなった。
毎日感じるやりがいに、
貴子は生き生きとしていた。
多少の行き詰まりもむしろ楽しく感じ、
仕事のスピード感に爽快感を覚えていた。
そんな貴子の姿に社内の態度も変わり、
称賛の声も挙がり始めた。
「どうだ、最近。楽しそうだな」
ある金曜の夜、上司の金子が
声をかけてきた。
金曜ということもあり、
残業をしているのは貴子と金子だけだった。
貴子はそれすら気がつかず、
必死で仕事をしていた。
「はい、楽しいです!この間の企画書、
あと少しで完成しますので!」
ニコニコとほほ笑みながら
答える貴子に、金子はふっと笑う。
「やっぱり俺が見込んだだけあるな。
根性あるよ。」
「え…?」
「エレベーターが開いて三澄を初めて見たとき、
目の中に、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)って
書いてあった。
炎がくすぶるような、ものすごい目をしてたの、
自分で気づいてた?」
思ってもみない言葉に、驚いた。
が、あの時、確かにそんな気持ちを
抱いていたことを思い出す。
「そうですね…そうかもしれません。
でも金子さんのおかげでこんなに
今やりがいを感じています!ありがとうございます!」
満面の笑みで返す貴子を見て、
金子はまたふっと笑うと、
「しかし腹減ったな。メシまだだろ?
金曜なんだし、そろそろ止めにして一杯飲もうや」
と言った。
金子は頼りがいのある、男らしい上司だが、
垣根を感じにくい人懐こさも兼ね備えていた。
そんな性格のよく表れた
彼の言い方にホッとしたものを感じる。
その夜、貴子は金子と食事をし、
仕事のことやプライベートのことについて
たくさん話したのだった。
そして彼の熱い野望やこの会社に
入ったいきさつなどを聞き、
上司としてだけではなく、
男性としての魅力も感じ始めていた。
金子と飲んだ帰り道。
貴子は携帯を取り出し、
順平の連絡先を表示させた。
もうずるずるした関係はやめよう。
私は順平がいなくてもやっていける。
美紀のような生活をうらやんで、
嫉妬という醜い感情を抱いた自分を恥じた。
私のしたかった生活はこれだったんだ。
そして私は順平のことが好きだったのではない。
順平とのセックスで辛いことを
忘れたいだけだったのだ。
もうあの日々と縁を切ろう。
貴子は「発信」をタップした。
雪の降りそうな、きりっとした風が
吹いていたが、貴子は爽快感を感じていた。
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