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官能小説 本当にあった物語 6話「まだ見ぬ世界のドア」


渦巻くコンプレックス

(これで、忘れてる物はないよね)

スマホのメモを確認しながら、ディスカウントストアの中をぼんやりと歩く。
買い物リストをチェックし終えると、スマホをバッグに入れて前を向き、「あ…」と思わず立ち止まった。下を向きながら歩いていたから気づかなかったけれど、私は、ラブグッズの棚の前にいたのだ。

止まってしまった足を慌てて動かして、私はその場を立ち去る。
ラブグッズ…。気になるけれど、買うほどの勇気が、私にはない…。恋人に「使ってみようよ」なんて言う勇気も…。

「あ、これ、買っちゃう?」

弾むような女性の声が、後ろから聞こえてきて、一瞬振り返る。
ラブグッズの棚の前で、カップルが1つのパッケージを手に取って笑って話している。年齢は、きっと、私と同じくらいだろう。

―――「これ、買っちゃう?」
見ず知らずの女性の声が、帰り道も、ずっと耳の奥に残っていた。
あの女性は、オーガズムを知っているのだろうか…。
だから、一緒にいた恋人らしき男性も、一緒に笑っているのだろうか…。オーガズムを経験したことのない私に、私の彼は不満を感じているのではないか…。

考えているうちに、自分のコンプレックスにスポットライトが当たってしまう。彼に責められたことなどないのに…。ただの一度も。

迷いと、その先の一歩

「感度磨き…?」

パソコンの画面の文字を確かめるように、ゆっくりと声に出す。

帰宅してからも、店で見かけたカップルが頭から離れなかった私は、そんなに気軽に使うものなのかと、ネットで検索を始めたのだ。
そして、バイブを使うことで感度を磨くという文言に目がとまった。

オーガズムを知っているからではなく、オーガズムを知るためにラブグッズを使っていい。
そんなふうに考えたことなど一度もなかった私は、パソコンに向き合いながら、少しぼんやりとしてしまった。

立ち上がってキッチンに移動すると、コーヒーを淹れる。

「感度を、磨く…」

濃い茶色の中に溶けていくミルクを眺めながら、もう一度、言葉にする。

パソコンの前に戻ると、スクリーンの中にあるグリーンのバイブが目に入る。

「いやらしい気持ちで買うわけじゃないから…」

何度も躊躇した末に購入ボタンをクリックする音が、コーヒーの最後の一口を飲みこむゴクリという音に重なった。

ショーツを隔てた振動

自宅に届いた箱を手にするその指先が、かすかに震えているような気がする。
ドラッグストアでラブグッズを手にしているカップルを見かけ、その勢いで購入したバイブ。

(これから、これを使うの?私が…?)

自分で購入しておきながら、そんな言葉が頭をよぎる。
しかし、戸惑いの陰に、ささやかな高揚感があるのも、確かだった。箱を開けてみたい、使ってみたいという波が、心の奥でざわめき、だんだんと大きくなって心の波打ち際に届く。

カチャリとベッドルームのドアを閉めた音が、決意のスイッチを押した。

「思ったより、柔らかい…」

ベッドの上で、私は、緊張から目を逸らすように、あえて声に出して言ったのかもしれない。
“マリンビーンズ”というそのグリーンのバイブは、実際、想像していたよりも柔らかかった。

そっとスイッチを入れると、クネクネと動いたりブルブルと振動したり…。

(これで…、するの?)

これから自分がしようとしていることに、まだ実感が湧かないというのも、本音だった。
けれど、してみたいという波は、心の奥で次々と生まれ、押し寄せてくる。

私は、そっと、バイブの先端をショーツに当ててみた。
そして、少しだけ振動のスイッチを入れる。

「…っ」

声にならない声が出て、瞬間、身体が硬直する。クリトリスを包む花びらの上からの弱い振動。それでも、その振動はまっすぐにクリトリスという粒を目指しているようで、その粒もまた、振動に手を伸ばすように応えている。

(…初めての感覚…かも)

小さな粒から全身に広がっていくような振動に、私は、確かに心地よさを覚えていた。

「んん…っ」

少しずつ、脚が広がってしまう。すると、花びらが左右に広がり、バイブの振動は、ショーツ1枚を隔てて、ダイレクトにクリトリスに響いた。

「はぁ…」

無意識に漏れる息に促されるように、私の腰からは力が抜けていく。

「ぁ…あぁ」

振動を少し強くすると、感じていた心地よさは、快感という言葉になって私の体を駆け巡った。

「いいっ…ここ…」

いつになく敏感になっているクリトリスに、下からなぞるようにバイブを当てると、快感もバイブを動かす手も、止まらなくなっていく。口から漏れる息は、さらに熱を増していった。

まだ見ぬ世界…

思わず「可愛い」と言いたくなるようなグリーンのバイブを右手に持ったまま、私は、荒い息でショーツを脱いだ。

ジンジンと震えるように快感を訴えてくる小さな粒は、「中にも、いれてみたい」というさらなる欲求の波を生み出している。
そっと触れてみると、私の泉からは、トロリと温かい愛液がこぼれていた。その熱さと感触に、身体の芯もさらに温度を上げる。そして、私の右手は、導かれるように熱のこもった泉へと進んでいく。

泉の入口にマリンビーンズの先端が触れると、一瞬、全身が再び緊張した。
しかし、その振動と泉の潤いは、申し合わせていたかのようにお互いにスッとなじんでいく。そしてそのまま、泉の中へと進んでいった。

「あぁ…いい…」

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すっかり自分の中に収まったグリーンのバイブを不思議な気持ちで眺めながら、快感の波に身を任せるのをやめられなくなっている。
カラダの中で私のすべてを揺らす振動を、「もっと、もっと」と求める自分がいることを、少しも否定できない。

さらに振動を強くして、マリンビーンズを引き抜き、また奥まで沈みこませる。それを何度も何度も繰り返しては、奥に届くたびに湿度の高い息を吐き、引き抜かれて愛液で濡れたバイブを目にするたびに「あぁ…」と声を漏らした。

「すごい…」

ほとんど言葉にならない快感の言葉が、私の体のスイッチをもう1つ押す。腰が動き始めて、止まらなくなってしまったのだ。

バイブが出たり入ったりする動きに合わせて、腰を前後させる…。クチュクチュという音が、身体から伝わってきているのか壁に響いて聞こえているのか、よく分からない。

手も腰も、自分が動かしているのではなく、快感に動かされているような気がしてくると、同時に、全身が苦しくなってくる。動きたいけれど、何かに縛られて自由に動けないような…。

確かに気持ちいいのに、なぜか怖いような…。
息が思うようにできないような…。

(なに…これ…。私…どうなっちゃうの…?)

胸が詰まり、手足を自由に動かせないような苦しさが少しずつ大きくなると、私は急に戸惑いを覚えて、マリンビーンズを泉から抜いた。

(なんだったんだろう…)

戸惑った。でも、だからといって、快感が小さくなったわけではない。むしろ、どうしていいか分からなくなったとき、快感も増していた…。

ジンジンと響き続ける体を感じながら、私は、ついさっき自分の身に起こったことを、整理しきれないままに思い出していた。

(もしかして、あの先に、オーガズムがある…の?)

まだ気持ちよさにしびれ続けている全身の細胞から、そんな声が聞こえてくる。

確信

しばらくベッドに横になって、息が落ち着くと、喉が渇いていることに気づいた。
むくりと起き上がると、ドレッサーの鏡に映る自分が目に入る。

「あれ…」

思わず顔に手を当てて、見入るように鏡の中の自分と向き合う。いつもの私とは、違う…気がする。

肌や瞳、髪からも…、にじみ出てくる雰囲気が、柔らかい。
まるで、肌も瞳も髪も快感を得ていたように。

(感度を磨くって、こういうこと…?)

あの快感の先にオーガズムがあることを、もう私は、ほとんど確信していた。
次は、あの切ない苦しさの中を、もう少し泳いでみよう。

そして、いつか、彼との時間でも…。

END

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あらすじ

オーガズムを経験したことのない私に、彼は不満を感じているのではないか…。

そんなコンプレックスを感じていたとき、パソコンの画面に感度磨きという言葉が目に入り、何度も躊躇しながらもバイブを購入する決意をする。

自宅に届いた箱を手にしたときはその指先がかすかに震えた。

自分で購入しておきながら、こらから自分が使う実感がなかったが、戸惑いの陰に、ささやかな高揚感があるのも、確かだった。

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