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官能小説 Vな彼女と彼氏 2話【LCスタイル】

結華爆発

社会人三年目の夏、佐久間結華は爆発した。

午前中はスマートに着こなしていた、グレーのパンツとホワイトの七分袖シャツ。午後六時を過ぎた現在、心と同様にボロボロになっていた。

「い、いま……なんて?」

「いや、ですから、なんか思っていたのと違うので辞めます」

新人はケロッとした表情で言い切った。

結華の目の前がサァっと暗くなり、倒れそうになる体を一生懸命デスクで支えた。

思考は衝撃のあまりフリーズしている。

「思っていたのとは……?」

「なんか、ここだとアレなんですよね。俺、もっと羽ばたける人間だと思うんですよ。だから辞めます」

――ホントに羽ばたいて墜落してしまえっ!

言いたい気持ちを押し込め、結華は顔を引きつらせて「そ、そう」と返す。

「じ、じゃあ、そう伝えておきます……」

「ありがとうございます! それでは失礼します! あ、給与の件なのですが」

「……それは私じゃ分からないので……また後日にでも連絡があると思います……」

「分かりました! じゃあ、失礼しますー!」

新人がフロアを出たのを確認すると、結華は膝から崩れ落ちた。

結華が勤める会社は人手不足であった。

入社したときにはそうでなかったのだが、一年経った頃から退職者が増えた。

ひぃひぃ言いながら勤務を続けていた折に、救世主が現れた。

ハイスキルを持ち合わせた新人である。結華はその新人に仕事を教える係であった。

『俺、精一杯頑張ります!』

新人のその言葉を信じて、丁寧に教えた。そんなあるとき、新人はこう言った。

『俺、今日で辞めます。辞表、出したんで』

あまりの展開に、結華は手にしていた書類をすべて落とした。

「さっ、佐久間さん! 大丈夫!? 気を確かに!」

駆け寄って来た同僚への声が、倒れた結華の頬を軽く叩いた。

生存確認をする声が彼方から聞こえ、結華は目を醒ますと勢いよく起き上がった。

「あぁぁぁぁ〜!! もうこんな時間!」

そして、腕時計を見て叫んだ。七時をまわっていた。

「もう、知らないっ! 私は中学の同窓会に行って参ります!」

「は、はい! いってらっしゃいませ! お気をつけて!」

そう同僚に告げ、結華は椅子に置いていたネイビーのジャケットを羽織ると、会社を飛び出してタクシーに飛び乗った。

同窓会で…

同窓会がおこなわれているマーブルガーデンという建物は、名前のとおり大きなガーデンがあるデザイナーズハウスだ。

普段は結婚式や披露宴スペースであるが、今回のような大人数の同窓会にも使用される。

クロークで荷物を預け、結華は受付で名前が書かれたプレートを胸元につけた。会場に向かっていると笑い声が聞こえてきた。

――そういえば、前に化粧直しをしたのはいつだっけ。

ふと、化粧直しをしたのは昼間以来であることを思い出した。

しかも、忙しさのあまり、昼食のおにぎりを口に詰め込んだまま短時間で済ませた化粧直しだ。

踵を返した結華は、壁にかかっていたガラスの案内板を見て、化粧室を探した。

化粧室は綺麗なところであった。額縁がついた大きな鏡や、汚れのない洗面化粧台が目にる。

アンティーク調の雰囲気が漂い、綿棒や油取り紙といったアメニティにまで細かく気が利かされている。

化粧直しができるスペースには、アレンジフラワーも添えられていた。

「ぎゃぁ!」

鏡に映った自分を見て、結華は愕然とした。

――やばい! こんなのじゃ、みんなの前に出られない!

汗でテカテカとした肌。落ちた口紅。そして、走ってボサボサになった髪。

じっと見ていると、死相がちらついたような気さえした。

それほどのくたびれ顔に、思わずため息が出る。

身を粉にして新人の教育をしてきたのは、いったいなんだったのだろうか。

『なんか思っていたのと違うので辞めます』

退職を告げた新人の、あっけらかんとしている表情が頭をよぎる。

――ダメだ。思い出すだけで腹が立ってくる……。そうだ! 彼にも、きっと彼なりの事情があるはず! そういうことにしておこう!

それが仮にも「もっと羽ばたける」という理由であれ、いまの結華にとって立派な理由と思い込まざるを得なかった。

そうでなければ、やるせない思いに飲み込まれてしまい、目の前にある鏡に頭を打ちつけそうになる。

「落ちつけ、私……落ちつけ……」

ぶつぶつと呟き、自らを落ち着かせるように深呼吸をした。

幸いにも化粧室には人があまり来なかったので、ゆっくりと化粧直しをすることができた。

結華は油取り紙で皮脂を取り、崩れたベースを丁寧に整えると、アイラインとアイシャドウを直した。

口紅を塗り直すと『ヌレヌレ・アマクアマエテ ファーストキッス』を取り出した。

唇用の美容液であるがグロスとしても使うことができる。

べたつかなさと、艶が気に入っている。

カチカチとダイヤルを回して、ハケに染みたグロス液を人差し指につけ、唇にちょんちょんと塗った。

ピーチ、イチゴ、レモン。それらの甘酸っぱいフルーツが混ざり合った香りがほんのりとする。

美味しそうでもあり、心が癒される香りだ。

――今日は仕事のことを忘れよう! 楽しい同窓会!

最後に小さなスプレーをポーチから取り出した。手に数プッシュする。手についた『ナデテ シャボン』を髪に馴染ませて、櫛で整えると、すぐにさらさらとした手触りを感じた。

ポーチからヘアゴムを取り出すと、結華は髪を慣れた手つきでアレンジし始めた。サイドでまとめた髪を半分に分け、割れ目に毛先を通す。鏡を見ながら、髪の崩し方を調節して完成だ。

「よし、完璧!」

結華は口角を上げて、にっこりと鏡に向かって笑んだ。

天使が再び…

結華は中学二年生の夏に引っ越しをした。

親の急な転勤によるものであり、それは結華にとっても寝耳に水であった。

引っ越し先は隣の県であり、いまは地元に戻って一人暮らしをしている。

同窓会の知らせが来たとき、出席するべきか迷った。

しかし、久し振りの友人との再開が楽しみであったので、出席の返事を出した。

だが、出した後になって疎外感を感じてしまったのである。

――誰も私のことを覚えていなかったらどうしよう。

早足が止まる。戸惑いは会場が近くなるにつれて大きく膨らんでいた。

加えて、新人のいきなりの退職による衝撃もまだ抜け切れていなかった。

思い出すだけで怒りのあまり叫びたくなり、見た目もメンタルもまたボロボロになってしまいそうだ。

せっかく綺麗にしたのが台無しになる。

――それに、私は拓馬に謝らなきゃいけない。

幼い頃の拓馬の後ろ姿が、結華の頭をよぎる。

今日の同窓会に拓馬が来ているか分からないが、もし来ていたなら伝える言葉を決めていた。

「きゃっ!」

体に軽い衝撃を感じた。体の重心が崩れるように、視界が斜めになる。

ヒールをはいていたので、バランスを崩してしまったのだろう。

しかし、床にぶつかる感覚はなかった。結華は驚いて瞑ってしまった目を開けると、大きな影が自分を覆っていることに気づいた。

「大丈夫ですか?」

低いが優しい声がした。

――誰かが受け止めてくれたの?

顔を上げると、結華は目を瞬かせた。

ジャケットスーツを素敵に着こなす、見上げるぐらい高い背の男性がいた。

まるで広告のモデルのようだ。

彼はすっきりとしたフェイスラインを持ち、整った中性的な顔立ちをしている。

茶色の髪が特徴的であった。

――え、え、えぇぇぇぇ!? イケメン!!

そんな彼のたくましい片腕が、結華の倒れかけた体を支えてくれていた。

ちょっとその片腕に力が入れば、容易く彼の胸に飛び込んでしまう。

本日再び、結華は爆発した。

「ケガはない?」

「っ、その、え、と……」

男性を見ていると、心臓が高鳴る。むしろ、高鳴り過ぎて昇天しそうである。

ぱっちりした目の奥にあるダークブラウンの瞳が、心配そうにこちらを見つめている。

結華は吸い込まれるように彼を見つめた。言葉は胸でつかえてしまい、上手く出てこない。

「大丈夫そうでよかった」

彼は結華に怪我がないことを確認すると体を離した。

そして、目を細めて爽やかな微笑みを見せてくれた。安堵した彼の微笑みはあまりにも素敵だった。

――やばい、胸のドキドキが止まらない!

結華は男性と付き合った経験が一度もなかった。

だから男性、ましてやイケメンに抱きとめられることが心に与える衝撃は計り知れない。

例えそれがハプニングといえども、結華には衝撃が強すぎた。

あたかも、自分たちは風が吹き抜ける広大な花畑にいるような錯覚に陥った。

――あれ? どうしてだろう。この人を見ていると……。

結華の脳裏には「イケメン」という言葉よりも「天使」という言葉がパッと浮かんだ。

彼は天使にしては体格が大きいのだが、どうしてかそう思った。結華は彼を見つめた。

「ぐぅぅぅぅ」と元気な音が結華の腹から鳴った。

あまりにも立派な音だったので、花畑を形もなく吹き飛ばす台風のように結華には思えた。

我に返った結華は顔を真っ赤にして、腹を隠すように両手で押さえた。

彼は結華の胸元を見てハッとした。

「あ、あの。あなたは――……!」

「し、失礼しました!! 私はこれで!」

結華は直角九十度のお辞儀をし、勢いよく走り去った。

なりふり構わない走り方であり、ヒールと思えないほどのスピードであった。

取り残された彼は、結華の後姿を捕まえたそうに片手をあげたまま止まった。

「結華だ……!」

そして嬉しそうに呟いた。

2人の再会

勢いよくメインダイニングの扉が開かれた。

結華は部屋に飛び込むなり、肩で大きく息をした。

走っている間、息継ぎすら忘れていた。

周囲にいた誰もが驚いて見たが、そのようなことは結華の視界に入っていなかった。

――は、恥かしい!! お腹が鳴るなんて!

夢から醒めた頭を勢いよく上げると、見えたのはまるで異世界であった。

高い天井、そして白とブラウンを基調にした壁。長いテーブルにかけられた白いクロス。

その上に並べられた色とりどりの料理。落ち着いた広いメインダイニングで立食を楽しむ人々がいた。

「……ひょっとして、結華?」

淡いストライプのシャツに黒いスカートの女性が、少し離れたところから声をかけた。

彼女の視線が自分の胸元のプレートにあることに気づき、結華も彼女の胸元のプレートを見た。

「加代だー!」

「結華だー!」

お互いを確認し合うと、ふたりは再会を喜んだ。

「加代、大人っぽい! でも面影ある〜!」

「結華こそ、すっかり社会人だね! てか、遅かったじゃん! 来ないのかと思っちゃった!」

「それがさぁ、仕事でトラブルがあってさぁ……って、もう酔っているの?」

「そんなことないし〜。結華も飲もうよ。ご飯もお酒も、すごく美味しいよ!」

加代は持っていた皿をテーブルに置くと、近くを通りかかったボーイに声をかけた。結華と自分の分の飲み物を頼んだ。

同窓会を楽しむお酒の場

「みんな仕事帰りみたいだね。服装を見ていると、そんな感じがするけど」

言いながら、結華はきょろきょろと辺りを見た。

メインダイニングには男性も女性もスーツ姿の人が多かった。

メインダイニングには、窮屈ではない程度に人が大勢いたが、どうやらガーデンにもそれなりにいるようだ。

ガーデンに面したガラスからは、夜の空の幻想的な光景と人影が見えた。

「ところで、あんなに走っていたし、そんなに仕事がトラブったの?」

「そうなんだけどー……そんなことより! ロビーに親切な人がいて、転びそうになったところを助けてもらったの! ものすごーくイケメンで! あんな人、中学にいたっけ? それとも、私が引っ越してから入って来たのかな?」

「イケメン?」と首を傾げる加代に、すっかりテンションが上がった結華は言葉を続ける。

「背が高くて茶髪で……! それで、それで!」

「結華! 結華だよな!」

間に割り入るかのように、背後から男性の声がした。

結華は振り向くと目を丸くした。そこにいたのは先ほどの長身のイケメンだ。

――どうして私の名前を!?

彼を見上げると、結華は目を白黒させた。

「あ、タクマくんだー!」

「きゃー! 久し振り! ホンダくんー!」

「おう、ホンダじゃねーか!」

「元気にしてたか? 相変わらずイケメンだな! タクマ!」

タクマ。ホンダ。

男性を見て駆け寄って来た大勢の男女は、確かにそう言った。

結華と加代はその大勢に押し出され、すっかりできた男性を取り囲む輪から弾き出され、部屋の隅に追いやられた。

「タクマ……? もしかして、もしかして……本多拓馬?」

呆気にとられたまま結華は呟く。

「拓馬くん、結華が引っ越したあたりから急成長したんだよ。知らなかったの?」

容姿端麗。成績優秀。

身長180センチ越えのスポーツマン体型。性格も器量も良し。

まさに非の打ちどころのない、天使のようなイケメン。

「う、うそ……そんな……あれが拓馬〜!?」

結華は心の限り叫んだ。

その声は拓馬を取り囲む歓談の声によって、かき消された。

⇒【NEXT】小さいころから天使のようだった拓馬は成長してスーパーイケメンに…?(Vな彼女と彼氏 3話)

あらすじ

社会人三年目の夏、心と同様にボロボロになっていた結奈。そんな中、中学校の同窓会に参加した時、目の前に天使のようなイケメンが現れ…

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