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官能小説 home sweet home 後編


結婚から逃げる

「ふーん。で?やめるの?」

義理の姉である千加子さんが、冷たく立ち上がる。

夫であり俺の兄でもある純也は、隣の千加子さんを見上げ、一瞬だけ目配せをして頷いた。

…空気が悪い。原因は、俺だ。

家の近所のカフェにひとりでいると、兄貴と千加子さんが偶然通りかかった。どうしてひとりなのかを訊かれ、とっさの言い訳など、出てこなかった。

彼女の琴乃との結婚を考えていること。でも、考えるほど自信がなくなっていくこと。琴乃に俺で良いのか…

お互いの兄妹が、それぞれパートナーでいることで、当たり前のように俺達も付き合っているだけなのではないか…と不安になること。

結局俺は、心の中で日に日に重くなる不安の袋の中身を、ふたりに吐き出してしまった。

琴乃は、千加子さんの妹だ。こんな情けなくて言い訳じみてる男が妹の恋人じゃ、怒って当然だ…。

「無理だと思うんなら、結婚なんてしなくていい。男女の関係なんて、すぐにできあがるものじゃないのよ」

千加子さんは振り向きながらひと息に言うと、店を出てしまった。

「…だよなぁ。やっぱり、聞いて呆れる話だろ?」

俺は、無理に笑って兄貴に向けて顔をあげた。

「圭…」

俺を見る兄貴の目が寂しそうで、視線を逸らせてしまった。

「分かってるんだよ。俺が、ただ、逃げてるんだってことくらい…。でも、男らしいとか、守るとか、責任とか。そういうこと考えると、ごちゃごちゃになるんだ」

俺は、少しでも頭を整理しようとした。頭を整理しようとしても、ひと言ずつ、弱気になっていくのが分かる。

「琴乃っていうより、俺自身が、どっか遠くに行っちゃうみたいな気になるんだよ。何かから逃げてるっていうより、俺が俺から逃げてっちゃう、みたいなさ。…まぁ、これも言い訳だな」

「逃げる、守る、責任、かぁ…」

兄貴は責めるでも慰めるでもない温度の声でそう言うと、コーヒーをひと口、音を立てて飲み込んだ。そして、「そんなの、僕だって、分からないよ」と少し笑った。

それから、まじめな顔になって「僕が千加子さんにしてることと、お前が琴乃ちゃんにしてることと、何か違うのかな?」と腕を組んだ。

結婚…か。俺は、立体迷路の中で同じ道をぐるぐると歩き続けている気分になった。

(壁を壊さなきゃ、出口なんてないのか…)

今でなければ、壊せない気がした。これを逃すと、壁はもっと強固で高く、そびえてしまう。そして俺は、もっと弱く小さく、ひるんでしまう。

「なぁ、ちょっと頼みがあるんだけど」

俺は、決心して兄貴の顔を見た。

「今度の土曜、家に俺と琴乃だけにしてくれないか?ちょっと、考えてることがあるんだよ」

目を奥まで覗き込む俺に、兄貴は察したように頷いてくれた。

そして、「もがきながら、やってみればいいんだよ」と俺の肩を叩いて、先に店を出た。

家に戻って、琴乃の部屋のドアをそっと開けると、琴乃は机に向かっていた。資格を取るって言ってたから、その勉強なんだろう。

俺は、声をかけられず、黙ってドアを閉めた。

…そして、土曜の朝、8時。頼んだとおり、兄貴は「温泉旅行」という口実で家族を連れ出してくれている。

出かける直前に起きてきて、驚いている琴乃と一緒にみんなを見送ると、家の中に“シン”と、音のない音が響いた。

「私たちは?どこにも行かないの?」

日頃の俺への不満を全部詰め込んだような声で、琴乃が沈黙を破った。

目が合うとすべてを投げ出してしまいそうだった。俺は「気分じゃない」と、背中を向けてソファに座った。

空気を何段も重くするため息を残して、琴乃はリビングを出た。

(「家でゆっくりしよう」って素直に言えれば…)

そんな情けなさを抱えながら俺は、作戦を実行するために、ソファから立ち上がった。

家族の証

「何?これ?」

琴乃を追いかけてバスルームの前に立つと、中から声が聞こえてくる。

(琴乃はもう、 俺が用意したものを見つけたんだ…)

ドアノブを握る手が、しびれそうなほど震えている。でも、とにかく自分の背中を押して、前に進むしかない。

ふぅとひと息、大きく吐いて「それ、ローターとお風呂に入れるローション」と言いながらドアを開けた。

それから、自分が裸になり、琴乃の服まで脱がせ、ローションを入れたバスタブにふたりで浸かるまでは、とにかく俺は、必死で強引だった。

琴乃を後ろから抱き寄せて、俺はようやく、「ふぅ」とため息をついて落ち着いた。そして、「溶けてひとつになれそうなお湯だな」と、さらに強く抱きしめた。

(本当に、溶けてひとつになりたい)

そう願いながら、柔らかい胸のふくらみを、壊れないように包み込む。ローションで光る先端の突起を指で挟むと、するりと逃げられるように滑る。

「あぁ…」

それまで甘い息を吐いていた琴乃の口から、声が漏れた。俺は、バスタブの脇に置いたローターに手を伸ばし、琴乃の背中に当てる。

「…きゃっ」

琴乃は、驚いて俺の目を覗き込んでくる。俺は、笑って頷いて唇を重ねた。そして、琴乃の背骨を下へとなぞり、琴乃の中心を、>ローターと手で包みこんだ。

琴乃が、聞いたことのないような声を吐いている。
これまでにないほど激しい息をついている。

俺は、名前を呼びながら、琴乃の中に思い切り強く収まっていった。どんどん柔らかくなるような琴乃の肌に触れながら、甘い引力を増していく。

琴乃の内側を感じながら、ローションの上からふたりを包む琴乃の吐息に身を委ねながら、琴乃の中で、名前を呼ぶことしかできなかった。

ガチャリと、俺の部屋のドアノブが音を立てる。

風呂を出たとき、俺は、指輪ケースを洗面台にこっそり残してきた。中に指輪は…入っていない。代わりに“俺の部屋に来て”というメモを入れた。俺は、指輪ケースの本当の中身を握り締めながら、入って来る琴乃と、思い切って目を合わせた。

「…今まで不安にさせて…ごめん。俺…ずっと自分に自信がなくて…。でも、さっき琴乃と抱き合って、やっぱり…大事にしたいと思った」

うつむき加減に口にする自分の声が、妙に平坦に感じる。それとは逆に、心臓は体から飛び出しそうなほどに跳ね回っているようだ。 そんな心臓を抑えるように小さく息をつき、琴乃と目を合わせて、指輪を見せた。

「俺と…結婚してくれませんか?」

口ではなく、心臓が話しているようだ。

「バカ…いつまで待たせんのよ…」

うつむいて、琴乃は小さな声を出した。そして、さっきみたいにちゃんと愛情表現することが条件だと、強烈に俺を見上げた。その目からは、涙の最初のひと粒がこぼれ落ちるところだった。

(全部、ちゃんと受け止めて守るんだ)

頬を転がり落ちる涙が、俺を強くしてくれる。「あぁ、約束な」と微笑んで、琴乃の左の薬指に、指輪をはめた。

「俺さ、ときどきこの家で、居候みたいな気持ちになったんだよね。兄貴たちは結婚してるだろ?琴乃は、もともとこの家の人間なんだしさ。なんか俺だけ“お邪魔してます”って感じかなぁって」

ゆっくり抱き寄せて、俺は言えずにいたことを打ち明けた。腕の中で、琴乃は何度も首を横に振っている。その髪を撫でながら、俺は続けた。

「でもさ、ここを、っていうか、琴乃のいる場所を、俺の“家”にしたいんだよ。琴乃んとこに“ただいま”って帰ってきたいんだ」

琴乃は、それまでよりも強く腕に力を込めて、「おかえり」と俺を見上げた。俺は、その目をちゃんと見て、「ただいま」と笑った。

夕方には、“家族”のみんなが帰ってくる。笑顔で報告ができそうだ。


END

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あらすじ

結婚から逃げている…そう思われても言い返せない俺。
頭の中を「責任」の文字がぐるぐるまわって…

家族の証がようやく見つかったようで、俺はホッとした。
ちゃんと愛情表現することが大事だったんだな…

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