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官能小説 からだがおぼえている 後編
元恋人は
何ヶ月ぶりだろうか。
と、考えるまでもなく、ハッキリとわかっている。5ヶ月半だ。
「別れた女とは、一切連絡を取らない」と、付き合う前から公言していたとおり、元恋人の弘(ひろ)は、この5ヶ月半の間、私に連絡をよこすことは一度たりともなかった。
その5ヶ月半の間に、私はきちんと前を向けたのかというと、決してそんなことはない。
最初の数ヶ月のうちは毎日のように彼を思い出し、どんな映画や本や音楽も、全て彼のためのものに聞こえて、その度不意に涙腺が緩んだり、心がぎゅうと締め付けられたりするような感覚があった。
最近になって、ようやく抜け出せたかと思いきや、アダルトショップで彼に似たバイブを見ただけで発情したのだから、やはり沼から這い上がれていないことが、よくわかった。
そして、5ヶ月半ぶりに連絡をしてきた彼が、その30分後には私の部屋にいて、思いきり私を抱いているなんて、それこそ夢みたいだ。
でも、実際、彼は今、裸の私と抱き合っている。
「こんなエロい道具使うようになったの? それとも、付き合ってた頃から隠してた?」
今日買ったばかりの、彼のペニスにそっくりな形をしたバイブを手に持つと、彼は私の太ももから秘部へと這わせた。
さっきよりも、明らかに濡れている。
私の分泌液でぬるぬると滑るようになったバイブが、ゆっくりと根元まで押し込まれた。
少しだけ、彼のものとは違うけど、そっくりなそれが、私の内側をいやらしく押し広げていく。

ゆっくりと奥に当たったとたん、体が跳ねた。
さっきまで自分で挿れようと思っていたのに、まさかの本人の手によって、彼の偽物を、奥まで挿入されている。
恥ずかしいのに、満たされてしまう。
聴覚や嗅覚が、ぼんやりと鈍っていくのを感じた。
「付き合ってる間も、ずっと隠してたの? 毎日セックスしたくて?」
「違う、今日買ったの」
「本当に? 今日そんなにしたかったんだ? ラッキーだなあ」
彼は嬉しそうに笑いながら、部屋着の上から私の胸を触りつつ、バイブを中で微かに動かす。
胸を触る手が、だんだん乱暴になっていく。
それでもう、理性はさらに飛んだ。実物が、目の前にあるのに、偽物の人工的な棒で、私は何度でも果ててしまう。
それなのに、ちゃんと本物が欲しいと、まだ体が泣いている。
彼からの連絡
30分前。初めて買ったアダルトグッズで自慰をしようと、バイブをクリトリスに当てた矢先、彼からのLINEが届いた。
「今から、会えますか」と書かれた文面に、どこにいるのか尋ねてみると、たまたま私の最寄り駅に来た、と返されたのだった。
私の住む街は、急行も止まらない、本当に小さな住宅街だ。
そんなところに、たまたま、降りるだろうか?
仕事の可能性は低いし、もしかしたらこの街で、他の女に逃げられただけなのかもしれない。
それとも、最初から私の家に来るのが、目的だったのだろうか。
さまざまな憶測が浮かんだけれど、それを確かめる勇気はなかった。
幸い、体のコンディションや服装は、万全の状態だ。
彼がよく好きだと言ってくれた下着をつけているし、当時は見せたことがなかった、大人っぽいルームウェアを着ている。
後は、部屋だけ少し片付けたら、全然招き入れられる。
喧嘩別れで終わってしまったから、この部屋の最後の思い出は、悲しいままだ。
それが今夜、塗り替えられるのが嬉しい。
何より、もう準備は充分にできているから、思い切り抱き合って、朝が枯れるまで抱き合っていたい。
インターホンがなって、彼が見えた。
髪が伸びたことは、SNSでいつも見ていたから、わかっている。
それでも、5ヶ月半という月日を経て見る彼の姿は、どこか新鮮に思えた。
初めて好意を持って見たあの瞬間に、似ていた。
示し合わせていたように、招き入れた途端、激しくキスをされた。
そこからは、もうお互いに止まらなかった。
ルームウェアは褒められる間もなく脱がされて、彼の好きなショーツが、もみくちゃにされていった。
***
彼にそっくりだと思っていたバイブは、本物を口に入れてみて、初めてそこまで似ていないことに気付いた。
この半年弱で、彼のペニスはまた少したくましくなったのだろうか。
バイブは私の膣内で震えたまま、私の舌は彼のそれを舐めている。
さっきまで舐めていたバイブとは、形も違うけれど、何より熱がこもっていて、生命を感じる。
彼は私の喉奥までそれを押し当てながら、片方の手をお尻に向けて、私の中に入ったバイブをピストンさせた。
「三人でやってるみたいでしょ。ほら、もう一人が、後ろからすごい突いてきてる」
こんなにSだったか。以前はあまりしてこなかった言葉攻めをされて、それに応じるように、私の声もまた一段と大きくなった。
新たな性癖を開拓されているようで、過剰に反応してしまうことが恥ずかしい。
その羞恥心すら、心地よくなってきている。まだ本物を挿れてもらえていないのに、私はもう何度目かの絶頂を迎えた。
「すごいね。サエ、こういうのが好きだったんだ」
わずか5ヶ月半の間に、私たちに何があったのだろう。
別れる前までは経験したことのなかった新たな快楽に、お互いが明らかに高揚している。
彼は体を起こすとようやくバイブを抜いてくれて、代わりに熱くなった彼自身のものを、ゆっくりと私の中に割り入れた。
やっぱり、似ているだけで、全然違う。
彼が腰を動かすたびに、全身が悦んで、もっと欲しがってしまう。
はしたない、と思いながら、止められない。
体が「この人だ」と叫んでいる。それを拒む気は到底起きない。
そうして何度も、私は彼に抱かれて、この5ヶ月半を遡っていった。
長い夜だった。失神するように眠って、翌朝起きても、彼はきちんと私の横にいた。
二人は野生にかえっていたのだろう。
それらしい会話は何もしていなかったことに、朝になってようやく気付いた。
これらの出来事が、酔いの勢いだったとしたら、よほど気まずく思っているだろう。
でも、彼の顔を覗いても、とてもそんな様子は見られなかった。
「どうして、戻ってきたの?」
散々イかされた翌朝に聞くことじゃない、とわかっていながら、聞かずにはいられなかった。
私たちは、この後どうなるのか。二人の物語には続きが存在するのか。
ただそれだけが気になって仕方なかった。
「やり直そうとか、都合よく言えるわけないのは分かってる。お互いに散々イヤなところ見たし、それが簡単には治りそうにもないこともよく知ってる」
腕枕をしてくれながら、元恋人は続ける。
鎖骨と顎の間に顔をうずめると、心の内側が毛布に包まれたような気分になった。
「でも、一緒にいたいって気持ちだけ、消えなかった。意地張っててもしょうがないって思っちゃった」
彼の、言い訳のような話を聞いて、私も、そうなんだよな、と同意するしかなかった。
イヤなところもいっぱい知っちゃったけど、私はまだ、彼が欲しいんだ。
「仕方ないから、また一緒にいようよ」
数多くの恋人が、破局してはヨリを戻し、また別れて終わっていく。
私たちだって、いつまでお互いを誤魔化せるかわからない。
でも、あのバイブを彼の代わりとして使うことは、もう少しだけ先のことになりそうだと思った。
END
あらすじ
弘(ひろ)と別れてから5ヶ月半。
ひょんなことから彼は今、裸の私と抱き合っている。