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官能小説 君が気づかせてくれたこと 前編


オンナとして生きる

「いやぁ〜、今回のプロジェクトも 大成功だな!さすがは結城!」

会議室を出ようとしたまどかに、 後ろから陽気な声がかけられた。 振り返ると、本田部長が いつもの人懐こそうな笑みを浮かべていた。

「部長のおかげですよ。 いつもサポートをありがとうございます」

本心からそう言って、まどかは頭を下げる。尊敬する上司に褒められて、 さっきから感じていた充実感がまた少し膨らんだ。

仕事はやっぱり楽しい。ほかのことがすべてかすんでしまうぐらい。 そんな日々を、もうどれぐらい続けてきただろうか……。

はずんだ気分のまま、お手洗いに入った。個室から出ようとすると、 女子社員たちが賑やかに笑いながら入ってくる音が聞こえた。

「今日の合コン、イケメン多いらしいよ!」

「えー、春香の言うイケメンはあてにならないからな〜」

「ほんと、ほんと。私もこのあいだ、期待して行ったのに」

若いな、とまどかは苦笑する。 若いといっても、たしか27歳ぐらい。まどかとは2つ程度しか 離れていないのに、それ以上のへだたりを感じてしまう。

個室から出ると、女性社員の一人が無邪気な笑顔を向けてきた。

「あっ、結城さん! 今回のプロジェクトもお疲れ様でした!」

「ありがとう」

まどかもほほ笑みを返した。

お手洗いを出ると、扉ごしにまどかを称賛する声が聞こえてきた。 だが、彼女たちがたった今話題にしていたような、 合コンなどのイベントに誘ってもらったことはない。

(まぁ、先輩は誘いづらいよね)

そんなふうに納得はしているつもりだ。 それでも、ほんの少しだけ寂しさを感じてしまうのも事実だった。

退社後、最寄りの駅のいつものスーパーで、 いつもの缶ビールとスモークチーズを買った。 残業続きだったこれまでにくらべ、 今日はまだ十分に人通りの多い道を歩いていると、 本屋の店先に並んだ女性誌が目に飛びこんできた。

「オンナとして生きる」

赤い字で大きく書かれたコピーが、妙に気になった。 まどかは本を取って、店内のレジへと持っていった。

「……ひどいな」

化粧を落とそうと洗面台の鏡を覗きこんだまどかは、 つい、そう呟いてしまった。 日中会った女性社員たち……2つしか離れていない彼女たちにくらべて、 いかにも疲れているといった感じだ。 髪も見るからにキシキシしていた。

(今日は早く寝よう。 それと明日からは野菜中心の食事にして、睡眠時間も増やして……)

それでも今日までは自分を甘やかそうと、 化粧を落としリビングに移動すると、まどかはビールを一気に飲んだ。

(これじゃまるでオジサンみたいね)

にが笑いしながら、対照的な「オンナ」という文字が躍る さっきの雑誌を手に取り、ページをめくる。

「最近、仕事ばっかりで女らしいことしていないなぁ……」

華やかに笑いかけてくるモデルに向かってするように、 まどかは溜息をついた。

「オンナとして生きる」の特集のもと、流行のメイクやファッション、 洗練されたレストランやおしゃれな美容院の紹介など、 女らしさをアップさせるのが目的の情報ばかり 掲載されていたから、余計にそう感じてしまう。

何となく心苦しくなって、雑誌を閉じようとしたときだった。 美容室のページで、手が止まった。

ウッド調デザインの家具や、落ち着いた暖色系の内装は、 ヨーロッパの田舎の古民家をイメージさせる。 名前は「PURE」。店内写真の下に美容師の紹介も載っていた。

(やっぱり、おしゃれな人が多いなぁ)

感心しながら眺めていると、ふと、一人のスタッフの写真に惹きつけられた。 整った顔だちが、笑って子犬のようになっていた。

(この人かっこいいな……ちょっと若いけど)

かすかなときめきを覚えたが、同時に、

(そういえば、美容室なんて、いつから行ってないだろう)

そんな現実も思い浮かんだ。 さいわい、明日は土曜日だった。 考えすぎると動けなくなりそうなので、すぐにPCを立ち上げ、 ウェブ上から予約を済ませた。

ベッドに入る前に、引き出しの奥を探って、 親指よりもひとまわり大きい、硬いピンク色の小物を取りだした。 ピンクローターだ。 布団にもぐりこむと、楕円の先端をそっとクリトリスにあてて、 スイッチを入れた。

「あ……」

思わず声が出てしまう。 「こういう行為」は大学時代、 年上の彼とつきあっていたときに教えてもらった。

何ヶ月ぶりだろうか。 仕事が忙しい時期は何となく気が乗らず、ずっとしていなかった。

まどかは誰とも知れない、だが、とても愛しいとだけはわかる男の手や舌で クリトリスを刺激されるのを想像しながら、 ピンクローターだ。の振動に身をまかせた。

止まらない身体

翌日、まどかは予約した時間よりも10分ほど早く店に着いた。 店内は雑誌で見た感じたよりも落ち着いた雰囲気だった。

アンティークの小物に目を奪われていると、

「こちらでお待ち下さいませ」

と、女性スタッフに待合室のソファーに通された。 どこかぎこちない仕草からして、おそらくはアシスタントだろうが それでもやはり美容師だ。 髪型やメイクからはセンスがうかがえる。

(いいな、こういう感じ)

自分を魅力的に見せることを妥協しない、 美容室ならではの心地よい緊張感。 長い間忘れていたけれど、以前もそれを気持ちいいと思っていた。

ソファに座ったまま受付を済ませると、そばにあった雑誌を手に取った。 フランスのファッション誌だ。文章は理解できなかったが、 モデルを眺めているだけでわくわくした。

「結城さま、お待たせいたしました!」

ふいに頭上から声が降ってきた。張りのある、はつらつとした声。

「本日担当させていただきます、富岡裕也と申します!よろしくお願いします!」

整った顔だちに、ひと懐こそうな笑みが浮かんでいる。 それはゆうべ雑誌で目にした、あのイケメンスタッフだった。 だが……

「こちらこそ、よろしくお願いします」

と、たどたどしく頭をさげたまどかの心中は複雑だった。

(こんな若い男の子にボロボロの髪を見られるなんて……!)

しかし、裕也はそんな焦りになど気づくことなく、

「こちらへどうぞ」

とフロアを指し示す。 まどかは覚悟を決めた。

「髪、結構傷んでますね……! 最近、美容室には行かれましたか?」

まどかにケープを掛け、髪に触れた裕也は、 さっそく痛いところを突いてきた。

「じつは、しばらく行ってなかったんです」

嘘をついてもしょうがない。

「では今日からケアしていきましょうね!髪の毛も喜びますよ」

裕也の見た目どおりの無邪気さに、まどかはどう対応していいか戸惑った。

が、そのうちに、決して喋りすぎるわけではない裕也のペースに 少しずつ合わせられるようになり、 気がつけば自分からも質問を投げかけていた。

「富岡さんは美容師になってどれくらいなんですか?」

「2年ですね。その前にアシスタントとしても2年働いています。 あ、『富岡さん』はやめてくださいね。 よかったら『裕也くん』でお願いします! スタッフにもそう呼ばれているんで」

子犬の笑顔でいわれたら逆に断れなくなって、まどかは

「じゃあ、『裕也さん』で」

と答えた。 話しているうちに恋愛の話にもなった。 裕也は失恋したばかりのようだった。

尋ねたわけでも、話されたわけでもない。 とつぜん歯切れが悪くなった口調で、なんとなくわかった。

そこだけは少し気になったものの、 裕也との時間はとても楽しかった。 こんなに心を開いて笑ったのは久しぶりだった。 帰り道、まどかの胸は弾んでいた。

家に戻ると、リビングのソファーに座って裕也のことを思い出した。 裕也の笑顔、声。 それから髪に触れ、魔法をかけたようにきれいにしてくれた指。

あの指で髪だけでなく、頬を、首筋を撫でられたら、どんな気分になるだろう。 うぅん、本当は、もっとさわってほしいところがある。 胸、腰、ヒップ…… そして、いちばん触れて、愛してほしいのは……。

(なに考えてるのよ。今日会ったばかりの年下の子に……)

そんなふうに自分を叱ってみても、だめだった。 まどかの指は知らず知らずのうちに、 その、いちばん触れてほしいところをなぞっていた。

自分でもびっくりするぐらい、濡れていた。

忘れられない男性

まどかは、裕也のことをなかなか忘れられなかった。 しかし、当たり前だが、美容室というのはそう頻繁に行くところではない。 もどかしい日々が過ぎていった。

そんなある日、帰宅するとポストにダイレクトメールが入っていた。

『先日はいろいろな話ができてとても楽しかったです。 私はお客様とお話しするのが苦手なほうなのですが、 まどかさんとは自然にお話しができて、自分でもびっくりしました。
その後、髪の調子はいかがですか? またぜひ、いらしてくださいね』

手書きの、少し丸みを帯びた文字だ。 裕也からのものだった。 まどかはリビングで、短い文章を何度も読みなおした。 こういうハガキを送るのはきっと職場での義務になっているのだろう。

あまり喜びすぎてはいけない……と自分に言いきかせたものの、 どこかぎこちない字が一生懸命書いたことを伝えてくるようで、 きゅんと胸が締めつけられた。

(困るなぁ、期待しちゃうよ)

苦笑しながら、もう一度ハガキを表にしたときだ。 美容院の住所の下に、メールアドレスが書かれていたのに気がついた。

『予約は直接ご連絡いただいてもお受けします!』

そう、添えられている。 少しためらったが、まどかはメールを送ることにした。 携帯のメールアドレスだったので、こちらも携帯メールからにした。

『先日はありがとうございました。 裕也さんのおかげで、会社でも振り向いてもらえるようになった気がします(笑)』

とにかくお礼が言いたかったのだが、 あまりマジメになりすぎてもいけないと思い、 結局こんな文章になってしまった。

熱いハーブティを作って飲んでいると、メールの着信音が鳴った。 まどかはあわてて携帯に手をのばした。
その拍子にヤケドしそうになったが、気にしている場合ではない。 裕也からの返事だった。

『こちらこそ、まどかさんのキレイをサポートできていたらうれしいです! …でも、髪を整えなくても、まどかさんは十分キレイだと思いました』

(営業うまいなぁ、もう)

またも苦笑したまどかの胸は、さっきよりもいっそう高鳴っていた。

その夜、ベッドの中でまどかは何度も寝返りをうった。 目を閉じると裕也の姿が浮かんできて、まどかを抱きしめようとしてくる。

会えないもどかしさが空想を膨らませることは これまでの恋愛でわかっていたが、 年下の男の子に対してこんな気持ちを抱くなんて思わなかった。

まわりに堅実派と呼ばれるまどかは、年上の頼れるタイプが好みだった。 裕也のことも、一時いいなと感じても、 結局はかわいい弟のような目で見ることになるのだろうとどこかで考えていた。

(私、焦ってるのかな。しばらく彼氏がいなかったし)

それは違う、と体が熱くほてって答えてくる。 この想いは、本物なのだと。 でも、結ばれたいなんて贅沢はいえなかった。裕也みたいなイケメンには、 若くてかわいらしい女の子のほうがお似合いだ。 だったら、せめて空想の中で……

裕也に激しく愛してもらいたい、 その思いが溢れだしてきたように濡れていた。 まどかは優しげな曲線を描いたバイブを手にした。

心の隙間をふさごうとするように挿入すると、 胸のうちにある裕也の幻がひときわ濃くなった。

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あらすじ

仕事中心で恋愛から遠ざかっていた悠木は、雑誌の「オンナとして生きる」という文字に惹かれて…

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