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官能小説 【となりのS王子小説版】恋におちたら 第3話


意外な二人

最近、残業続きだったけれど、仕事が順調に進んだおかげで、今日はほとんど残業せずに退社することが出来た。
毎日遅いと体重が増えるのを気にして食事しなきゃいけないのが、ちょっとストレスだったんだよね。

今日は思いっきり食べよーっと♪
久々に普通の時間に夕飯が食べられる喜びを噛みしめながら、私は念願の焼肉屋に大学時代の友達の美咲と向かっていた。

「香奈とご飯食べるの久々だよね」
「そうだね。最近、残業多かったから」
「ホント仕事忙しそうだよねー。でも、香奈のことだから、忙しくても恋愛してるんでしょ?」
「ふふ、それは勿論……」
美咲と話しながら、焼肉屋の店内に足を踏み入れると、想像もしていなかった光景が目に飛び込んできた。

千夏さんと田中さん!?

「嘘……」
私の目に飛び込んできたのは、田中さんが千夏さんに焼肉を食べさせようとしているところだった。

えっ、どういうこと……?

千夏さんは私の恋に協力してくれるって言ってたよね!?
だけど、千夏さんは本当は田中さんと付き合ってたってこと?
いや、まだいい感じってだけで、付き合ってはいないのかもしれないし……。
でも、恋人同士じゃなきゃ、あんなことしないよね……?
一瞬のうちにいろんな考えが頭の中を駆け巡っていく。
私は思わず回れ右をして、折角入った店を出た。

「えっ、ちょっと香奈!?」
突然、店を出た私の後ろで、美咲の困惑したような声が聞こえる。
「ごめん。今日は無理!今度、埋め合わせする!」
一秒でも早く、この場所を去りたかった私は、振り向かずに走ってその場を後にした。
どれくらい走っただろう。息が続かず、立ち止まる。

あれ……?

ふと見上げると、目の前には見慣れたビルがそびえ立っていた。
「会社まで戻ってきちゃった……」
私は自分の行動に溜め息をこぼした。
急に誘ったのに、わざわざきてくれた美咲に悪いことしちゃったな……。
だけど、あんな二人の姿を見ちゃったら……。
千夏さんと田中さんの仲の良さそうな姿が脳裏に浮かぶ。それとほぼ同時に、涙で目の前がぼやけた。

やだ、私ってば、本当に田中さんのこと……。

涙を誰かに見られまいと私は俯いた。
「香奈ちゃん……?」
不意に聞き覚えのある優しい声がして、反射的に振り向くと編集長が立っていた。
「編集長……」
「えっ!?どうしたの?香奈ちゃん、泣いてる……!?」
「すみません……。なんでもないです」
私は目に溜まった涙を指先で拭うと、編集長に顔を見せないようにそむけた。

意外な二人を目撃して泣く女性
 

「そうだ。香奈ちゃん、今から一緒に飲みに行かない?」
「え……」
「もうご飯食べちゃった?」
「いえ……」
「だったら、付き合ってよ。今日は一人で食べたくなくてさ」
「でも……」
「編集部に資料置いて来るから、ちょっと待ってて。すぐ戻って来るから!」
そう言って、編集長は走って会社のビルに入って行った。

カフカにて

編集長がつれてきてくれたのは、“カフカ”というオシャレなイタリアンバーだった。煉瓦造りを彷彿とさせる店内は薄暗く、テーブルやカウンターにはキャンドルが置かれている。

すでにテーブル席は満席だったので、私と編集長はカウンター席に横並びに座った。肘が当たるくらいの距離に編集長がいる。

隣にいるのが編集長じゃなくて田中さんだったらいいのにな……。

田中さんは今も千夏さんと一緒にいるのかな……。

隣にいるのは編集長なのに、考えるのは田中さんのことばかりだった。
編集長はそんな私をよそに、手際良くワインと料理を頼んでくれる。
薄っすらと涙ぐむ私に編集長は何も言わない。ただ静かに私の隣でワインを飲んでいるだけだった。

「編集長は、どうして、何も訊かないんですか?」
「人には何も言わずに、ただそばにいてほしい時があるでしょ?」
「……」
「それに言いたくなったら話せばいいし、言いたくないなら話さなくていいって思うからさ」
編集長は笑顔でそう言うと、グラスに残っていたワインを一気に飲み干した。

編集長の笑顔って優しいな……。

「実は……」
私は自分でも不思議なほど、編集長に思っていることを素直に喋っていた。
私が田中さんのことを好きだということ、千夏さんと田中さんが焼肉屋で仲睦まじく食事をしていたこと、田中さんのことを好きだと思うけれど気持ちが上手くついていかないこと。
私が話す一言一言を、編集長は頷きながら聞いてくれる。それがとても心地良かった。
話せば話した分だけお酒が進む。気が付けば、二人で一本のボトルを開けていた。
ほろ酔い気分の中でふと隣を見ると、編集長が渋い顔をしている。

「そうか……。田中くんがちなっちゃんとね……」
「あ、でも、まだそうと決まったわけではないですし……」

まずい……。編集長って、千夏さん狙いっぽかったよね……?

私は慌てて繕おうとしたけれど、間に合っていないことは明らかだった。
「ごめんなさい……。編集長って、その……千夏さんのこと好きですよね……?」
私は酔いに任せて、思い切って質問した。

「え?俺が?」
「はい……。あの、違うんですか……?」
「あはは。俺がちなっちゃんのこと?まさかぁ」
編集長は余程おかしかったらしく、肩を震わせて笑っている。

「だって、この間も仲良さそうに……」
「そりゃあ、編集長と副編だからね。ちなっちゃんのことは、彼女が新卒で入って来た頃から知ってるし、編集部の中では一番付き合いは長いけどさ。でも、それだけだよ」
「そうなんですか……?てっきり、編集長は千夏さんのことが好きだとばかり……」
「なるほどねぇ。香奈ちゃんにはそう見えてたってわけか」
何か納得したように編集長は二、三度頷いた。

「ここだけの話にしてもらいたいんだけど、俺、近々異動になるんだ」
「えっ?」
「新雑誌の立ち上げの噂は香奈ちゃんも聞いたことがあるでしょ?」
「はい、それは何度か……」
「そこの編集長に俺が決まったんだ。内々にだけどね。そこでちなっちゃんをナチューレの編集長にってことで上とも相談しててね。でも、ちなっちゃんは自分一人で仕事を抱え込もうとするだろう?今のちなっちゃんを編集長にしたら、彼女自身が潰れてしまう。だから、ちなっちゃんをフォロー出来て、即戦力にもなる田中くんを別の出版社から引き抜いて来たんだよ」

「そうだったんですね……」
「でも、ここで恋仲になられちゃうと、どちらかが異動になっちゃうのは田中くんもわかってるだろうから、そんなことはしないと思うんだけどなぁ……」
「じゃあ、なんで焼肉屋さんであんなこと……」
「罰ゲームか何かじゃない?田中くん、ああ見えて、Sっ気あるし」
「あんなに爽やかなのに?」
「男は二面性があるものだよ。ただ爽やかなだけじゃ、つまらないでしょ?」

「確かに……」
「勿論、俺にだって、二面性はあるけどね」
「えーっ、どんな二面性ですかー?」
「内緒」
編集長と話していたら、いつしか、私のもやもやした気持ちは和らいでいた。

帰りの時間は

「編集長、今日はありがとうございました」
駅の改札前で私は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとう。一緒に食事が出来て良かったよ」
「良かったら、また誘ってくださいね」
「ああ」
編集長は穏やかな声で相槌を打つと、一瞬真剣な目をした。

「香奈ちゃん、一人で帰れる?」
「はい。もう大丈夫です」
私は編集長に笑顔を向ける。
本当は大丈夫なんかじゃなかった。
きっと、一人になったら泣いてしまう。
だけど、これ以上、編集長に心配をかけたくはなかった。

「……!?」

何の前触れもなく、突然、編集長が私を抱きすくめた。

えっ、今、何が起こって……。

「無理して笑わなくていいから」

「……」

抱きしめられる女性
 

編集長の言葉にまた涙がこぼれそうになる。

どうして、編集長はこんなに優しいんだろう……。
気が付けば、編集長に抱きしめられているドキドキよりも、その優しさが私の心を占めていた。

だけど――。

「……大丈夫です」
私はそう言うと、編集長の身体からそっと離れた。
これ以上、何を言って言いかわからない私は無言のまま、編集長に背を向けて改札を抜けた。

⇒【NEXT】突然の展開に香奈の気持ちは…!?(恋におちたら 〜となりのS王子スピンオフ〜 第4話)

あらすじ

仕事が終わった加奈は、友人の美咲と焼き肉を食べ向かっていた。

恋に仕事にモヤモヤしていた分食べて元気をつけようと意気込んでいたが、焼き肉店で好きな田中と千夏が仲良くしているところを目撃してしまい…

野々原いちご
野々原いちご
小説家。 1984.3.12生まれ。 法政大学文学部…
Sui*Ka
Sui*Ka
エルシースタイルで数々の漫画を執筆中。
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