女性のための無料 官能小説・官能漫画サイト
エルシースタイル(LCスタイル)は、登録商標です【商標登録第4993489号】
ラブコスメが提供する情報・画像等を、権利者の許可なく複製、転用、販売などの二次利用をすることを固く禁じます
官能小説 純白と快感のあいだ 第3話
今日で最後…
「おはよう、ましろ」
これまでの何日かと同じように民宿の前まで迎えにきてくれた拓也の朝の挨拶は、どことなく、昨日までとは違っていた。
声のトーンが違うのか、言い方が違うのか、表情なのか。その全部なのか。よく分からないけれど。
よく分からないから、私も、なんとなくそれまでとは違う「おはよう」と返しただろう。きっと。
「最後の日に連れて行く場所は、最初から決めてたんだ」
拓也は、何かスイッチを切り替えるように、カラッと明るい声を出した。その声も表情も、絵に描いたような青い空の色に、どこまでも似合っていた。
その声を聞いて彼の車に乗り込むと、挨拶をしたときの、小さな気まずさのような粒は、すっかり消えてなくなってしまう。
「どこ?」と尋ねる私も、これまでで一番楽しみな声色になっていたかもしれない。
それは、今日で最後だという最初から決まっていた事実を悲観しないためというのも、半分はあったのだと思う。
「干潮の直前と直後は、ここの海、鏡みたいになるんだ」
そもそも小さい島だから、これまでに連れて行ってくれたいくつかのビーチから、そんなに遠くないだろう。それでも最終日の今日に連れてきてくれたこのビーチは、それまでの景色とは圧倒的に違っていた。
「ほんとだ…」
ありきたりな返事しか出てこない自分が、少し恥ずかしくなるほどに、美しい海だった。
潮が引き、薄い層のようになった海面は、ただただ平らに広がっている。拓也は、風がないのはラッキーだと言った。風が吹くと、海面が鏡のようにならず、美しさは、「半減どころか9割減なんだよ」らしい。
「ほら、ここから見てみなよ」
私の左手を引き寄せて2歩ほど移動させ、拓也は私の後ろに回る。そして、私の視線の角度を少し変えるために頭をクッと両手で挟んで動かした。
「うそ…」
小さな岩が、鏡になった海面に映って、ハートの形になっている。
「気が付いた?」
頭の上から、ほんのりと甘い香りとともに、声が落ちてくる。拓也から漂ってくるこの心のひだに織り込まれるような甘さにも、少し慣れてきた。慣れてきたけれど、だからといって胸の高揚がなくなるわけではなかった。
「ハート…だよね?」
「お!やっぱりましろには見えると思ったんだよ!」
拓也は、「よっしゃ」と嬉しそうに少し跳ね上がり、顔をくしゃくしゃにして笑った。

「あのハート、多分、まだ俺しか気づいてないんだ。多分だけど」
何度か、多分という言葉を重ねて、それ以上に笑顔を重ねる拓也は、本当に純粋なのだと思う。
私は、その純粋さに惹かれている自分を、もう否定しなくなっていた。
旅先の出会いだから、気持ちがたかぶりやすいのかもしれない。
失恋の直後だから、心が新しい温もりを求めているのかもしれない。
そういった、恋に落ちやすい理由は、もう、「拓也を好きなのは錯覚だ」と自分を説得する効力を持っていなかった。
私は、拓也を、好きなのだ。
…そうあっさりと認めてしまったほうが、ずっとずっと腑に落ちる感覚が、自分の中に生まれている。
「じゃ、私があのハートを目撃したふたりめだ!」
私の足元から少し離れたところに座った拓也に目を向けて、にっこりと笑う。
その瞳の透明度は、彼の足元にも及ばないかもしれなしけれど。
ふたりの距離
しばらくおしゃべりをしてビーチを後にする頃には、潮は満ちる準備を始めていて、その岩は、もうハートには見えなかった。
あの景色を“奇跡のハート”と名付けながら街へと戻り、私が特に気に入っていた商店街へと連れていってもらう。
職場にも友だちにも家族にも、それから自分自身にも、お土産を買いたかった。
「ねぇ、これ、どう?」
お店の中で私を呼び止めながら、すっと腕に触れる拓也の手。
「あ、ごめんなさい」
雑貨に夢中になっている私が、ほかの人の通行の邪魔になっているのに気づき、代わりに謝って私の両肩を引き寄せる拓也の手。
「これ、似合いそう!」
嬉しそうに貝殻のブレスレットを持ってきて私の手首を下からすくうように持ち上げる拓也の手。
「やっぱり、こっちかな」
少し難しい顔をして、今度はピアスを私の顔に近づける拓也の手。
そして、そのすべての手から漂ってくる、拓也の甘い香り。
(時計の針を戻しても、時間は戻らないか…)
商品棚に置かれたカラフルな時計がふと目に入って、そんなことを思う。
「そうだね」
その時計を手に取って、拓也がこちらを向く。
心の中で思っていただけのつもりが、無意識に声になっていたことに、私は全身の血が逆流するような恥ずかしさを覚えた。
「彼氏と、よりを戻したいの?」という拓也の少し乾いた言葉が血液の流れを止めるように響き、「まさか!そこは、整理ついてるよ」と少し強い視線を返した。
最後の夜…
翌朝にこの島を発つことが決まっていたので、この日の夜は拓也と食事をしようと思い、民宿にはあらかじめ、夕飯は外で済ませると伝えていた。
外が暗くなってから、人工的な明かりに照らされる拓也の姿は、とても新鮮だった。
そして、人工的な明かりに照らされるからこそ、彼の純真さはいっそう際立つように感じる。
食事を終えると、彼の行きつけだというバーで、1杯だけ飲もうと誘われた。
「うん、行きたい!」
純粋というよりも無垢なひと言で、私は拓也の車に乗り込んだ。
そのバーは、彼の自宅アパートのすぐ隣で、ビーチにほど近く、波と風とヤシの木の葉が揺れる音が心地よく漂ってくる。
「いらっしゃい」
マスターらしき人の笑顔も、また澄んでいる。
「うん、来たよ、マスター」
常連客にしては、なんだか変な返事だと思ったけれど、南国の雰囲気が溢れる屋外とは別世界の落ち着いた店内の雰囲気に、その違和感はかき消されていった。
約束通り1杯だけ飲むと、拓也は「よし」となぜかこぶしを握って、「ましろ、花火、しない?」と目を合わせずに言った。
「あるの?」
私は、拓也の目を覗き込む。
「うん」
短い返事とともに、拓也の優しい視線が返ってくる。
マスターが「はい、これ」とカウンターから出してくれた袋を「俺の、置き花火」と笑って受け取り、拓也は私をビーチへと連れていった。
暗くて、甘い、ビーチ
この島のビーチは、真っ暗だ。
街灯もない。道とビーチの間にはヤシの木が立ち並んでいて、車のライトも遠い。そもそも、通る車が少ないのだけれど。
そんなビーチで何色もの輝きを流す花火は、本当に美しい。
そのはかない明るさに、私は最初、子どものようにはしゃいでいた。
ぐるぐると手に持った花火を回しては、円や星を描き、拓也を振り返った。
拓也は、何かもっと複雑な絵を描こうとして、結局はグチャグチャと乱れた線をかき回しているだけになっている。それもまた、どこか健気な、拓也らしい風景だった。
連続で何本もの花火に火をつけ、残りは線香花火だけになった。
拓也と私は、ビーチに腰を下ろして静かに線香花火に火をつける。
柔らかくて繊細なその光は、ビーチの闇に切ないほどに馴染んでいく。
ふっと線香花火が消えると、波の音だけが際立った。
その瞬間から、ほんの数秒をかけて、拓也の顔も手も、見えなくなっていく。
彼がライターに火をつけ、また顔と花火の光が蘇る。
そしてまた、消えていく…。
暗闇に包まれると、彼の甘い香りは、いっそう密度を増して私の鼻の奥を刺激し全身に沁みわたった。
(明日になったら、彼の顔も手も、全部見えなくなる…。この香りも、消えていく…)
拓也を喪失することへの悲しみとともに、見えない何かが、私の背中をドンと強く押す。
何本目かの線香花火が消え、闇が訪れた瞬間、その言葉は自分でも驚くほどすんなりと出てきた。
「私、拓也のこと、好き」
「え?」
暗闇の中で、拓也の短い返事が返ってくる。
珍しく、車道を車が通り過ぎ、そのライトが遠くに光り、拓也の顔が見えた。
彼は、笑っている。嬉しそうに。
車が過ぎ、波の音と闇が戻ると、拓也の顔は、また見えなくなった。
「それ、俺が言おうとしてたのに」
少しすねたような、でもその何倍も弾んだ声が、闇の向こうからやってくる。
次の線香花火に拓也が火をつけると、また彼の顔がふんわりと柔らかく視界に入る。
「ましろ」
恥ずかしさでうつむいている私の名前を少しゆっくりと呼ぶと、拓也は視線をまっすぐに合わせた。
「俺も、ましろのこと、好きだよ。大好き」
と笑う彼の顔は、花火の光の中で、少し照れくさそうにも見える。
「マスターにお願いしたんだ。告白する勇気が出たら店に来るから、花火を置かせてくれって」
そう言って笑った手が揺れ、火をつけたばかりの線香花火の玉が音もなく落ちた。
闇の中で何かを探るように、拓也が、座ったまま私に寄り添ってくる。
彼の手は、そっと私の肩に回った。
その動きに身を委ねて、彼に寄りかかると、拓也は一気に強く、私を抱きしめる。
波の行き来する音の合間に、拓也の「ましろ」という声が、優しく響く。
もう一度、今度は私の唇のすぐそばで名前を呼ぶと、柔らかな唇を重ねた。
一瞬で溶けるように、ふたりの唇は混ざり合う。
触れ合う舌からは、さらに密度を濃くした彼の甘い香りが、私の口の中に染みこんでいく。
その甘さと愛おしさを、もっともっと全身に飲み込みたくて、私は、精一杯に強く抱きしめながら舌を絡めた。

彼の香りと絶妙な和音を奏でるような島の空気に含まれた甘さ。
甘みと甘みが重なりながらも、少しもしつこくない、ただただ愛おしいだけのこの香りの一部になりたいと、私は、強烈に願っていた。
あらすじ
島で偶然出会った男性、拓也に島を案内されている間に少しずつ惹かれていくましろ。
いよいよ島を離れる日が近づき、彼と離れたくない…という気持ちが大きくなっていく
ましろはついに拓也と二人きりのビーチで…?