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官能小説 純白と快感のあいだ 第1話【LCスタイル】


高くて青い空

「青い…」

半分は息を吐きながら、思わず声が出た。

空が、青い。空って、こんなに青かったのか。それともこのところ、私が、空の青さに気づかなかったのか。
…気づけなかったのか。

東京とは、高さも青さも明らかに違う南の島。空港を出て空を見上げると、目の奥が痛む。眩しいからかもしれない。
そうではなくて、恋も仕事もうまくいかずに枯れ果てたと思っていた涙が、「まだ残っている」と訴えてきているからなのかもしれない。
失恋と仕事のミスが生む涙がまだ残っているのなら、この島で全部流して帰ればいい。
この1週間は、そのために、ここに来たようなものなのだから…。

地上に届く光までが空の青みを帯びているような太陽を浴びながらバスに乗り込み、予約してある民宿へと向かった。

癒しの甘い風

『中城ましろ様 ごゆっくりおくつろぎください』

民宿の部屋へと案内されると、部屋のテーブルの上に、そう書かれた紙がある。薄いブルーのような、グリーンのような…。手作りの紙だろうか…。
自覚していたよりも気を張っていたのか、小さな民宿ならではの温もりにも、ジンときて涙がにじみそうになる。

「出かけよう」

あえて声に出して、私は立ち上がった。
身軽になって外に出ると、島の空がいっそう高く青く感じられる。
それだけじゃない。…この香り。花の蜜の香りだろうか…。でも、それよりも少し濃い甘さ…樹液?
それとも、島の空気の粒に、この甘い香りが詰め込まれているのかしら…?
漂ってくる独特な甘みを含む風に、私は、それだけで癒やされる気がした。

東京で下調べをして、行こうと決めていたお店、鍾乳洞、お寺…。タクシーで案内してもらった後、民宿の近くのビーチに降ろしてもらう。
白い砂浜と、その先に広がるキラキラと透き通って青く光る水面。
風に水が揺れているのか、水の揺れが風を誘っているのか。その風景に吸い込まれるように、砂浜へと続く階段を下りる。
砂浜に足を踏み入れると、水面の色は、さっきまでとは少し違って見える。波の音も、体を揺さぶるように近い。

「きれい…」

自分の知っていた海とはまるで別物の目の前の風景が、なんだかもったいない。このまま歩き続けたら、何か見逃してしまう風景があるような気がする…。
そう思うと、つい立ち止まり、砂浜に腰をおろした。

想像をはるかに超えて柔らかな砂…。
手の平に含むと、指のすき間から、少しずつこぼれ落ちていく。失恋と仕事の傷も、こんなふうにこぼれ落ちればいいのに…。
私は、履いていたミュールをぬいで、足の裏を砂浜に埋めた。

「熱い…」

日光に照らされた砂の熱は、さらに足を沈めていくとひんやりとした心地よさに変わっていく。

突然の雨

足首まですっかり私を包み込んだ砂に、小さな点…。
また…、小さな点。
そして、また、ポツリと…。

「雨…?」

空を見上げると、青空から水滴が落ち、目に見えるスピードで雨雲が近づいていた。

「うそ…」

砂から足を引き上げ、ミュールを掴むと、ビーチを民宿の方向へと急ぐ。

雨粒は、想像以上に速いスピードで数を増し、一気に雨が強くなる。民宿までの道のりは、はっきりとは覚えていない。
雨足は、数秒ごとに強くなる。私は、ビーチ沿いに並ぶ木々の中でもひときわ大きな木の下に駆け込んだ。
落ち着いてみると、服はすっかり色が変わるほどに濡れている。髪も、顔にまとわりついてくる。

やむ気配のない雨と、どんよりと低く立ち込める雲。空の色に引っ張られるように変わる海の色。濡れている服と髪。
すべてが、失恋と仕事のさんざんな状況を抱えた私そのものだ…。
そう思うと、げんなりと木の幹に寄りかかり、座り込むしかなかった。

出会い

「大丈夫ですか?」

ため息をつきながら、雨に溺れていくような砂浜と海をぼんやりと眺めていたので、後ろから聞こえてくるその声に、少しびくっとした。
振り返ると、男性がひとり、傘をさして立っている。
年齢は、私と同じ20代中盤くらい…?

…なんだろう?空気に漂う甘い香りが、さっきまでより強くなっている気がする。雨だからかもしれない。

「大丈夫?」

もう一度尋ねられて男性を見上げると同時に、風が吹く。いっそう強くなった甘い香りが、風に揺れる薄いカーテンのように正面から私を包み込む。

「あ…、ありがとうございます。大丈夫…です…」

座ったまま、見上げて視線を合わせる私は、もしかしたら、きょとんとしていたのかもしれない。
「あはは、大丈夫じゃないな」と笑った後、男性は、旅行なのかと尋ねてきた。

「はい。さっき東京から着いたばかりで…」

甘い香りのカーテンに包まれたまま、私は、できるだけきちんと答えた。
けれど、その男性の目に私がどう映ったのか、彼は

「やっぱり、大丈夫じゃないよ」と白い歯を見せて笑い、座っている私に手を伸ばす。

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私は、反射的に自分の手を重ねてしまった。

「俺、宮里拓也。近くに住んでるんだ。泊まるのは、どこ?送ってくよ。この雨は、もうしばらくやまないだろうから」

腕を引き上げられながら、私は、甘い香りのカーテンの正体は彼だったのだと気づいた。

「ありがとうございます。私は、中城ましろです」

宿泊先の民宿のパンフレットをバッグから出すと、彼は、また白い歯をのぞかせて、雨の中を無理してひとりで歩かなくてよかったと言い、私を傘の半分に入れると歩き出した。

傘の中のふたり

「この島は、初めて?」

傘を打つ雨音と響き合って、彼の声からは潤いと深みが漂ってくる。

「はい。けっこう急に旅行しようって決めて。で、ここは、何年か前からずっと来てみたいなって思ってたんです」
「そうなんだ。今日は、いろいろ行ったの?」
「このお寺と、この通りにある雑貨屋さんとギャラリー、それから鍾乳洞に」

島の小さな地図を見せながら話していると、服や髪が濡れていることも、気にならなくなっていく。
右隣から漂ってくる甘い香りと、拓也の無垢な笑い声、時々目が合うときの透き通るような瞳は、この土地が発する少しの角もなく果てしなく丸い波長に馴染んでいた。そして私も、その波長に馴染むような錯覚を覚えた。

「それで、どうして急に旅行することにしたの?」

私の錯覚を、一瞬にしてかき消す質問だった。

「あ、ごめん。もしかして、訊いちゃまずかった?」

拓也の瞳は、申し訳なさそうな顔をしても透き通っている。

「まずかった!」

そう笑って視線を向ける私の瞳は、どれだけ濁っているだろうか…。

「うそうそ。大丈夫。なんか、いろいろ重なっちゃって」
「そか。いろいろあるよね」

申し訳なさが消えない表情をする拓也の瞳は、少年のそれのようにも見える。

「じゃ、せっかくだから、私のいろいろ、聞いてくれますか?」

いたずらっぽく私から視線を合わせると、彼は少し安心した顔つきで頷いた。

理由

それから私は、この島にやって来るまでの経緯を話した。
5年以上も付き合って結婚も考えていた恋人に、突然別れを告げられたこと。
その影響なのか、仕事で小さなミスが重なって自己嫌悪に陥っていたこと。
そんな矢先、あるクライアントに絶対に送っちゃいけないファイルを、メールの宛先間違いで送ってしまって大問題になったこと。
しかも、追い打ちをかけるように、別れた恋人を遠くから見かけてしまい、彼は女性と手をつないでいたこと。

「それで、もうリセットしたほうがいいと思って、有休をとって、今、ここです!」

カラ笑いで拓也を見上げると、彼は同情という言葉を絵に描いたような表情で目を合わせた。

それから、少年漫画の主人公のような満面の笑みで「終わったことはしょうがないな!この島で全部忘れていきな!」と私の肩をポンッと叩いた。
甘い香りが、その瞬間、いっそう強くなって私を包み込む。

「痛い!」

私も彼の肩を叩き返して正面に向き直ると、さっきチェックインをした民宿が目に入る。

「あ、あそこだ。ほんと、無理してひとりで歩かなくてよかった。ひとりじゃ、迷っちゃった」

ありがとう、と付け加えて拓也に視線を向けるのと、彼が「明日から…」と切り出すのが、ほぼ同時だった。
「明日から?」と聞き返すと、彼は、「明日から1週間、予定あるの?」と尋ねる。

「実は、まだちゃんと決めてないの。行きたい場所はあといくつかあるんだけど、とにかく急に決めた旅行だから」

我ながら子どものような衝動だったと、気恥ずかしくなる。

「なら、俺、案内するよ。仕事、なんとかなるし!」

官能小説の傘をさして話をている男女

フリーランスで仕事をしているという彼は、明日から私の滞在中、島を案内してくれるという。 私が知っているところは名所ばかりだけど、島にはまだまだいいところがたくさんあるそうだ。

「いいの?」

旅先だからなのか、心の傷でゆとりがなくなっているのか。私は、彼の提案に遠慮ができなかった。

「もちろん!じゃ、明日の朝10時ね」

連絡先を交換すると、拓也は、雨の中を走っていった。
その後ろ姿から、甘い香りの粒が舞い上がっていくようで、私は、曲がり角で振り返った彼に手を振った後も、ふわりとしたカーテンに包まれ続けていた。

⇒【NEXT】島で偶然出会った男性に島を案内してもらうことになり…?(純白と快感のあいだ 第2話)

あらすじ

恋人に振られてしまった傷心旅行で、一人である島を訪れた主人公・ましろ。島の道を散歩していたところ、急に雨に降られてしまい、沈んだ気持ちで雨宿りしていると…。

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