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官能小説 恋の誘惑は唇から 1話


優しく撫でる大きな手

「つばさちゃん、いいからおいで」

ぽん、とソファーの隣に手を置いて、三島さんが言う。

大好きな三島さんにそんなふうに言われたら、あたしはいつだって尻尾をブンブン振る犬のように彼の元に駆け寄ってしまう。
そうして、隣にちょこんと座ったあたしの頭を優しく撫でる大きな手。
その温もりも向けられる微笑みも、あたしを夢見心地にさせて、彼の側にいるときが、一番の幸せな時間。

なのに。
いつもと変わらないような穏やかな微笑みを浮かべた三島さんの、だけど今日は纏う空気がいつもと少し違って。

「つばさちゃん?」

もう一度名前を呼ばれて、あたしはおずおずと彼の元に足を向けた。

久しぶりのデート

「やっとゆっくり会えるよ。週末どうしようか」

そう言って、三島さんから連絡があったのは水曜日のこと。
電話越しのその声に、あたしの心が喜びで跳ね回ったのは言うまでもない。
だって、久しぶりのデート。

小説挿絵:嬉しくて舞い上がる女性

先週まで大きなプロジェクトに関わっていた三島さんは、その大詰めも大詰めだったここ2ヶ月は殆ど海外出張で不在で、顔を見ることだって難しかった。
せいぜいがとんぼ返りの帰国で、同じ社内にいても部署が違えば偶然すれ違うのが関の山。
だからやっと二人でゆっくり過ごせる週末に、あたしの気分が上がるのも当然のことだろう。
だって、忙しいのは分かってたし、三島さんの負担になりたくなくてその上嫌われるのも嫌だから我慢してたけど、あたしはもうずっとこんな風にして、三島さんに会いたかったのだ。

足早に社内を歩く三島さんに会釈して「お疲れ様です」とだけ言って通りすぎたりするようなのじゃなくて。
朝晩携帯で短いメッセージを送りあって、ずれた時間に思いを届けあうんじゃなくて。
ずーっとずーっとくっついて、枯渇しかけてた三島さん成分を補給したい。

それは願望というより、切望に近い気持ち。
だから「駅前で待ち合わせて、映画観てランチして、あとはウインドウシャッピングでもする?」って言ってきた三島さんに、「ご飯作るから、三島さんの部屋に行きたい」と言ったのはあたしだ。
「一緒にのんびり過ごしたいです」って言葉の6割は三島さんに身体を休めてもらいたいって気持ちで、残りの4割は、自分自身の欲望。
だって人目があると、そんなにベタベタするわけにもいかないから。
そんなことを考えるくらい、あたしは三島さんに飢えていた。

―――だけど、三島さんは違ったのかな。

その時も、あたしの提案に束の間置いて、「いいよ」って答えてくれた三島さんの電話の声からは、たまに見せる、ちょっとだけ眉を下げた、困ったような微笑みが見えるような気がしたから。
今だって。
玄関で顔を合わせた時、一瞬怪訝そうな表情をして、それから三島さんの雰囲気は微妙なままだ。
その態度に、あたしは、この1ヶ月の間積み上げてきた勇気が崩れてしまいそうになる。

それは、長くて短い1ヶ月で。
でも今度会えたら、その時にはきっと三島さんとの関係を変えようって、そう決めてやってきたのに。

あたしの髪を撫でる手

いつものようにあたしの髪を撫でる手。
だけどいつもなら、「ああ〜癒されるなぁ」なんて言って、あたしの頭に頬を寄せて、たまにちゅ、とキスを落として、満足そうに微笑みながら肩に抱き寄せてくれたりなんかするのに。
そんな三島さんに、嬉しくなって顔がニヤけながら、

(いや、でも、感じて欲しいのはそういうんじゃなくて)

と、あたしが思ってしまうのがいつものこと。

三島さんと付き合って半年。部屋に来るのは、初めてじゃない。
白い壁紙にグリーンを基調にした、三島さんっぽいインテリア。
優しくて安らぐような雰囲気のリビングは明るくて、あたしはこの部屋も大好きだ。

ソファーで手を繋いで肩を寄せ合って、正面の壁のテレビで映画のDVDを観て過ごす、そんなお家デートも何度かしたし、それだって大好き。
でも、二人きりの部屋でそんなふうにくっついて触れ合って過ごしても、あたしはこの部屋以外を知らない。
1LDKのマンションの、このリビングの奥、三島さんの尤もプライベートな場所にあたしは入れてもらったことはないのだ。
つまり、不意にいたずらみたいに啄むようなキスをすることはあっても、―――未だに三島さんとのセックスはない、そういうこと。

お付き合いをして半年で、それって普通のことなんだろうか。
あたしは三島さんが初めての彼氏というやつで、自分の経験として他の男の人とは比べようがないけど、友達の話ではもっと早い段階で、なんというか…”そういうこと”を、求められてる様子だったのに。
でも三島さんからは、ちっともそんな気配を感じることはなくて。
それは、

―――ひょっとしてあたし、子供っぽいと思われてるのかな?

三島さんのあたしへの好意は、もしかして女の子としてじゃなく、小動物として好き、みたいなものだったりしてないかな。
一緒に過ごす時間を重ねるほどに、そんな考えを頭に浮かべては沈めることが増えていった。

⇒【NEXT】三島さんの優しさに甘えるのはこれで最後。これからは、邪魔しないように、遠くから見ていよう、そう思って…(恋の誘惑は唇から 2話)

あらすじ

主人公つばさの彼、三島は忙しい日々を送っていた。久しぶりのデートで舞い上がる主人公だが…

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