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官能小説 わたしたちのラブストーリー 第3話〜本当の私を、知ってほしい〜


わたしたちのラブストーリー 第3話〜本当の私を、知ってほしい〜 長続きしない 彩芽

『ウーマンズライフ』は、女性のためのヨガ教室だ。何十人といる生徒さんは皆、自分を高めるために通っているのだろう。
男のためというのは、私だけかもしれない。

レッスン開始前、スタジオでひとり鏡に向かっていたら、優絵がやってきた。
「彩芽、昨日はごめんね」
ううん、と私は笑う。優絵は内側から輝いている。素直に羨ましい。

「優絵。ひとりの男と付き合うのって、こわくない?いつかフラれるんじゃないかって、不安にならないの?」
「こわいし、不安だけど。でも、陽斗といる自分が、今までの自分より好きなんだ」
「私はだめ。こわくて不安になる。でも、みんなにめちゃくちゃ尽くしても、私、本当は全然楽しくない」

楽しくないと白状したら、急に自分が可哀想になった。

優絵が私の背中をさする。
「彩芽はどうしたいの?」
彩芽さんはどうしたいの。どうされたいの。勇真の真摯な表情がまぶたに浮かんだ。

「彩芽がしてほしいことを、言ってみたらどうかな。尽くすだけじゃなくて」
「尽くさなかったら嫌われる。もう嫌われるのはいや」

便利で実用的な女でいれば、必要としてもらえる。でも、そこに私は、彩芽はいない

「それなら、それだけの男じゃない?って、彩芽が私に言ってくれたじゃない」
「……私がどうしたいかなんて、わからない」

昨夜勇真に、私がしてほしいことを言ったら、してくれるの?って詰めよったくせに、私は私がしてほしいことをわかっていなかった。
でも、ただ背中を撫でられるだけで、抱きしめてもらうだけで、身体がとけそうになった。
事実、あのあと勇真は何もしなかったのだ。キスもせず、ふたりでごはんを食べて帰った。

「女性の身体って不思議だよ。してもらいたいことがわかると、どんどん変わっていくの」
えらそうにごめん、と優絵は肩をすくめる。ううん、と私は首を振った。
胸や女性器、敏感な部分を自分でさわってみても、単純に感じる。
もし、好ましい男に大切に扱ってもらったとしたら、私はどうなるのだろう。何かが変わるのだろうか。

月がだんだんと細くなっていく。
予定のない夜に、私は窓辺でスマートフォンを繰っていた。バストケアジェルがなくなったので、注文しようと通販のHPをひらく。
バストケアもデリケートゾーンのケアも、『ウーマンズライフ』に通うのでさえ、すべて男のためだった。

下着姿の女性

ふと、画面をスライドする指が静止した。
バイブにローター、こんなのも売っていたの?しかも女性が自分のために使うものらしい。
「セックスはコミュニケーション」「感じる場所がわからない悩み」……、そんな解説が目に飛び込んできた。

月が綺麗だね……。
今夜の月は、私の心みたいに頼りない。もし、私が自分の感じる場所を見つけて、伝えたら、気持ちよくしてくれるのだろうか。ううん、気持ちよくしようと頑張ってくれるのだろうか。
「よしよし」って服の上から身体を撫でられただけで、心までほどけた。私も本当は、たったひとりの人に愛されたい。

『今夜は月が出てないわ』
『彩芽さん。新月だから見えないんだよ』
勇真は、彩芽さん、と相変わらずさん付けで私を呼ぶ。INEでも実際に会っていても、礼儀正しいのだ。
『じゃあ、月の代わりに会いに行っていい?』
見えない月の代わりに会いに来てくれるというのか。勇真はまったく無垢だ。
『いいよ。それなら、うちに来て』

バイブレーターとローションを自分のために買った夜、私は勇真以外の男をSNSから削除した。
今まで何人もの男と付き合ったけれど、部屋には招いていない。今日、初めて誘ったのだ。

『うん』
と、シンプルに返事が来た。離れていても、緊張しているのが伝わってくる。
離れていても、離れていない感覚。大切にされている、安心感なのだろうか。昨日、優絵から聞かされた話を思い出す。

自分のためにラブグッズを揃えたと優絵に言ったら、優絵はばかみたいに感激していた。
彩芽は彩芽を大事にしてくれる人のために彩芽を使うべきだと、選挙みたいな演説までしてくれた。

そして、
「だって、その勇真君は、もともと彩芽のことが好きだったんでしょう」
と微笑んだ。

「んー、最初は単なるセフレだったような気がするけど」
「彩芽、『月が綺麗だね』って、意味知ってるよね」
「え、意味?」
「夏目漱石が、『I LOVE YOU』を『月が綺麗ですね』って訳したのよ」
「そうなの?」
「そうよ。だから、LINEの話をしてくれた時からピンときてたんだけど」
「『月が綺麗ですね』じゃなく『月が綺麗だね』だし、単なる偶然かも」
「偶然でもいいじゃない」

犬みたいで子供っぽい勇真が、夏目漱石ね。
真意はどうあれ、ラブホテルに入っておきながら何もしないで帰ってきたのは、勇真が初めてだったのだ。

今夜、私は私のしてほしいことを言ってみよう。
「気持ちいい?」って聞いてくれたら、「気持ちいいよ」って全力でこたえる。
いっぱいキスをして、私は私と、勇真を一緒に抱きしめるのだ。


END

あらすじ

身近にあるセクシャルなコトにスポットを当てた小説短編集。
甘くて切ない恋愛模様…ひとりの人に愛されたい。

森美樹
森美樹
埼玉県出身。元少女小説家、小説家。2013年新潮社『R…
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