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メンヘラ社会人×ラブコスメ コラボ小説『香水』


不正解な恋

“夜を過ごすだけの相手”に恋なんかしたら絶対にダメだって分かってる。そんな事は痛いくらい分かってる。でももし、万が一恋に落ちてしまったら、どうするのが正解なの?付き合える可能性に賭けて告白する?想いは胸の奥底に隠してずっと隣に居続ける?

いや、もしかしたらそんな曖昧な関係の人を好きになってしまった時点で、その恋は不正解なのかもしれない。

出会った当初、私たちは飲食店のバイトの先輩後輩の関係だった。私がバイトを辞めることになったその送別会の帰りに、彼とはそういう関係になった。

元々そこまで仲が良かった訳では無かった。業務連絡以外で話したこともろくになかったし。ただ偶然飲みの席が隣になったタイミングで、思いの外話が弾んでしまった。好きなバンドが実は一緒だったとか、古着集めるのが好きだとか、そういう偶然の一致が私たちの距離を一気に縮めた。近くで見たら結構好きな顔してんなあ、二重綺麗で羨ましいなあ、なんて考えていたら、酒の勢いもあり、気付いたら彼の家で朝を迎えていた。

さすがに元バイト先の人とワンナイトはまずい。これで彼とは気まずくなるんだろうなあ、なんて思っていたら、むしろ彼とはそれまでより仲良くなった。皮肉にも、バイトで顔を合わせていた頃よりも会うようになった。

隣り合う男女

ただ、私たちは会ったら毎回セックスするという訳でもなかった。

夕方に集まってボーリング場で夜が明けるまでボールを投げ続けてた日もあった。缶ビールを片手にブランコを漕ぎ続ける夜もあった。彼の家でセックスしてそのまま泊まり込む日もあれば、家で寝たい気分の時はセックスせずに終電で帰る日もあった。たぶん、セックスは会った日の半分するかしないかくらいの頻度だった。

鉄の掟

だから、私たちはどちらかが実は相手に沼ってます〜みたいな、ありがちな泥沼関係でも無かった。
言ってしまえば、セックス“も”するかなり仲の良い友人。他の人より距離は近いけど、恋人ほど近くはない楽な関係だった。

一度、彼に「私たちの関係性ってなんなんだろうね?」と何の気なしに聞いたことがある。今思うと我ながら面倒な質問だと思うが、彼は気を遣うふうでもなく、間髪入れずに「親友」とだけ答えた。セックスする相手に親友もクソもないだろとは思ったけど、彼は「お前が1番なんでも話せるからなあ」とだけ続けた。

正直、悪い気はしなかった。彼の親友。特別な関係な感じがして、嬉しかった。

男女カップル

そういえば、「そういう関係では絶対に守らなければならない鉄の掟がある」と大学の友人が楽しそうに話していた。その掟とは“相手を好きにならないこと”らしい。

友人いわく、そういう関係で始まった人とはそういう関係のままで終わらなければならない。言い方を変えれば、その相手を好きになってしまった時点で、その関係性はもう長くは続かない、と。

友人の話を話半分に聞き流しながら、当然だよなあと私は他人事のように思った。体だけの関係の相手に恋するなんて、しんどいだけだ。だって、言ってしまえばお互いに好きじゃないからこそ続く関係だし。

そもそもその人を好きになってしまったら、好きな人の一番近くの特等席で、好きな人の女遊びを見ない振りし続けなければならないってことだ。そんな生き地獄みたいなことができるのはこの世でひと握りくらいしか存在しない。私とは程遠い世界の話だなと鼻で笑っていた。

どうやら私は、そのひと握りの中の一人だったらしい。

歪んだ違和感

ちょうど彼との関係が始まってから半年くらいが経った頃だったと思う。私の中の最初の異変は、彼のLINEのトークを隣で何気なく覗き込んだ時に起きた。

トークの上の方には女の子たちの名前が並び、そのトーク画面には『次いつ会えるの?』『会いたい』なんて女の子たちの叫びが踊っていた。

一瞬、視界が揺れる。

やっぱりこの男はモテんなあとか、顔は腹立つくらいいいもんなあ、とか。いつもならそんな軽口を叩いて終わる。というか、それ以上の感情を持つことは今まで一度もなかった。それもそのはず、そもそもこの男の事なんか好きじゃなかったから。

ただ、この日は何もかもがおかしかった。彼に聞こえるんじゃないかと心配になるくらい、心臓がずっと嫌な音を立てていた。視界が斜めに歪んで、まともに画面を見ていられなかった。女の子のトークだらけのLINEに無性に腹が立った。腹を立てる資格なんてないのに。

ああ、これが嫉妬かあ。どこか自分とは無関係だと思い込んでいた感情に気付く。

いつからだろう。心のどこかで彼は自分のモノだと思い込んでいた。自分だけは彼の中で特別だって。ほかの女と会う暇なんて無いでしょ、って。

当たり前だけど、そんな保障はどこにも無いんだ。隣にいるはずの彼が、どこか遠くにいるような感覚に駆られた。

結局この日は心臓の音が鳴り止まなくて、何を話せばいいのかも分からなくなったから、適当に理由をつけてセックスもせずに終電前に帰った。この得体の知れない感情は、一時の気の迷いだろう。そう思い込むことにした。

寝たら元に戻ってるだろう。この気持ちも、心臓の嫌な音も。朝起きた時には無くなっているはずだ。

ベッドの上の女性

情けないことに、朝起きてもその違和感は取れなかった。むしろ時間が経てば経つほど、その得体の知れない感情は心の中で大きくなっていった。彼と会えば会うほど、目を合わせられなくなった。彼の隣にいればいるほど、今まで自然にできていた会話が交わせなくなっていた。

毎晩のように、彼が夢に出てくるようになった。

何をしていても彼が何しているのかが気になるようになった。返信がいつもよりちょっと早いだけでニヤけるようになった。彼の好みのタイプを気にするようになった。彼が面白いと言っていたアニメを追いかけるようになった。夜は彼のTwitterをチェックしてから寝るようになった。以前暇つぶしで入れていた出会い系アプリを全部消した。彼からのLINEかと思いきや公式アカウントからのLINEにイラっとするようになった。

白状する。もうそれは得体の知れない感情なんかではなかった。彼のことが好きになっていた。好きで好きで仕方がなかった。気が付いた時には、私の生活の中心に彼が存在していた。

同時に、友達が話していたことを思い出す。

「体だけの関係の人を好きになってはいけない」とかいう鉄の掟。鼻で笑っていたはずの鉄の掟を、私は守ることが出来なかった。

友達が言った通りだった。彼とはもうこの関係性は続けられない。

じゃあどうする?

付き合える可能性に賭けて告白する?

想いは胸の奥底に隠してずっと隣に居続ける?

私の答えは、

最後の温もり

彼の家の最寄り駅に着くと、彼が改札の前まで迎えに来てくれている。手のひらをヒラヒラと振るまだ眠そうな彼の頭には、特大の寝癖が付いている。普段はちゃんとしてるくせに、私の前だとどこか抜けている。そんなお茶目なところがどうしようもなく愛おしい。

彼の隣に並ぶと、彼が当たり前と言わんばかりにすぐさま指を絡ませてくる。彼女でもないのに外で手を繋いでくるなんて反則じゃないの?それとも、誰にでもしてるから慣れてるの?素直に喜べない自分が歯痒くて仕方ない。

五分くらい歩くと、彼の家に着く。見慣れたドアを眺めていると、少し感慨深い。もうこの家に何十回来たことか。出会い初めの頃、ドアノブに触れる度に緊張していたのが懐かしい。
彼のベッドに腰を降ろすと、早速彼が高い背丈を縮こませて私の首元に顔を埋めてくる。年上のくせに、甘えるのが上手い男なのだ。

「いつもとちょっと匂い違うね、この匂いすき」

それだけ言って、私の首元にキスをする。何も考えていない風に見えて、こういう細かい所にきちんと気づいてくれる。それがどうしようもなくズルい。ズルくて、大好きだった。

「なんかそういう気分になってきた」

それだけ言って、彼は私を抱きしめながらベッドに寝転ぶよう誘導する。私も抵抗することはしない。最初からそのつもりだった。今日が、最後だから。

シーツを掴む女性

彼とセックスするのも、彼の顔を見るのも、今日が最後だと決めていた。

彼の唇

行為が終わる。やっぱり好きな人とする行為は蕩けるように気持ちが良くて、同時にこの男の体も心も独り占めできないのが泣きたくなるほどに悔しかった。

私にとっての彼は抱かれたい唯一の相手なのに、彼にとっての私は、抱きたい女の子たちのうちの一人でしかない。その事実が、どうしようもなく苦しい。

だから、最後くらい貴方にも苦しんで欲しい。

行為の後、ベッドの上で携帯を弄る貴方に「今日用事あるからそろそろ帰るね」とだけ伝える。彼は「ええ、もう帰っちゃうの」と口を膨らませて私の背中に抱きつく。またいつでも会えるでしょ、と彼の腕を優しく振りほどく。

ドアの前、いつものように彼に別れを告げる。バイバイ、また会いに来るねって。いつもと全く同じセリフを吐く。大丈夫、いつも通りに言えてるはず。彼にその言葉を疑う素振りは微塵もない。

ドアを背にして彼がキスをしてくれる。その唇が離れるのを確認してから、私は外に出る。

ドアを開ける女性

彼がドアから私を見送ってくれてるのが分かる。手を振ってくれている気がする。

でも私はもう振り返らない。

大好きだった人

“夜を過ごすだけの相手”に恋したらどうする?

私の答えは、さよならを伝えず貴方の前から存在を消す、だ。

まだ彼は、私と会えると思ってるんだろう。この後も律儀に、『気をつけて帰ってね』ってLINEをしてくれるんだろう。また暇になれば、会いたいって気軽にLINEしてくるはずだ。

でも、もうそのトークに既読が付くことはない。何がなんでも付けてやるもんか。

既読の付かないトークを見て、少しでも私のことを考えて、思い出して、不安になればいい。

香水の匂いを思い出して、私のことを待ち焦がれればいい。

それが私の、最後の呪いだ。

スマホを見る男性

心の中で何度も呟く。

バイバイ、大好きだった人。

というのが、私の昔の話だ。

本当に彼のことが好きだったって今になっても思う。あの頃からもう3年も経つのか。あんなに人を好きになれたのは初めてのことだったし、あの後は長い間引きずって恋すらできなかった。今思い出すと、自分の事ながら初々しくて笑ってしまう。

でも、ようやくあの時の恋から立ち直れた。本当に好きって思える人に出会えた。曖昧な関係なんかでは無く、恋人として自分を大切にしてくれる人だ。

今度こそバイバイ、大好きだった人。

あの恋愛は当時の自分にとっての全てでした。

そして今の自分になるために必要な経験だったんだなって本当に思う。

この香水をつけて、新しい恋に踏み出していきます。

END

アナザーストーリー

好きだった女と、連絡が取れなくなった。

好きだった、とは言っても付き合っていた訳ではなかった。かと言って、完全な片思いだった訳でも無いとは思う。暇な日さえあれば会ってたし、セックスもしてたし。少しは好意を持ってくれてたと思ってた。自分だけが思い上がってるだけかもしれないけど。

どれだか好きかと言われれば、女遊びするのを辞めるくらいには好きになっていた。信用して貰えないかもしれないけど、彼女以外とそういう事をするのは辞めていた。出会い系のアプリは消して、そういう関係だった女とLINEするのは辞めた。それが自分の中でのケジメのつもりだった。

ただ、好きって一言が彼女にはずっと伝えられなかった。

一度、彼女に「私たちの関係性ってなんなんだろうね?」と聞かれたことがある。予想だにしない問いにドキリとしながらも、親友とだけ答えた。

彼女のことはなんでも話せる人だと思ってたし、同性の友達なんかよりずっと信用してたし、嘘は言っていないつもりだった。

ただ、その更に奥にある気持ちだけは咄嗟に隠してしまった。

今のままでも充分楽しいじゃんって気持ちが、告白という選択肢を邪魔した。言い訳かもしれないけど、気持ちを伝えて今の関係性が崩れるというのも怖かった。

そして、彼女は突然僕の目の前から消えた。LINEもある日を境に返ってこなくなった。

握りあう手

最後に会った日、思い返すと確かに違和感はあった。いつもとは違う香水をつけていた、とか。いつもと少し雰囲気が違っていた、とか。今気付いても遅いけど。

もしかしたら、もうその日会う時点で彼女は離れる決心をしていたのかもしれない。今思い出してみると、そんな気がしてならない。

家に来て、セックスだけして、そしてすぐに彼女は家を出た。あの日確かに、彼女はまた来るね、と言ってくれた。でも、そう言った彼女の目は少し潤んでいた。

その嫌な可能性から目を背けるように、僕は見ないふりをしていた。彼女がまた来ることは無かった。

好きな人ができたのか。はたまた彼氏が出来たのか。分からないけど、彼女は僕から離れる決断をした。僕に何も告げずに。

もう彼女と話す術はない。電話も繋がらない。会いたくても会えない。せめて想いを伝えていればと後悔しても、もう遅い。

彼女が寝ていた場所には、まだあの香りが残っている。

この香水の香りを嗅ぐと、どうしようもなく彼女のことを思い出す。

白状する。僕はどうしようもなく彼女のことが好きだった。

既読が付かない彼女とのLINEを、未だに消せないでいる。

Another Story END

〜今回はこの香水をテーマに小説を書いていただきました〜

リビドー ベリーロゼ

あらすじ

Twitterフォロワー数35万人を超える恋愛系ライター、メンヘラ社会人さんとラブコスメのコラボ小説。

メンヘラ社会人
メンヘラ社会人
メンヘラを治すために日々奮闘中。最近メンヘラ大学生から…
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