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官能小説 【小説版】シンデレラになる方法 番外編 〜誓子の場合〜 第3話


鏡の中の原石

ついにプロデュース初日。誓子は真樹夫の屋敷のメイク室に通された。

部屋の中央には大きなメイクボックスが置かれたテーブルが、その周りには強い光を放つライトが数台設置されていた。まずは壁際にあるソファに腰を下ろし、部屋全体を見まわしてみると、一番奥の壁に、白雪姫に出てくるような美しく立派な鏡が掛けられていた。

「あ、素敵な鏡…」

一瞬、見に行こうかと思ったが、誓子は鏡に映る自分を見たくなかった。装飾が気になりつつも、遠巻きに眺めることにした。

コンコン、とノック音が聞こえると同時に、真樹夫がメイド数人を連れて部屋に入ってきた。

「さぁ、ついに今日からプロデュースの始まりね!腕が鳴るわ〜!」

手を前に合わせ、嬉しそうに身もだえする真樹夫を見て、今日もハイテンションだな、と苦笑する誓子だったが、だんだん真樹夫のストレートな感情表現が心地よく感じ始めていた。

「じゃあまずはメイクから始めるわね。あなた、普段メイクはするかしら?」
「い、いえ…ほとんどすっぴんです」

「あら、じゃあ今日はメイクの仕方を覚えてもらうわね!キーワードは『素肌っぽさ』よ。男性は素肌よりも『素肌っぽさ』に色気を覚えるの」

真樹夫が話しながらいくつかクリームなどをメイクボックスから取り出し始めると、メイドの一人が誓子をライトの中央にある椅子へと促した。

誓子が座ると、ケープのようなものが首から掛けられ、目元まで伸ばしっぱなしだった前髪がさっとヘアクリップで留められた。そして、最後に目の前に卓上の鏡が置かれた。

突然現れた自分の姿は、おでこと目が思いっきり出て、顔全体が見える状態になっていた。とたんに誓子は目を閉じ、顔を背けた。

「あら、鏡を見ないとメイクの仕方がわからないわ」
「自分の顔…見たくありません…」

誓子が首を振ると、真樹夫はふう、と息を吐き、目線に合わせるように、かがんで誓子の顔を見た。

「あなたの顔は私が認めた原石なの。だから大丈夫、逃げないでちゃんと見るのよ」

真樹夫の優しい瞳を見ると、なぜだか心を縛る鎖が緩むようだった。誓子は恐る恐る鏡を見た。情けなく下がる眉、自信なさげな目つき、可愛げなく結ぶ堅い口元…。この顔が本当に原石なのだろうか。

誓子の不安は消えなかったが、鏡を見続ける誓子を見て真樹夫は嬉しそうにうなずくと、「ほら、大丈夫でしょ。これからどんどん変わるから、もっと鏡を見たくなるわよ!」と手に握ったハート型のメイクブラシを誓子の鼻の先にビシッと突きつけた。そして、風のようなスピードでメイクを開始したのだった。

生まれ変わった自分

「さぁ、どうかしら!?」

まるで魔法をかけた後のようにメイクブラシを頭上に掲げながら、真樹夫は得意げにニヤリと笑った。

誓子は鏡に映る自分をまばたきもせずに呆然と眺めていた。これが自分だとはとても信じられない。ツヤツヤして輝く肌、すっきりと整った眉、放射状に広がる長いまつ毛…パーツのすべてが美しく、一段と女性らしかった。

「す、すごいです。これが…私?」
「そうよ、だから原石だって言ったでしょ。ほら、あの鏡でよーく見てらっしゃい!」

メイクで生まれ変わる智子

部屋の奥にある美しい鏡の前に促され、自分の姿を改めて見た。双子の翔子と同じ顔なのに、彼女とはまた違う、奥ゆかしさのようなものを感じた。自分の中にこんな姿があったなんて、と誓子は生まれ変わったような、すがすがしさを覚えていた。そしていつまでも鏡を見ていられる自分に気づき、一歩前進したような気持ちになった。

「さて、これから本番よ!あれを用意してちょうだい!」

真樹夫がパチンと指を鳴らすと扉が開き、執事が妄想フィルターを押して入ってきた。やはり改めて見ると妙に物々しく、誓子は少したじろいだ。

「大丈夫。メンテナンスは完璧よ!あなたは眠るだけでいいの。さ、座って」

真樹夫に促されるまま、恐る恐る台の上に乗った。そしてそっと横になる。するとメイドたちがいつものように手早く、誓子にヘッドホンと大きなゴーグルを装着した。突然の重装備に、誓子の不安はより高まる。しかし真樹夫はかまわず、「では最後の仕上げね」と、誓子の唇に何かを塗った。瞬間、ふわっと甘い香りが誓子の鼻をかすめる。

「こ、これは…?」
「いい香りでしょ。よ。じゃ、いってらっしゃい!」

そう言うと、真樹夫はポチッとスイッチを押して去っていった。

「えっ?ええっ?!キス…!?」と誓子は真樹夫の発言に動揺を隠せなかったが、みるみるうちに意識が遠くなり、気づくと真っ白な世界に引き込まれて行った。

人生で一番温かな涙

ハッと目が覚めると、誓子は自分の部屋のベッドに横になっていた。あれ、夢…?と思った瞬間、頬に誰かの手が触れた。

「起きた?」

なんと、触れていたのは草山だった。

「え、草山さん…!?なんでここに…」と誓子がうろたえていると、「勉強を教えてあげるって約束しただろ」と草山はほほ笑みながら誓子を抱き起こした。

草山に抱えられ、背中に回された腕の熱さにドキドキする。思わず、弾む心臓を押さえようと胸元に手をやると、なんだか慣れない手触りがした。あれ、と見ると、なんとセーラー服だった。高校の制服だ。よく見ると、草山も制服を着ているではないか。

――え、なんで制服なの!?

誓子はパニックになりながら周りを見渡すと、テーブルの上には高校の教科書とノートが置かれていた。そしてカレンダーを見ると6年前の日付が。どうやら、高校時代に戻ってしまったらしい。

「わからないって言ってた問題は、これ?」

草山がテーブルの教科書を開き、ペンを持った。

「う…うん」

わけがわからない誓子は、とりあえず草山の横に座り、机の上の教科書を覗き込んだ。数学の問題のようだ。

「これはね、この公式を使うと早いよ。まずxが…」

さらさらと草山がノートにペンを走らせる。真剣なまなざしで、ノートと教科書を交互に見ながら計算式を解いている草山の姿は、とても凛々しく見えた。思えば、こんなに近くで草山の顔を見たことは、今までなかった気がする。誓子は高鳴る胸を押さえつつ、草山を見つめた。

「ね、わかった?」

草山がペンの動きを止めて誓子の顔を見た。草山のことばかり見ていて説明をまったく聞いていなかった誓子は、突然数十センチほどの至近距離で目が合い、心臓が飛び出そうなほど、どきんと胸が跳ねあがった。空気が止まったような静寂。誓子はくらりと空気が歪むような強烈なめまいを覚えた。

すると、草山が誓子を見つめたまま、ぱたり、とペンを置いた。そして誓子の手を握り、顔を近づけてきた。

片想いの彼にキスされる智子

――こ、こ、これって…まさかキス!?

草山が目を閉じ、誓子の鼻がかすめるほどの距離に近づいたとき、誓子も自然と目を閉じた。

「誓子ちゃんの唇、いい匂い…」

草山の吐息が唇にかかった。もう皮膚で空気の動きすら感じ取れるほど、顔が近づいているのがわかる。そしてついに唇が触れ合う…。

かと、思ったその時、頭上でボンッという爆発音が聞こえた。すると突然目の前が明るくなった。

「大変!ヒートしちゃったわ!!」

聞き覚えのある口調に、はっと目を開けた。

気づくと誓子は妄想フィルターのベッドに横たわっていた。上では煙をあげている機械部分を真樹夫が覗き込み、執事に何か指示を出しているようだ。

誓子が事態を飲み込めずぼんやりしていると、パタパタと音を立てて駆け寄ってきたメイドが「誓子さま、こちらへ!」と誓子を抱き起こし、肩を支えながら隣りのゲストルームへと避難させた。そして天蓋付きの大きなベッドに誓子を横たえると、「大丈夫ですか?今お水を持ってまいりますね」と、部屋を出て行った。

部屋の中がしん、と静まり返る。さっきの喧騒が嘘のような静けさだ。誓子は横たわったまま、まっすぐベッドの天井を見つめた。

――キスってああやって始めるんだ…

誓子の胸の高鳴りはまだ続いていた。草山に手を握られ、顔を近づけられ…思い出すだけで、これまでに経験したことのない緊張感と幸福感が体を駆け抜けた。

「キスって…こんなに幸せなんだ…」

ひとり、ぽつりとつぶやくと、ふいに鼻の奥がツンと痛んだ。目と目の間が熱くなり、視界がぼやけていく。

そして、目じりから耳へと伝う一筋。それは、誓子の人生で一番温かな涙だった。

⇒【NEXT】初めてのキスを体験した誓子に変化が…(シンデレラになる方法 番外編 〜誓子の場合〜 第4話)

シンデレラになる方法1

シンデレラになる方法2

あらすじ

謎の男、須藤真樹夫にプロデュースされることになった誓子。 期待と不安の初日、誓子は屋敷の大きなメイク室に案内された。 誓子が部屋の中央の大きな鏡を眺めていると、数人のメイドを連れた真樹夫が意気揚々と現れる…。

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女性の体コラムの連載や、情報サイトの専属ライターとして…
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