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官能小説 「妄カラ女子」…spotB〜彩子編〜・シーズン2


深い仲に… ●榊川彩子

そこにいたのは、フェブラリー・キャットの店員さんでした。未由センパイが常日頃から「イケメン」と心を寄せている方です。
イケ店(申し訳ありませんが、略します)さんはライブの入り口で、どなたかをお待ちのようでした。

私はふと考えました。宗介さんと一緒に働いていらっしゃるこの方なら、宗介さんが今どこにいるのかご存じかもしれない――。

一瞬話しかけてみようと思いましたが、カフェでよく給仕していただけるというだけで知人でもない男性に声を掛けるのは憚られました。
それにイケ店さんは何といっても未由センパイの思い人。人の多い場所とはいえ、男女が一対一でお話しなどしたら……深い仲になってしまいます! 未由センパイを差し置いてそんな真似は私にはできません! それにもしも、そんな姿を宗介さんに見られたら……。
とはいえ、ここで宗介さんをじっと待っていていいものか。

迷っていると、なんとイケ店さんのほうから私に話しかけてきました。

「キミ、よくフェブラリー・キャットに来ている子だよね。宗介の知り合いだったんだ?」

「し、知り合いというか、その……先日お店でライブを聴いて、あの……素晴らしい演奏だと思いまして……」

私はしどろもどろになりましたが、何とか答えました。
これはチャンスなのか、それともピンチなのか。
深い仲にならないよう喋りすぎないようにしつつ、宗介さんを慕う気持ちが伝わるように慎重に言葉を選びました。

「俺、フェブラリー・キャットの店長なんだけど、あのライブを企画したのは俺なんだ。あのライブで宗介のファンが増えたなんて、うれしいな。来てくれてありがとう」

「あ、はい、いいえ、その、すいません……」

ニコニコと話し続けるイケ店さん。あぁ、いけません。こんなに長く話していては、深い仲になってしまいます。
そのときです。
ライブハウスの出口から、宗介さんが現われたのです。宗介さんは片手にギターケースを抱え、弾き語りの後だというのに疲れを感じさせない、清々しい笑顔を浮かべていらっしゃいました。

「おぅ、宗介、お疲れ。この子、店でのお前のライブを見て、今日来てくれたんだって」

「そうなんですか!」

宗介さんの顔がぱっと明るくなりました。

「わざわざありがとうございます! 楽しんでもらえましたか」

「は、はい……とても……素晴らしい演奏でございました……私、それを申し上げたくて、あの……」

私はその場に固まってしまいました。顔が真っ赤になっていくのが、自分でよくわかります。
こんなときはどんなふうにお答えするのが正しいのかしら。何かおかしなことを言ってまた勘違い女だと思われたら……。
止まってしまった私の時間を再び動かしたのは、イケ店さんの一言でした。

「そうだ、宗介。彼女も打ち上げに誘わないか」

「いいですね。……よかったらどうですか? この後、フェブラリー・キャットで軽く打ち上げをするんですが」

「行きます!」

宗介さんに尋ねられ、私は即答しました。
打ち上げというのは、確か祝賀会のようなものだったはず。そこに私も混ぜてもらえるということのようです。
よかった。勇気を出して戻ってきて本当によかった。<
そしてイケ店さんにライブの感想を伝えなければ、きっとイケ店さんが私の参加を提案して下さることもなかったでしょう。
どうなることかと思ったけれど、二人でお話しして、深い仲にもならずに済み……私はなんて運がいいのでしょう。

「お誘いありがとうございます。ふつつか者ですが、よろしくお願い致します」

私はイケ店さんと宗介さん、お二人に深々と頭を下げました。

酔っ払い ●榊川彩子

宗介さんやイケ店さんのお友達だという何人かの方と一緒に電車に乗って、フェブラリー・キャットに向かいました。
店には閉店の看板が掛けられ、一角だけに明かりが灯されます。
五、六人での小さな祝賀会、じゃなかった、打ち上げが始まりました。
普段はお酒を口にしない私が、だんだん酔いが回って楽しげになっていく皆さんのご機嫌についていけないでいると、イケ店さんが、その隣の宗介さんの肩を叩きつつ話しかけて下さいました。

「宗介、音楽もいいけど、性格もいいヤツなんだ。これからも応援してやってね」

「応援というと……いかほどでしょうか」

私は首を傾げました。昔から、お父様とそのお友達が応援という言葉を使ったお話を始めると必ずお金の単位が出てくるのを、私は何度もお父様のお膝で聞いておりました。
宗介さんも、応援されなければ困るような事態に陥っているのでしょうか。

「え? どういうこと?」

今度はイケ店さんと宗介さんが首を傾げます。

「……な、なんでもありません!」

どうも、私はまた何か勘違いをしかけてしまったようです。
どうしよう、今は未遂で済みましたが、この先、決定的な勘違いをしてしまったら……
そうだ! 私も皆さまのように酔うことができたら、少しはお気持ちや考えていることがわかるかもしれません!
私はさっき、「これならアルコール度数も低いし、ソーダやジュースで割ればそんなに酔わないよ」とイケ店さんが勧めて下さったフルーツのお酒をいただくことにしました。

数十分後、店を出た私は、宗介さんと歩いていました。
かなり、ふらつく足どりで。

「温かいお茶です。ゆっくり歩きながらでいいんで、飲んで下さい」

宗介さんが、自動販売機で買ったペットボトルのお茶を渡して下さいます。
私は、酔っぱらっていました。恥ずかしながら、私はお酒を1杯いただいただけで、すっかりへべれけになってしまったのです。
すると、私が真っ赤になったのに気づいたイケ店さんが、宗介さんに「もう夜も遅いし、危なくないところまで送っていってやれ」と言って下さったのです。

これは、チャンスなのか、それともピンチなのか。

宗介さんと二人でお話しすることができ、ライブが素晴らしかったことをきちんとお伝えできる機会に恵まれたのに、頭もろれつもきちんと回りません。
その上、……あぁ、何ということでしょうか。夜の街にはたくさんの、相思相愛と思われる男女がいました。
皆、恥ずかしくはないのか、道で堂々と手をつないだり、それだけでなく肩を抱き合ったり、はては、その……口づけを交わしたり、しています。

宗介さん、私は宗介さんを信じています。

でも、もし、この道を黙って歩くことを、無言の意志表示ととられてしまったら……。
つまり、宗介さんに、私もそのような行為を受け入れるつもりがあると思われてしまったら……。
あぁ、いけません。
ものごとには、順番というものがございますわ。当然、男女の仲にも……。

「平安のいにしえ、和歌は鬼神の心をも動かす神秘的にゃ力を秘めたものと考えりゃれた一方、男性が女性に思いを伝える際にまず、季節ごとの贈り物を添えてそっと届けさせたものれした」

「は?」

宗介さんがきょとんとします。

「現在ではそんなゆかしい風習は廃れましたが、まず、すべからく言の葉で気持ちに嘘いつわりにゃいと天地神明に誓って伝えりゅことは……」

「……は、はいっ?」

あぁ、もどかしい。男女の仲を進めるには順番がある、私はそれを実例を挙げつつ伝えたいだけなのに……。昔、お母様が言っていらした通りのことを申し上げただけなのに、どうしてうまく伝わらないのかしら。

そのとき、前方に長身のスーツ姿の影。
誰あろうその人は、榊川家の執事・瀬野でした。

失敗 ●榊川彩子

「申し訳ございません。その方は、あとは私のほうでお送りいたします」

瀬野がこちらに近づいてきます。
こら、瀬野、来るんじゃないわよ! もう少しで宗介さんに私の気持ちを伝えられるところ……うぅん、けっこう距離とハードルがあるような気もしたけど、とにかく伝える気だけはあったのに!

「……あなたは?」

宗介さんが眉をひそめます。

「詳しくは申し上げられませんが、私はその方のお父様にお仕えしております。その方の身に何かありましたら、私は命を差し出してお父様にお詫びしなければなりません。ですので……」

「こりゃ、瀬野!」

私はたまらず、ろれつが回らないまま瀬野を叱りました。

「わらしはひろりで帰れます! いつまれも子供扱いしないで、放っておいれちょうらい!」

ですが、これがいけませんでした。
私が瀬野にいつも通り接したことで、宗介さんは逆に瀬野の言うことを信じてしまったようです。
私が知らないふりをしていれば、瀬野はただの「ちょっと身なりのいい、怪しい男」に見えたことでしょう。宗介さんもきっと、私をおいそれと瀬野に渡さなかったに違いありません。たぶん。

失敗、でした。

「わかりました。じゃあ、彼女をよろしくお願いします」

瀬野にぺこりと頭を下げると、宗介さんは来た道を一人で戻っていきました。
帰りのベンツの中で、執事のご指導タイムが始まりました。

タンタラタンタラ タラララララララ♪…

* * * * * *

「お嬢様、世間一般の男性というものは、皆、お嬢様ほど深い教養を持ってはおりません。和歌のなりたちをお話されても、理解できる方はごく少数かと……」

私は黙りこみます。
言いたいことが思うように伝わっていないとわかっていただけに、言い返せません。

「ですが、今日のライブの感想をあの男性にきちんとお伝えせずに済んだのは、幸いでした」

「な、なんれよ」

私は口を尖らせます。だってそれは、私がいちばん話したかったことなのですから。
それにしても瀬野は、どこで私を見張っていたのでしょうか。

「酔った勢いだと思われたかもしれませんから。何かを本当に褒めたいのであれば、頭も口もマトモに動くときにするべきです。お相手にも失礼にあたります」

「う……」

車内に沈黙が流れます。赤信号で止めていた車を発進させながら、瀬野はさらに言いました。

「もしもお嬢様が、お酒などは抜きで改めてきちんとあの青年とお話しされたいというのであれば……それは結構なことだと思います」

その夜、私は宗介さんが買って下さったペットボトルのお茶を抱きながら眠りました。

野心 ●村川淳史

「本当に草食系だな、お前は」

酔った彩子ちゃんを駅まですら送ることをせず、店に戻ってきた宗介に、俺は呆れた。
宗介によれば、「たぶん彩子ちゃんはお金持ちか、コワイところのお嬢さん」とのことで、「彼女を守っているという、身なりはいいがスキのないボディガード」が突然現われて、「颯爽と彩子ちゃんを連れて行った」とのことだった。

そりゃあなんか怖そうなことはわかるが、それ以前にさえ、電話番号やメールアドレスも聞き出していなかったらしい。
バックにどんなヤツがついているかはさておき、彩子ちゃんは確っ実に宗介に気がある。
それは態度や顔つきを見ていれば、すぐにわかる。
だから彩子ちゃんを打ち上げにも呼んだし、彼女が酔ったときに宗介に送っていくように言った。もちろん、宗介なら変なコトはしないだろうと信頼した上だ。
俺は宗介を弟のように思っている。イケメンではないが、とにかく性格のいい奴だ。その性格の良さのために、放っておくと貧乏クジばかり引かされそうなところも気になってしまう。
だから、余計なお世話だとは思っているが、かわいい彼女を持って幸せになってほしかった。

……だけど、宗介と彩子ちゃんをくっつけようと思ったのは、それだけが理由じゃない。

俺はフェブラリー・キャットに、何か「ウリ」をつくりたかった。
今のウチは、そこそこおしゃれな街にある、そこそこおしゃれな、ごく普通のカフェだ。常連さんはいるが、大当たりしているとはいえない。
俺は雇われ店長だが、雇われなりにやる気も野心もある。店をさらに大きくするためには、「その店に来なければいけない何か」をつくる必要があると、常々思っていた。それで宗介の店内ライブも企画した。
でも、宗介の初台でのライブ後に、彩子ちゃんと話していて思いついたんだ。

――お客さんと店員のギャルソンが付き合うことになった、なんてことになれば、店を「縁結びカフェ」として売り出せるんじゃないか、って。

もちろん相手は店員じゃなく、お客さん同士でもいい。今は彼女がいない俺だって、まぁチャンスが巡ってくれば、拒絶はしない。
とにかく、影にヒナタに店員が仲人役をして、カップルを次々誕生させることができれば……!
宗介にはその第一号になってもらうつもりだ。宗介も彩子ちゃんも幸せになって、店も繁盛するなら、誰にとってもいいことじゃないか。

次の機会はすぐに訪れた。フェブラリー・キャットに、彩子ちゃんとその友達がやってきた。
宗介に送られたことを彩子ちゃんがどう受け取っているかわからなかったから、俺は慎重に出ることにした。
友達もいることだし、あえて話しかけたりせず、軽く目配せするだけに留める。宗介にもそうさせた。注文も普通にさばく。
彼女がいやがっているなら、ゴリ押しはしないつもりだった。だが、宗介を見つめる表情を見る限り、決してこの間のことはいやな思い出にはなっていないようだ。
そうこうしているうちに、どういうわけか友達が一人で店を飛び出していってしまった。

(なんかよくわからんけど、チャンス!)

俺はさっきまで男友達とばかり喋っていた宗介の肩を押して、彩子ちゃんのテーブルに向かわせた。

招待 ●榊川彩子

夢かと思いましたわ。
私は宗介さんに、もう近づきたくない勘違い女だと思われたに違いないと考えていました。
でも、未由センパイがどういうわけか急いでお店を出て行った後、宗介さんが話しかけてきて下さったんです。

「あの、先日は……すみませんでした。大してお役に立てなくて」

席に近づくと、宗介さんはまず頭を下げて下さいました。
そんな、まさか、謝られるなんて……。

「私のほうこそ、酔ってみっともない姿をさらしてしまいましたわ。申し訳ありませんでした」

「せめて駅ぐらいまでお送りしたかったのですが……でも、あの男性が、頼りになりそうな方だったので……」

「あの男のことは気になさらないで下さい。私の、というより、父の会社の社員のようなものですわ」

「父の会社」と言ったところで、宗介さんの表情が少しだけ硬くなった気がしました。
それはともかく、このままだと前回のことを謝り合って終わりそうな気がしたので、私は前回のライブの感想を改めてきちんと伝えることにしました。

「ライブ、とてもよかったです。私もああいう恋をしたいと思わせてくれる曲で……生で聴いたら、CDよりドキドキしました。いつもお部屋で一人で聴いているのですが、目を閉じると本当に好きな方が語りかけて下さっているみたいで……」

「本当ですか。よかったです」

宗介さんのお顔が輝きました。

「そんなふうに言っていただけて、とてもうれしいです。もしよかったら次のライブはご招待させて下さい」

「ご招待?」

「はい、受付で名前を言って下されば、無料で入れるようにします。招待ですから」

「そんな、申し訳ありませんわ」

嬉しいよりも、その気持ちのほうが先に立ちました。
だって宗介さんて、やっぱりどこかみすぼらしくていらっしゃるし……お金も払わずにお邪魔するなんて、心が痛みます。

「でも、お言葉がとてもうれしかったんです。確かになかなかお客さんは集まらないし、盛り上がらないしで困っているんですが、一人ぐらいなら問題ありません」

「困っていらっしゃるの?」

私はおうむ返しに訊き返しました。

「えぇ、しがないアマチュアミュージシャンですから」

宗介さんが苦笑します。
私は思わず立ち上がりました。

「私、お役に立てるかもしれませんわ」

あらすじ

ライブの会場で友人の未由が惹かれているフェブラリー・キャットのイケメン店員を見かけた彩子。

自分の想い人である宗介と一緒に働いている方ならば宗介の居場所を知っているかもしれないと居場所を聞き出そうと考えるが…。

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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