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官能小説 「妄カラ女子」…spotB〜彩子編〜・シーズン4


気のせい…? ●榊川彩子

電話をすると、瀬野はいつものように5分足らずで駆けつけてくれました。
私は瀬野に、このまま宗介さんからの連絡を待ち続けるべきなのか、それともほかの手段を取ったほうがいいのか相談しました。
瀬野は少し考えてから口を開きました。同時にパッフェルベルのカノンも流れてきます。どうやら回答は、同時に執事のご指導タイムも兼ねるようです。

タンタラタンタラ タラララララララ♪…

* * * * * *

「『また食事に行きましょう』という会話があったのであれば、お嬢様からお声を掛けても問題はないかと思います。ただ、あまり強く押しすぎるのは禁物です。誘うというよりも様子を伺う程度でもよろしいかと存じます」

「様子を伺う?」

私は首をひねります。具体的に何をすればいいのかよくわかりません。

「さようでございます。『最近お忙しいですか? お時間ができてからでいいので、お食事、楽しみにしています』などと、私のことを忘れないで下さいねというアピールを、あくまでの相手の負担にならないようにしておくのです。いきなり食事を切り出すのですと、少し押しが強すぎるかと思います。世の中には押しが強い女性を好む男性もおりますが、男性はグイグイ押されるよりも、上手に誘わせてくれる女性を好む傾向にあります」

上手に誘わせる――言い回しだけでも難易度が高いことがわかります。頭がくらくらしそう。ですが、ここでくじけるわけにはいきません。

「ですから、色よいお返事をもらえなかったとしても、あまり急かしたり、しつこくお声をかけ続けたりしないほうがよろしいでしょう。お忙しい男性の場合ですと、それだけで相手の女性の評価が下がってしまうこともございます。もしも良いご返答ではなかったときには、少なくとも数週間は空けたほうがいいかと。焦らず、ゆっくりと距離を縮めていくのです」

数週間なんて、気の遠くなるような話です。何とか宗介さんにOKをいただきたい。ですがこんな焦りがきっとすべてをダメにしてしまうのでしょう。瀬野にこうやってアドバイスをもらえなかったら、私は宗介さんを急かすようなメールを送っていたに違いありません。

「また、もし良いお返事をいただけた場合でも、浮かれすぎたりしませんように。どんなときでもあくまでも平常心で、客観的に状況を見るように心がけて下さいませ。具体的にどのようにすればいいのかは、改めて私を呼んで下さればご予定に合わせてご指導申し上げます」

瀬野は淡々と説明を続けます。
ふと気づきました。気のせいかもしれませんが……瀬野がこれまでにくらべて、どこか切なそうな、寂しそうな、苦しそうな様子をしていることを。

* * * * * *

ご指導タイムを終えると、瀬野はどこかに去っていきました。

(どうしたのかしら)

瀬野のことですから大丈夫でしょうが、何となく心配になりました。
未由センパイと別れて家に戻ると、さっそく宗介さんにメールをお送りしました。もちろん、瀬野に言われたような内容のメールです。

(お願いです、いいお返事を下さい。宗介さん……!)

私は一人、スマートフォンを握りしめました。

ふいに寂しく… ●榊川彩子

私はじっと宗介さんのお返事を待ちました。
それはそれは苦しい時間でした。何度も何度も、たぶん5分おきぐらいに、「先ほどのことはいかがでしょうか?」とメールを送りそうになりました。もう一度「フェブラリー・キャット」に戻って、宗介さんがメールもお返しになれないほどお忙しいのか探ろうとさえ思いました。瀬野のアドバイスがなかったら、やっていたかもしれません。
夜はスマートフォンを抱きしめて眠りました。これが私と宗介さんをつなぐ唯一のものだと考えると、スマートフォンが愛しくてたまらなくなりました。眠りについてからも、1時間に一度は目が覚めました。そうしてホーム画面を見て、宗介さんからお返事がないことにがっかりしてからまた眠りに落ちるということを、一晩に何度も繰り返しました。

翌朝、会社に行ってからは、スマートフォンはポケットに入れました。PCや書類に向かっていてメールの着信に気づけずにいてはいけないからです。こうすれば振動ですぐにわかるでしょう。
こんな私の行動はカラ回りなのでしょうか。私はやっぱり普通ではないのでしょうか。
宗介さんからお返事が来たのは、その日のお昼過ぎでした。メール表示の宗介さんのお名前を目にすると、スマートフォンを持つ手が震えました。

お願い、お願い、お願い……。

祈りながらメールを開封します。極度の緊張と期待と不安で、自分がもはや何を願っているのか、わからなくなってきそうでした。
メールにはこんなふうに書かれていました。

<お返事が遅くなってごめんなさい。昨夜はフェブラリー・キャットに団体様が入って、その対応ですっかり遅くなっちゃいました。お食事のこと、バタバタしていたのでご連絡できずにいました。ぜひ行きましょう。彩子さんの都合のいい日程はありますか? 僕はちょうど明日、バイトのシフトを提出するので、ライブの日じゃなければ彩子さんに合わせられると思います。大丈夫な日を何日か教えていただければありがたいです。>

私は会社のデスクに倒れこみそうになりました。安堵感が押し寄せてきて、体のすみずみまで広がっていきます。力が少しずつ抜けていくようでした。
よかった。本当によかった。断られなくてよかった。誰でもいいから神様に感謝したくなりました。椅子から飛びあがってバレエを踊りたくなりました。
少し落ち着くと、メールにはまだ続きがあることがわかりました。

(何かしら?)

その先には、また別のうれしいことが書いてありました。
先日、フェブラリー・キャットにスカウトが来て、芸能事務所に所属しないかと持ちかけられたというのです。

<ちょうど彩子さんも来ていたときだったから、――>

――私が見た、宗介さんに触れたり、電話番号を渡していたりした女性が、スカウトでした。
芸能事務所は大手といわれる、芸能には疎い私でさえ名前を聞いたことのあるところです。

<本当に彩子さんには感謝しています。あの路上ライブがなければ、ありえなかったことですから……。まだ話がまとまったわけではないですが、もし事務所に入ったらツアーやレコーディングで忙しくなりそうです。フェブラリー・キャットの出勤もだいぶ減らすか、やめるかしないと……>

そこまで読んで、ふいに寂しくなりました。

フェブラリー・キャットから宗介さんがいなくなる?
宗介さんのいないそこは、何だかとてもうつろな空間のように思えました。
それにお忙しくなったらきっと、こんなふうに気軽にお食事に応じて下さることも少なくなるのではないでしょうか。いつもお忙しいお父様やお兄様たちが、なかなかお家に帰ってきて下さらないのと同じように。
手の届かないところに、宗介さんが行ってしまうような気がします。私自身の行動がたぐりよせた未来なのに……

「榊川さん……ちょっと、聞いてる?」

会社の先輩に呼ばれて、私はやっと我に返りました。

見てしまった… ●榊川彩子

会社が終わり、自宅の最寄駅に着いてからも、まっすぐ家に帰る気にはなれませんでした。

(そうだ、フェブラリー・キャットに行こう。急だから未由センパイをお誘いすることはできないけど、宗介さんのお顔を見れば気持ちが落ち着くはず……)

私は家に向かいかけた足を止めて、また駅に向かおうとしました。
が、ふと思いなおします。

(今みたいな気持ちで宗介さんにお会いしたら、私、またおかしなカラ回りをしてしまうんじゃないかしら。そうだ、行く前に瀬野に相談してみよう)

私はバッグからスマートフォンを取り出しました。
そういえばここ最近、私はずいぶん瀬野に頼っています。昔から瀬野は私のことをよくわかってくれる執事だと思っておりましたけど、最近は以前とは別の方向で、私のことをよくわかってくれている……そんな気がしました。
瀬野はあまりにも正確に私の恋心を見抜き、的確にそれについてアドバイスしてくれる。
今や私にとって、瀬野はいなくてはならない執事でした。

(そういえばこの間は何となく苦しそうにしていたけれど、大丈夫だったかしら。会ったらそのことも尋ねてみましょう)

そんなふうに考えながら、瀬野の番号を呼び出します。
そして通話ボタンを押そうとしたそのとき――見てしまったのです。

瀬野の車が、すぐそこの角に停まっていたのを。その向こうで瀬野と、私の知らない女性が抱き合っているのを。

思わず物陰に隠れました。
なぜ瀬野がここに? という問いは意味をなしません。ここは家の近所ですし、いつものように私の求めにすぐ応じられるように近くに車を停めていただけでしょう。
あの女性は誰? 私がするべき問いは、それでした。
いけないと思いながらも、まじまじと二人を見つめました。私は二人が抱き合っていると思いましたが、それは見間違いで、女性が一方的にしなだれかかっているだけでした。ですが、瀬野は拒絶していません。つまり、やはり二人は親しい関係なのです。
人通りの少ない通りだったこともあり、耳をそばだてると二人も会話を聞くこともできました。
そのお話の内容と女性の正体の全貌を知ったとき、私の膝はすでに震えておりました。

俺の夢の実現 ●村川敦史

宗介の奴、本当にどこまで草食なんだ。
あのスカウトの姉ちゃんは、ただ宗介のことをスカウトしただけじゃない。間違いなく宗介に気がある。じゃなきゃあんなにベタベタ触ったり、会社じゃなく個人の電話番号を教えたりしないだろう。
そりゃあ競合他社に取られる前に色じかけで……ってことも考えられなくはないが、いいのか悪いのか、今のところ宗介を狙う芸能事務所は他にはいない。つまり、あの姉ちゃんはそうしたくてしていたんだ。
宗介は女性の気持ちに疎いのか、それともわかっている上で強く出ないのか、俺にはわからない。

今、俺にわかるのはひとつだけ。俺の夢・「フェブラリー・キャットを縁結びカフェにする!」は、宗介と彩子ちゃんをくっつけようとするよりも、宗介とスカウトのお姉ちゃんをくっつけようとしたほうが、早く実現しそうだってことだけだ。
宗介がアレな以上、女性側にある程度積極的に出てもらう必要がある。でも彩子ちゃんも決して積極的とはいえな……いや、積極的なことは積極的かもしれないけど、なんかちょっと、いやだいぶ、世間知らずだしズレてるし、浮世離れしてるし、――何者かわからないところが怖くもある。何だったんだ、この間の路上ライブのときの、あの謎すぎる人脈は。
あれは一歩間違えたら、何かヤバいものが出てくる気がした。深入りしてはいけないと、俺の本能が告げた。

それよりもスカウトの姉ちゃんの見せる「積極的」のほうが、俺たちには好ましい。
彼女だって、ただの仕事相手よりも彼氏を売りこんだり、支えていったりするほうが仕事に力が入るってもんだろう。
恋も仕事もうまくいくなら、宗介にとってもスカウトの姉ちゃんにとっても悪い話じゃないはずだ。

彩子ちゃん。申し訳ないけど、彩子ちゃんの役割はもう終わったんだ。
ここは宗介と俺の夢の実現のために、身を引いてほしい。
そうと決まったら、宗介とスカウトの姉ちゃんがじっくり話せるよう、セッティングするとしよう。
俺はもらった名刺にあったメールアドレスにメールを送信した。

もし今後、打ち合わせが必要なことがあれば閉店後の店を貸せるので、いつでも声をかけて下さい、と……。

私はどうしたら… ●榊川彩子

瀬野と女性、二人のお話を聞いて私がわかったのは、女性は榊川とはライバル関係にある総合商社の重役秘書だということ、そして瀬野の大学時代の恋人ということでした。
彼女は魔性の女というにふさわしい、女の私ですらドキリとするような妖しい魅了を湛えています。でありながら、いかにも仕事ができそうなキャリアウーマン然とした雰囲気も同時にかもし出していました。不思議な人でした。
この人はいったい瀬野とどんな恋をしたのだろう――私はつい、彼女と瀬野の過去に思いを馳せそうになりました。もしかしたら瀬野をも翻弄するような女性だったのかもしれません。
二人は久しぶりに会ったようで、しばらくは思い出を語り合っていました。大学を卒業した二人は、最初こそ付き合いが続いたものの、彼女は仕事が忙しく、瀬野はお父様の事業に惹かれるうちにだんだん疎遠になり、自然消滅したようでした。

「あなたほどの人材が、執事なんてぬるい仕事で一生を棒に振ることはないわ」

女性は言いました。執事の仕事を貶められて瀬野が気を悪くしたことは、その表情でわかりました。しかし女性は気にせず続けます。まるで瀬野を手のひらの上で転がしているようです。
信じられない光景でした。

「うちの人事は、あなたには今のお給料の2倍、いいえ、3倍を出してもいいと言っているの。榊川孝造に恩があるのはわかるわ。でももう、それも返し終わった頃でしょう。あなたは彼に十分仕えたわ」

彼女は、勤める商社が事業拡大するにあたり有能な人材を求めているため、瀬野を引き抜きに来たのです。

……いいえ、彼女が瀬野に接触したのは、それだけが理由ではありませんでした。

「私ね、あなたのこれまでのことを調べているうちに……もう一度あなたが気になり始めたのよ。ねぇ、もしよかったら、男と女としてもやりなおしたいわ」

彼女はもう一度、瀬野にしなだれかかります。瀬野は彼女の肩を抱いて自分から引き離すと小さな声で何か口にしましたが、声が小さくて私には聞こえませんでした。
やがて二人は別れました。瀬野は無表情でしたが、女性のほうは笑っておりました。
瀬野が一人になっても、私は電話できませんでした。
とにかく瀬野に見つからないようにと、そればかりに注意しながら、家に戻りました。

(どうしよう、どうしよう……)

もし瀬野が、私のことを誰よりもわかっている瀬野が、今までのようにそばにいなくなったら。
あの女性が彼の心を奪って、私から取り上げてしまったら。
そうなったら私はどうしたらいいのか……わかりませんでした。

数日後、私は瀬野から、折り入ってお父様に話すことができたため榊川の家に行かなくてはいけなくなったと伝えられました。

「大変申し訳ございませんが、その日は他の者が代わりにお嬢様のボディガードを務めます。できるだけ早く戻るつもりではおりますが、私へのご連絡のお返事はいつもより遅れるかもしれません」

いやな予感がしました。瀬野はお父様に、何かとても大事なことを話そうとしているのだという気がしてなりません。
まさか、あの女性の誘いを受けるとでもいうのでしょうか。でも、瀬野はお父様に恩のある身。……ですがあの女性がいうように、瀬野は確かにもう十分に榊川のために働きました。

「その日というのは、いつなの?」

尋ねながら、私は自分も榊川の家に行く気でおりました。

「その日は……」

瀬野から日付を聞くと、私は驚きを飛び越えてぞっとしました。
その日はつい先日決めたばかりの、宗介さんとのお食事の日だったからです。
日程の提案は結局私の希望が通る形になりました。それにそもそも、自分から都合を伺ったお食事です。そんなお食事を自分からキャンセルしたら、宗介さんはどんなふうに思われるでしょうか。
私は悩みました。

⇒【NEXT】【小説】妄カラ女子〜彩子編〜5話

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あらすじ

フェブラリーキャットで宗介が自分と同じ位の女性が彼にしなだれかかって親しげに話している姿を目撃し、ショックを受けて未由に断って店を後にした彩子。

食事に誘われたものの、一向に連絡をくれない宗介のことを相談するため、執事に電話すると…。

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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