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官能小説 キミに出会う旅 前編


冷める恋

冷え切った鼻の頭を両手で覆いながら、尾花南波は冷たい鉄のドアに寄り掛かった。

日が暮れ始め、気温がぐっと下がったようだ。せっかくの休日が、無駄に過ぎ去ろうとしている。

振り返ると、「YOSHINO」という ローマ字表記のステンレス製の表札が見えた。明朝体のスマートな文字が、やけに気取っているように感じた。

玄関前で六時間も家主を待つのは、常識的ではない。 南波だって、他人に同じことをされたら気味が悪い。しかし、逆の立場ならその意識は消え失せる。

恋人と連絡がとれず、合鍵ももらってないのだから、 会いたければこうするしかない。 これは正当な行為だ、と南波は思った。

斜め向かいのエレベーターランプが点灯し、南波に緊張が走る。

ドアが開いた瞬間、吉野武夫はすぐ南波を見つけたが、 驚きもせず無表情で近づいて来る。

「おかえり」

南波は笑顔で言ったが、武夫は、「何してるの?」と、冷たく言い放ち、動作も止めず部屋の鍵を開けた。

「ごめん。待ち伏せみたいで…」
「何の用?言い訳とか面倒。意思伝達のための口なんだから、要件だけシンプルに伝えて」
「私達、会うの一か月ぶりでしょ」
「で?」

だるそうに武夫が言う。

「エッチ…しない?」

遠慮がちに南波が言うと、武夫がさっと時計を見る。

「OK。四十五分。食事は無し」
「四十五分?」
「今日のスケジュールでずらせる時間は、ぎりぎりそれだけ。シャワーは、五分で済ませろよ」

南波の今日の下着は新品だった。さらに少しでもセクシーに見せるため、慣れないつけまつげまでしてきた。

しかし武夫はベッドにもぐりこんで早々、南波の顔をろくに見ずに覆いかぶさり下着も脱がせた。

胸や尻など、南波の体の柔らかい部分を順番に触る武夫。撫でるようなおざなりな前戯の後、武夫は自身の手で陰部を隆起させ南波に入ってくる。

南波は十分潤っておらず痛みを感じたが、それに気づかない武夫はいつもと同じ手順で行為を続け、一方的に果てた。

「先シャワー使うよ」

ベッドから抜け出し、睦み合った後の第一声とは思えない白けたセリフを吐く武夫。

少しの気怠さも感じさせないてきぱきした武夫の動作を見ていると、突如空しさの巨大な波が南波を襲った。

「ねえ、ストレートに聞くけど…」

南波が掠れた声で言う。

「その前置きも無駄」

それを聞いて、南波は武夫を睨み付ける。

「私と結婚する気ある?」

武夫は三十七歳で、南波は二十八歳。結婚を考えても良い年齢だ。

「結婚?何のために?」

案の定だ。

今更そんな言葉を聞いても、南波はショックを受けなかった。むしろ荒波が凪ぐように、すっと情熱が引いていくのがわかった。

女性の一人旅

恋人の武夫との最悪な出来事から、<二週間が経過した。

その間、南波は彼と二度メールで連絡を 取り合ったが、会ってはいない。

しかもメールのやり取りの内容は、 二度とも「南波が食事に誘い、 武夫が仕事を理由に断る」 というものだった。

冷たい十二月の風は、 南波の心まで冷やしていく。

しかし気温が下がる一方で、 クリスマスや正月といったイベントを 前にして街中は妙に華やぎ始めた。

自分の心と世間の浮かれムードの温度差が、 さらに気分を滅入らせる。

金曜の夜、南波は仕事仲間から 飲みに誘われたが、賑やかな場に心を 沿わせられる自信がなかったので断った。

寄り道もせず家に帰り、 すぐに入浴を済ませてソファーに 寝転がる南波。

特にすることがないので、来月に向けて 年賀状を送る知人のリストを作ろうと 思い立った。

昨年の年賀状を順番に見ていた南波は、 旧姓を名乗っている女友達がほとんどいない ことにあらためて気づき愕然とした。

おそらく来年届く年賀状は、 もっと減るのだろう。

かつては皆同じスタート地点に立っていた はずなのに、なぜ自分だけ 取り残されてしまったのか?

なぜこうして一人ぼっちの部屋で、 年賀状にプリントされた花嫁姿の 女友達を見て、惨めにうなだれているのか?

もしかしたら私には、平凡な幸せより、 もっと華やかな未来が待っているのかも… などと一瞬考えたりもするが、すぐ首を横に振る。

現に南波には、これといって特技も無いし、 情熱をそそげるような夢も無い。

仕事にやりがいは感じられないし、 出世への野心もない。

ふと、武夫の整った冷たい横顔が 脳裏を過った。

愛されていないことに気づきながらも、 結婚を焦るあまり、今まで必死に武夫にすがってきた。

しかし、もうだましだまし つき合うことに疲れてしまった。

終わった。そう心の中でつぶやいて、 定まらない視点で空を眺める。 ずっと、私は一人?

ふいに冷水を浴びせられたかのように 背筋にざわざわっと鳥肌が立った。

自分の妄想にぞっとした南波は、 とっさにテレビの電源を入れる。

カチンッと音がして画面が明るくなり、 凍りついた世界に見慣れた現実が戻って来た。

テレビ画面は、朱色や深紅といった様々な 暖色の混ざり合う深い赤で染まっている。

旅番組で、紅葉した美しい秋の京都を 映していたのだった。

それを見た南波は、大げさに絶望していた 自分が恥ずかしくなる。 まだ自分には見ていないものが たくさんある。

世の中にはこんなに美しい風景が 存在するのに、なぜ私は「この世の終わり」 みたいな顔で毎日を陰気に 過ごしていたのだろう。

一瞬で心は決まった。

「京都、一人旅に行くぞ」

南波は、次の日早速会社に休暇届けを出し、 ネットで新幹線とホテルの予約を入れた。 南波にしては、大胆な行動である。

しかし、そんな自分がどことなく誇らしかった。 ここから何かが変わっていく予感がして、 南波の胸は高鳴った。

電車での出会い

うららかな秋晴れの陽光が、 新幹線の窓辺に優しくふりそそいでいる。

窓際の席に収まった南波は、 見知らぬ人々が忙しそうに行き交う 東京駅のホームをぼんやり眺めた。

握りしめた携帯電話を眺める。 一昨日から何度も武夫に電話をしているが、 つながらない。

仕方なく南波はメールを作成し始めた。 あれこれ思案しつつ、別れの言葉を綴る。

湿っぽい言葉の並ぶ長文メールを眺めながら、 南波はふっと吹き出した。

武夫が、こんな「無駄」なメールを まともに読むはずがない。

結局南波はそのメールを消去し、 「別れましょう。さようなら」 とだけ打って送信した。

八ヶ月の恋があっけなく終わる。 これで良かったんだ。

南波は、携帯電話をパタンッと閉じて 顔を上げる。次の瞬間、 彼女を乗せた新幹線は静かに動き始めた。

うたた寝から覚めた南波の目に 「横浜」という行き先看板が映った。 しばらくして、隣の席に南波と 同い歳くらいの青年が乗り込んできた。 大きくて少し垂れた瞳が、 優しげな青年だった。

顎のラインはシャープでクールな印象だが、 頬にかかるパーマのかかった髪の毛は 愛嬌があって可愛らしい。 嫌いなタイプではなかった。

しばらく経った頃、 ふいに「すみません」と声をかけられた。 声の方を向くと、隣の青年が 笑顔で南波に言った。

「僕、フォトグラファーなんですが、 旅の間に出会った方を写真に 撮っているんです。 よろしければ撮らせてもらえませんか?」
「私で良ければ」

南波は恥ずかしかったが、 青年の爽やかな笑顔につられて承諾した。

パシャパシャッと小気味よい音をたてて、数回シャッターを切る青年。

「素敵です」

再び青年は、人懐っこい顔で笑った。

南波は興味を引かれ、 「どこに行かれるんですか?お仕事?」と青年に訊ねた。

「京都です。一応仕事ですが、旅行みたいなもんで」

青年は、警戒する風でもなくすんなり会話を受け入れる。

「私も一人旅で京都に行くんです。 初めてなんでドキドキで」
「初めて?僕は月一くらいで行ってます。 京都はどこへ?」
「まだちゃんと決めてませんが、やっぱり 初京都なので、王道で大原あたりかなって。 紅葉も見たいし」
「おお、奇遇です。僕も大原行きますよ」

その言葉を聞き、 南波の心は俄かにざわめいた。京都行きを決めた時と同じ感覚だ。

「もしお仕事の邪魔でなければ、 ご一緒しても良いですか?」

大胆発言をしている自覚はあったが、 気づけば自然と口が動いていた。

青年は目を見開き数秒沈黙したが、 すぐ笑顔に戻り、「僕で良ければ。写真を撮るので歩みは遅いですが、大丈夫ですか?」と言った。

「もちろん」

南波は、ほっとしながら答えた。

「僕、梅田直哉っていいます。よろしく」

直哉は、一歳下の二十七歳だった。

同世代の二人は、 他愛ない話で大いに盛り上がった。

その間、列車の揺れで肩が触れ合ったり、 肘掛けに手を置くタイミングが重なり 指が触れ合うことがたびたびあった。 南波はそれを過剰に意識し、 何度か心臓が飛び跳ねた。

ふと南波は思う。 これは「出会い」かもしれない。

岐阜を出るあたりで、武夫から早々に別れを 了承するメールが届いたが、もはや南波は それを見ても驚く程ショックを受けなかった。

あらすじ

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