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官能小説 ここにいること 1話 (恋の思い出)
恋の思い出〜ここにいること
「その原稿…明日朝イチで再チェック!わかったわね!」
バッグを肩にかけながらそう言うと、私は編集部を後にして、外へ出た。今夜は久しぶりに、同期の梶原とお酒の約束があるのだ。
私、中村佳織。36歳。美容雑誌の編集長。すっかり仕事一筋に生きる毎日が体に染み付いてるけど、もちろん恋の思い出がないわけじゃない。…そう、この道を通ると思い出す。
もう、6年も前のことだけど人ごみの先に見えるあの信号待ちで、私はプロポーズされた。
「そろそろ」と、彼は言った。
「え?」と私が顔を上げた後…
彼が「するか」と口にしたのと、信号が変わって歩き出したのが、同時だった。
そして、彼が“結婚”という言葉を口にしたのは、道を渡りきってからだ。
私たちは、開店したばかりのバーに行く予定を変更してホテルに入った。
あんなに甘く激しいキスも、あんなに息苦しいハグも、あんなに気の遠くなる愛撫も、後にも先にも、他にないな…。抱き合っている最中、愛しさの粒が弾けるのが、見えるようだった。
でも、私たちは別れた。…婚約破棄。
私が仕事を続けたかったからなのか、彼が子どもを産んで欲しかったからなのか、今となっては分からない。
仕事に生きる
「わかんない。わかんないんだよね…。私あの時、男運、使い果たしちゃったのかな??」
私は、約束のスタンディングバーに5分遅れでやって来た梶原に、なだれかかった。
「おいおい、仕事のグチを聞いてほしかったんじゃないのかよ?」
「なによ、鼻で笑うことないでしょ!」
「佳織は、男運を使い果たしたんじゃないよ。あのとき、“仕事に生きろ”って神のお告げをもらったんだ。だからほら、お前、仕事しかしてないじゃん」
さらに軽く鼻で笑われて、私はグウの音も出ずに、結局は仕事のグチをたっぷりと聞いてもらった。同期だし、同じ編集長という立場もあって、とにかく梶原には何でも話せる。
そして帰り際、梶原は「ザ・癒やしの喫茶店」と笑って、ポケットからマッチを取り出した。
…『喫茶 白樺』
不穏な空気
……数週間後の週末。私は、『喫茶 白樺』の前にいた。
散歩がてら、と思って通ってみたけど、…すごくいい。蔦で覆われた壁。それをくりぬいたようなドアと窓。
「さすがカジ、私のこと分かってるわね」
思わずひとりごちて、ドアを開けた。
店内も、期待を裏切らない。アンティーク調に統一された装飾、食器。そして何よりも、深くて優しいコーヒー。私は早速バッグから、忙しくてなかなか読めずにいた小説を取り出した。
そのとき、新しいお客さんがひとり、カランと入り口の鐘を鳴らして入ってきた。
やっぱりいい音だな、とドアに目を向けると、そのお客さんと目が合う。
(こんな若い人も来るんだ)
少し意外に思ったけれど、すぐ本に目を戻した。その後、1日2杯と決めているコーヒーを、ついつい3杯飲んで、『白樺』を出た。
清算を済ませて、忘れたものないかと振り返ると、また、さっきのお客さんと目が合う。
(何…?この人今度は目を離さない…)
私は、せっかく充実していた休日に不穏な空気を吹き込まれたようで、つい、キツイ視線を残して向き直り、ドアを押して夕焼けの中を家路についた。