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官能小説 心も体も通わせて 2話
「ヌレヌレ」
特急電車で二時間プラス駅から徒歩で移動し、予定通り昼前には目的の旅館に着いた。
さすが全国的に有名な温泉地とあって賑わっているが、ゴールデンウィークやお盆などの混雑する時期に比べれば、かなり落ち着いている方なのだろう。
少なくとも、息苦しいほどに人が溢れているということはない。
「わあ、素敵なところ……!」
「気に入ってもらえたんならよかった」
宿泊先である旅館に入ると、その佇まいに感動してしまった。声を弾ませた七海の隣で、康彦が嬉しそうに微笑んだ。
今回の旅行の手配は、彼の希望でほぼ任せきりだったが、さすがというのか、できる男は旅館選びのセンスもいいらしい。
広々とした純和風の旅館は、初めて来た場所なのに不思議と落ち着いた懐かしい気分になる。
チェックインまでは時間があるが、荷物は預かってもらえたため、身軽になって外に出た。
道沿いに流れる川を木々の緑が彩り、土産店や飲食店をめぐる観光客が楽しそうに行き交っている。
それほど長時間電車に乗っていたわけではないのに、旅行に来たという実感を充分に味わえる風景だ。
康彦と並んで歩きながらついあちこち目移りしていると、康彦がじっと七海の顔を見つめていることに気付いた。
「……えっと、何? 私の顔、何かおかしい?」
家を出る前に服装やメイクの確認はしてきたのだが、彼の気に入るものではなかっただろうか。
……そういえば、待ち合わせ場所の駅で会った時も、一瞬様子がおかしかった気がする。
あの時は七海も緊張していたせいではっきり意識する余裕がなかったが、落ち着いた今思い返してみると、七海を見てぎょっとしたような表情になっていたのだ。
不安が表情に出てしまったようで、七海と視線が合った康彦が慌てて首を振った。
「あ、いや! ごめん、違うんだよ。待ち合わせの時からなんかいつもと雰囲気違うなって思ったけど、おかしいっていうんじゃなくて。その、いつもより可愛いっていうか……特にその、唇が色っぽく見えるっていうか。電車で隣に座っている時も、香水じゃないみたいだけどすごく甘くていい匂いがしてさ、正直ずっとドキドキしてた」
「!」
七海の心臓がドキリと跳ね、かあっと頬が熱くなった。
康彦が言った通り、今日七海がつけているのは、いつも使っている口紅ではない。佐伯からもらった「ヌレヌレ」という、リップクリームや口紅のように唇につける、キス専用美容液なのである。

あの月曜の夜に言っていた通り、佐伯は木曜日の仕事が終わった後に再び七海を夕食に誘い、その時このヌレヌレをくれたのだ。
何でも、彼女が愛用している、女性向けセクシャルヘルスケアのネットショップで扱っている商品らしい。
水曜日の夜に佐伯の手元に届いたものを、七海に渡すためわざわざ持ってきてくれたのだ。
このヌレヌレはキス専用美容液というだけあって、唇をケアすると同時に、甘い香りと艶やかな光沢をまとって男性からのキスを誘う、という謳い文句のコスメらしい。
あまりにストレートなネーミングと用途を聞いた七海は、実は最初は受け取ることをためらってしまった。
しかし佐伯に促されて試しにつけてみたところ、確かに香りも使い心地も良く今までにないほど艶も出たため、旅行に対する迷いを振り切るためにも、思い切って受け取ることにしたのだ。
香りは「ラブリーキッス」と「マスカットキッス」という二種類あり、それぞれを一つずつもらったのだが、今日つけてきたのは「ラブリーキッス」だ。
実は佐伯から渡された商品はヌレヌレだけではなく、それも今七海の旅行鞄の中に入っている。人によっては彼女の心遣いを余計なお世話と思うのかもしれないが、七海は、佐伯が二人の関係を本気で心配してくれていることが素直に嬉しかったため、こっそり感動すらしてしまった。
ちなみに、七海がそれらの商品の代金を支払うと言っても、自分が勝手にしたことだからと、佐伯は断固として受け取ろうとしなかった。そういう頑固ながら懐の広いところも、彼女の魅力の一つだったりするのだが。
そして彼女の厚意を無駄にはできないと決意した七海は昨日、仕事が終わった後、康彦と夕食を食べるために入った店の中で、途切れ途切れにではあったものの、やっと彼に自分の過去の話と併せ、体の悩みを打ち明けることができた。
康彦は、最初は驚いた顔をしたものの、すぐに納得したように頷き、機嫌を悪くするどころか「話してくれてありがとう」と優しく微笑んでくれた。どうやら彼も、七海が旅行の話になると表情を硬くすることに気付いていたようで、本当は行きたくないのかと不安に思っていたらしい。
「それで悩んでいたのか。俺、一人で浮かれてて、気付いてやれなくてごめんな」
そう言って頭まで下げてくれた康彦に、かえって七海の方が慌ててしまったぐらいだ。
それから、改めて二人で旅行のことを話し合った。そこで康彦が、絶対に七海に無理はさせない、もし夜にうまくいかなくても幻滅したりしないとはっきり宣言してくれた時には、嬉しさと申し訳なさが入り混じった涙が七海の目から零れ落ちた。
「理由を教えてもらえたのは嬉しいけど、俺より先に佐伯さんに相談していたっていうのはちょっと悔しいな。まあ、七海が佐伯さんを慕っていることはよく分かっているし、実際彼女は頼りになるから仕方ないんだろうけど」
最後に康彦から苦笑交じりにそう言われてしまい、再び申し訳ない気分になった七海はひたすら謝り倒した。ただ、その勢いで、佐伯から不安を解消するためのアイテムを預かったことも伝えることができたので、思い切りというのは大事なものだと思い知ったりもしたのだが。
そして当然というか、佐伯が協力してくれたことは絶対に会社の人達に話さないでほしいという念押しもしてある。
もちろん、康彦がそんな口の軽い男性だとは思っていないが、これで万が一にでも佐伯に関して下品な評判が立ってしまうことになったら、彼女に一生償いきれないほどの傷を追わせてしまうことになりかねない。そこは康彦も理解してくれたようで、真剣な顔で了承してくれた。
とにかく、佐伯の協力が後押ししてくれたおかげで最大の不安が消えたため、七海は今回の旅行に対して、ようやく素直に前向きな気分になることができていた。
新しいグロス
そういうわけで、改めて今日、七海は佐伯から渡されたヌレヌレを使ったわけだが、やはり彼女の見立ては確かだったらしい。照れたように笑う康彦の目がまっすぐに自分に、いや、自分の唇に向けられていることが分かり、心臓の鼓動がさらに早くなっていく。
「え、えっと、実はね。佐伯さんが、今日のためにって、新しいグロスをくれたから、それ、つけてみたんだ」
しどろもどろになりながら説明すると、康彦はやっぱりそうかと言いたげに頷いた。そして七海の腰をそっと引き寄せると、妙に色気のある笑みを浮かべて囁きかけてきた。
「本当、佐伯さんのセンスが俺好みすぎて、悔しさを通り越して怖くなるよ。こんな外なのに、今すぐ七海にキスしたくなっちゃって困るんだけど」
「う!? あ、の……っ、それは……!」
康彦の吐息が耳にかかり、頬がさらに熱くなっていくのが分かる。足元がふらつきそうになったところを、康彦の腕がしっかりと支えてくれた。おろおろと視線を泳がせる七海に、康彦がクスっと小さく笑った。
「ごめん、こんなところで言うことじゃないよな。とりあえず、昼飯食いに行こうか」
「は、はい……」
どうやらからかい半分だったらしいと分かり、少しばかり悔しい気分になったものの、康彦に悪気がないことも理解できたため、それ以上言い返すことはしなかった。七海はおとなしく彼に促されるままに歩き出し、食事をする店を探すことにした。
⇒【NEXT】ちゅ、と音を立てて一度唇が離れたが、またすぐに重ねられる。今度はすぐに、熱い舌が滑り込んできた…(心も体も通わせて 3話)