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官能小説 【小説版】となりのS王子「ファースト・クリスマス」(前編)


ロマンチックの欠片もない……

あ、あと、これが終われば……!

校了日の編集部は慌ただしい。校了日の数日前から徹夜なんて当たり前だし、今回だって年末進行が絡んでいつも以上にバタバタしている。だけど、私と瑛太以外のみんなは、各々の担当ページの校了を済ませてもういない。

なんたって、今日はクリスマス・イヴなのだ。誰だって、早々に仕事を終えて帰りたいに決まっている。

それでも、香奈をはじめ、編集部のみんなが私と瑛太の担当ページを手伝うと言ってくれた。だけど、終わった人から帰れって帰したのは、他でもない私だった。

ナチューレの編集長になってから、数ヶ月。編集長業務に慣れない私をみんなは嫌な顔一つせずに支えてくれている。せめて、こういうイベントの時くらい、早く帰って楽しい時間を過ごしてもらいたいじゃない?

そして、私も楽しい時間を過ごす――はずだった。

くっ……!校了日当日にあんなトラブルさえなければ……!

「あー、もう二十四時……」

私はパソコンの右下に表示されている時間を見て、溜め息をついた。

「クリスマス・イヴ、終わっちゃいますね……」

少し離れたところにいる瑛太が苦笑しながら私を見る。

「そうね……」

瑛太と付き合い始めてからも、私の日常はほとんど変わることなく、仕事仕事の毎日だ。

だからこそ、クリスマス・イヴくらい、オシャレなレストランで食事をして、キレイな夜景を見て、ロマンチックな夜をホテルのスイートルームで過ごして……っていうのを夢見ていたんだけど、現実はそんなに甘くなかったらしい。

「まさか、初めてのクリスマス・イヴが会社で終わっちゃうなんて……」

「ふふっ、まぁ、それも千夏さんらしいんじゃないですか?」

確かに去年も一昨年も一昨々年のクリスマス・イヴも、私は仕事をしていた。

だからこそ、瑛太と過ごす最初のクリスマス・イヴには大いに期待してたっていうのに……!

「はぁ……」

溜め息をついたところで時間は戻ってこない。

がらんとした編集部には、沢山の雑誌や資料と、真っ黒な画面のパソコンが等間隔に並んでいる。私と瑛太のデスクの上にあるパソコンだけが光を放っていて、瑛太のボロボロの名刺入れと使い込んでいる手帳を照らしていた。ロマンチックの欠片もない。

「ねぇ、千夏さん」

瑛太は私の名前を呼ぶと同時に、私の腕を引っ張った。

バランスを崩しかけて、彼の顔を見上げた瞬間、不意に唇を塞がれる。咄嗟に私は瑛太を突き飛ばした。

「なっ……!」

“何すんのよ!”と言いかけたはずなのに、驚きのあまりそれ以上言葉が出てこない。その代わり、口をパクパクさせている私は、きっと間抜けな鯉に似ている。

「どうしたんですか?顔が真っ赤ですよ?」

言われなくてもわかってるわよ……!

瑛太は真っ赤になっている私を見て、肩を震わせながら笑いを堪えようとしている。

「ここ、会社……!」

「でも、俺たち以外、誰もいないでしょ?」

しれっと言う瑛太に、「そうだけど……」と小さく答えることしか出来なかった。

……くやしい。

いつだって、年下の瑛太の方が余裕を持っている。

「ねぇ、もっとこっちに来たらどうですか?」

瑛太は私の身体を引き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。会社でこんなことをしていることがバレたら大ごとだ。

第一、あんな告白をされて、私たちは社内でもいろんな意味で有名なカップルになってしまっている。本来なら、どちらかが他部署に異動になるところを前編集長の的場さんが上に掛け合ってくれて、当初の予定通り、私が編集長、瑛太が副編集長として同じ部署で働けることになった。

いわゆる特例っていうやつだ。

なのに、こんなことをしているのがバレたら、異動は必至だろう。

「瑛太。やっぱり、ここではダメだよ」

「他の部署はフロアも違うし、誰も来ないですって。それに会社では田中くんでしょ?千夏さん♪」

「……」

瑛太は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の笑みで私を見下ろす。

普段はお互いを名前で呼び合っているけど、会社では今まで通り、千夏さんと田中くんだし、瑛太は私に敬語を使う。だけど、こういうシチュエーションになると、私はやっぱり上手く繕えないし、瑛太のような余裕も持てない。

誰もいないオフィスで

「……放して」

「どうして?」

「どうしてって、ここが会社だからよ。バレたらどうするの?」

私は瑛太から離れようと、彼の腕の中でもがく。

「だから、大丈夫だって。誰かが来たらエレベーターの到着音が聞こえるだろうし、階段なら足音が聞こえるでしょ?」

「でも……」

「もう……。少しは大人しくしててくださいよ」

瑛太は苛立ったように私の顎を持ち上げ、荒々しく自分の唇を私の唇に重ねてくる。

誰もいないオフィスで唇を重ねる男女

「んっ……」

身動きが取れないほど、濃厚なキスは私を黙らせるには十分だった。

瑛太の舌が私の唇を割ってゆっくりと入ってくる。私の口の中で瑛太の舌が艶めかしく動く。瑛太のジャケットを掴む手に力が入った。

本当は怒ってでも、こんなことやめさせなきゃいけないのに。

頭ではわかっているけれど、瑛太のキスにはあらがえない。

私の顎を持ち上げていた手はいつの間にか、首筋を伝い、段々下へと下りてくる。ニットの上から胸に触れ、

そのまま、腰からお尻にかけて身体のラインをなぞっていった。

「ダ、ダメだって……。それ以上は……」

ようやく、唇が離れると私は彼から視線をそらして言った。

「平気ですよ。もっと楽しみましょう?」

瑛太は私がノーと言えないように再び唇を塞いだ。そして、近くにあった作業用デスクに私を追いやると、ゆっくりと押し倒す。背中に無機質な感触を得ながら、私は両手で瑛太の肩を押しやった。

「ホントにダメってば……!こんなところでするなんて……」

慌てる私に瑛太は吹き出すと、身体を離してニヤニヤする。

「まさか、本当にすると思ったんですか? ここは神聖な職場ですよ?」

「だって、今……」

「押し倒しただけでしょう?ここでするなんて、一言も言ってないじゃないですか」

「瑛太!?」

「だから、会社では田中くんでしょ?」

悪戯っぽく笑うと、瑛太は「続きは帰ってからにしましょう?」と涼しい顔をして言ってのけた。

二人きりのクリスマス

「おじゃましまーす」

自分の部屋の隣にある瑛太の部屋に入ると、いつものように玄関の鍵を閉めた。瑛太は先にリビングに入り、シーリングライトのボタンを押す。パチンという音ともに、真っ暗だった部屋が一瞬にして明るくなった。

帰りにコンビニで買ったケーキをローテーブルの上に並べる瑛太の横で、私はバッグを床に置いた。こういうちょっとしたことが“いつものこと”と感じられるのがなんだか嬉しい。

「ケーキ、こんなのしかなかったね」

少し小ぶりなショートケーキとチョコレートケーキを見ながら、残念そうに言う私の頭を瑛太はくしゃっと撫でた。

「二人で食べられれば、それだけでいいんじゃない?」

「ふふ、そうだね」

彼の言葉に自然と笑みがこぼれる。

去年までは一人で過ごしていたから、ケーキを買うことなんてなかった。一緒に過ごしてくれる人がいるだけで、こんなにも楽しくなるんだから不思議……。

「さっ、コート脱いで、ケーキ食べる準備しよっか」

「そうだね」

私たちはいつものようにコートをハンガーにかけ、手洗いとうがいを済ませると、私がケーキを食べる為にお皿とフォークを、瑛太がグラスとワインをそれぞれ手にした。

「あれ?それ、どうしたの?」

「この間、取材先で美味しいワインを教えてもらって買ったんだよ。千夏と飲もうと思って、冷やしておいたんだ」

「ありがとう」

こういう瑛太のさりげない優しさに思わずきゅんとする。

私はケーキをお皿に移し替えると、彼の背中をぽんぽんと叩いた。

「ねぇ、見て。お皿に乗せるとちょっと雰囲気出るかも」

「本当だ。ワインも入れたし、クリスマスっぽいよね」

私たちは顔を見合わせ、笑い合う。

ローテーブルの前にあるソファに座ると、ワインで乾杯をして、私たちはケーキにフォークを入れた。

「ワイン美味しいね」

「でしょう?」

「しかも、飲みやすい!」

「あはは、もう飲んだの?」

瑛太は空になったワイングラスにワインを注いでくれる。

「瑛太も飲んでるじゃない」

私も瑛太のグラスにワインを注ぐ。

気が付けば、ケーキを食べる前に私たちは数杯ワインを飲んでいた。

「そろそろ、ケーキ食べないと、ワインでお腹いっぱいになっちゃいそう」

「確かに。てゆーか、千夏、酔ってる?」

「酔ってないよー」

「いや、酔ってるでしょ?」

言われてみれば、少し気分がいいかもしれない。

「このショートケーキ、すごく美味しい!瑛太も食べてみる?」

「俺のチョコレートケーキも美味しいよ」

私たちはお互いの口にケーキを運ぶ。

二人きりのクリスマスを楽しむ男女

「ふふっ、なんか恋人みたい」

「何言ってるの?俺と千夏は恋人でしょ?」

「でも、こういう恋人らしいことって、普段はあんまりしてないから」

「それは千夏が仕事人間だからでしょ? 平日はデートなんて出来ないし、俺の家に来てもすぐ寝るし」

「ごめん……」

「でも、そんなところが好きなんだけどね」

そう言って、瑛太は私の頬にキスをする。

「もっと恋人みたいなことしよっか?」

瑛太は私の瞳を見つめると、そのままソファへと押し倒した。

【NEXT】激しくキスを繰り返す千夏と瑛太は…。(となりのS王子「ファースト・クリスマス」(後編))

あらすじ

クリスマス・イブにも関わらず、校了日の編集部は慌ただしく、千夏は瑛太といつも通り遅くまで仕事をしていた。
瑛太と初めてのクリスマス・イブは楽しく二人で過ごすはずだった…しかし、校了日当日に思いがけないトラブルが発生してしまう。

千夏はふとパソコンの右下に表示されている時間をみると二十四時になっていた。
せっかくのクリスマス・イブが終わってしまうと溜め息をついていると、少し離れたところにいる瑛太が苦笑しながら千夏を見ていた。

一昨年も一昨々年のクリスマス・イヴも仕事をしていた千夏は、瑛太と過ごす最初のクリスマス・イヴを大いに楽しみにしていたのだった。

そんな千夏の様子を感じた瑛太は、突然、千夏の腕を引っ張り…。

野々原いちご
野々原いちご
小説家。 1984.3.12生まれ。 法政大学文学部…
Sui*Ka
Sui*Ka
エルシースタイルで数々の漫画を執筆中。
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