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官能小説 寂しさの粒 前編


何の不満もないセックス

「んんぁぁ…」

音を立てながら、伸也とつながっている部分から目を離して、彼と目を合わせる。対面座位は、彼が一番好きな体位だ。

「加奈、気持ちいい?」

優しい目と柔らかい声で尋ねる彼に、「うんうん」と目を合わせたまま頷く。

彼―-大場伸也は、私の婚約者。彼が35歳で私が33歳。適齢といえばそうかもしれないけど、私自身は、33歳でまだ土屋という苗字を名乗っているなんて、ハタチの頃には思ってもいなかった。

大学を卒業してから就職。イベントの企画は、高校時代から意識していた職業ではあった。野心に燃えていたわけでもないけれど、とにかく働き始めたら仕事が楽しくなって、気がつけば同期の誰よりも働き、忙しさの分だけ肩書きもついてきていた。

「あぁぁ、加奈、すごくいい…。俺やっぱり、これが一番好き。 座って加奈の中に入って、目の前に加奈の顔があって、息を感じられて…」

言葉の合間に、彼は深く強く私の奥を突いてくる。突き上げられるたびに、私は「あんっ」と息を漏らし、同時にクチュッという音が響く。

「うん…嬉しい…」
ギュッと抱きつくと、彼自身がさらに奥まで侵入してくる。
「あぁぁ、伸也…いい…奥…ぐちゃぐちゃにかき回して…」
「ここ?…あぁぁ、加奈…」
「うんっ…そこっ…あぁぁん…だめ…もう…だめ…」
「ぅぅ…俺も…あぁ、いきそう…」
「きて…伸也…きて…」
「いいの?」

うんうんと激しく頷いて返事をしながら、私も腰を激しく波打たせた。

「あぅ…愛してる、加奈…」
「うん…あぁぁ、私も…」

更に息も動きも激しさを増して、私たちは尽き果てた。

「大丈夫?」

オーガズムでぼんやりとしている私を、伸也は優しくベッドに寝かせて腕枕をし、ブランケットをかけてくれる。

彼の仕事は広告営業で、業界の人間でなくても名前を知っている有名企業の第一線で働いている。周りからの信頼も厚くて、私も100%信頼と尊敬を寄せている。 働いてきた業界が近いこともあって、お互いの仕事に対しても深く理解しているし、私にとって彼は最高の相談相手でもある。

そんな伸也とお見合いパーティーで知り合って、もうすぐ1年になる。恋人と別れて半年が経っていて、「こういう出会いもアリかな」と軽い気持ちで参加した。 お互いにお見合いパーティーというものが初めてで、作法などまるで分からなかったことで話しやすくて…。それからすぐに連絡を取り合うようになって、結婚を前提に付き合い始めた。

友人たちは、伸也のことを「完璧だよね」と言う。ルックスも性格も収入も。きっと、今夜も私のアパートの前まで車で送り、助手席のドアを開けてくれた彼を見れば、またみんな口を揃えて完璧だと言うだろう。

「ありがとう、伸也。もう遅いし、明日も早いんでしょ?ここでいいよ」

アパートの駐車場。ここでいいも何も、玄関のドアまで5メートルたらずなのだけど…。 彼は必ず部屋の中まで送ろうとする。

「本当に大丈夫?」 と私の肩に手を添える彼に、背伸びをしてキスをして見送った。

「ふぅ…」

温かいココアの甘い香りを吸い込みながら、パソコンの画面に映る写真を眺める。披露宴で使う学生時代の写真を選んでおくと、さっき伸也に約束したのだ。

「若いな…」

大学の同級生たちとふざけ合っている写真に、クスッと笑う。昔は気楽で楽しかったような気もするけれど、だからと言って今の自分にひとつも後悔はない。

「あ…」

1枚の写真が目に留まって、つい声が出た。

それは、吉岡充と一緒にお菓子を食べている写真。同級生の彼とは、学部もサークルも同じで、本当によく一緒にいた。

うっすらとパソコンの画面に映る自分の顔が、にやけている。自分の顔なのに、「嬉しそうだな」と思ってしまうほどに。

「充、元気かな?」

声に出して彼の名を呼ぶと、瞬間、パッと心が明るくなる。長いあいだ暗かった部分に、スポットライトが当たるように。そして同時に、明るくなった部分の周りの暗さが際立つ切なさがこみ上げる。

モヤモヤと、言いようのない、嬉しくも寂しくもあり、嬉しくも寂しくもないような塊が、喉の奥にクッと詰まる。

「今夜は、ここまで」

一気にココアを飲みほすと、パソコンの電源を落とした。

心の海に揺れる小舟

ポップコーンを口にする前に、スマートフォンをマナーモードに切り替えた。

今夜は、ひとりで映画を観に来ている。婚約者の伸也は、まだ仕事だ。

話題の恋愛映画だし、ふたりの都合が合う日を選ぼうかとも思った。 しかし、これといった理由はないけれど、ひとりで観たいという気持ちにもなった。

「本当に?」

恋人からとろけるような愛の言葉をささやかれたヒロインが、彼の腕の中にスルリと入り込んで、甘えた声を出す。そして、嬉しそうに彼の首元にキスをして、脚を絡ませる。

「こっち、見て」

そう言って恋人の視線を待っている彼女の目は、燃え上がるように情熱的で、人肌のぬくもりにも溢れていて。それでいて、果てしなくピュアで…。私は、その目に視線が釘づけになるほど心を奪われながら、同時に自分の中で何かが張り裂けていくような苦しみを感じていた。

(私は、こんな目で伸也を見つめたことがあるかしら?こんなに愛に満ちていて、何もかもを疑わない目で…) 心の海面に浮いた小舟が、波もないのにユラユラとゆれた…。

スクリーンの中では、ヒロインが丹念に恋人を愛撫し始めた。口元が首から胸元、ウエストへと下がっていくほどに、彼女は夢中になっていく。無我夢中というほどかもしれない。しかし、決して荒っぽくはない。息が荒くなるほど、腕も柔らかく動いて彼を撫でている。まるで、自分の体を彼に溶け込ませようとしているように…。

(私は、こんなに丹念に伸也の体を愛しているだろうか…) 痛い痛い疑問が心の海底にイカリをおろした。

「このホクロ、好きなのよ」

彼の内ももにある2つ並んだホクロに、彼女はペロリとキスをした。

「そんなところにホクロがあるなんて、俺、知らなかったよ」
「本当?今までも、誰かが見つけたんじゃないの?」

「ないない」と笑って、彼は「こんなに隅から隅まで愛してくれたのは、お前が初めてなんだから」と、彼女の髪を撫でた。

(私は、何も知らない。伸也の体は、どこにホクロがある?どこに傷がある?…何も知らない。こんなに隅から隅まで、伸也を愛していない…。…愛…しているのだろうか?) イカリも小舟も…。もろとも、雷に打ち砕かれる…。

伸也は、よく私に愛していると言ってくれる。それに応えるように、私も愛していると言うことがある。でも、伸也が目の前で愛をささやかなくても、心の海底から湧き上がってくるように、愛していると感じたことがあったのだろうか…。私は、分からなくなっていた。

…いや、違う。これまで、その疑問は常に私の中にあったのかもしれない。ただ、見て見ぬふりをしてきただけで…。

そこからは、映画の内容が耳にも目にもうまく入らなかった。どのシーンを観ても、鋭い何かを目の前に突き付けられているようで、いたたまれなかった。席を立つ直前、不意に、自分でも驚くほど不意に、一筋の涙が頬を伝った。

「…あ、加奈…」

映画館を出ようとしたとき、自分の名前が耳に入った。反射的に、辺りを見回す。

「…うそっ」
「やっぱり」

ふたりの声が出るのと、視線がつながるのが、ほぼ同時だったように思う。

「み…つる?」

大学時代の同級生、吉岡充…。伸也との結婚披露宴で使う写真を選んでいて、つい数日前に彼の顔を見たので、なんだか久しぶりという気がしない。でも実際には、10年ぶりくらいの再会なのだ。

「何してるの?」

その質問への正しい答えが、「ひとりで映画よ」なのか、「あのときの会社で、今も頑張ってるよ」なのか。それとも「独身だよ」なのか…。それともそれとも「まだ東京にいるんだよ」なのか。どう答えれば正しいのか、さっぱり分からないほど、私たちは連絡を取っていなかった。

10年ぶりに見る彼の笑顔は、学生時代と何も変わっていない。優しくて、面倒見がよくて、でもやんちゃで。やたらと感動屋でもあって。

「…あ」

彼の目が、人ごみの先に向く。

「あ、もう行かなきゃ?」
「…うん。てか、加奈、携帯変えた?」
「ううん、変えてないよ」
「そっか、よかった。俺も変えてない。じゃ、近いうちに連絡していい?」
「うん。もちろん!」

1分足らずのそそくさとした会話だったけれど、私は、ずっと笑顔だったと思う。 充が、笑顔だったから。

天秤

『会いたい』

起き抜けに読んだ携帯メール。最後の4文字だけに、目が釘づけになった。相手は、婚約者の大場伸也ではない。昨晩、ひとりで映画に行って偶然再会した大学の同級生、吉岡充だ。メールには、ほかにもいくつかのことが書いてあった。でも、最後の4文字に、私の心のすべては奪われていた。

昨晩、充と再会してから、家に帰る道すがらも、ベッドに入ってからも、ずっと彼のことを考えていた。 考えていたというよりも…、彼の顔が頭から離れてくれなかった。

『私も、会いたい』

伸也の顔が心に浮かんできたのは、ジンジンと震えるような指先で送信をした後だった。こんなに衝動的に、体よりも先に心が動いてしまうほどに、伸也に会いたいと願ったことが、あっただろうか…。

―――その日の夜。

『明日、いつもの時間で大丈夫かな?』

メールの着信にドキッとして、相手が伸也だと分かって心がざわついた。正直、今の今まで、伸也のことを忘れていたと言っても過言ではない。それはつまり、明日のデートについて忘れていたということで…。

『大丈夫だよ!連絡ありがとう』

朝、充にメールしたときとは、また別の震えを感じながら、送信。この震えは、デートを忘れていたことへの後ろめたさなのか、それよりももっと深い罪悪感なのか…。

10年前の妄想

充のことは、好きだった。でも、告白すらできないままに大学時代が過ぎ、卒業をした。その充と偶然に再会して、もしかしたらまた会えるかもしれない…。歯磨きをしながらニュースをみるのは私の日課だけれど、今夜はどうしてもアナウンサーの声が耳を通り過ぎてしまう。

そういえば、こうやって歯磨きをする習慣がついたのは、充の影響だった。大学時代、彼の下宿先に遊びに行ったときに、充はこうして寝る準備をしていた。

「人が来てるのに、失礼!」と帰り支度をしながら笑うと、 「お前なんだから、いいじゃん」とすかさず返した。

その後、玄関で転びそうになった私を、充は後ろから抱きしめるようにグッと支えてくれた。右の肩にうっすらと漂う歯磨き粉の香りにハッとして立ち直り、慌てて挨拶をしてドアを閉めた。

そこから自分の下宿への帰り道、心臓がリズムを忘れてしまうくらいに、脈打っていた。そして、あの夜から、私は何度も何度も、“もしもあの時に続きがあったら…”と想像してしまっていたのだ。

―――もしもそのまま、充の手が胸に伸びてきたら…。少し抵抗しようとする私に、「ダメ?」と囁く充。イエスともノーとも言えずに首をかしげる私。もう一度「ダメ?」と確認しながら、彼の手は私の胸を包み込む。そして、ゆっくりとふたりの体を密着させるように抱き寄せる。

彼に身を委ねる私を、充は自分の方へと向き直らせる。そして、黙って見つめて、唇を寄せる。口の中は、まだ歯磨きの残り香が漂っていて…。彼の手が、短めのチュニックの下から忍んで、ブラの中へと入る。

「んんっっ…」

私は思わず声が漏れて、同時に彼の舌へといっそう強く吸い付く。器用にブラのホックをはずした彼の手の平が、胸のふくらみを包み込み、指先は膨らみの先端を優しくつまむ。

「あぁぁ…ダメ…」

吐息で声を出すと、彼の唇は耳元と首筋へと移動する。

「ずっと、こうしたかったんだ、加奈」
「うん…私も…」

抱きつく私のチュニックを一気に引き上げ、充は私の胸に顔を埋める。最初は、そっとマシュマロがつぶれないくらいに優しく…。そして、私が吐息を吐くと、チュルチュルと音を立ててしゃぶりつく…。

「うんっっ…はぁ…ねぇ、充…」

目を合わせてから、リビングへと視線を向けると、彼はスッと私を抱き上げて、リビングのソファーに寝かせてくれる。

それから、優しく服を脱がせて…。

―――ピロロン♪

突然、携帯メールの着信音が鳴って、10年以上も前の妄想から、引き戻された。 伸也から、明日のデートでのレストランの話だ。

ひとりは、寂しい。でも、心の中に恋い焦がれる人がいながら別の人と一緒にいるのは、もっと寂しい。私はこれから、どうするんだろう…。果実の皮にスッとナイフを入れたような鋭い切なさと、止めようとしても切り口から溢れ出てくる果汁のような恋しさが、心を支配していた。

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あらすじ

対面座位が好きな彼と、何の不満もないセックス――…。
お見合いパーティーで知り合った伸也の婚約者となった加奈。
誰もが完璧と言う彼との披露宴の準備をしていると…

はづき
はづき
肌の細胞すべてに、体の動きすべてに、心が宿る。 心が…
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