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官能小説 寂しさの粒 後編


違う色の涙

胸が、締めつけられる。喉が、切なく詰まる。

目の前には、婚約者の大場伸也がいる。 私のお気に入りのイタリアンレストランを予約してくれたのは、「最近、加奈、なんか元気ないからさ」なのだそうだ。今日はデートだから、昨日までは何日か遅くまで残業をしたらしい。 本当に、気がきいて優しい。そして、仕事熱心な彼。結婚相手としては、友人たちが言う通り、まさに「完璧」なんだろう…。

「加奈、大丈夫?」

ボーッとしていたのか、伸也の手が自分の手に重なったのに気づいて、ハッと前を向いた。彼の顔が目に入り、手には彼の体温を感じる。

「うん、ごめん。大丈夫」

苦笑いで慌てて答えたけれど、きっと私は大丈夫ではない。彼が、遠くなっていく。彼の姿がずっと向こうに遠のき…、ふたりの手のあいだには、薄いけれど確固たる何かが1枚、挟まれている…。

「…ごめん」

レストランを出て車に戻り、寄せられた伸也の唇に向けて、つい謝った。あまりにも近くまで迫ってきていて、瞬間、ふたりの唇が触れ合う。スッと、お互いに顔を引くのが分かった。

「何かあったの?」

悲しそうに訊く彼の顔を、まともに見ることができず、絞り出すように吉岡充のことを話した。 大学の同級生だったこと。偶然映画館で再会したこと。それから会っていないけれど、どうしても充を思い浮かべてしまうこと…。

「ごめん、だからもう…これ以上…伸也に申し訳ないこと、できない」
「別れたいの?」

ずっと泣いて話し続けた私に、彼は、声に涙をにじませて訊いた。

「嫌いになったとかじゃ、ないの…、少しも」

それは、本心だった。

「…同じだよ、どんな言い方でもさ」

私から充の話を聞いた伸也は「去るものを追うつもりはないよ…」と弱々しく言った。 「加奈は、何も悪くないよ。…誰も、悪くない」そう言ったときには、彼も泣いていたかもしれない。 駅まで送ってもらい、涙をこらえて外を歩いた。そのまま家に帰る気にもなれず、バーに入った。

1杯目のカクテルを飲みほしたとき、不意に孤独感が押し寄せてきた。充のことが気になるといっても、彼との未来に何か保証があるわけではない。急に、33歳という年齢がずっしりと響いた。

(これから私、どうするんだろう…) 半分自虐でため息をついたとき、バッグの中のスマートフォンがブルブルと震えた。

『元気?』

充からのたった3文字のメールに、さっきとは違う色の涙がこみ上げる。バーでひとりでいると伝えると、近くにいるから来ると言う。 慌てて化粧室に立ってメイクを直す。心が躍るとはこういうことを言うのだと、鏡の中の自分に言われているようだった。

ほどなくして、軽快なベルの音と共に、充が入って来た。

「相変わらず、甘いカクテル飲んでるな〜」
「相変わらず、若いってこと?」

10年も音信不通だったのに、いざ顔を合わせると、こんなにすんなりと笑いがこぼれる。ついさっきメールが来たときには、あんなにソワソワしていたのに…。話していると、こんなに安心しながら、こんなにときめいている…。

全然意識していないのに、視線が自然と彼の口元にいってしまう。首筋、手元…。自分でも抑えられないほど、彼の細部を見つめていた。お酒に濡れる唇、時々覗く舌や歯…。血管が少し浮き出ている首筋。男性のわりにはスッと長く伸びたしなやかな手。

(この唇に口づけて…、この首筋に顔を埋めて…、この手に撫でられて…。この唇が私の全身を這って…、私の唇が彼の全身を濡らして…)

10年以上前から心の隅で想像していたことが、今は、心の真ん中で動き出している。 触れたい、彼に触れたい。そして、触れてほしい。私は、自分でも驚くほどに切実に、そう願っていた。そして、願いの強さを感じるたびに、体の真ん中がキュッとうずく…。

「加奈…」

バーを出て、充に呼ばれて振り返る。と、一気に全身をもっていかれる。気づくと、彼の腕の中にいた。

「メール、短くて素っ気なくて、ごめんな。なんか、うまく言えないっていうか…」

彼の胸に顔を埋めた状態で、首を横に振る。

「とにかく、会いたかったんだ」

その言葉に、全身の力が抜けていった。嬉しいという具体的な感情に辿り着くまでに、彼の腕の中で、どれくらいの時間を過ごしたのだろう…。

確かめられない想い

「…ご…ごめん…」

抱きしめていた腕をほどいて、充は一歩退いた。スルリと、ふたりのあいだを夜風が通り抜ける。ゆっくりと彼に視線を向けながら、首を横に振る。

「彼氏、きっといるよな。ほんと、ゴメン」
「…いないよ」
「いないの?」
「うん…、さっき、別れてきたっていうか…」

苦笑いをしながら、目を合わせる。

「そうなんだ…。どうして…」

充がそこまで言ったとき、言葉を遮るように彼の電話が鳴った。“え?今から?”と少し困った様子で話している。

「用事ができたんでしょ?」

電話を切った彼に笑って言うと、充は「同僚からで…」と気まずそうに頷いた。

「ありがとう、加奈。久しぶりに会えて、ほんと、よかった」
「うん、私も」

また充の電話が鳴って、私たちは逆方向に歩き始めた。何度も何度も振り返って、充は交差点の向こうに消えていった。

さっきから、スマートフォンとにらめっこしている。 婚約者の大場伸也と別れ、その足でバーに行き、そのバーに同級生の吉岡充がやって来て…。帰り際に抱きしめられた。その風景を、この数日間、何度頭の中で繰り返したことだろう…。

(充は、なぜ私を抱きしめたんだろう…。私をどう思っているの?) 知りたい思いをぐるぐるとかき回しながら、スマホの送信ボタンの上を、指もグルグルとしている。

“このあいだは、ありがとう。急ぎだったみたいだけど、その後、大丈夫だった?”

こんな他愛のない内容でも、送れない。面倒だと思われるかも…。充は連絡なんて待っていないんじゃないか…。もし関係を失ったら…。そんな心配が、指先から勇気を奪っていった。 でも、このもやもやとした気持ちを抱え続ける自信もない。半分は投げやりな気持ちで、送信した。

…と、同時に、画面に見覚えのないメッセージが現れた。

“ごめんな、この前、急用ができてしまって…。今度は、ちゃんと約束して会えないかな?”
“同時だった?”

混乱しているうちに、また1通、充から。



“やっぱり、そうだった?ビックリ!”

そこから私たちは、しばらくやり取りをして、週末に会う約束をした。

アパートの駐車場で、充が迎えに来てくれるのを待つ。ほんの少し前まで、少しの疑いもなく伸也を待っていたのに…。しかし、本当に疑いがなかったのだろうか。同じ場所での待ち時間も、呆れるほどに風景が違う。
待ち合わせの3分前。学生時代の頃と似た感じの車に乗って、充がやって来た。

「待たせた?ごめん」

運転席から左腕を伸ばしてドアを開け、笑う充。 伸也ならば、車から降りてドアを開けてくれただろう。友人の言うように、完璧に。でも、それがなんだと言うのか…。この笑顔こそ、私にとっての“完璧”なのかもしれない。

「大丈夫!今、出てきたところ」

私も笑いながら乗り込んで、助手席に座る。やっぱり、充といると、自然と笑顔になれる。嬉しくなって、運転席の彼に顔を向ける。真剣な表情のようで、でも満面の笑みのようでもあって…。その表情に吸い込まれてしまう。

「加奈…」

なんとなく目を逸らせずにいると、声とともに、唇が近づいてくる。私も、反射的に唇を寄せてしまう。だって…、何度この風景を想像したことか…。

充の唇は、想像していたよりも、ずっと温かかった。柔らかかった。心地よさに浸っていると、唇に彼の舌が触れる。反射的に、私の唇は開いていった。彼の舌が私の舌に触れると、温かみも柔らかみもさらに増して、そして甘い…。吸い付くように、私も舌を絡めた。荒い息が、唇の隙間から流れ出て、その生温かい息の温度と耳に入る吐息が、さらに私の舌を乱れさせた。唇だけでなく、身を乗り出すように、彼のキスを求め、唇をむさぼる。

グッと、彼の腕が私のウエストを支えた。

「んんっ…」

思わず、唇の隙間から声が漏れる。いつまでも、こうして唇を重ねていられたら…。

小さく音を立てて、彼の唇が離れる。そして、ウエストに当てた手にさらに力を込めた。

「なかなか勇気が出ずに、連絡できなくて…」
「うん、私も。ここ何日か…。」
「違うんだ」

その言葉に、私は体を離して目を見ようとする。

「だめ。離れないで。顔見たら、勇気、なくなるから」

彼は、私の髪をそっと撫でて肩に抱き寄せると、小さく「ふう」と息を吐いた。

10年越しの想い

「つまり…。好きなんだ」

迎えに来てくれた充の車に乗り込んですぐ、心が申し合せていたように、私たちはキスをした。 そして彼は、私の頭を抱いたまま、そう言った。

「私も…」
「俺は、大学のときから、好きだったんだよ…」
「私も…」

この10年以上のグルグルとモヤモヤと諦めと期待と切なさと…。すべてが、目を合わせたまま、この瞬間に凝縮されていた。

運転席のシートにもたれながら、充の表情から不安が消えていく。きっと私の顔からも、緊張が抜けていっていただろう…。

「コーヒーでいい?」

片道3時間のドライブの後、家まで送ってもらったとき、中に入るように誘ったのは私だった。 ブラックを2杯淹れて、2人用のソファで大学時代の写真を見ている充の隣に座る。

「加奈」

充の言葉に目を向けると、彼はじっと見つめ返した。

「ねぇ、加奈…」
「ん?」
「どうしよう…。キスだけじゃ、止まらないかも…」

思いがけない言葉に、すぐに返事ができない。

「ゴメン。やっぱ俺、今日は帰った方がいいな」

立ち上がる充の袖を、グッと引っ張って引き止める。

「そんなこと、言ってないでしょ…」
「…いいの?」

その言葉に頷くために顔を上げると、視線が結ばれる前に、彼の唇が激しく私の唇を塞いでいた。

「ねぇ、シャワー…」

服の中に手を忍ばせる充の耳元で囁くと、「脱がせてあげる」と、私のシャツのボタンを1つずつ外す。 片手を私の背中に回してブラのホックを外し、もう一方の手はブラの中に指を這わせて先端の突起を捉えていた。 スルリとシャツもブラも床へ落ちる。と同時に、チュルリと一瞬音を立てて、私の乳首を舌でつつく。

「ちょっと充…。シャワーってば…」
「うん。でも、ちょっとだけでも、加奈の味が欲しいんだよ」

熱い息を鼻と口から同時に吐いて、彼は私の胸を頬張るように口に含んだ。

「あぁぁん…」

彼の温かい口に包まれて、思わず声が漏れる。

「これが…加奈の味なんだ…」

そう言って、手で胸のふくらみを支えながらしゃぶりつく充。 私は、不思議なくらいに、少しも嫌悪感がなかった。 伸也に抱かれていた頃は、体を洗わずにセックスをするなんて、信じられなかったのに…。

「私も…いい?」

私も、彼のシャツのボタンを外して、首筋に舌を這わせる。 少し汗ばんでいる充の味が舌に広がると、舌が付け根から暴れ出すのではないかと思うほどに、舐め回してしまう。

「あぁん…はぅ…っ」

乳首をチロチロと舌先で弄ばれて、口の中には充の味が広がって、声を抑えられない。

「加奈、シャワーは?」

半分からかう言い方で、充はスカートの中に手を入れてきた。

「だめ!シャワー!」
「じゃ、一緒に浴びようよ」

スカートを脱がせる充に「ね?」と耳元で言われると、つい「うん」と答えてしまう。

バスルームに入ると、充は、恥ずかしがる私とは対照的にはしゃいでいた。

「バカみたいだって思うかもしれないけど、ほんとに俺、ずっと加奈とこうしたくて。 一緒にシャワー浴びたりお風呂入ったり。で、体を洗いっこしたり。 でも、あの頃は何もできなくてさ。悔しくて情けなくて。 今日、いきなり一緒にシャワーとか、怒らせちゃうかと思ったんだけど。 ようやく加奈を抱けるって思ったら、止まらなくって」

充は、たっぷりと泡立てたスポンジで私の全身を洗いながら、一気に喋った。 ときどき「うん」とか「ううん」とか相槌を打ちながら、私は身を任せる。

「こうしたかったんだ、ずっと」

彼は、泡だらけで椅子に座っている私に後ろから抱きついた。

「私も…」

泡にまみれた手を彼の腕に添える。彼は、私の背中に密着して、下腹部に手を伸ばした。

「いやん…」

身をよじらせる私をグッと抱き寄せて、充は「いっぱいキモチよくしたい」とクリトリスに指を滑らせる。

私はもう、吐息を体の中に押し込めておけなくなった。

「っっ…んんあぁ」と声と息の混じりを吐き出しながら、充にしがみつく。 彼は、右手でクリトリスを撫でながら、左手の人差し指と中指は乳首を揺らしながらつまんでいる。

「ねぇ…充…だめ…。きもち…よ…すぎる…から…っっ」

思わず私は、後ろ手に彼の中心へと両手を伸ばした。

触れた手が一瞬跳ね返されるほどに、彼自身が硬くなっている。

泡と充に包まれて

「いいよ。キモチよくなってほしいんだ…」
「でも…」
「いいから。…俺も…うぅっ…キモチいいし…加奈が、触ってくれて…」
「ほんと?…あぁっ…っんん…ほんとに、…いいの?」

バスルームで泡にまみれながら、爆発寸前のクリトリスが、「いいよ」と繰り返す彼の指を、追いかけてしまう。 そして、彼自身を愛撫する手が、激しくなっていく。

「あぁぁ…ダメ…もぅ…充、つかまえて…んぁあぁっ…」

泡と充に包まれたまま、私は果てた。

ベッドに移ると、私が我慢できなくなっていた。

「舐めさせて」

そんな大胆な言葉が、自分の口から出てくることに驚きながらも、私は、充の中心に手を添えてひと息フ―ッと香りを吸い込むと、口づけた。

彼の先端の、硬さと柔らかさが入り混じった感触が唇に広がると、全身から唇に向けて血が猛スピードで流れ込んでいく。 じんじんとしびれる唇に耐え切れず、彼自身を口に含む。その途端に、口の中からジワッと唾液が溢れ、同時に涙も溢れそうになる。 口の中にあるものが、そしてそれとつながっている彼のすべてが、愛おしくて恋しくて、そして欲しくて…。 ジュルジュルと音を響かせながら、彼を強く抱きしめて、彼の肌に顔を埋めるように愛した。

「うぅぅ…」と声をこらえ、彼は「俺も」と私の真ん中に顔を埋めた。 吸い付いたり…甘噛みしたり…ときにはチュッと音を立てて口づけたり…。お互いの中心を愛しながら、私たちはときどき「大好き」と言葉にした。

弾ける、寂しさの粒

「加奈、乗って」

充は、ベッドに座ると向かい合わせに乗るように手招いた。 吸い込まれるように私は、彼の膝に乗る。彼が手を添えて、彼自身を私の中に沈めた。

「あぁぁぁ」

彼が中に入ってくると、私の中心は一気に熱を増した。

「つながってる…」

思わず、言葉が出た。これまで、こんなに誰かとひとつになっているという感覚があっただろうか。

婚約者だった伸也は、この体位が一体感があって1番好きだと言っていた。それは、こういう感覚だったのだろうか…。 罪悪感を胸の奥に押し込めていると、

「加奈と、すっごいくっついてる…。一体になってる…。嬉しい…」

充の口から、ドキリともギクリともする言葉が出た。しかし、その緊張は一瞬で消える。 伸也が同じことを言ったときとはまるで違う、体のすべての細胞に染み込むようにその言葉が入ってくる感覚に、不意に涙が溢れた。

「どうした?」

慌てる彼に、 「何でもない。私も、同じだから」と返す。

「可愛いな」

私の頬を伝う涙を舐め取りながら、胸のふくらみを手でなぞり、ときどき乳首をつまみながら、下からは激しいほどに突き上げてくる。 目が合うと、どちらからともなく、思い切り吸い付くほどのキスをした。

何度か体位を変えた後、「最初のに、戻って…」と、私からお願いした。 ジュルッと音を立てて彼自身を私の中から抜くと、改めて対面座位でつながる。その瞬間に、一気に彼自身がいっそう大きくなるのが分かる。

「おぅ…んんっっ」

低く息を漏らしながら、彼の表情が切なさを深めていった。

「充…。きて…ぁああんっ。私、もう…だめ…」
「…ぅうっ…いい…の?」

うんうんと激しく頷く私に、その何倍もの激しさで、彼は奥へ奥へと、ねじり込むように突いてくる。

彼自身が、私の中に、私の中のどうしてもごまかしがきかない部分に、ねじり込まれる。

そこには、触れると痛い痛い粒がある。それは、寂しさの粒。 何をしても、どう取り繕っても、どうしても消えない、寂しさの粒。 本当はそれは、自分で自分の胸に手を突っ込んで、掘り当てて、えぐり出して、握りつぶさなければ、なくならないものなのかもしれない。

でも今、充が私の奥を突くたびに、寂しさの粒がひと粒弾けていく。 充にしがみつくたびに、寂しさの粒がひと粒つぶれて蒸発していく…。

「充…ここに…ここに、いて…」
「うん…加奈も…俺のとこに…いて」

ギュッと強く抱き合いながら、私たちは、激しく湿った息と声を漏らしながら、上り詰めた。

私は、充の寂しさの粒を、探し当ててえぐり出すことができるだろうか…。彼が抱えている痛くて切ないひと粒ひと粒を、癒やせるだろうか…。 不安を決意に替えるように、目の前に光る汗の粒を、ひと粒ペロリと舐めた。

<寂しさの粒 〜おわり〜>

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あらすじ

結婚相手としては「完璧」だけど…。昔片想いしていて、偶然再会した充のことが忘れられないことを伸也に告げる加奈。
別れ、そのまま入ったバーで孤独を感じていると、不意に充から連絡がきて…

はづき
はづき
肌の細胞すべてに、体の動きすべてに、心が宿る。 心が…
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