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空をつなぐ 前編


海外の一人旅での出会い

「あれ…」

ロンドン、ヒースロー空港。 せっかく1年ぶりの旅行なのに、 税関を出てすぐに迷ってしまった…。

「ヒースロー、初めてですか?」

突然話しかけられ、驚いて顔を上げる。

「あ、はい…」

と頷く私に、 ビジネスマン風の日本人男性は、 私が乗る電車を教えてくれた。 仕事でロンドンに住んでいて、 毎週のように空港に来るのだそうだ。

同僚らしい外国人と話す英語も堪能で、 平凡なOLの私とは、大違い…。 それにしても、海外のひとり旅、 こういう親切はありがたい。

翌日の夜。

「美味しい!」

レストランでステーキをひと切れ口にして、 私は、目の前の人と目を合わせた。 その人は、野間和也さん。32歳。 空港で道を教えてくれた日本人だ。

ロンドン市内の観光を終えた私は、 駅で偶然彼に再会した。 選ぶ言葉、話し方、立ち居振る舞い。 すべてに気品の漂う野間さん。 6歳も年上なのに、 丁寧な言葉で話してくれる。

「岸本真奈です」

と私が自己紹介した後も、 日本に住んでいるのなら そのほうが信頼できるだろうからと、 私を苗字で呼んだ。 それから数十分の立ち話の後、 この店に案内してもらった。 食事をしているうち、 ふたりともワインが好きだと知った。

「ワインで選ぶなら、 もっとお勧めの店もありますよ」

日本語なのに店員さんに 聞こえない声でそう話す姿にも、 まじめさがにじみ出ている。

「本当にありがとうございました」

レストランの外で、 そう頭を下げて目を合わせると、 真剣なまなざしが飛び込んできた。

「…あの。ロンドンにいる期間が 短いって分かってるから、 こんな事を言うんだけど…」

はい、と反射的に返事をした私に、 彼はさらに強い視線を向けてきた。

「惹かれています」

10秒近く、沈黙が漂った。

「…そんな、今日だけで」

私は、そう返すのが精一杯。 混乱する私に、彼は、 日本から同じ飛行機で、 機内での一目惚れだったと告げた。 偶然再会した時には、 逃せないチャンスだと感じたことも。 ひと言ひと言、強く…。

彼の自宅へ

『イギリス旅行、明日が最終日ですね。 僕も明日は休みです。 どうしても、もう1度会いたいです』

そのメールを見ながらつく短いため息が、 少し揺れている。 それはそのまま、心の揺れだった。

イギリス旅行のこの1週間。 野間さんからは、毎日メールが届く。 偶然再会して食事をした最中、 日本にないワインを紹介してほしい、 と連絡先を渡した。

その翌日、別のレストランに 連れて行ってもらい、 はっきりと告白されたけれど、 私は「分からない」と答えた。 全身から漂う誠実さ、 仕事や生き方への情熱、 尊敬できる部分は多い。 純粋に話も楽しい。 メールをもらうたびに惹かれる自分もいる。 でも、ロンドンと日本…。

公園の歩道を横切るリスの向こうに、 野間さんの姿が見える。 結局、翌朝、彼と待ち合わせをした。

「こっちにいる期間が短いって、 何度も言っちゃうんだけど…。 だからこそ、僕の生活を見てほしいんです。 外から見るだけでもいい。 僕の自宅に来てくれませんか?」

簡単には逸らせないほど強い視線。 同じだけ力強い目を返すことができずに うつむきかけると、 彼の手は、小刻みに震えて握られていた。

「はい」

私は、視線を戻して目を合わせ、頷いた。 近所のコンビ二や猫の話など、 マンションに着くまでの間、 彼は気さくに話してくれた。

「中に、お邪魔していいですか?」

結局は、私からそうお願いした。 整然とした部屋。 カーテンの優しい色。 サボテンの寄せ植え。 本棚にはビジネス書の隣に詩集がある。

「自分からお願いしたのに、 いざ見られると照れくさいですね」

言葉のままの表情を見せる彼に、 私は自然と微笑みを返していた。 コーヒーを御馳走になってから、 休日によく行く散歩コースや カフェも案内してもらう。 夕方、野間さんは 滞在中のホテルまで送ってくれた。

部屋の前。 私は、カードキーをバッグの中で握り締め、 彼に目を向ける。 優しさと少しの寂しさが、 誠意の器の中で揺れているような視線が、 返ってきた…。

結ばれる二人

野間さんから返ってくる視線に、 吸い込んだ息が肺の直前で詰まる。

「入って…ください」

私は、目を逸らさずに決意の息を吐いた。 声もなく驚く彼に、私は、 ぎこちなく笑顔を作り、ドアを開けた。 部屋に入り、デスクにバッグを置いて 振り返ったけれど、言葉が出ず、 少し困った顔で笑うのがやっと。

「これが最後のチャンスかな」

と、笑みを返した後、野間さんは、 1週間前と同じ言葉を口にした。

「僕と付き合ってくれませんか?」

私は、笑顔から困った表情を消し取った。 そして、小さく何度も頷く。 頷くたび、迷いは何かの魔法 だったかのように蒸発した。 ホッと音のするため息と共に、 彼が歩み寄ってくる。

肩から背中に彼の手が伸びて、 抱き寄せられる。 自然に、自分の手も 彼の腰に巻きついてゆく。

「この香り、覚えておかなくちゃ」

と、彼は、私の首元に顔をうずめた。

「この温もりも」

と返しながら唇を重ね、 ふたりでベッドに身を委ねた。

野間さんの優しさは、 服を脱いでも少しも変わらない。 胸の柔らかさを、 手の平と4本の指が包み込む。 親指と舌とは、小さな楽器を奏でるように、 ふくらみの頂点を転がした。

「はぁぁ…」

思わず息が声になり、 彼の肩を撫でていた指に力が入る。 彼のもう一方の手は、 太ももの内側を何度も上下する。 その手が膝から中心に向かうたび、 蜜がドクリと溢れる。

野間さんは、その蜜を指にひとすくいして、 チュルリと音を立てて舐めた。 その音が合図かのように、 私たちは、お互いの中心に吸い付いた。

「実はもう、会えない恋はやめようって…」

長く長くお互いの中心に顔をうずめた後、 1つにつながったとき、 私は過去の遠距離恋愛を告白した。

「つらかった?」

と目を合わせる野間さんに、

「もちろん」

とため息を交えて返す。 だから、この1週間すごく迷った、と。

「僕は、泣かせないから」

彼は、奥の奥まで、私の体を貫いた。 私は、全身を埋め込むように 彼にしがみつき、耳元に甘い息を吐いた。

海外との遠距離恋愛

翌朝早く、野間さんは 仕事のためにホテルを出た。

私は今、帰国する飛行機の中。 好きになった人と、 この空のぶんだけ離れている。 マッハの速度で飛んでも、 なかなか景色が変わらない この空のぶんだけ。

でも、切なさを迫らせるこの空こそが、 ふたりをつなぐ糸…。 ぼんやり窓の外の雲を眺めながら、 野間さんの言葉を思い出していた。

「もっと、誇りに思っていいのに」

それは、私の仕事に対する言葉だった。 確かに仕事は楽しい。 でも、それ以外のそれ以上の、 何があるだろう?

…そんなことを、私が言った後。 仕事を楽しめるって当たり前の事じゃない、 とも言っていた。 誇り。 私の、誇りって…。

「秘書検定の勉強?」

同僚の麻美が、ランチのドリンクを手に、 聞き返してきた。 帰国して1週間。 同僚であり親友でもある麻美に、 私は、野間さんとのことを伝えていた。

「うん。野間さんの言う誇りってこと、 考えてたんだけど。 自分の意識だけじゃ、今の私はまだ、 確信が持てないっていうか。 分かりやすいゴールを 作りたい感じ、かな?」

へぇ、とストローを口に運んで、 麻美が笑いかけてくる。

「前の遠恋とは違うね。 会えない話せないって、 泣いてばっかりいたのに」

私は、恥ずかしくて、 あははと声に出して笑った。

「彼は、”泣かせないから” って言ってくれたけど。 そうじゃないのかなって。私が、自分で、 泣かない恋をしなきゃって」

今は存分にのろけなさい、 と言ってくれる麻美の笑顔に、 私はまたくすぐったい気持ちになった。

「秘書検定の勉強?」

同僚の麻美が、ランチのドリンクを手に、 聞き返してきた。 帰国して1週間。 同僚であり親友でもある麻美に、 私は、野間さんとのことを伝えていた。

「うん。野間さんの言う誇りってこと、 考えてたんだけど。 自分の意識だけじゃ、今の私はまだ、 確信が持てないっていうか。 分かりやすいゴールを 作りたい感じ、かな?」

へぇ、とストローを口に運んで、 麻美が笑いかけてくる。

「前の遠恋とは違うね。 会えない話せないって、 泣いてばっかりいたのに」

私は、恥ずかしくて、 あははと声に出して笑った。

「彼は、”泣かせないから” って言ってくれたけど。 そうじゃないのかなって。私が、自分で、 泣かない恋をしなきゃって」

今は存分にのろけなさい、 と言ってくれる麻美の笑顔に、 私はまたくすぐったい気持ちになった。

⇒【NEXT】空をつなぐ 後編

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