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官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotB〜月乃編〜・シーズン1
憂鬱な気分
その日も吉井月乃(よしい・つきの)は憂鬱な気分で出勤した。
一見人当たりよく見えるものの、実際には人づきあいが苦手で、一人でいることが何より好きな性格は学生時代、いや、子供時代から変わらない。
苦手な理由は自分でもわかっている。完璧主義で、向上心が妙に強いからだ。表には出さないが、本当は誰よりも上に立ちたいと思っている。だから人前だとつい頑張りすぎて、気がつくとへとへとに疲れている。
今の生活で唯一気に入っているところは、彼氏がいないところだ。
いや、一応年頃の女性なのだし、気に入ってしまっていいのかどうかわからない。
四年前までは、大学時代から付き合っていた彼氏がいたが、うまく甘えられず、結局月乃のほうから別れを切り出した。
月乃は今、二十八歳。今、彼氏がいないことが気に入っているとはいっても、この先を考えると不安にもなる。
月乃はこの数日、ろくに寝ていなかった。
彼女は大手出版社・暁水社の総務部・秘書課に所属し、二人いる副社長のうちひとりの秘書を担当している。
今日はその副社長が前々から気合いを入れていた、海外のクライアントとの打ち合わせだ。
資料の準備で忙しかったのに加え、通訳も担当することになっていたから、出てきそうな時事用語も事前に調べていた。中学・高校時代とイギリスに住んでいたので、英語はネイティブレベルだ。
副社長は海外のクライアントを相手に、日本のアニメやゲーム以外にも、スポーツ、芸能などのコンテンツも売り込もうとしている。
「成功すれば我が社の一翼を担う業務のひとつになる」
副社長はそう胸を張って言っていた。
準備
総務部のフロアにつくと、低い仕切りを隔てた向こうに法務課の飯倉哲也(いいくら・てつや)がいた。
今日は面倒な仕事がある自分がいちばん乗りだと思っていたので、少々面食らう。
「あ、吉井さん、おはようございます」
月乃に気づくと、哲弥はPCから顔を上げて穏やかな笑顔を向けてきた。
「おはようございます」
月乃も答える。
同期入社で物腰の柔らかな哲弥とは、一緒にいるとどこか気持ちが楽になった。 恋愛感情はないが、自分の完璧主義なところを刺激しない、話していて気を使わないで済む相手だ。今日、最初に挨拶できたことをラッキーだと思った。
打ち合わせに備え、会社を代表する雑誌を準備しておくため、月乃は各フロアを回った。
「ブリジッド」と「アーネスト」の編集部のある階でトイレに入ると、同じ大学出身、かつ同期入社の美陽と会った。
「あ、美陽」
看板雑誌のひとつである「ブリジット」の編集員で、華やかで明るくて……といった美陽は、月乃にとってじつは憧れの存在だ。 美陽はどこか暗い雰囲気だった。
「浮かない顔をしているね。何かあった?」
声をかけると、美陽は「気のせいだよ」と笑った。
「それより、月乃も疲れてるみたいだけど」
「最近、あんまり寝てなかったの。副社長の打ち合わせの準備で……」
「そう、体には気をつけてね」
二人は軽く挨拶を交わして別れた。
竜英
クライアントは、その日の午前中に成田から会社に到着した。迎えの車の手配も抜かりなかった。
月乃の通訳は巧みで、先方は副社長が提示するコンテンツに強い興味を示した。打ち合わせは成功したといってよかった。
その後クライアントは、別の打ち合わせがあるというので、一旦会社を出ることになった。
館内を案内して、正面玄関に向かう。この頃にはもう、副社長もクライアントも、そして月乃も多少の冗談を言って笑い合えるぐらいには打ち解け合えていた。
これからも、この関係は良好に続くだろう。月乃はそう確信できた。
副社長の地位も、これで上がるに違いない。月乃が秘書を務める副社長は、もう一人の副社長とライバルの関係にあったが、これで大きく引き離せそうだ。
そうしたら自分も、きっと……。
玄関で、営業課の神崎竜英(かんざき・りゅうえい)とすれ違った。
竜英のことは月乃も知っていた。入社して三年足らずにも関わらず、マニアックなサッカー選手の自伝を同期の編集に企画させ、熱意としつこさで発売にこぎつけた。その本がベストセラーになったほか、その他にもいくつか「熱血竜英」「怖いもの知らず」をベースにした逸話を持っており、今は営業部期待のホープといわれている。
竜英は目を大きく見開いた驚きの表情で月乃を見つめていた。
過労とソファ
だが、月乃と竜英には特に何も接点はなかった。月乃は不思議に思いながらも何も言葉を交わすこともなく、二人はそのまますれ違った。 他の社員は定時になると次々と帰っていったが、月乃はその後も打ち合わせのレポートや今後の計画表の作成に追われ、何だかんだで全て終わった頃にはすっかり空が暗くなっていた。
あたりを見回すと、哲弥もまだPCに向かって何か作業をしている。もしかしたら就労時間は月乃よりも長いかもしれない。
挨拶だけして帰ろうと鞄を持って立ち上がった。
ふっとあたりの景色が「回る」。
めまいだ、と気づいたときには、その場に膝をついていた。
(あぁ、過労だ)
こんなときだというのに、頭は妙に冷静に状況を分析する。
しかし、体はそれについていかなかった。体が傾いていくのがわかる。向こうのフロアから慌てた様子で哲弥が駆け寄ってくるのが見えた。
ずいぶん長い間気を失っていたような気がしたが、実際には数分、いや、数十秒程度だったらしい。その間、何かあたたかいものに抱え上げられたような気がした。
気がつくと月乃は、ソファに横たわっていた。
ただ横たわっていただけではない。腰掛けた哲弥に膝枕をされていた。
(え、ちょ……っ)
月乃はとっさに起き上がろうとしたが、哲弥が止める。
「危険です。急に倒れるなんて、脳に何か異変があったのかもしれません。動かないで下さい。今、救急車を呼びます」
心配と大丈夫
哲弥はスマートフォンで一一九番しようとしたが、月乃はそれを止めて、これは単なる過労だからと説明した。
しばらくして起き上がり、家に帰るという月乃を、哲弥は心配してくれた。
「あの……吉井さんはお一人暮らしですか?もし家で何かあったら……」
哲弥は最後まで言わない。家に来ませんか?そう提案しようとしてできないでいるのだとは、月乃にもわかった。
いくら理由が理由だとはいえ、同じフロアで働いているだけの女性をいきなり家に呼ぶのは憚られるに違いない。
「大丈夫です」
月乃はこれ以上哲弥に心配も迷惑もかけたくなかった。
「今日は友人の家に泊めてもらうことにします。谷崎美陽さん、私たち、同期入社だったからご存知ですよね?彼女とは大学時代からの友人なので、たぶん大丈夫です」
私と同じ、彼氏のいない一人暮らしだから、とは付け加えないでおいた。
哲弥を安心させようとその言葉を証明するように、月乃は哲弥の目の前で美陽に電話をかけた。三コール目で美陽は電話に出た。 事情を説明すると、美陽はそういうことならすぐ来るようにと答えてくれた。
「大丈夫だそうですので、今日は美陽の家に行こうと思います。ご心配をかけてしまってすみません。あの……ありがとうございました」
月乃は深々と頭を下げる。
「いえ、何ともないようなら本当によかったです。今日はゆっくり休んで下さいね」
そう言って自分を見送ってくれた哲弥の顔がどことなく寂しげに見えたのは、月乃の気のせいだったかもしれない。
あらすじ
大手出版社で働く吉井月乃は人づきあいが苦手だ。
原因は月乃が人のことを考えすぎて疲れてしまうこと。
4年前に彼とそれが理由で別れたきり月乃には男の影はないが、彼女は彼氏がいない生活をむしろ気に入っていた。