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官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotB〜月乃編〜・シーズン11
かけがえのない人
冬休みが始まった。月乃はまずいったん自宅に戻り、大掃除を済ませた。哲也も月乃がいない間に部屋を片づけた。
掃除をしながら月乃は、これから哲也とずっと一緒に暮らしていく中では不要になるものがずいぶんあることに気づいた。
食器は哲也の家に月乃の分がずいぶん揃ったし、家電もほとんど必要なくなるだろう。長年丁寧に使ってきたから思い入れのあるものが多く、捨てようと決めたときには少し寂しい気持ちになった。
(今まで本当にありがとうね)
月乃は心の中でひとつひとつにお礼を言いながら、捨てる準備をした。
翌日は都心のデパートの地下に、それぞれの両親への挨拶の際に携えていくお土産を買いに行った。色とりどりの高級なお菓子に目移りしたが、結局かりんとうを買う。年末年始の忙しさで食べ損ねがあってはいけないと思い、日持ちのするものを選んだ。
年末を迎えた街はどこもかしこも浮き足立っている。せわしない街の気配に、これからの予定もあって、二人の心は何とはなしに踊った。
哲也の実家の鎌倉に向かったのは、その翌日の朝だ。
年末年始は道路が混むので、大きな荷物の帰省客にまぎれながらの電車旅にしたが、最後に乗ったローカル線では海も見えて月乃は満足だった。
家に着いたのは昼過ぎだ。二人はこたつのある部屋に案内された。
こたつにあたると、まず哲也が両親と弟に「こちらが、結婚を考えている吉井月乃さん」と月乃を紹介した。
月乃は深々と頭を下げながら挨拶する。
「年末のお忙しいときにお邪魔して申し訳ございません。哲也さんとお付き合いさせていただいています、吉井月乃と申します」
緊張したが、焦って所作が乱れないように注意しながらお土産を差し出す。
「まぁまぁ、上品な娘さん、哲也にはもったいないわねぇ」
こちらも深く頭を下げてお土産を受け取りながら、母も恐縮する。
「いえ、私のほうこそ、哲也さんといるといろいろと学ばせていただくことがあって……哲也さんは男性としてだけではなく、人としても尊敬できるし、一緒にいると励みになるし、かけがえのない人です」
お父様とお母様、弟さんがよろしければ、これからの人生も共に歩んで、暖かい家庭を築いていきたいと思っています――月乃は背筋をぴんと伸ばして言った。
「月乃、そんなに緊張しなくてもいいんだよ」
笑いかける哲也の声もどこか硬い。
哲也がふと父を見ると、口の右端を軽く上げていた。普段はあまり意思表示をしない父の、機嫌がいいときの表情だ。月乃の生真面目さを見て、安心したのだろう。
「まずは足を崩して。いつまでも正座じゃ疲れちゃうでしょ」
「じゃ、遠慮なく」
母が笑いかけると、真っ先に足を崩したのは弟だった。母と弟は陽気な性格らしく、二人のおかげで場は徐々に和やかになっていった。
しばらく談笑した後、暗くならないうちに二人は一旦家を出た。
哲也の思い出の場所を巡るためだった。
新しく家族になる人たち
二人は哲也の通っていた小学校や中学校を回った。高校だけは少し離れたところにあるので、明日改めることにする。
部外者は立ち入り禁止になっていたから外から眺めたが、月乃は目の前に広がる校庭を今まさに幼い哲也がこちらに歩いてくるような錯覚にとらわれた。
「この公園も懐かしい場所なんだ」
哲也は道の途中にあった、海の見える小さな公園の前で立ち止まる。数人の子供たちが遊具で遊んでいた。
「そこのベンチがあるだろう。あのベンチでよく図書館で借りた本を読んでいた。あまりにも夢中になって時間が経つのも忘れて、親が心配して騒ぎになったこともある」
哲也が指差した先には、色褪せた黄色いベンチが冬空の下にぽつんと置かれている。
「文学少年だったのね」
「ってわけでもなくてさ」
哲也は今度は滑り台のほうを指す。
「あそこで友達と、どれだけ早く登って滑り降りてこられるか競争して、大怪我をしたこともあるんだ。もう跡はないけど、腕をざっくり切ってさ」
右手の人差し指で左肘のあたりを切るジェスチャーをする。
「哲也さんにもやんちゃな頃があったのね」
月乃は意外に思ったが、そんな一面を知れたことが嬉しかった。
夕方になって家に戻ると、哲也の母が夕食の支度を始めていた。
今夜は鍋のようで、野菜をざく切りにしてボールに盛りつけている。
「あぁ、すみません! お手伝いします!」
月乃は慌てて隣に立とうとしたが、母は、
「初めて挨拶に来てくれた日に、いきなり台所に立たせるわけにはいかないわよ」
と笑って、こたつに座って待っているよう言った。
月乃はそう言われて正直に何もせずにいられるような性格ではない。そわそわしていると、哲也が「鍋の用意がまだみたいだ。出しに行こう。手伝ってくれる?」と声を掛けてくれた。
屋外の物置から鍋を出して洗ったり、テーブルまわりを片付けたりしているうちに、食事の用意ができた。新しく家族になる人たちとひとつの鍋を囲むのは、緊張もあったが楽しかった。
その日は哲也の家に泊まった。
朝はきちんと布団を畳み、前日と同様、朝食の簡単な手伝いをした。
昼前に家を出るとき、哲也の母親は「今度は自分の家だと思ってきてね」と月乃の手を取ってくれた。
二人はいくつか観光地を巡った後、鶴岡八幡宮で「初詣には早いけど……」と言いつつ新居用のお守りを買った。
夕方、哲也の通っていた高校を見た後、哲也は月乃をとある定食屋に連れていった。あまりきれいではないが、高校時代よく通っていたところだという。
少し煤けた扉を開くと、そこには若い男性が数人集まっていた。二人が入ってくると、全員が一斉に拍手をする。
「な、何……?」
「高校時代の友達だよ」
驚く月乃に、哲也が答える。哲也が結婚する予定だと聞いた親友が、帰省に合わせて小さなパーティを開いてくれたのだった。
「おめでとう! 哲也もついに結婚かぁ」
「月乃さん、哲也をよろしく! いい奴だぜ」
照れる哲也のグラスに、焼酎がどんどん注がれていく。割り物の緑茶は申し訳程度にしか入れてもらえない。電車で来ているとうっかり口を滑らせたせいだ。
あまり遅くならない時間に店を出たが、哲也は帰りの電車で終始気持ち悪がっていて、夜中近くに家に着くと、水をがぶ飲みしてからベッドに倒れこんだ。
「今回の旅行で哲也さんのいろんな面を知ることができたわ」
やっと楽そうになった哲也の寝顔に、月乃は苦笑した。
一緒にいられますように
大晦日からお正月にかけては、ひたすらのんびり過ごした。予約していたおせち料理をデパートに取りに行き、除夜の鐘を聞いて年明けを迎える。新年のあいさつを交わすとまずは少し眠り、目が覚めると初詣に行く準備をした。
近所の神社で「これからもずっと二人で一緒にいられますように」と祈った後に家に戻り、おせち料理を食べる。天気もよく、うららかな時間が過ぎていった。初詣のほかには近所のコンビニに行った以外、外出はしていない。
「たまにはこういう時間を過ごすのもいいな」
「ずっと続けていたらダメな人になりそうだけど」
二人は笑い合う。
三日の朝に新幹線に乗り、月乃の実家にある仙台に向かった。
仙台駅から歩けるという月乃の家を目指していると、途中で幼馴染の女性とばったり遭遇した。
「帰ってきてたんだ」
「うん……結婚の報告をしに」
月乃はわずかにうつむいてはにかむ。
「結婚?」
目を丸くした彼女に、月乃は哲也を紹介する。
「そうなんだ、おめでとう! 哲也さん、月乃を幸せにしてあげてね」
女性は待ち合わせがあるようで、すぐに駅のほうに去っていった。
哲也は彼女に手を振る月乃を見つめて微笑む。
「僕や月乃の知り合いが、『僕たち』の知り合いになっていくのが嬉しいね」
月乃の実家に着いた。
母は笑って迎えてくれたが、父はどこか厳しい顔をしている。月乃は一人っ子で、兄弟姉妹はいない。
座敷に通されると、哲也は両親に手土産を渡した後で、まず両手をついて謝った。
順番をきちんと踏まず、いきなり同棲してしまったことを、である。
「まぁ、私たちとは時代が違うんだし、そこまで悪く思わなくても……そんなふうにきちんと思って下さるだけでも十分ですよ」
母は笑って流そうとしたが、父のほうはじっと黙り続けて哲也を見つめている。睨んでいるといってもいいかもしれない、強い視線だった。
緊張感をはらんだ沈黙が流れる。
「お父さん、私……」
見かねた月乃が間に入ろうとすると、哲也は月乃を制し、何か言おうと口を開いた。
今夜は一緒に飲もう
「僕は月乃さんを必ず幸せにします。絶対に泣かせることはしません」
静かだが、力強い口調。
こわばっていた空気にかすかなひびが入ったように月乃は感じた。
「僕はまだ未熟かもしれませんが、月乃さんといると単にほっとするだけではなくて、この人を……この人とつくる家庭を守りたいからしっかりしなくては、成長しなくてはと身が引き締まるんです」
父は依然黙っていたが、哲也はめげずに続ける。
「お願いします。月乃さんと結婚させて下さい。僕たちに家庭を築かせて下さい」
哲也は一段と深く頭を下げた。もう少しで額が畳についてしまいそうだ。月乃は哲也にそんなことをさせたくはなかったが、今止めるわけにはいかない。そんなことをしたら、哲也の真心が台無しになる。
父の顔がふっと緩む。
「今夜は一緒に飲もう」
父は哲也にそれだけ言い残すと、顔をこちらに向けないようにして座敷を出て行った。
母親が夕食の支度をしている間に、月乃と哲也は父の好きな酒を買いに出かけた。哲也は夕食の支度を手伝うと申し出たものの、実家で母が月乃にそうしたように断られてしまった。
「めちゃくちゃ緊張した……」
酒瓶の入ったビニール袋を提げながら、哲也は何度も大きな息を吐いた。本当に緊張したらしい。
「ありがとう。私のために……」
月乃は哲也の手にそっと触れる。
その夜は月乃と母の手料理を魚に、哲也は父と遅くまで酒を飲み交わした。二人が何を話したのか、月乃はあえて聞かないことにした。
翌日の朝、哲也はすっかり二日酔いになっていた。
が、前々から予定していた通り、どうしても出かけると言ってきかない。哲也の実家に行ったときと同様に、月乃が育った場所――小学校や中学校、お気に入りの場所を見たいという。
母と月乃に心配されながらも、世話になったお礼をきちんと述べて、哲也は月乃の実家を出た。父も玄関まで見送りに来てくれたが、「体に気をつけろよ」とだけ言ってすぐに引っ込んでしまった。
ときどき頭痛に顔をしかめながらも、哲也がそれぞれの場所を目に焼きつけようとしているのが月乃にはわかった。
最後は月乃が子供の頃、友達とよく遊びに来ていたという仙台城跡を訪れた。観光スポットでもあるので、休みの日は特に人が多かった。
展望台から仙台の街を一望のもとに見下ろしながら、哲也は月乃の手を握る。
「二人で幸せになろう」
「……うん」
月乃は哲也の手を握り返した。
二人はそのまま東京に戻った。
家に着く頃に、哲也の二日酔いはやっと収まった。
「この年末年始はずっとお酒を飲んでばかりいたような気がする」
ソファーにもたれかかって、哲也は肩をすくめた。
長かった…
数ヶ月後、哲也と月乃の結婚式が執り行われた。
神前式だった。厳(おごそ)かな雰囲気の中、正装した神主の前に、紋付袴姿の哲也と白無垢姿の月乃が並ぶ。
祝詞の奏上の後、巫女が三三九度の杯に酒を満たしてくれる。三種類の盃に順番に酒が満ち、まずは哲也が、次に月乃が口をつけた。
出席者は親族とごく少数の友人しかいない、小規模な式だ。神前式は本来、親族しか立ち会うことはない。最近では大勢が参加できる形もあるらしいが、哲也と月乃は古式にのっとった、派手にならない式を選んだ。他の友人たちへのお礼は後に日を改めて行う予定だ。
参加者の列には隆弘と美陽もいる。二人はタキシードやドレスとはまた違う、洗練された凛々しさを持つ紋付き袴と白無垢から、それを纏う哲也と月乃から、目を離せないでいた。

指輪の交換が行われる。
(長かった……)
銀の指輪が左手の薬指にはめられたとき、月乃がまず思ったことはそれだった。
しいて早く結婚したいと思っていたわけではないし、流れていく時間を気にしながら独身生活を送っていたわけでもない。それでもここに至るまでのことを考えると、やはり長かったと思う。
その結果結ばれたのが哲也で、本当によかった。
月乃はそっと視線を落とし、指輪をもう一度見つめた。
すべての儀式が終了し、参加者の並ぶ前を哲也と月乃が並んで歩き、去っていく。
哲也がちらりと月乃の親族席に視線を投げかけると、月乃の父がじっとうつむいて目を赤くしていた。歯を食いしばっているようにも見える。
式場から一同が去ると、哲也はまず親族控室の月乃の父のもとに向かった。本来新郎がすることではないが、哲也はせずにはいられなかった。
哲也は膝を曲げて腰を落とし、椅子に座っていた月乃の父と同じ目線になると、その手を取って顔を覗きこんだ。
「心配しないで下さい。月乃さんは絶対に……絶対に僕が幸せにします」
月乃の父はただ黙って、哲也の手を取った。相手の手をしっかり握る、その仕草が似ている親子だと哲也は思った。
結婚式からしばらくして、哲也と月乃は引っ越した。今までの哲也の部屋に二人住むこともできたが、結婚したからには心機一転を図る意味でも居を移した。
アクセスは少し悪くなったが、今までもよりも敷地面積が広い。今は使う予定のない余分なひと部屋があるが、――子供が生まれたときのことを考えてのことだった。
とはいえ、もうしばらく子供をつくる予定はない。会社に育児休暇はあるが、副社長の海外案件がひと段落してからと、すでに話し合っている。
新居に慣れてきた頃、二人はホームパーティの予定を立てた。事実上の披露宴のようなものだが、もっとカジュアルなものだ。
美陽と隆弘を始め、数人の友人や同僚を招待することにした。
⇒【NEXT】「何をするの?」「そうだな……王様ゲームとか?」(「クロス・ラバーズ」…spotB〜月乃編〜・シーズン12)
あらすじ
年末年始を使い月乃と哲也それぞれの実家へ結婚の挨拶へ行く予定を控えた2人は、クリスマスは哲也の家でのんびりとした時を過ごし…。