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官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotA〜美陽編〜・シーズン2


下僕の仕事

下僕だなんていうから、てっきりエッチなご奉仕をさせられるの……?なんて想像してしまった。

しかし、そんな言葉をわざわざ選び、見下すような視線で言い放った隆弘も悪い。

話をよくよく聞くと、下僕というのはあくまでも言葉のあやのようだった。

何でも今度、隆弘が副編集長に抜擢されて新雑誌が創刊されるらしい。男性向けのグッズやグルメ、ファッション、スポーツ、カルチャーを全般的にカバーする内容だが、隆弘は直属の部下に、外部から見ても向上心の強く、パワフルな美陽を置きたいと考えているということだった。

つまり、引き抜きだ。

だが、新雑誌創刊時の苦労というのは半端なものではない。それに売り上げが延びなかったらその後社内でずっと白い目で見られることになってもおかしくない。隆弘はそれで「下僕」などという言葉を使ったのだ。

この抜擢はチャンスなのか、ピンチなのか、美陽にはわからない。わかるのは、美陽にはもう断れないということだけだった。

弱みを握られてしまったのだから。

引き抜き

約一ヶ月後、新雑誌「Conrad」(コンラッド)の編集メンバーが決まった。

編集長は四十代の既婚者で渋峰秀行という。以前は高級グルメ系の雑誌で副編集長を務めていた。

渋峰は社内の会議室に、メンバーたちを集合させた。美陽を始め、他のメンバーも、引き抜かれることについてはすでに元の部署と話がついているようだ。

副編集長は森尾隆弘。編集部員は、以前はアニメ系の雑誌に携わっており、みずからもオタクであると公言して憚らない亀井祐介、なぜか営業部から転属になった川西俊樹で、どちらも二十代だった。

亀井のことも、川西のことも、話したことはないが見かけたことはあった。

だが、最後の一人……西原浩太に関しては、見かけたことがある、なんて軽い言葉は選べなかった。

(どうして……ここにいるの……)

浩太は美陽の大学の二年先輩だった。

彼は違う出版社に就職したはずだ。

「西原くんは創刊にあたって……まぁ、何だな、ヘッドハンティングをした。森尾君と並んで副編集長の任にあたってもらう。ウチの会社には慣れるまで、みんなもいろいろ助けてやってくれ」

渋峰が西原を紹介した。

美陽はそんな言葉を聞き流しつつ、卒業式で西原に告白したときの風景を思い出していた。

ずっと好きだった人

バスケ部の先輩だった浩太のことは、一年のときからずっと好きだった。だが、告白の答えはノーだった。俺、彼女いるから……。

それでもあきらめきれなくて、浩太と同じ出版社に就職したくて、そこは落ちて、でも暁水社に採用されて。そして暁水社で働いているうちに、隆弘とも出会い、だんだん浩太のことは忘れていった。

美陽は思わずじっと浩太を見つめてしまった。浩太も目を逸らしながらも、こちらを気にしている。

浩太は美陽の告白を忘れてなどいない。それは、雰囲気でわかった。

二人の間に流れる異様な空気に気づいていたのは、隆弘だけだった。



その日の夜、親睦会ということで飲みに行くことになった。

そこでわかったのは、編集メンバーは相当な曲者ばかりということだ。

妻子持ちの渋峰は楽天的な程度でわりとまともだが、亀井はアニメや特撮などあらゆるものの設定やスペックを覚えることに喜びを感じる嗜好があるらしい。だからこそ抜擢されたそうだが、美陽にとってはそれは執着のように見えて、何となく不気味だった。

川西はよくこれで営業が務まったものだというほど人に興味がなく、用がなければ何も喋らずスマートフォンを延々いじっている。だが機械と車にはめっぽう強いらしく、そこを買われたらしい。

隆弘は一見優しげな好青年だったが、美陽に対してはひそかに、ことあるごとに小動物をからかうように「あのときのこと、バラすよ?」と意味深に耳打ちしてきた。

(まさか、こんな人だったなんて……)

美陽は落胆せざるを得なかった。

好青年

いちばんまともなのは浩太だった。マジメで明るく、マジメなだけに口下手なところもあるが、そこも含めて絵に描いたような好青年。転職前の会社で週刊誌を担当していたところ、偶然渋峰と知り合って話が進んだそうだ。

業務は翌日からさっそく始まった。特集企画用のモデルの選別、カメラマンやライター、イラストレーターの手配や、彼らとの打ち合わせ、取材のアポなど、やること自体はこれまでと変わらないが、相手にする人々のレベルはまったく違った。

コンラッドは「ワンランク上の大人の男を創る」をキャッチコピーとして掲げている。アポはアポでも相手は有名芸能人や有名作家、撮影用の作品は超高級時計や高級車、手配するカメラマンはそれなりに名の知れた人物と、メールや電話をするだけでも緊張する。

(編集長や副編集長がアポを取らなくては応じてもらえないんじゃ……)

隆弘に渡されたアポ表を手に、美陽は小さく溜息をついた。ヒラの編集部員のアポでは失礼だと言って取材を断る芸能人や作家は少なくない。

実際、美陽は今も取材を断られたばかりだった。これで三人目だ。

つまりこれは、本来なら美陽の仕事ではなかった。隆弘が命じたから、仕方なくやっているだけだ。

(やっぱり渋峰さんか森尾さん、西原さんにやってもらうんじゃないと……)

溜息を吐きつつ、席を立ちかけたときだった。

突然の二人旅

「なんだお前、意外と仕事できないんだな」

いつの間にか後ろに立っていた隆弘が、他には聞こえないように美陽の耳元でそっと囁いた。

美陽は隆弘を睨みつけたが、何も言えない。成果を得られていないのは事実だ。
周囲の人々は二人の緊迫した空気に気づいていなかった。
一人を除いては。

「失礼ですが……」

そう言って近づいてきたのは浩太だった。 浩太を前にすると、隆弘の悪魔のように妖しげだった隆弘の笑みが天使のような穏やかなものに変わった。 浩太は言った。

「森尾さんが谷崎さんに任せたことは、一介の編集部員には過ぎた内容のように思います。森尾さんご自身か、僕がやったほうがよろしいのでは」

「いえいえ、何しろ新雑誌ですから、戦力として早めに鍛えておかなければいけませんし」

美陽は気が気ではなかった。浩太の気持ちは嬉しいが、隆弘を刺激しすぎて袋を忘れたのをバラされるようなことがあってはたまらない。

ピロロ、ピロロ……。

そのとき、編集部内の電話が鳴った。亀井が受け取る。

「はい、コンラッド編集部です。はい、えぇ、えぇ……えっ、取材できない!?」

その声に、編集部の一同が振り向く。もちろん美陽たち三人もだ。

「あの、そこを何とか……いえ、それは……」

亀井は食い下がったが、結局はだめだったようだ。沈痛そうな面持ちで受話器を置いた。

「どうした」

渋峰が尋ねる。

「アポを取り終わっていた京都の料亭が、取材をキャンセルさせて下さいと。『雑誌のカラーに合わない』というのが理由だそうです」

料亭の取材は、雑誌に高級感を持たせるためにも、絶対にはずせない企画だった。
隆弘の決断は早かった。

「こうなったら直接頭を下げて交渉して、再度取材を承諾してもらうしかありませんね。谷崎さん、お願いします」

「えぇっ!」

浩太が隆弘を睨みつけるが、隆弘は引かない。 隆弘にいわれてしまったら、断るわけにはいかない。「下僕」という言葉が頭のなかを駆け巡る。

「行くなら早いほうがいいな。急いでくれ」

渋峰にまでいわれて、美陽は早々に会社を出、支度もそこそこに東京駅に向かった。



美陽のいなくなった編集部で、渋峰は首を捻っていた。

「やっぱり谷崎一人だと心配だな。副編集長のうち、どちらかを同行させよう。森尾にするか、西原にするか……」




⇒【NEXT】【小説】「クロス・ラバーズ」…spotA〜美陽編〜・シーズン3

あらすじ

気になる年上の彼である隆弘に弱みを握られ、彼の下僕にならないかと提案された美陽。

よく聞くと下僕というのは言葉のあやで、隆弘の直属の部下になる他部署からの「引き抜き」だった…。

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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
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