女性のための無料 官能小説・官能漫画サイト
エルシースタイル(LCスタイル)は、登録商標です【商標登録第4993489号】
ラブコスメが提供する情報・画像等を、権利者の許可なく複製、転用、販売などの二次利用をすることを固く禁じます
官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotB〜月乃編〜・シーズン3
メール
竜英が誘ってくれた試合は、竜英の影響で最近月乃も応援していたチームのものだった。特に大一番というわけではないが、相手チームは因縁のライバルだった。しかも前回の試合ではファウルでストライカーを潰されていたので、ファンになって日の浅い月乃ではあったが多少気になった。
だが……
月乃は返信ボタンを押してメールを打ち始める。
『明日が早いので、今日はやめておきます。ごめんなさい。次に会ったときにどんな試合だったか教えて下さい』
ほんのわずかな差ではあったが、先に誘ってくれたのは哲也のほうだ。やっぱり順番は重視するべきだ。
メールを送り終えてから気づく。(あ、私いま、嘘をついた……)
明日は別に早くなんてない。いつもと同じ出社時間だ。大事な仕事があるわけでもない。
でも何となく、誰かと一緒に飲むとは伝えづらかった。
これが例えば、飲む相手が美陽だったら、素直に「同期と飲むから」と言っていただろうか。
(……言っていた……気がする)
月乃はきゅっとスマートフォンを握りしめる。
なのに、相手が哲也では言えなかった。他の男性と飲むのだとは知られなくなかった。
(私……神崎くんを男性として意識しているとか?そんな……)
竜英はいざとなったら月乃が秘書を勤める副社長陣営の切り札になってくれるだろう、だから英語を教えている、それだけの仲であり、思いだったはずだ。
確かにサッカーは面白いと感じたけれど。
「すみません、遅くなりました!」
横から哲也が走ってきた。
気になる返事
月乃は反射的にスマートフォンをバッグの中に投げ入れた。竜英からの着信があったらと考えると、哲也に画面を見られなくなかった。
(……私、何してるの?)
時に行動は何よりも正直に気持ちをあらわにする。
竜英にたとえスポーツ観戦であっても誘われたことを、哲也に知られたくないと思っている自分に月乃は気づいた。
(確かに飯倉さんは優しいし、あのときのお礼も言いたいし、でも……)
私、二人の男性を同時に気にするなんて、そんな大胆なことができる女だったかな。 が、月乃に深く考える時間は与えられなかった。
「よーし、出発するぞ」
哲也の上司である法務部の課長が指揮を執り、一行は駅に向かう。
「吉井さん。どうでしょう、さっきの話」
哲也はごくごく自然に月乃の横に並んだ。
「行きます」
心の中ではすでに決めていたことだったので、自分への戸惑いとは裏腹に返事はすぐにできた。
「よかった。いいお店があるんです。この時間ならもう予約しなくても入れると思います」
特に耳打ちするでもなかったが、物静かな哲也の声は月乃以外の誰の耳にも届かなかった。
「和食なんですが、大丈夫ですか?」
「あ、はい、おまかせします」
月乃はうなずく。いつも乗り換えている駅とはいってもほとんどなじみがなかったから、任せられるのなら助かった。 ささやかな酒宴が始まると、月乃がまず先日介抱してもらったことの礼を述べた。
「女性が倒れていて放っておける男なんていませんよ」
と、哲也は答えたが、月乃が感謝してくれたことは嬉しいようだった。 哲也とはほとんど話したことがなかったが、意外に話が合った。共通の趣味があったことが判明したからだ。
彼の前で
二人ともミステリー小説が好きで、同じ作家や系統のものを好んで読んでいた。
話が盛り上がったのは、酒の助けもあった。その店は日本酒の種類が豊富で、日本酒が好きな月乃はついつい杯を進めてしまった。
「そういえば三井洋平の『青の謝罪』の映画が公開されましたね。観に行こうか迷ってるんですよ」
月乃がグラスを片手に言うと、
「行きましょうよ。ご一緒にどうですか?」
哲也は力強く返してきた。
「ミステリー小説の映画化はハズレが多いですけど、金井純一監督は三井洋平のミステリーと相性がいいんです。たぶん見て損することはないはずです」
どうやら哲也は月乃よりもさらにマニアックな知識の持ち主らしい。
「でも……」
行きたい気持ちは山々だったが、まず出てきたのはこんな疑問だった。
「飯倉さんの彼女さんや奥さんに悪いです。会社の友人とはいっても、女性と映画なんていい気分にはしないんじゃないですか?」
目を伏せた月乃に、哲也はきょとんとする。
「……いませんよ」
「え?」
「僕だってそんな相手がいたら他の女性を誘ったりしません。そういう吉井さんこそ、あの……大丈夫ですか?そういうの」
「はい……えぇと、もう数年……いませんから」
「もう数年」は余計だったと言った瞬間に後悔する。モテない女だと思われたらどうしよう。
とにかく、二人は観に行く日時を決めてメールアドレスを交換し、もう少し飲むことにした。
(……まずい)
数十分後、月乃は焦った。
思いの他、酔いのまわりが早かった。 水もちゃんと飲んだのに、日本酒ばかり立て続けに飲んだからか、大きな仕事が終わって多少なりとも気が抜けていたせいか。 それとも、一緒に飲んでいる相手が、なぜか気を遣わずに済む哲也だからか。 いずれにしろ二人が帰ろうと立ち上がったときには、月乃はすでにまっすぐ歩けなくなっていた。 哲也が会計を済ませるのを外で待つ。立つとフラフラしてしまうので、柱によりかかった。哲也が外に出てくる。
「ごちそうさまで……」
律儀に半分を渡そうと財布を出したところで、視界がぐらりと揺れた。
二度目の介抱
転ぶ、と思ったときには、あたたかいものに抱きとめられていた。
哲也の胸の中だ。
まずい、すぐに離れければ。そう思ったけれど、体が動いてくれない。それほどに酔っている。
頬が火照っていて熱いはずなのに、哲也の胸は心地よかった。見た目よりも広く、逞しい気がする。何かスポーツでもしているのだろうか。
(きもちいい……)
できればこのままでいたいと思ってしまう。
「大丈夫ですか」
すぐ頭上でかけられているはずの哲也の声が遠く聞こえる。「大丈夫です」と答えたかったが、声がうまく出ない。 哲也はそのまましばらく動かなかった。おそらく、月乃がかなり酔っていると見たのだろう。だからすぐには動かさないほうがいいと。 あたりの人がこちらに無遠慮な視線を送ってくる。恥ずかしかったが、どうしようもできない。 哲也は器用な動作で鞄からミネラルウォーターのボトルを取り出して、月乃に飲ませようとしてくれた。
「飲みかけですみませんが……」
そういって、口元まで運んでくれる。(あ……間接キス……)
思ったが、嫌悪感はなかった。それどころかドキドキしてしまう。
受け取って、両手でペットボトルを握りしめて飲んだ。
「髪……」
呟くような、押し殺すような哲也の声。
「いい香りがしますね……」
「……………………」
月乃は黙ってしまった。酔っていないときでもきっと答えられなかったのだろう。 しばらく沈黙が続いた。それを破ったのは哲也のほうだ。
「吉井さん、電車で帰るのはもう無理でしょう。僕がタクシーで送ります。家の住所を教えてもらえませんか」
握られた手
えぇっ!と叫びたかったが、そんな声も出なかった。
「あ、あの、勘違いしないで下さい……その、家に入ろうとか思っていませんから……とにかくこのまま電車に乗せるのは心配で……僕のほうが早く降りるし……」
哲也がしどろもどろになって付け加える。
迷ったが、電車でまともに帰れなさそうなのは事実だったし、タクシーでも同乗者がいれば確かに心強かった。
「こんなことを言ったら不愉快になるかもしれませんが……放っておけないんです。いつも気を張って、頑張りすぎているように見えるから、こんなふうに酔ってしまったときにはとくに……」
すっ、と肩の力が抜けた。 膝の力まで抜いて、全身でしなだれかかりたくなる衝動を理性で必死に押さえる。 もしかして私のこと、見ていてくれたのかな。
もっと頼りたいな。この人に。
「お願い……します……」
月乃の口から、素直な言葉が漏れた。
タクシーの中で、哲也はずっと月乃の手を握ってくれていた。
そこにどんな意図があったのかはわからない。
月乃は振り払わなかった。さりげなく離すこともしなかった。……嬉しかったから。
マンションの前に着くと、哲也はタクシーは降りたものの本当に何もせずに帰っていった。ただ、最後に一度だけ手をそれまでより強く握られた。何か言葉にできないことでもあるように。
家に入ると、月乃はベッドまで何とか辿り着いて眠りに落ちた。メイクを落とすことも、今日交換したばかりのアドレスにお礼のメールを送ることもできなかった。
翌日、起きるとすぐに哲也にメールを送った。会社で言ってもよかったが、何となく気恥ずかしくて、代わりに軽く会釈だけした。哲也も目だけで笑って返してくれた。
その日は朝から晴れていた。
哲也と映画を観に行く約束をした日。
待ち合わせ場所に立っていると、だんだんドキドキしてきた。タクシーの中でずっと手を握られていたことを思い出す。
(これって……デートだよね)
「ごめん、待ちました?」
哲也がやってきた。初めてみる私服姿だ。水色のラフなシャツにクリーム色の細めのパンツ。清潔感が溢れるというのはこういうことをいうのだろう。スーツ姿とはまた違う意味で真面目そうな印象だ。
しかし……
(あれっ?)
哲也の少し後ろのほうの人混みに、月乃は見覚えのある顔を見つけた。
神崎竜英だった。竜英もこちらに気づいたようで、近づいてきた。
あらすじ
竜英に試合観戦の誘いのメールがあったが、哲也と先に食事の約束をしていたため、月乃は誘いを断る。
「明日がはやいので…」
とメールを打ち終えてから嘘をついた自分に気がつき、ある気持ちの変化について考えるようになる…。