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官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotB〜月乃編〜・シーズン4
恐れていた事態
月乃の体は、考えるより先に動き出していた。近づいてきた哲也の手を取る。 竜英には気づかなかったふりをして、早足で映画館へ向かう道へ遠ざかっていこうとした。 自分から男性の手を握るという、月乃にとっては大胆な行為も、そのときは気にできなかった。
とにかく、今、この場で三人で顔を合わせたくない。 別に、何も悪いことをしたわけではないのに。
「ど、どうしたんですか?吉井さん」
突然手を握られ、引っぱられた哲也は驚きを隠せない様子だった。
「あ、あの……」
しどろもどろになりつつも、月乃は何とか言い訳を思いついた。
「わ、私、映画の予告とか見るの好きで……だから早く行かないと始まっちゃうかなって……」
「それだったらまだ大丈夫でしょう。あと二十分もありますし……」
哲也は月乃に手を引かれつつ、腕時計を見て首を傾げる。
そのとき、月乃のもっとも恐れていたことが起こった。
「吉井さーん!」
哲也の後ろにいた竜英が、大声をあげて月乃の名前を呼んだ。こうなったらもう、止まらないわけにはいかない。
月乃と哲也は同時に声のしたほうを振り向いた。
「お知り合いですか?」
哲也が尋ねる。
「……えぇ……まぁ……」
月乃がうまく答えられないでいる間に、竜英は近づいてくる。Tシャツにジーンズと、哲也とはまた違った方向性でラフな格好だ。
「この間の試合、面白かったですよ。これからどこか出かけ……」
そこまで言って、竜英は哲也が月乃の隣にいるのに気づいたようだった。 正確にいえば、哲也が月乃の手を軽く握っていることに。 月乃は先ほど、手を一度離していた。今度は哲也が月乃の手を握りなおしていた。
そういうのに興味があるんですね
哲也は竜英を、竜英は哲也を一瞥した。 法務と営業ということでまったく畑違いの部署にいる二人だったが、それぞれ顔に見覚えはあったらしい。ぎこちなく、軽く会釈し合った。
「こ、これから映画を観に行くんです……」
月乃は通りの向こうにある映画館を指す。声が小さくなってしまうのは、哲也と一緒にいて、しかも手までつないでいるところを見られた気恥ずかしさなのか、それとも……。
自分でも、よくわからない。
竜英は、月乃と哲也の繋がれた手にもう一度ちらりと視線を落とした。哲也はごく自然に、あえて目立つようにするわけでもなくそうしていたが、竜英は一度ならず二度までもそこに注意を向けた。
「そういうのに興味があるんですね」
そういうの、というのが哲也のことを指しているのかと思い、一瞬はっとする。だが、違ったようだ。
「『青の断罪』、ベストセラーになったミステリーですよね。俺は邦画はほとんど見ないからよくわからないけど、いつかこれ以上に売れる小説を扱いたいなって思ってますよ」
竜英は笑っていたが、その笑顔はどこかぎこちなく感じられた。目や口元を、無理に笑みの形に歪めているような。
「楽しんできて下さいね。じゃ、俺はこれで」
竜英がくるりと踵を返す。
「……っ」
月乃は呼び止めようとしたが、声が声になる前に飲みこんだ。 呼び止めてどうしようというのか。何を伝えようというのか。
「吉井さん、行きましょう」
哲也が月乃の手を引く。
「予告、始まっちゃいますよ」
…妬いちゃうな
映画は、一言でいえば素晴らしかった。小説とは違う緊迫感と独特の映像美があり、月乃は最初の十数分ですぐに夢中になった。
「三井洋平と金井純一監督の相性がいいって本当ですね。三井洋平ならではのテンポをあんなふうに映像化するなんてびっくりしました」
映画が終わると、二人は近くのカフェでコーヒーを飲んだ。月乃はそこで、映画についての感想をそんなふうに述べた。 映画は確かに面白かった。だが、どこか集中しきれなかった。 さっきの哲也の手の暖かさ。つながれた手に注がれた竜英のまなざし。 映画館を出たとき、哲也が再び手を握ってくるのではないかと少しだけ身がまえたが、それはなかった。ただ、優しく月乃を見つめるだけだった。そのままカフェまで歩いてきた。 ひと通り映画の話が終わったところで、哲也が話題を変えた。
「そういえばさっきの吉井さんに声を掛けてきた男性、うちの会社の社員ですよね。何か同じプロジェクトにでも関わっているんですか」
来ると思っていた質問だった。
「営業部の神崎くんといって……私、彼に英語を教えているんです」
最初から、もし聞かれたらきちんと答えようと思っていた。
「営業部の方と知り合いになっておけば、秘書の仕事をする上でも何かと副社長の役に立てますし」
「そうなんですね。……妬いちゃうな」
「えっ?」
月乃は自分の耳を疑う。
「副社長の通訳ができるぐらい英語が堪能な吉井さんに、直接教えてもらえるなんて」
哲也は穏やかな笑みを崩さずにコーヒーに口をつけた。 寂しいような、安心したような、妙な気持ちになる。 哲也が腕時計に目をやった。つられて月乃も見ると、七時を少し過ぎていた。
「ところで、これからどうしましょう?よろしければどこかでお食事でもどうですか?」
「あ、はい。飯倉さんがよろしければ……」
映画の終わりの時間から考えて、そうなるとは考えていたので即答する。
「そう言って下さると思っていたので、お店を予約しておきました」
哲也は軽く片目を閉じ、伝票を持って立ち上がった。
迷惑だなんて、思っていません
店は堅苦しさのないイタリアンだった。かといってカジュアルすぎもしない。 十分な面積があり、席と席の間が十分離れているのも居心地がよかった。
「勝手にイタリアンに決めてしまいましたが、大丈夫でしたか?日本酒はしばらく飲みたくないかなと思って」
哲也は笑ってワインリストを差し出す。
「あの……この間は本当にありがとうございました」
月乃は改めて頭を下げた。何度お礼を言っても足りないような気がする。
「気にしないで下さい。同じ方面でしたし」
「でも飯倉さんのほうが、家が近かったですよね」
「大した距離ではありませんから」
やがて料理が運ばれてきた。ワインは料理に合っていてとてもおいしかったが、月乃は今度は酔わないように注意深く、水を前よりも多めに摂った。
「また酔ってもいいですよ。ここに便利なお送り係がいますから」
月乃が気を張っているのに気づいたのか、哲也が冗談っぽく言う。
「そんなわけにはいきません。これ以上迷惑を掛けては……」
「迷惑だなんて、思っていません」
突然、哲也の表情が真剣味を帯びた。水に伸ばした月乃の手が止まる。
「いきなりこんなことを言ったら驚かれるかもしれませんが……僕はずっと、吉井さんが心配でした」
「心配?」
「えぇ。何だかいつも頑張りすぎているように見えて……そんな姿を見ているうちに、僕は吉井さんに頼ってほしいと思うようになりました。……出過ぎた考えなのはわかっています」
月乃は、何も答えられない。ただ心臓だけが、大きく、高く、早く、鳴っていた。もちろんワインのせいではない。
おかしく、なりそう
哲也は月乃の顔を真正面から見つめた。
そんなに見つめないで。おかしく、なりそう。
たくさんの人々が行き来し、食事を楽しんでいるはずのレストランの中に、月乃は自分と哲也の二人しかいないような錯覚に陥った。
「酔ったときの吉井さんの顔、きれいで可愛かったです。そして……危なっかしかった。僕は吉井さんを守りたい。僕をもっと頼ってくれませんか」
頭の中でぐるぐると、哲也の言葉がまわる。それが意味することはひとつしかないとわかっているが、心は怖れているようにそこに行き着こうとしない。
それって……つまり……。
「吉井さん、いえ、月乃さん。僕と付き合ってくれませんか」
予感がまったくなかったわけではなかった。 自分のために予約してくれたレストランで食事をして、その可能性をまったく考えられないほうが、年頃の女性としてはおかしいだろう。 しかし、すぐには答えられなかった。
哲也のことは嫌いではない。たぶん……好きだ。それでも、すぐにうなずけるほど自分は器用な人間ではない。おそらく長らく恋愛をしていなかったせいで、心がすぐに「恋愛」のほうにスイッチが入らないのだろう。
考える時間、というよりも、落ち着く時間がほしかった。
「こんなことを急に言われたら、びっくりしますよね。あの……お返事はすぐではなくて結構です」
帰り際に哲也がそう言ってくれて、本当に助かった。
翌日は竜英とのレッスンの日だった。
(どうしてこういうタイミングになるんだろう……)
自分がいやになったが、毎週その日にレッスンをすることは前から決まっていた。キャンセルしたかったが、できなかった。こんなとき、自分の生真面目な性格が恨めしい。相手もそのために予定を開けているのだから……と思ってしまう。
「この間の人、彼氏ですか?」
レッスン場所に選んだメキシカンレストランで、竜英はレッスン後に遠慮する様子もなく尋ねてきた。竹を割ったような性格というのはこのようなことをいうのだろう。
「そ、そんなんじゃ……」
「ひょっとして前に俺が試合観戦に誘ったのを断ったときも、あの人と会ってたりして」
竜英は歯を見せて悪戯っ子っぽく笑ったが、その勘の良さが月乃には怖かった。
「でも、彼氏じゃないなら安心しました」
「安心?」
予期していなかった言葉に、月乃は首を傾げる。
「俺、こうやって英語を教えてもらっているうちに、吉井さんのことが気になってきたんです。もちろん異性として。だから吉井さんもよかったら……いきなり付き合ってくれとは言いませんから、俺のこと、少しは気にしてみてもらえませんか」
あらすじ
竜英と哲也という二人の男性に誘われ、二人の間で心が揺れるのを感じていた月乃。
哲也と映画を見に行くと、哲也といるときに竜英と遭遇してしまう。
月乃は思わず哲也の手を引いてその場から逃げだしてしまい…