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官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotB〜月乃編〜・シーズン5


月乃の答え

突然の告白に、月乃は戸惑うことしかできなかった。黙って目を伏せる。竜英の顔を見られない。

「年下は頼りないですか?」

「……そういうことじゃなくて……困るわ」

やっと絞りだした言葉は、それだった。泣きそうな声だと自分でも思った。竜英のことは、まったく気にならないといえば嘘になる。 だが思いを伝えられて、はい、わかりましたとすぐに受け入れられるような気持ちかといえば、そんなことはない。もっと淡くて、ふっと吹けば消えてしまいそうなものだ。

「そんなことを言われたら、英語のレッスンを続けられなくなってしまうわ。私、好きになったんじゃない人を異性として気にするなんて器用なことはできないもの」

竜英の表情が固まる。

「すいません……。俺、何だか焦っちゃって……」



さすがに少し性急すぎたと反省したのだろう。竜英はバツが悪そうに言い訳をした。他の男性と二人だけで出かける月乃を見たら、いてもたってもいられずに気持ちを伝えてしまったのだと。

「もう困らせるようなことは言いませんから、これまで通り英語のレッスン、お願いできませんか」

苦しげに言われて頭を下げられたら、月乃としても突っぱねるわけにはいかない。 月乃は、続けることは承諾した。だが、竜英とは少し距離を置こうと思った。

その晩、哲也からメールが届いた。

<昨日のこと、きっと吉井さんを困らせてしまったのではないかと思います>

メールはそんな書き出しで始まっており、もっとお互いのことを知るために、月乃の気持ちが固まるまで友人として一緒に楽しい時間を過ごそうとあった。

<最終的に僕と付き合うのが無理だと思っても、それはそれで構いませんから>

構わないわけはないだろう。月乃がそんな結論を出したら、哲也はきっと傷つくはずだ。 だが、何にしてもすぐに返事を出すのは無理だ。自分はそんなに器用な人間ではない。 月乃はよく考えた末、返事を打った。

<ありがとうございます。私はちゃんと自分から好きになった人とお付き合いしたいからお待たせしてしまうかもしれませんし、もしかしたらがっかりさせる結果になってしまうかもしれません>

哲也を、あんなに優しい人を傷つけることになるかもしれないのは忍びないが、自分に嘘をつくわけにはいかない。 すぐに返事が届く。

<そんな真面目で真摯な吉井さんだから好きになりました。ゆっくり考えて下さい>

2人の反応

哲也も竜英も、月乃のことを気にするそぶりを見せながらも不必要に近づいてこなくなった。まるで、怯えやすい小鳥を籠の外からそっと覗くように。
それでも二人とも、できる限り月乃に心を開いてもらおうと心を砕いていることは伝わってきた。

(私はそんなことをしてもらうほどの女じゃないのに……)

今まで二人の男性に同時に思いを寄せられたことなどない月乃は、嬉しいというより申し訳ない気分になる。 同じフロアということもあり、哲也はときどき仕事帰りに、あくまでもさりげなく月乃を食事に誘った。 昼食には誘わないのは他の社員に見られて噂を立てられないよう、気を使ってくれているのだろう。

最初に二人で飲んだ店のように、お酒がメインの店には誘わなかった。 食事を楽しむのが第一の目的で、終わったら同じ方向の電車に乗って帰る。 哲也のほうが降りる駅は先だったが、あえて月乃を送るようなこともない。 月乃が遠慮するとわかっているのだ。


それでもときどきは、「僕のこと、少しはわかってもらえましたか?ゆっくりでいいから、僕のこと、知って下さいね」と穏やかに気持ちを表現するのも忘れなかった。

竜英は「いい子」を貫いた。告白してきた日の悪戯っ子のような表情も、それらしい言葉もすっかり隠して、淡々と英語を習っている。 その様子が月乃にはときおり痛ましいものに感じられて、胸が締めつけられるような気分になった。

(こういうのって、やっぱりよくないよ)

このままだと、竜英には苦しい思いをさせるだけだろう。営業部のホープの彼と縁が切れるのは惜しいが、仕事のためだけにそこまでは冷徹になれない。

(どこかでケジメをつけて、レッスンをやめたほうがいいのかもしれない)

そう思わざるを得なかった。

あきらめる気はなかった

営業部の窓からは、会社の表玄関が見える。

何かと残業が多い編集部や営業部と比べて、総務部は立て込んだ案件がない限り、比較的早く帰れることが多い。

だから竜英は、月乃と哲也が玄関から一緒に、もしくはわずかな時間差で出て行くのを何度か目にしていた。

あの日、月乃と一緒に映画を観るといった男性。月乃は彼氏ではないと言ったが、もしかしたらあれから紆余曲折があって、付き合うことになったのかもしれない。

英語のレッスンのときに聞ければいいが、そんなことをしたら月乃はまた警戒するだろう。

だが、もし二人が付き合い始めたのだとしても、竜英にはあきらめる気はなかった。このあきらめの悪さで、今までいくつもの案件を通してきた。

まだ自分にできることはあるはずだ。


竜英はそれまで以上に、英語の勉強に力を入れた。会社の行き来にオーディオブックを聞いて耳を馴らし、暇があれば単語帳をめくる。受験のときでさえ、これほどは勉強しなかった。

それでわかったのは、今まで自分が英語ができないと思っていたのは、単に勉強不足だったからということだ。確かに人に比べれば物覚えは良くないし、センスもない。だが、それは量でカバーできるものだった。



「すごいね。最近、すごく上達したわ」

問題集を解いていく竜英に、月乃は目を丸くした。

「吉井さん、あの……この後、お時間ありますか?」

「えぇ、多少なら……どうしたの?」

「お願いがあるんです」

「お願い?」



好奇心と良くない予感がないまぜになって月乃の胸に生じる。



「自分を試したいんです。レストランを予約したんですが、そこに一緒に行っていただけませんか?で、会話は全部英語にしてほしいんです」

二人でどこかに行くということに抵抗はあったが、上達したからには喋りたいという気持ちもわからないではない。

「いつものスポーツバーじゃダメなの?」

「顔見知りがいると、何だか気恥ずかしくて」

「それもそうね……」



二時間だけ、と約束して月乃は受け入れた。



竜英が予約していたのは、料理の合間にダンスやショーを鑑賞できる劇場型レストランだった。料理の味は普通だったが、珍しい趣向は月乃を十分満足させてくれた。

『よかった。いろいろ調べて選んだ甲斐がありました』

流暢とはいえないが、竜英は英語で月乃にそう伝える。 しばらく見せなかった無邪気そうな笑みが、その顔にはいっぱいに広がっている。

月乃の胸がほんの少しだけ痛んだ。

女だという感覚

約束通り二時間で月乃は竜英と別れ、一人、家に戻った。

二人の男性に同時に好意を示されるという精神的にせわしない日々を過ごしてきた月乃に、一人暮らしの部屋は空虚なものに感じられた。



(寂しいな……)



誰かにおかえりと言ってもらえたら。誰かにおかえりと言うことができたら。誰かと一緒にただいまということができたら。そんな日々はすぐそこにあるのに、手を伸ばせない。手を伸ばすこと自体も、選ばなくてはいけないことも何となく怖い。



服を脱いでシャワーを浴びる。自分の体を観察し、触れる。そう遠くない将来、哲也か竜英か、どちらかがこの体を抱く……そんな考えが急に閃く。



ぞくり、と体の芯から痺れが駆け上がる。ずっと前に感じたことのある、だがもう何年も忘れていた感覚だ。自分は女だという感覚。女として愛されることを望む感覚。

シャワーから上がると、タオルを体に巻いただけの格好で月乃はクローゼットを開けた。以前付き合っていた彼と別れてすぐの頃、寂しくて仕方がなくて、勇気を振り絞って通販で買ったモノがあったはずだ。



小ぶりなバイブとピンクローターのセット。手にしたときは恥ずかしくてしょうがなかった。一度だけ使ったが、やっぱりこんなことをしてはいけないと思い、クローゼットの奥にしまいこんでいた。そのうちに一人の生活にも慣れてしまった。

バイブもローターも爽やかなブルーで、威圧感のない優しげな形状をしている。

ベッドに移動し、シーツが汚れないようにタオルを敷いて、陰部をローションでたっぷり濡らす。ローションはバイブとセットになっていた。

ローションでその部分を撫でているだけでもとろけてしまいそうな快感があった。特にクリトリスを指でつついたり、撫でまわしたりしていると、下半身がざわつくような心地よさがある。

愛液も十分に出てきたことを確認して、付属のコンドームをつけたバイブをゆっくりと挿入する。



「……んっ……あぁ」

体じゅうに鳥肌が立つ。

ローターのほうを乳首に当てて同時にスイッチを入れる。



「ひゃぁ……んっ」



バイブがゆっくりと、しかし力強く月乃の中を駆け抜ける。中の粘膜がざわついて、絡みついているのが自分でもわかった。ローターに刺激された乳首はすぐに大きくなって感度がさらに増す。



気持ちいい。



「は……はぁん……っ」

これがもしも愛する人の愛撫だったら。挿入だったら。

体の隅々まで、もっと激しく愛されたい。でもそのためには、





(答えを、出さなきゃ……)





焦りながらも、月乃の体は女としてバイブとローターの快楽を受け取っていた。

あのときと同じまなざし

哲也と竜英、二人に告白されてから一ヶ月が経った。 二人ともなかなか答えを出せずにいる月乃を、根気よく待ってくれている。 もっとも社会人の一ヶ月など、あっという間に過ぎ去ってしまうせいもあるだろう。
そんなある日、昼過ぎに月乃のスマートフォンにメールが届いた。哲也からだった。


<今日、一緒に食事に行きませんか?>



ここのところ副社長の海外出張の準備で月乃は多忙で、夜遅くなるのはもちろん、休日出勤もあった。哲也と食事に行けない日が十日以上続き、竜英の英語のレッスンもキャンセルしてもらっていた。

それが昨日、やっと落ち着いた。同じフロアの哲也には、そうとわかったのだろう。

哲也が選んでくれた店は、二人の家がある路線の駅のそばの、小さなビストロだった。自家製サングリアで有名らしいが、哲也はそれとともにちゃんと水も頼んでくれた。



「副社長の出張の準備、お疲れ様でした」

哲也がグラスを掲げる。何に対して「お疲れ様」なのかちゃんと言ってもらえると、社交辞令ではなく仕事をきちんと見てもらえたようで嬉しくなる。



「これからしばらくはゆっくりできるんですか?」

「えぇ」

月乃はうなずいて甘いサングリアに口をつけた。



「吉井さん……いやだったらはっきり断っていただいていいんですが……」


食事が終わると、哲也がサングリアのグラスをテーブルに置いて月乃をじっと見つめた。


あのとき――映画を観た後、月乃に思いを伝えてくれたときと同じまなざし。
月乃は体を硬くする。

「来週あたり、ドライブしませんか?夜の海なんてどうでしょう。ちょうど潮風が気持ちいい季節ですよ」


ごくり、と唾を飲む。


夜の海に行く。その後の展開は、しばらく恋愛からは遠ざかっている月乃にも予想はつく。
ここで「はい」と答えたら、自分は哲也と後戻りのできない関係になるだろう。 これもまた、返事を保留にすることもできるだろう。だが、これ以上待たせるのもよくない気がする。
どこかで結論を出さなければいけないのだ。



月乃はグラスを持ったまま、じっと考えた。




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あらすじ

竜英と哲也の二人に同時時期に告白された月乃。
突然の告白に月乃は戸惑うことしかできず竜英には困ると答える。

月乃の様子を思って、竜英と哲也はそれぞれ返事を待つことに。

月乃は二人のことをゆっくり考え、そして…

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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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