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官能小説 「クロス・ラバーズ」…spotA〜美陽編〜・シーズン8
何があったのか、聞いてみたい。
翌日、美陽は不安な気持ちを抱えたまま隆弘に会った。
「おはようございます……」
声に張りがないのが自分でもわかる。
隆弘は怪訝そうな顔をしたが、単に疲れが抜けきっていないだけとでも思ったのか、どうしたのか聞いてくることもなかった。
助かった。尋ねられていたら、きっと、しどろもどろになっていた。
二度目の危機は夕方を過ぎてから訪れた。
『元気だけが取り柄のお前が、今日はやけにおとなしいな。うまいもんでも食って帰るか?』
隆弘からメールが届いた。
あとは創刊日を待つだけとなった編集部には、これまでとは一変した穏やかな空気が流れていた。
浩太はときどき、美陽に心配そうな視線を向けてきたが、もう話しかけてくることはなかった。鈍感ではない浩太のことだから、美陽と隆弘の間に、京都から帰ってきてから「さらに何か」あったことに気づいたのだろう。
『すみません。今日は友達と食事に行く約束があるんです』
美陽はそう返信した。隆弘と二人で過ごしたいのは山々だったが、今はまだ気持ちをうまく整理できない。
6年前に何があったのか、聞いてみたい。だが、結婚まで考えた相手との別れなら、隆弘も悩み、苦しんだに違いない。尋ねることで、わざわざ苦い思い出をよみがえらせたくはない。
だからきっと、触れないほうがいいのだ。自分だって、もし浩太とかつて何があったか聞かれたら、複雑な気分になる。
だが今は、理性的な態度で向かい合える自信がない。話しているうちに我慢できなくなってしまいそうな気がする。
もう少しでいい。落ち着く時間がほしい。
美陽は隆弘との接触を、最低限に抑えようとした。
が、そんな美陽の決意は、たった一日で崩れてしまった。隆弘が崩したのだ。
「何があったんだよ、お前」
次の日の終業後、美陽は会社を出てすぐに隆弘に呼び止められた。
「別に……何もないですよ」
「嘘つくな。お前な、わかりやすすぎるんだよ」
隆弘の瞳は鋭い光を帯びている。思っていることが顔にすぐ出る、とは昔からよくいわれていたことだ。
しらを切り通そうとも思ったが、結局、美陽は素直に伝えることにした。嘘をつくのが下手なくせにそんなことをしたら、話がさらにややこしくなりかねない。
「……あの、副編集長……6年前、何があったんですか?」
隆弘の目が、一瞬大きく見開かれた。
もう、自分に嘘はつけない。
「私、聞いちゃったんです。……友達が、副編集長の同期だって方の後輩の男性と付き合っていて……副編集長には昔、結婚するはずだった女性がいたって」
話しているうちに、不安が胸にじわじわと広がってくる。道の真ん中だというのに、美陽は泣きたくなってきた。たぶん、本当に泣きそうな顔をしていただろう。
「俺の同期? あぁ、あいつか」
誰のことなのか、隆弘はすぐに察したらしい。
お願い、否定して、と美陽は願う。そんなことは嘘だ、俺にそんな相手はいなかった、と。
しかし、隆弘はそうしてはくれなかった。
「もう済んだことだから、あえて話す必要もないだろうと思っていた。だが、聞いてしまったからにはお前も気になるだろう。俺も隠しごとはしたくない」
隆弘は淡々と答える。
周囲の温度が、少しずつ下がっていくように美陽は感じた。
「大事な話だ。ゆっくり話したい。週末に時間を空けておいてくれ」
そう言うと、隆弘は再び社屋に戻っていった。
金曜日。
新雑誌の創刊日は週明けだったが、美陽は素直にそれを楽しみにできずにいた。
その日の夜、二人は隆弘の家のそばのレストランで待ち合わせをし、暗い雰囲気のまま食事をとると、隆弘に家に向かった。
部屋の奥に通される。隆弘がコーヒーを淹れてくれた。カップに口をつけ、一口啜る。そのほろ苦さに押し出されるようにして、涙がこぼれ落ちた。
もう、自分に嘘はつけない。
「ごめんなさい、副編集長」
美陽はコーヒーを置いて呟いた。
「なぜ謝る」
「私……副編集長を苦しめたくない。だから昔の話なんて聞かないつもりだったのに、やっぱりいい子ではいられないみたい。私は……副編集長の過去のことを知って、納得してからじゃないと、前に進めそうにありません」
隆弘の手が美陽の肩に伸びる。隆弘は美陽を抱こうとしたが、少し迷って、その手で美陽の涙を拭った。
「お前は俺の元気の素だからな。お前が不安がったり、苦しがったりすると、俺もつらくなる」
全部話すよ。隆弘は小さく息を吐く。彼は静かに、過去を語り始めた。
意地だったのか、プライドだったのか
その女性とは、入社して半年ほどで付き合い始めた。
相手も同じ新卒の新入社員で、同じ編集部に配属された相手だった。先輩たちに囲まれ、慣れない仕事で四苦八苦する二人が、助け合ううちにどちらからともなく惹かれていったのは、当然といえば当然のなりゆきだった。
交際はそのまま続き、二人はごく自然に結婚を意識するようになった。
それは隆弘が彼女にプロポーズして結婚指輪を贈った翌年の四月だった。隆弘はある週刊誌に配属が変わった。
その編集部は、会社の中でも花形と呼ばれる部署だった。多くの文化人や知識人をライターとして抱える、時勢や流行に左右されない安定した発行部数を誇る雑誌で、編集部員の意識も高かった。
隆弘は奮闘した。同期の中では抜擢といっていい異動だった。であればこそ期待を裏切りたくなかったし、期待以上の働きを返したかった。
隆弘は仕事に邁進しすぎて、プライベートをかえりみなくなった。夜はいつも終電ぎりぎりに帰り、休日出勤も続いた。やりがいがあったせいか、不思議に疲れなかった。彼女とはいつしか会話らしい会話もなくなった。いつも隆弘の家で夜食を用意してくれることを当たり前のように思い、それがないときには平気で不平をこぼした。
休もうと思えば休めたのだ。彼女をいたわろうと思えばいたわれた。それでも、そうしなかった。あれは意地だったのか、プライドだったのか。彼女に対する甘えだったのか。それとも単にまわりが見えなくなっていたのか。
「別れましょう」と切り出され、結婚指輪を返されたときに、隆弘はやっとみずからが誤っていたことに気がついた。そしてそのときには、もう何もかもが遅かった。
彼女は、とある作家の出版記念パーティで知り合った別の出版社の男性に惹かれている、隆弘と別れてその男性と付き合いたいのだと打ち明けた。いや、それは打ち明けたというよりは、ほとんど一方的な宣告だった。
「彼女はその男と結婚した。もう連絡はまったくとっていないし、未練もない。だけどまだ反省はしている。だから……」
だから、美陽を……性格上、多少強引になってしまうものの、不安にさせないようにしたい。きちんと愛することで。
いつしか美陽の手は、隆弘に強く握りしめられていた。
俺を信じろ
美陽はおずおずとその手を握り返した。
隆弘はその手を引き寄せ、美陽を体ごと抱きしめる。
「俺を信じろ」
耳もとで囁かれる隆弘の声は力強かった。
信じたい。いや、信じなければ。
隆弘はつらい過去を自分のために話してくれた。美陽と、新しい未来をつくりあげていくために。
……信じよう。
美陽は隆弘の腕の中で、少しずつ体の力を抜いた。こわばらせていた肩を隆弘に預ける。
「お前が安心してくれると、俺も癒される」
そう言った隆弘の声は優しくて、まるで声で頭を撫でてもらったみたいだった。
「そばにいて癒されるみたいなんて、まるでペットみたいだな」
かちん。
ん? 今、何て?
せっかく「浸っていた」のに……ペット?
下僕の次はペット?
美陽がむっとした顔を上げると、隆弘は笑いをこらえていた。
「……副編集長って優しいところもあるんだって思ったのに」
「怒るなって。それぐらいかわいいってことだよ」
今度は声ではなく手で、隆弘は美陽の頭を撫でた。
その夜は同じベッドで寝たが、「新雑誌の創刊日までは手を出さない」という約束の通り、隆弘は何もしてこなかった。
目が覚めると二人は近所のカフェで簡単な朝食を摂った。
「お前、今日と明日は何か予定あんの?」
「特にありませんが……」
「んじゃ、ウチにいろよ。一人でいると、余計なことを考えられそうだからな」
確かに家に帰って一人になったら、膨らませなくてもいい想像が膨らんでしまうかもしれない。
美陽はいったんシャワーと着替えに帰った後、すぐにまた隆弘の家に戻った。念のため翌日の着替えも持っていった。
(こういうことするのって……付き合ってるみたい)
隆弘に言ったら「付き合ってるんだよ」などと怒られそうだが、最後の一線を越えていないせいか、まだ実感はない。
だが、それも週が明けて、新雑誌が創刊されるまでのことだ。
――新雑誌が創刊されて落ち着いたら、いただくからな。
隆弘の声が耳の奥でよみがえって、美陽はひとりで顔を赤らめた。
隆弘は美陽を家から少し離れたところにある大きな公園に連れていってくれた。
「家に閉じこもっていると、精神衛生上よくない」とのことだった。
公園は家族連れや子供たちで賑わっていた。美陽たちのようなカップルもちらほらといる。
二人は空いていたベンチに座って、お茶を飲んだ。
「あぁ、いい天気だな」
隆弘はごく自然に横になって、ごく自然に美陽の膝に頭を乗せる。そのまま寝息を立ててしまった。
隆弘の整った横顔を眺めながら、美陽は久しぶりに訪れた穏やかな時間を味わった。

週明け、まずは編集部員だけで小さなパーティが行なわれた。
もちろん、新雑誌の創刊打ち上げパーティである。
後日、会社の役員も交えたさらに大規模なものも開催されるため、こちらのパーティは会社の近くの居酒屋で、ごくこじんまり開かれた。パーティというよりは飲み会といったほうがいい雰囲気だった。
打ち上げの間、隆弘と美陽は何度かひそかに目配せをし合った。終わると、それぞれ別の場所からタクシーに乗って、「待ち合わせ場所」に向かった。
二人がほんの数分差で着いたところは、高級シティホテルだった。
「特別な日になるからな」と、隆弘が奮発して部屋を予約したのだ。
部屋に入ると、美陽は隆弘に強く抱きしめられた。痛いと言おうとしたが唇を唇でふさがれ、そんなことはどうでもよくなってしまう。痛いぐらいの抱擁が、かえって心地よくなってしまう。
隆弘はいったん美陽を離すと、唇を耳に近づけ、悪戯っぽく甘噛みしながら低い声で囁いた。
この体も心も、全部俺のものだ
その声に体がとろけてしまいそうで、美陽は思わず隆弘の首にしがみついた。そんな美陽に隆弘は再び熱いキスをする。
頭がぼんやりする。このまま何もかも、隆弘の言いなりになってしまいたいような気がする。
だが、そんな美陽の心の中を見抜いたかのように、隆弘は唇をもう一度離した。
「まずはお祝いをしようか」
美陽の腰を抱いて、隆弘は部屋の中に進む。
「……やっと創刊したんですもんね」
ぼぅっとする頭で、何とかそう答える。すると隆弘は「違うよ」と笑った。
「お前がやっと、俺のものになるお祝いだ」
隆弘はあらかじめシャンパンを頼んでいたらしく、部屋のテーブルにはすでにシャンパンクーラーに入れられたシャンパンと、フルートグラスがふたつ置かれていた。
「せっかくだから、ちょっと洒落た飲み方をするか」
隆弘はシャンパンのセットをどこかに持っていこうとする。
「どこに行くんですか?」
隆弘が向かったのはバスルームだった。照明の落ちた浴室の向こう一面に広がった夜景に、ついていった美陽は息をのんだ。
洒落た飲み方というのはつまり、ここで……一緒に飲もうということか。一瞬遅れて理解して、美陽は耳まで真っ赤にする。
隆弘は器用にシャンパンの栓を抜いた。ぽん、と軽やかな音がバスルームに響き渡った。グラスに琥珀色の液体が注がれていく。
「さて……ぐずぐずしてるとシャンパンの泡が消えちまうぞ」
隆弘は美陽に視線を流し、にやりと笑った。
あらすじ
気持ちを打ち明けた美陽、なんと隆弘からは「新雑誌の創刊日に『いただく』」と宣言される。
そんなとき友人の月乃から、隆弘には過去結婚を考えていた女性がいたらしいと聞いて動揺してしまい…。