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官能小説 恋欠女子とバーチャル男子 StoryA 伊川咲の場合 ラストシーズン
踏み切れない
「そろそろ俺たち、一緒になってもいいんじゃないかな。結婚、しようよ」
私、伊川咲は、ずっと付き合っている和田くん――仕事上ではそう呼んでいるけれど、プライベートでは「恵一」と下の名前で呼んでいる――からプロポーズされた。
恵一は、公私ともに私のパートナーだ。
仕事では、会社の看板ソフトのひとつである「人工知能アプリ『アイ』」のプロジェクトマネージャーである私を、サブマネージャーとして支えてくれている。
「結婚、か……」
いつか出てくる話だろうとは思っていた。
正直なところ、迷う。
迷っているいちばんの理由は、生活を変えるのが怖いこと。
今は恵一と付き合っているといっても、私はこれまでずっと仕事一筋だった。
男性と付き合ったのも、恵一が初めてだ。
失恋したことはあったけれど。
恵一の家にはしょっちゅう遊びに行っているし、結婚しても生活はそれほど変わらないのでは、とも思う。
土曜日の今日だって、恵一の家にお邪魔している。
最近は、週末はいつもお泊まりだ。
土曜日のお昼ごろに私が恵一の家に行って、日曜いっぱい一緒に過ごす。
生活が変わったとしても、仕事に影響がなければそれでいい。
でも、新しいシステムの開発は、アイディアや発想勝負なところがある。
ほんのちょっとしたことでリズムが変わって、今まで出ていたものが枯れてしまうのが怖かった。
これまでだって、簡単に出していたわけではないのだから。
開発者と呼ばれる人たちに変わり者が多いのは、結局アイディアの源泉となる「自分」という軸を、よくも悪くもあまりに強く持ちすぎているからだと思う。
もちろん恵一のことは好きだ。大好きだ。
これからもずっと一緒に暮らしていきたい。
助けてもらうだけじゃなく、私からも助けて生きていきたい。
でも、「だから結婚する」というふうには考えられない。
自分勝手だといわれても仕方がないけれど、自分の軸は曲げられない。
というか、曲げ方がよくわからない。
(ああ、今のまま、ずっと変わらずに暮らしていけたらいいのに。このまま時間が止まってしまったらいいのに)
それが私の正直な気持ちだった。
恵一は、私が悩んでいるときには、付き合う前からそうしてくれたように、料理を作ってくれた。
そして、食べながら話を聞いてくれる。
凝った料理をつくらせたら、恵一は私よりずっと上手い。
ついでにいうと、私が風邪をひきかけるとリンゴ粥をつくってくれるのも変わらない。
今日は以前つくりおきしたアジのオイル漬けから、ペペロンチーノを作ってくれた。
向かい合せにテーブルにつき、結婚について改めて話し合いながら、パスタを口に運んだ。
恵一は家庭的で、頼りがいのある夫になる。間違いない。
今だって、それに近い存在だ。けれど……。
料理は恵一にまかせてしまったので、食後のお皿は私が洗った。
全部洗って乾燥機にかけると、二人分のお茶を淹れ、リビングに戻った。
お茶を少し啜ってから、恵一は背筋を伸ばして私を見つめた。
「君以外との結婚は考えられないよ。でも君の考えは尊重したいんだ。答えは急がなくていいから、これからも前向きに考えてくれると嬉しいな。こういうときに悩むことまで含めてやっぱり咲だなって思うし、咲のことが好きだから」
恵一は立ち上がって、私に近づいた。何をするのだろうと思う間もなく、少しだけ腰をかがめて横から私を抱きしめた。まるで、私の迷いごと受け入れようとするみたいに。
私の肩に、軽く顎を乗せる。重みが心地よくて、軽く目を閉じた。
「僕もそろそろそういう時期かなと思っているだけで、結婚自体に強いこだわりがあるわけじゃない。結婚なんて、してもしなくても別にいいと思ってる。でも、どっちを選んだって生きていれば困ること、進まないことはたくさん出てくるだろう。そういうとき、二人でいろいろ分担したりじっくり考えたりできるのは強みじゃないかな。二人で足りなければ、お互いの家族の手とかを借りたっていいんだし」
恵一の言葉に、私はこれから先も続くであろう人生の長さを思う。
何ごともなく、ただ楽しく生きていけるなんて、絶対にありえない。
年をとれば、いや、年齢なんて関係なく、自分や家族の体や心の不調や、変化にもきっと直面するだろう。
そんなときに心から信頼できる人が、夫という形ですぐそばにいるのは、確かに大きな安らぎになるに違いない。
年齢のことも、気にならないといえば嘘になる。
私たちは今、29歳だ。妊娠、出産も視野に入れるのなら、逆算すると、今ぐらいから計画的になったほうがいいのだろう。
けれども、未来の不安のために今の不安から目を逸らしてもいいのだろうか。
それ以前に、結婚というのは不安から目を逸らすためにするものなんだろうか。
そうする人もいるだろう。そしてそれは、決して間違ってはいないだろう。
でも、「私にとっては」どうなのか。
(あああ〜、もう何が何だかよくわからなくなってきた)
頭を抱えたくなった。
その翌週、もやもやした気持ちを拭いきれないまま、私たちは広報部の藤沢遥さんと二階堂将さんの結婚式に出席した。
「伊川さん、和田さん、来てくださってありがとうございます」
新郎新婦に笑いかけられて、慌てる。
「お、おめでとう。これからも幸せにね」
自分でも硬くなっているとわかった表情に、私は取り繕ったような笑顔を浮かべた。
ああ、最悪だ。
同じプロジェクトで頑張ってくれている二人の新たな門出の日なのに、私は自分の結婚のことばかり考えている。
こんなリーダー、私だったらイヤだ。
(そうだ、アイ)
私はふと、自分自身がつくっているプログラムのことに思い至った。
(アイはそもそも、女性の悩み解決に特化したAI。今の私のことをアイに相談したら、どんな答えを出してくれるんだろう)
私は一緒に住んでいる妹の結がいないときを見計らい、自分のスマホにアイのアプリをダウンロードし、アイを出現させてみた。
これからもよろしく
私の前に出てきたアイに、大きな特徴はなかった。
整った顔だちをしているけれど、そこから特定の性格や性質を感じ取れない。
着ているものも、ごく普通のスーツだった。
心に波風を立たせない、私を傷つけることもない、何の色もついていない男の子。
そんな感じがした。
(そうか。私が求めていたのは、こういう人だったんだ)
私は心のどこかで、まだ男性そのものを信じきれていないのかもしれない。
塩谷さんに傷つけられたことを引きずっているのかもしれない。
きっと、恵一との日々を重ねて癒していくしかないのだろうけれど。
私は自分の部屋の小さなテーブルを挟んでアイと向き合い、今まで起きたことや感じたこと、考えたことを全部話した。
「じゃあ、もう答えが出ているじゃないですか」
アイはこれもまた特徴のない笑みを浮かべて言った。
「これからの時代、必ずしも結婚だけが正解になるとは限らないと思います。いちばん大事なのは、これから自分がどういう生き方をしていきたいかではないでしょうか。僕自身は結婚をするのも悪くないと思いますけど、どうしても考えられないというのなら、結婚以外でも二人で一緒にいられるやり方を探っていくのはどうでしょうか」
私はアイの答えを聞いて、少し考えて、苦笑した。
「あーあ。私って、根っからの恋欠女子なのかなあ」
アイが受ける相談は、恋の成就に関することが圧倒的に多いというフィードバックがある。
詳しい内容まではわからないけれど。
「恋愛や結婚をゴールだと考えられないんなんて」
すると、アイは落ち着いた表情で首を横に振った。
「そういうことは、人それぞれですよ。恋愛なんて、相手と自分が納得できるのであれば、どんなふうにしたっていいんです。だから、したくないときに無理にする必要もない。そういうときにはほかのことを楽しめばいい。でも恋したくなったら、もっと愛し、愛されるよう自分を磨けばいい。いろんな価値観や状況がある中で、そのとき後悔しない生き方ができれば構わないんです。そのためのアドバイスをするのが、僕たちアイの役目です」
会話が終わると、「何かあれば、また起動させて下さい」と言い残し、アイはいったん消えた。
しばらくすると、メールが届いた。宛名を見ると、「AI」だった。件名は「ちょっと、考えたんですけど」。
うーん、妙に人間くさいAIだ。
私、いいシステムをつくったなと、自分の仕事ながら感心してしまった。
こういう細かい「揺らぎ」って、大事な気がする。
恵一と一緒に、人工知能を強化するテストをした日のことを思い出した。
決して「正解」だけを言うのではない、そのときどきで心に寄り添えるシステムにすることを、私たちは目指していた。
完璧とはいえなくても、近づけてはいるのだと思いたい。
『迷っているのなら、環境を変えてみるのも手ですよ。見えるものが変わると、考え方も変わります』
(環境、ね……)
いちばん最初に思い浮かんだのは、「引っ越し」という言葉だった。
***
それから数日後、私と恵一は偶然同じタイミングでお互いに「あること」を提案した。
同棲をしてみよう、と。
恵一は言った。
「いきなり結婚を持ち出したのは、性急だったかもしれないと思っていたんだ。まずはお互いを見極めるために、同棲するのはどうだろう。そうしたら結婚生活のことももっと具体的に想像できるだろうし、君が怖がっていることが本当に起こりそうかどうかもわかるんじゃないかな」
ほんの少しずつ、探りながら出していこうと思ったのに、恵一も同じことを言ってくるものだから、話はいきなり現実味を帯びた。
形になってしまう前に、一緒に暮らしている妹の唯に相談した。
もし同棲が決まったとして、いちばん大きな影響を受けるのは唯だ。
唯からも、意外な返事が返ってきた。
「偶然だね。私も祝田くんと、結婚を前提に同棲したいねって話してたんだ」
いつ私に言い出そうか、迷っていたという。
「こういうことって、姉妹で重なるものなのかなあ」と、私たちは感心し合った。
唯とは幼いときからずっと一緒に暮らしていた。
それが、初めて別れるのだ。
私は今、人生の分岐点に差し掛かっているのかもしれない。
***
私は恵一と一緒に家を探し始めた。
唯と祝田さんも、あちらはあちらで探し始めたようだった。
唯たちのほうが先に家を見つけて、出て行った。
二人で暮らしていた家に一人で済むことになったのは寂しかったけれど、私たちもすぐにいい家を見つけた。
会社から電車で15分ほどのところにある新築だった。
時間を変えて何度か下見に行って、それから決めた。
引っ越しは、契約の翌週末に一気に二人分終わらせることにした。
大変なのはわかっていたけれど、こういうのは一気に終わらせてしまったほうがいいだろうと恵一と意見が一致した。
私たちは二人分の荷物を運べる引っ越し用のトラックと、手伝ってくれる作業員を手配した。
その日の朝、トラックはまず恵一の家に向かい、彼の荷物を載せてから私の家にやってきた。
私の家で、すでに段ボールに詰めていた荷物を全部乗せると、私たち自身は電車で新居に向かった。
トラックは作業員が運転していった。
引っ越しの手伝いを、知り合いに頼むことはしなかった。
私たちが付き合っていることは、とくに仲のいい人たちは知っているけれど、誰にでも完全にオープンにしているわけではない。
それにあくまでも同棲だから、イメージの問題もある。
作業員と一緒に、新居に荷物を運びこんだ。
全部終わると、すっかり陽が傾いていた。
窓から西日が差し込んでいる。
「ちょっと、ひとやすみしよう」
私たちは大きな段ボールによりかかった。
蓋に「本」と書かれた恵一の段ボールは、二人で寄り掛かってもびくともしなかった。
いつの間に買っていたのか、恵一がペットボトルのお茶を開けて飲んでいる。
「あ、いいな。お茶」
「咲にもあげるよ」
恵一は私を抱き寄せ、キスをした。
口の中に入れたお茶を、私に口移しで飲ませてくれる。

「疲れが取れる気がする」
「だろ」
「もう一口、ほしい」
私たちは何度も何度も、口移しでお茶を飲ませ合った。
高く積み上げた段ボールに囲まれて、秘密を囁き合っているようだった。
妙にドキドキする。
窓からは、新しい風景が見えた。
新しい家は3階、西向き。
小さな屋根が連なる、静かな住宅街の中にある。
「これからもよろしくね」と、恵一は私を抱き寄せた。
「私のほうこそ、よろしく」
恵一の手を握り、私はもう一度今度はお茶なしでキスをした。
引っ越しが全部終わったら、アイにも今、窓の外に広がる風景を見せたいと思った。
アイは、何かを吸収してくれるだろうか。
END
あらすじ
順調に交際を進める咲と恵一。
そんなふたりは次の一歩を踏み出そうとしていた…