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官能小説 ウーマン・オブ・プラネット 1話 〜ウェディングチャペルをあなたと〜


夢の中で…

さざ波の音がかすかに聴こえる。 まるで音楽を奏でるようにゆっくりと絶え間なく。

潮の香りが漂う。私はベッドでゆらゆらと揺れている。 ここは海辺の近くのホテルのようだ。 開いた窓から光が差し込む。カーテンが振れて、 潮の香りを含んだ風が忍び込む。

ふいに誰かに抱きしめられた。唇をふさがれ、とろけるようなキスをされる。 耳たぶや首筋、鎖骨、乳房の順に男の唇が移動して、私の敏感な部分に舌をあてる。

「だめ‥‥」

陶酔が体を包み込みそうになる。 男が動いたので、体をよじらせて男の頭をつかみ、乳房まで男の頭を移動させる。 うっすらと目を開けて男の顔を覗き込む。知らない男のようでいながら、 以前に抱かれたことがある男だ。手を離すと、ふいに男の指の動きが早まる。 額からつま先まで舌を這わせながら、柔らかい指の腹で私の体を探るように動き続ける。

「あなたは‥‥」

そうだ。この舌触りと指使いは彼に違いない。

再び一番敏感な部分に舌を這わせて、小刻みに動かす。 たっぷりと潤って溢れそうになっても、彼は容赦せずに舌を入れ、 私の膝を持ち上げて、臀部に枕を忍ばせる。 私がますます溶けていきそうになるのを知っているのだ。

「もう、だめ、きてちょうだい」

彼の腕にすがみついてせがんでも、彼はまだ許してくれない。 いつも私をじらし、バニラアイスがとけていくのを楽しむように、愛撫を続ける。

「お願いだから…」

堪え切れなくなって彼の肩に強くしがみつき、爪を立てると、 「猫のようだね」と呟いた瞬間に、腰を勢いよく挙げて、 私の中に深く入り込んだ。愛おしさが募り、 いつのまにか一緒に声を挙げていく‥‥

スマホの着信音の音で目覚めた。夢を見ていたのだ。 ベッドの脇からスマホを取ると、幼馴染の星川優作だ。

「おはよう」 「どうしたの。優作」 「紫苑の夢を見た。元気か」

私も夢を見たけど、でも優作じゃなかったと言いかけて、口を閉じた。 夢の相手は上野孝之。愛しすぎて別れた男。元カレだ。

電話を切って起き上がる。優作は昔から私に好意を持っているが、 でも今の私はウェディングプランナーの仕事が恋人だ。 孝之と別れてから4年になる。

今日は朝から3組と面談の予定だ。 面談トップバッターは新郎が海外から帰国したので、 新郎新婦と二人揃って会うことになっている。

新郎の名前は孝之。元カレと同じ名前だ。 そのせいで元カレの夢を見たのかもしれない。

靴を履いてドアを開けようとした時だった。スマホが鳴り響く。 着信登録がない番号だが、良く覚えている。 削除しても、記憶の片隅にしっかりと刻み付けられているその人の名前。 躊躇したものの、思い切って着信ボタンを押した。

「久しぶりだね。僕を覚えているかな」

「‥‥ええ」

ためらいながら返事をする。 一体なぜ電話をかけてきたのだろう。

「婚約者が僕たちの結婚式をお願いしたらしいね」

 

間違いなく、上野孝之その人だった。

悪い女になる予感…

予定されていた新郎新婦の打ち合わせをキャンセルしたのは、孝之だった。 遠い親戚の養子になったため、「上野」から「仲」に苗字が変わったという。 婚約者が、友達の結婚式をプロデュースした紫苑を気に入ったため、 自分たちのウェディングを依頼した。そのことを知ったのは、  海外出張の帰国直前だったと、孝之は電話で説明した。

「逢って話したい」

私も孝之と同じだった。 仕事を全うするために、ぜひ会っておきたい。

孝之が選んだ下町の古民家風の暖簾をくぐった途端に、孝之と過ごした故郷が浮かび上がる。 テーブル席で向かい合わせに座る。がっちりとした精悍さが漂い、眼鏡をかけて、真っ黒に日焼けしていた孝明が昔と変わらない優しい表情で迎えてくれた。

「結婚式のことを婚約者に任せっきりだった。 帰国の前日にウェディンングプランナーと一緒に会ってほしいと言われて、 初めて紫苑が担当とわかったんだ。気づくのが遅くてすまなかった」

孝之から電話をもらった時に、予想していたことだった。

「婚約者に結婚式を丸投げしていた僕が悪かった。 もっと早くわかっていれば、君に迷惑をかけなかったのに。すまない」

頭を下げて謝罪する孝之は、4年前と同じだった。自分が悪くないのに、いつも相手を気遣う。 その優しさが怖くなって、屁理屈をこねて困らせていた。

「ちょうど君から『結婚してくれないと、他の男と結婚する』 というメールをもらった時に、養子の話も持ち上がって、 君とのことを考える余裕もなかった」

「そうだったんですか」

孝之は私の子供っぽさに呆れて去ったのではなかった。

「君を捨てて自分の将来を優先してしまった。 それなのに結婚式をプロデュースしてもらうなんて、僕にはできない」

ふいに、自分の内側から、熱いものが流れてきた。

「私は捨てられたなんて思っていないわ」

自分の中に、まだ孝之への未練がある。 でも過去のことを掘り起こしても、戻らない。その二つの間で心が揺れ動いた。

「孝之を好きになり過ぎて、自分の気持ちをコントロール できなかったの。愛しすぎて苦しかったけど、孝之と別れてから、 上京してウェディングプランナーという仕事でやりがいを見つけたわ」

上京した当時は、失恋の痛手を癒そうと必死に仕事を覚えた。次第に責任は重いが、結婚式という一生に一度のセレモニーをプロデュースすることが、面白くてならなかった。仕事が支えてくれたのだ。

バックから結婚式の提案書を出して、孝之に差し出した。

「思い出に残る結婚式をプロデュースしたいの。それが私の仕事だから」

孝之は私の顔を見つめてから、やがて眩しそうに瞬きをして頷いた。

レストランの階段で、新婦が落としたハンカチを新郎が拾ったことが きっかけで孝之たちの交際が始まったというエピソードを結婚式の セレモニーで再現すると、参加者から拍手喝采が湧き上がった。 ウェディングプランナー4年目にして、最高の賛辞をもらった。

だが日が経つうちに、祭りが終わった後の寂しさがじわじわと襲ってきた。 孝之の妻からお礼の手紙が届くと、意地と気力でやっつけ仕事をしてしまったような気がして、自分を責めた。

「そんなことないよ」と自分を肯定してあげても、虚しさは消えない。 残業のない夜を持て余していた時に、幼馴染の星川優作から食事の誘いがあった。「いいわ」と返事をしながら、悪い女になる予感がひたひたと体中を駆け巡る。

乳房を手の平で覆いながら、何度も乳首を吸い上げる優作。乳房が好きなのだろう。全身を丁寧に愛撫する孝之より、せっかちな手つきでせわしなく触る。

「いいよね」と私の許可をもらうよりも先に、 敏感な部分を指で愛撫してから、すぐに挿入しようとした。

孝明と違う。

孝之ならもっと念入りに体をとろけさせてから、 しっとりと濡れさせてから、ゆっくりと入る。そして何度もイカせてくれる。

孝之ならきっと‥

孝之の顔が浮かんだ。 優作の顔と重なる。 優作が動きをとめて、私を上から眺めていた。

新しい世界

休憩室に入ると、 ウェディングプランナーの仲間たちがお弁当を広げていた。

「ハイテンションプランナー」や「福耳はいからさん」、 「エンタメ主婦プランナー」、「メンズプランナー」など、 お客さまに親しんでもらえるように各自が愛称を持っている。

仲間たちが一斉に私に視線を注ぎ、 「海外研修おめでとう」「頑張れ」と口ぐちに激励の言葉を贈ってくれた。

ロンドン研修に合格したニュースが、会社中を駆け巡ったばかりだった。 レストランウェディングのビジョン展開を打ち出した会社が、 ロンドンにある系列の店舗で研修生を募集した。

本場のテーブルマナーを取り入れた格式高いレストランウェディングを、 日本流にアレンジして富裕層向けのコンテンツを売り出すためのスタッフ育成の研修だった。新しいことにチャレンジしながら、成長したかった。

「しっかり勉強して最高のプランナーになってこい」

唯一の男性でベテランのメンズプランナーが肩を叩いてくれた。  最高のウェディングプランナーに…

新たな決意で私はロンドンへ向かった。

あの夜、優作が上から私の顔を覗いた時に、私は自分の罪を恥じた。 優作に抱かれながら、孝之の身代わりにしようとした私の下卑た心を、優作自身が庇ってくれたのだ。

「紫苑と孝之の間に、オレがいつも割り込もうとしていた。 二人が本当の意味で終わったんだから、オレの恋も終わりだ」

優作の器の大きさになぜもっと早く気づけなかったのだろう。 ちゃんと向き合えないままで終わってしまった。

でももう遅い。 愛してくれた男を傷つけてしまったのは弱い自分のせい。 弱さを克服するには、ウェディングプランナーとして成長するのみ。

その一方で出発前に先輩メンズプランナーが忠告してくれたことも、私の気持ちを揺さぶった。

「幸せな結婚式を作っているうちに、 自分の幸せを置いてしまったプランナーも多いよ。 紫苑は自分の幸せも見つけるんだね」。

一人前の仕事人になるということは、仕事に逃げ込んではいけないことなのだ。

「それで僕に逢った時は、 仕事に逃げ込まないで、僕と恋愛しようとしたの?」

森の樹木から漏れた光に包まれながら、 がっしりとした男の腕に抱かれて、うとうとと まどろみの中でとろけそうな私の耳元で男がささやく。

1年間の研修が終わり、帰国の飛行機で話しかけてきた隣の男性の傲慢な態度に呆れたものだが、まさか付き合うことになり、しかも彼からプロポーズを受けるとは夢にも思っていなかった。

「こうすると、気持ちがいい?」

フレンチシェフの西島英悟は私の快楽度を必ずチェックする。料理の味見をしているように。片手で乳房を愛撫しながら、吸い上げるような情熱的なキスをして、もう一方の手で私の一番敏感な部分を五本の指を使って息もできないくらい、私を責めていく。

「ああ、いや」 と首を振る。

すると彼は楽しそうに 「これはどう?」と耳たぶをかむ。

唇がふいに下半身に移動して、私の腰をぐっと引き寄せ、舌を丸めてさらに濡れさせる。 それから体位を変えようとした彼に背中に腕を回されながら、彼の熱くたぎったものを私の中に入れようとした時だった。

「仕事を続けてもいい。でも男は僕一人にして」

愛するのは僕一人だけだよ。 孝之や優作のことを話していないのに、まるで嫉妬しているような口調が可愛い。 初対面が傲慢だったから、ギャップも愛おしい。わざといやいやと首を振ると、 顎を押さえつけられる。激しくキスをしながら、「愛している」と切ない声をあげる彼。

これまで全く違うタイプの男が、私の夫だなんて、  人生は何が起こるかわからないから面白い。 彼の熱いものが挿入されると、 痺れるような快感が体中に流れていった。


<ウェディングチャペルをあなたと END>

⇒【NEXT】「あなたが脱いだら、私を脱がせてあげる…」(ウーマン・オブ・プラネット 2話 〜微笑みの向こうへ〜 )

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あらすじ

紫苑は夢の中で4年前に別れた元彼・孝之に抱かれていた。
ウェディングプランナーの仕事が恋人である紫苑だが、この日面談する新郎が元彼の孝之であることを知り…

夏目かをる
夏目かをる
2万人以上の働く女性の「恋愛」「結婚」「婚活」を取材し…
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