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官能小説 甘恋レッスン 最終話
振った男の意外な告白
月曜の昼休み、奈央は再び屋上に来ていた。
目の前には先週、奈央を振った先輩が立っている。

週末から今日の朝まで亮平に抱かれ続け、へとへとに疲れ果てていた奈央が会社の社員食堂で昼食を済ませようとしたところ、先輩に呼び出されたのだ。いやな思い出の場所のはずだったが、今の奈央は不思議なほど何も感じなかった。
「気が変わったんだ」
あのときには見せてくれなかった笑顔で、先輩は唐突にそう告げてくる。
「はい?」
言っている意味がまったく理解できず、奈央はきょとんと目をしばたたいた。この二日間、なぜあんなにも恋い焦がれていた先輩のことをいちども考えなかったのだろうと、胸中で首を傾げながら。
「だって今日の佐々木さん、なんだか色っぽくてさ」
先輩はそんな奈央に構うことなく、言葉を続けてきた。
「先週までの佐々木さんとは全然違うから、俺がちゃんと見てなかっただけなのかなって」
告白されて気づくことってあるじゃん? と、先輩は言う。
「はあ……」
普段なら期待が膨らむ展開なのに、思わず生返事をしてしまう奈央。
なるほど、どうやら先輩は先週の告白の返事を撤回しようとしているらしい。あれだけ当の先輩に夢中だった奈央はしかし、なぜか少しも心が躍らない。けれどこれが亮平のいう“甘い恋のレッスン”の成果なら、喜ぶべきことなのだろう。
「だから付き合ってもいいよ、奈央」
「――!!」
途端に奈央の胸がざわめいた。
先輩に名前で呼ばれたことが、ちっともうれしくない。それどころか、あまりに気安い物言いにイラだちさえ感じてしまう。
“奈央”と呼んでいいのは、“彼”ひとりだけだったから――。
このとき奈央は既に、自分は亮平のことが好きなのだと自覚していた。けれど奈央は亮平が好きなのに、亮平は奈央を生徒としてしか見ていない。散々抱かれても、愛の言葉ひとつささやかれはしなかったのだ。
それならいっそ、先輩と付き合った方がいいのではないだろうか。今はなんとも思っていないけれど、前は確かに好きだったのだから、案外うまくいくかもしれない。
それに何より、奈央に彼氏ができるように亮平は指導してくれたのだから、亮平だってきっと祝福してくれるはずだ。叶わない恋ならば、せめて彼が喜ぶことをしたい。
「先輩……」
「ちょっと待った!」
奈央がYESと言うべく口を開きかけたそのとき、背後から声がかかった。
奈央と先輩が驚いて振り返ると、屋上の入り口にはなぜか亮平が立っていた。
モテ男の…

「亮平!? なんで、ここに――」
目を見開いている奈央を遮るように前に進み出て、亮平は先輩に向き合った。
「悪いけど、こいつにその話をするのは俺だから、アンタは消えてくれる?」
「ちょっ――先輩になんてこと……っ」
慌てて亮平のスーツの裾を引く奈央に、先輩が不愉快そうに尋ねてくる。
「どういうこと?」
「え、えっとですね……」
奈央が返答に窮していると、再び亮平が口を開く。
「奈央の隣は空いてないんでね」
亮平は奈央の肩に手を回し、そのままキスしてきた。
「んぅ――!?」
奈央は驚愕して亮平の胸元を抗議にどんどん叩くも、亮平はさらに強く口づけてくる。強引に奈央の唇を割り、歯列をこじ開けて舌を吸ってきた。
「んむぅっ、ん、んん!!」
慣らされた身体が即座に反応してじんとほてってきたが、今はそれどころではない。
「ちょっ――亮平!」
奈央が無理やり亮平から離れた頃には、そこに先輩の姿はなかった。
「誤解されちゃったじゃない!」
慌てて先輩を追おうと駆け出そうとした奈央の腕を、亮平がつかむ。
「行くなよ」
「亮平……?」
奈央は立ち止まり、亮平を見つめた。いつもは軽薄そうに口角を上げている亮平だったが、なぜか今は真摯な顔を奈央に向けている。
「――し、仕事は?」
「営業回りの途中」
「なんでここがわかったの?」
「お前が男についていくのが見えたから」
「さっきの、どういうこと? 私は亮平のおかげで先輩と付き合えるんだよ?」
勝手ばかりする亮平にイラだち、気づけば奈央は声を荒らげていた。
「亮平だってそれを望んでたんじゃないの!?」
「望んでねえよ!!」
「……っ!?」
亮平に強く言葉を被せられ、奈央がびくりとすくむ。
つながれたままの手に、ぐっと力が込められた。
「俺は誰と付き合ってても、変わらず奈央が好きだったんだよ!」
「う、うそ……」
動揺する奈央の瞳に、激情した亮平が映る。
「うそじゃない。幼稚園のときキスしたのは、それを伝えたかったからだ!」
「あんな強引なキスでわかるわけないじゃない!」
「子供だったから仕方ねえだろ!」
屋上で叫び合うふたりの声が、澄んだ青空に溶けていく。
「そうだとしても、あんなに大量のラブグッズを持ってたんだから、信じられないよ……!」
奈央はうつむく。
実際に自分も使ったけれど、亮平がほかの女性とも愉しんでいる事実は変わらない。
「あのなあ」
亮平ははあっと大仰に溜息をついた。
「何を勘違いしてるか知らないが、あれは全部未使用だったんだよ」
「未使用……?」
奈央が怪訝と顔を上げた。
亮平がうなずく。
「そう。どんなものか気になってパッケージは開けてたけど、使ったのは奈央だけだ」
「な、んで……」
「まだ言わせる気か? いつかお前に使いたいと思ってたからに決まってるだろ!」
「――!?」
瞬間、奈央の肌がぞわりと総毛立った。つまり亮平はそんなにも長い間、奈央に対して卑猥な妄想を膨らませていたということになる。
「へ、変態!!」
「ああ、変態だよ!」
「認めないでよっ」
「お前のことばかり考えてた」
「亮平……」
「奈央、好きだ」
亮平が射貫くような瞳で真っ直ぐに奈央を見つめている。
奈央はきゅんと胸が詰まった。そして今こそ、自らの想いも告白すべきときだと悟る。たとえ相手が真性の変態だったとしても、奈央の気持ちは変わらない。
「亮平……実は、私も――」
「うそつけ」
「は?」
呆気なく否定され、思わず目が点になってしまう。
亮平はきつく眉根を寄せ、自身の身体を指さした。
「お前が好きなのは、俺の身体だろう」
「なっ――なんてことを……!」
奈央の顔は真っ赤に染まったが、あながちそれが間違いとは言えないから困る。
「だが、今はそれでいい」
本当に亮平が好きだと伝えたいのに、亮平はそう言ってにやりと笑っている。
「身体だけじゃなく、お前の心も必ず溺れさせてやるからな」
「――っ!!」
とっくに心も身体も溺れているというのに、まったく気づかない鈍感で一途な亮平。だけど今はそれでもいいと、奈央は思っていた。
END
あらすじ
「気が変わったんだ」
月曜日、奈央は先輩に屋上に呼び出されると、あのときには見せてくれなかった笑顔で、先輩は唐突にそう告げてくる。
普段なら期待が膨らむ展開なのに、思わず生返事をしてしまう奈央。
亮平の事を好きだと自覚している奈央だったが、
彼氏が出来るように指導してくれた亮平の事を思って…