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官能小説 カレントループ〜蠍座と蟹座の秘密の共有〜 最終話 カレントスコープの蟹座のプレゼン


最終話 カレントスコープの蟹座のプレゼン

「せっかくのいい話なのに、部長待遇喜んでいたじゃない。会社は俺を使えない、見返してやれるって。返事がないから心配はしていたのよ。夏からずっと考えていたの?」

 かつて言った自分の言葉が痛すぎる。
夜のレストランで、小野里は含み笑いを零して見せた。

目の前には非の打ちどころのない、女性営業。
かつては手を取り、人生を同じにするはずだった女性がいる。

「プレゼンだってそのために用意したのに、人は裏切るものだと言っていたのに」

 ――それは、あなたが教え込んだんですよ。
言わずに、小野里は多分また、何をやらかしたのか、ファイルを積み上げていた山室聖菜を想った。

 そのほうが、心が優しくなれると知ったからだ。

「違ったんです。こんな僕だって誰かを愛したいんだと思っていると気がつかなかっただけですよ」
「雅哉らしくないわね」
「僕らしくってなんですか」

 小野里は、外に視線をやった。
接待中の米つきバッタ、楽しそうな男女、親子連れ。
そういうものが愛おしい。

何かに甘え、努力する気持ちがこんなにも愛おしく、それは聖菜とのセックスに結び付く。

 自分が甘え体質なのを恥ずかしいと思っていたが、違ったようだ。
誰もが甘え、誰もが甘えさせて誰かのために生きる社会。
うん、悪くない。

 聖菜のせいだ。
肌を通して、愛してほしいと言ってもいい?
なんて語り掛けられ続けて、ポリシーも、アイデンティティも崩壊だ。

「あんな会社と思っていたけど、本質を知ってしまった以上、そっちには行けない。気づいたら逃げるわけには行くかなんですよ。どんな苦境でも、愛をもって、あなたの会社と戦う。負ける気はしない、逃げないと決めれば、蠍座は無敵です」
「同じ星座だったのね。そんなことも知らないから、有能な部長の誕生は夢になった」

「申し訳ない」
「わたしの最大の甘えは、忘れてください。もう一度――……いえ、またよろしくお願いします」

 最後まで敬愛できた彼女に感謝し、見送って、小野里は空を見上げた。
アンタレスが見え始める。
聖菜と会って、ひとつの季節が過ぎ去って、まもなく冬だ。

アンタレス

「さて、あいつはまた何をやらかしたんだ」

 時刻は九時。
嫌でも会社から押し出されて来るだろうと、小野里はコートの襟を立ててまつこと五分。

「終電が〜」
と泣きそうな声と同時に、走って来る聖菜が見えた。

 ちょうど曲がって来る角で腕組みして待ち伏せてやる。

「また何か失敗ですか、僕の新しい得意先じゃないだろうな」

 ぎくっと聖菜は足を止めた。

「疲れているでしょう。労いの食事でゆっくり聞きましょうか」

 あれから、聖菜も事務として中堅の経験を積んだので、仕事を増やしてやったが、食いついてくるので、面白い。
もう少し鍛えてやるのも甘えだろうかと、小野里はつま先を向けた。

「遅くまで、ごくろうさま」

***


小野里が元彼女の会社にヘッドハンティングを受けていたことを知ったのは初秋。
その時聖菜はサソリとかにを思い浮かべた。水の中のかにはスピードが上がる。
たぶん聖菜のスピードが上がる海は仕事ではなく、恋の海に決まっている。

「すいません。小野里主事の得意先のデータを……明日、修整しようと思ったら、納期が明日でしたから」
「またですか、聖菜さん」

「でも、大丈夫です。何とか承認のほうも頼み込んで、終わったので」
「それはいいですが」

小野里の視線は、聖菜のカバンから飛び出した雑誌に注がれている。

「ウエディング雑誌が見えてるけど、それ、何ですか」
「!」

 聖菜は慌てて雑誌を鞄に押し込んだが、そもそも、A4の結婚雑誌を入れるには、トートバッグが小さすぎた。
もう隠せない。
聖菜はもごっと言い返す。

「わたしの大切なプレゼン準備です」

 小野里はボールをみつけた子犬のようなじゃれたそうな目をする。

「それは楽しみだ。で、今日は何が食べたいんですか。その分倍にして明日から仕事回すから、覚悟を。裏をかかれて成約数を減らされた企業がある。やり返さないと気が済まないんで明日からフルスロットル」
「またですか?」
「おや、甘えていいんでしょう? そのボサボサ頭、撫でても構わないかな?」

 そういえば、小野里はいつからか、お酒を飲んで甘えることも減って来た。
その代わり、飲まなくても甘えて来る。
愛して当然、愛されて当然、という強い愛への情は、ずっとずっと見ていたくなるほどに。

「まだ、ハニー味のボトルが余っているし、きみはベリーも似合いそうだ」

 撫でられた照れ隠しに腕を組んだ拍子に、小さな流れ星がひとつ、流れて行った。
これから冬の星座が夜空を飾る。
一年で一番空気が綺麗な季節はまもなくだった。


END

あらすじ

とある女性に何かを説得されている小野里。
彼の下した決断には聖菜への想いが関わっていて…。

亜麻寺優
亜麻寺優
TLと星占いが大好き。男女双方の視点から書くのが売りで…
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