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官能小説【2話】恋する貴女へ特別な快感(おもてなし)を〜若旦那の恋の手ほどき〜【LCスタイル】

雨上がりの夕涼みデート

初夏が好き。それも春をちょっぴり名残惜しそうに残したくらいの季節が。
だから、今日はとっておきのかんざしを。
紫陽花の彫り込みのついた、ガラスのトンボ玉のかんざしは初夏に似合う。何より、想い出が封じられているから、きっと元気になれる。
陽射しを浴びたかんざしも、もう夕陽が反射する時間帯に差し掛かっているけれど。

(一雨あった後の旅館はみずみずしくて綺麗。これも瞬一さんが言う言葉。
純和風の旅館の渡り廊下から見ると、濡れた柳の葉が優しく揺れるさまが目に焼き付く)

旅館に来てからというもの、時間がゆっくり流れていく気がする。

季節を惜しむ様な、一日を惜しむ様なゆっくりさで。

――大切な日々、焦っちゃだめだよ?と。
いつもいつもどうしても忙しない私たちに言っているように。

「鹿埜」

呼ばれて振り返ると、瞬一が歩いて来るのが見えた。
あの〈お客様のお忘れ物事件〉の数日後。翌日は変に避けてしまった鹿埜である。

(そう、普通に声掛けられても困るの。やっと頭から追い出したのに)

鷲のような獰猛な、いや、猛禽類のような鋭い表情をした瞬一の男の一面を見てしまってから、疼きが止まらない。

『「今度また貴女を抱くから、準備が出来たら部屋に呼ぶよ」』

――思い出しちゃった。

ぼふ、と顔から不死鳥が飛び出そうになる鹿埜には構わず、瞬一は当然のごとく隣に並んだ。

「今日はお客も少ないようだ。きみも、今夜は僕とゆっくり過ごさないか?」

――来た。来た来た来た……っ!

やってきた夜のお誘いに、鹿埜はどぎまぎとしながら、頷いた。
いつも通りに頷けば「この間の一件はなかったことにした」風味になるし、どぎまぎし過ぎれば「何意識しているんだか」になる。

いつだって、瞬一には気に入られていたい。
だから、イけないことに、腹が立つ。これじゃ、瞬一さんを愛してないみたい。

“ラブグッズだよ”

そっくりな、かたちのラブグッズの衝撃と、瞬一の横顔が脳裏から消えない。
ぼんと浮かんだあの形状をまざまざと思い出して、鹿埜はぶんぶんと頭を振った。
いい加減落ち着かなきゃ。瞬一に勘繰られるだろう。
それでなくとも、この若旦那は勘が鋭いのだから。

「……落ち着きがないな」

「ね、瞬一さんっ、すこし、外歩きません?」

探るような低い声を打ち消すかのように、鹿埜は庭を指した。

「雨上がりのお庭も、きっと美しいと思いますし。たまには、一緒に歩いてもいいですよね」

普段はお客様が優先だ。しかし、雨上がりのせいか、人影も少ない。
山麓を丁寧に切り崩し、自然を生かした旅館の中庭はそれはそれは和風で、雅やかだった。

「きみの苦手なカタツムリがいそうだが……そうだな、二人で夕涼みデートと行こうか」

何か言いたげな瞬一の着物の腕を取った時、鹿埜の頭のかんざしがしゃらんと揺れた。

溶けるようなキス

「これ……僕があげたもの?」

庭先に出るなり、指先で揺らされて、鹿埜は飛び跳ねるようにして、顔を上げた。

「はい!わたしが来た日に、結納の代わりにと。今日は何となく挿したくなりました」
「可愛いな、似合っている」

瞬一の目が細くなって、鹿埜は小さく咽喉を鳴らしてしまった。

――キス、来ないかな。火を点けようとするほうの。

「瞬一さん」声をかけて、袖を引いた。ちら、と見上げると、瞬一は目を三日月にして、鹿埜に小さく頷くと、顎を抓んでくい、と持ち上げて近づけさせた。

官能小説挿絵:キスをする男女

「……んっ……」

重なった二人が大きな窓ガラスに映っている。ただ、木々が揺れる音に混じった、小さな水音に、鹿埜の呼吸に、瞬一の低いかすれたような声がこまくを揺らした。
カタンと音がすると思ったら、瞬一は垣根の柵を軽く掴み、鹿埜に更に深く唇を押し付けたところで、鹿埜はたちまち待ち兼ねたキスに堕とされそうになった。

毎回、キスで溶けるのではないかと思う。いつも、いつも、今度こそと思うのに。もっと、火を点けてくれたなら。
奥深くまで燃やしてもらいたい。どうして駆け上がれないのだろう――……。

もっと、もっともっと、深くまで。何が足りない?何かが足りていない。
恋が足りない?でも、キスでは溶けそうになるのに。

「んふ」

腕を回して、キスをせがむと、瞬一の舌は丁寧に鹿埜の小さなザクロを吸い上げてきた。
ゾクゾクする快感を直接口移しにされて、指先まで痺れれば、きっと。ここで、抱いて貰ったら……。

(だめだめ、ここ、お庭だってば!)

理性を振り絞って、胸板をトントンと叩くと、瞬一は目の色を普段の優しい色に戻し、髪をかき上げて息をついた。

「……ッ……止めてくれてありがとう。ってきみが仕掛けたのに。面白い」

寄り掛からせた姿勢で唇を離した瞬一は呼吸を整えて、熱くなった鹿埜の頬を撫で、笑いを洩らした。

「この間もそうやって、意地悪に笑いましたね」
「そうだったかな。うん、どうしてそんなに愛らしくなったのかな」
「なんか、瞬一さんがあれから男らしくて……ドキドキするんです」
「あれから?」
「お客様のお忘れ物の……ラブグッズを眼にしてから」

愚問な台詞だが、鹿埜は一生懸命で、大真面目だ。
瞬一を意識していなかった理由ではない。それでも、あの、ラブグッズを手にした時から、瞬一を異性として過剰に意識し始めた実感はある。

それなら。今までのセックスは何だったのだろう。

今まで、男女のことが見えていなかった?
何が起爆剤になるか、わからない。本当に。

「鹿埜、きみを好きだから、ショックは一緒に受けようと思うのだけど、……一度も同時にイけていない?」

鹿埜は頬を火照らせたまま、ゆっくりと頷いた。瞬一は絶句したものの、「そうか」と一言呟いただけ。

――でも、恋を疑わないで。貴方が、好きです。それは本当。でも、証明が出来ない。それが悲しくて、どうやって伝えたらいいんだろう。

『一緒に、生きて行こう』そう言ってくれた相手に、まだ快感を感じていないなんて。

キス以上の何か

「わたし、どこか、変なのでしょうか」

瞬一はさすがに女性の云々に口は出さず、泣きそうな鹿埜の頬を撫でたまま、ゆっくりと抱き込んでくれた。

「この場所を生涯一緒に護って行くはずのきみを、そこまで悩ませてしまったのは、パートナーである僕にも原因があるな。やりかたがまずいのか」
「瞬一さんに責任はないですっ」

瞬一は答えず、すっとスレンダーな四肢を鹿埜から離すと、足を玄関に向けた。

「待って、置いて行かないで」
「おいで。待っているものがそろそろ届いていないかと思って、聞きに行くだけだよ」
「何か、ご注文でも?」

瞬一はわずかに、鹿埜を見て、ぽか、と小さく口を開けたが、すぐに一文字に唇を結び、また緩めた。

「もう一度、キスしてもいいかな?なんというか、鹿埜、いつになく可愛くて」
「可愛い?私がですか?」
「悩んでいる理由が、僕としては可愛いなと」

目元をほんのり赤くしつつも、サディストの意地悪口調。
チラ見せした瞬一に身体がうずき、唇にむしゃぶりついた。
瞬一の唇は薄くてひんやりと冷たい。
熱を移すように、じりじりと感じさせるためのキスを強めていく。瞬一の気配が流れて来た時でさえ、鹿埜はそれを飲み込んだ。
舌と舌を擦り合わせて、結ばれ続ける銀の糸が切れないようにと願いながら。

「……は」

瞬一のほうが珍しくも小さな声を洩らした。「こら」と目が優しいかたちになってゆく。鹿埜は潤んだ目で瞬一を見つめた。

瞬一の手の動きがゆっくりと変わっていく。ぐい、と鹿埜を引き寄せ、捕獲するような。
そんなしたたかで安心させる瞬一のキスが、好き。
いつだって、最高のキスをして欲しい。
でも、今日は、こっちから。貴方についていくって伝えたい。

「…ッ、鹿埜?こら、まだ仕事中だ」

「ん、ん」と強請るように首に腕を回し、腰をゆっくりと押し付けた。

(もっと)

さきほど、くれたキスを倍にしておかえしするね。
おかえし、のつもりがおねだりになるくらい。

――私、貴方とちゃんとセックスしたい。感じたい。もっと、キス以上の何かをください。

可愛く小鳥のようについばむつもりのキスは、思いのほか激しいものになった。
今度は瞬一が鹿埜の両肩を軽く叩き、キスを止めた。

「鹿埜。これはさっきのお返しか?」

泣きそうな目で見られて、頬がぼわ、と熱くなった。
二人の合間をさわさわと風が通り過ぎていき、空気はゆっくりと夜の冷たさになっていく。
部屋に灯る明かりを見て、瞬一がぼやいた。

「しかし、今日は本当にお客様が少ないな……旅館としては喜ばしくないが、良かったかも。お客様が少ないと、その部屋の仲居も少ない。だから、人通りもあまりなくなるから」
「少しくらい、なら……と思ったのよ」
「あれが、少し?なら僕と鹿埜はどんなすごいことをやっているんだ」
「すごいこと……」
「感じたって言えばいい?悪い子だな。でも、鹿埜が好きだからいいんだ。堂々と行くよ」

嬉しさから腕を絡めた。
お互い言葉をそろそろ留めて、「荷物を取りに行くか」と瞬一はまた歩き出した。
慌てて鹿埜は瞬一に返答する。

「あ、あたしも瞬一さんが好きですから、堂々といられますっ」
「旅館では静かに、鹿埜」

もっともな常識の言葉で急にやってきた恥ずかしさに襲われて、瞬一の着物の袖を引っ張った。
瞬一は鹿埜を連れて受付に辿りつき、小さな箱を受け取って、また引き返す。

「お待ちかねのお荷物、来ていたんですね。良かったですね」
「思いの外、早かったな」

ちらりと見えた横顔は、これが男だと思い知らせるような魅力に満ちている。

(な、なに……?また、あの、表情……)

無意識に唇を擦り、疼きに困惑している鹿埜を覗き込み、瞬一は唇を叩いて、いたずらっ子のように囁いた。

「可愛い悪戯なキスの続きは夜に。先に温泉でも入ってさっぱりして、僕の部屋へ泊りにおいで。今夜は、きみをおもてなししよう」

⇒【NEXT】どんな夜になるのだろう。瞬一を男なのだと、鈍い四肢がやっと理解し始めたみたい。(恋する貴女へ特別な快感(おもてなし)を〜若旦那の恋の手ほどき〜 3話)

あらすじ

雨上がりの幸せなデート。
彼からの激しいキスは溶けそうなほど気持ちいいのに、何か足りないと感じてしまう。
ついに本音を打ち明けた鹿埜に、彼が用意した“おもてなし”とは…?

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