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官能小説 オンナノコ未満、オンナノコ以上 2話
五月の家

部屋は都内の一人暮らしでよくあるタイプの1LDK。想像通りお洒落な部屋だった。全体や大きな家具は白系の明るい色で統一されているが、やはり細かいものは「自由」だ。
例えばちゃぶ台(と呼ぶにはお洒落過ぎるテーブル)の側に重ねられているカラフルな座布団にはそれぞれ尻尾がついていたり、ロフトベッドの下の段を隠すカーテンには沢山花がついていたり。
隅々まで行き届いた可愛らしい、けれどすっきりと爽やかな部屋だった。
「テキトーに座ってて、俺ちょっとシャワー浴びてくる。走ったせいで、すっげー汗臭くてさ。あ、テレビはないけど本とか適当に読んで貰って構わないし、飲み物とかツマミとかテキトーに出していいから」
「は、はい!」
みっともなく声が裏返ってしまう。五月さんはそんな私をクスクスと笑いながらお風呂場へ消えていった。彼の姿が見えなくなったことで、一気に私の中の緊張感が膨れ上がった。体中の毛穴から、どっと汗が吹き出した。
今から何かされちゃうのかな。勿論、そういう経験はない。でも、彼とならいいかもしれない。と思ったから付いてきた。
あ、でもどうしよう。私、汗臭い。シャワー貸してくださいって言えるかな。それに処理とかも全然してない……。っていうか、あそこの毛とかって未だにどう処理していいかわかんない。……どうしよう、どうしよう……。
冷えた汗でますます体が強張っていく。早計だった。考えなくてもわかっていた。自分が女の子だと思えないのに、そんなことできるはずない。
「あれ、座ってない」
お風呂場から顔を出した五月さんは、おかしそうに吹き出した。私は……五月さん、服、着てる。そんなことを確認して、心底安堵した。
「で、今からなんだけど……」
「あ、あのごめんなさい!! やっぱり私、そういうことはちょっと……」
お風呂場から出てきた彼から逃げるように、私は後退り、同時に頭を下げる。それからしばらく返事もなく恐る恐る顔をあげると、彼は笑いを堪えるように口を手で覆っていた。
「……ごめん。別に、からかうつもりじゃなくて……でも、あんまり石動さんが必死で可愛いから……」
「か、か……」
言われなれない言葉に頭がついていかない。
深い意味がないのはわかっている。けれど頬がヒクヒクと引きつってしまう。ニヤついてしまう。自分がたまらなく恥ずかしい。
私が葛藤している間に、笑いを飲み込んだ五月さんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
混乱と期待
「ごめんね、説明足りなかったよね」
最早説明どころではない。
「実はさ、ちょっとお願いがあるんだ」
――なんて思っていたのに、私は現金だ。彼にお願いなんて言われると途端になんでも叶えてあげたいと思ってしまった。
「石動さんって匂いに敏感だよね」
「え……」
膨らんだ気持ちが、またもシュルシュルと萎んでいく。
嗅覚がいいかどうかは自分ではよくわからないし考えたこともなかった。でも匂いを嗅いでいたことに、気が付かれていたんだという事実が衝撃だった。
「俺に一番合う匂いを見つけて欲しいんだ」
塞翁が馬。いちいち喜んだり悲しんだりするもんじゃない。その言葉の意味を私は深く痛感した。
けれど冷静さを取り戻したところで、彼のお願いの意味はまだよくわからなかった。全然ちっともわからない。
私は彼の視線から逃げるように俯いて、謝罪を口にした。
「その、ごめんなさい。事情がよくわからないんですけど……」
謝っているのに、そもそも何を謝っているのかもわからなくなっていく。お願い自体にはできる限り応えるつもりだ。だとすれば、私はたぶん聞き返してしまっていることを謝ってる。
理由に思い至った私はその意図をきちんと伝えなければと思い、顔を上げた。
「そうだよね。説明全然足りないよね、うん。話せば……あれ、そう長くはならないかな。聞いてくれる?」
「う、うん」
意図が伝わっていたことに安堵する余裕もない。
初めて見る彼の焦る姿にドキドキして、それと同時に焦らせてしまったことを申し訳なくも思って、私は目が回るほど忙しい。
「あ、とりあえず座って。それと何か飲む?」
「え……えっと」
「……お酒、駄目だよね。紅茶でも入れよっか」
「あ、ありがとう……」
言われるがまま、私はテーブルの前に腰掛けた。それを確認してから五月さんはキッチンへ向かい、紅茶の準備を始める。
手持ち無沙汰になった私は、だからといって彼の背中を凝視することもできず、意味もなくクッションに付いている尻尾を握りしめる。……たぶん、これはサルだと思う。
記憶

「……俺さ。昔……中学校上がった時くらいかな。女子に臭いって言われたんだよね」
唐突にそれは始まる。反射的に私は顔を上げて、五月さんの方を向いた。その背中はひどく小さい。
結局、見てしまった。こんなことなら初めから、五月さんの背中を見ておけばよかった。そうすればこんなに小さく感じずに済んだかもしれないのに……。
抱きしめたくなる衝動をグッと飲み下し、私は小さく相槌を打った。
「それからスッゲー匂いとか身だしなみを気をつけるようになって……まぁそれが今では趣味みたいになってるんだけどさ。ホントは……今でも不安なんだよね……」
だから、五月さんは家に帰ってきてすぐにシャワーを浴びたのかな。
それは既に習慣になったものなのか、未だに彼の心臓を突き刺すものなのか。わからない。けれど想像するだけで、胸が締め付けられる気分だった。
「……どうして、私に?」
お湯を注ぐ音だけが部屋に響いた。五月さんは何も言わないまま振り返り、そしていつもの温かい笑顔を浮かべた。
「石動さんなら、誰にも言わないでくれるかなと思って」
「五月さん……」
「あんな言い方してごめんね。……あそこではちょっと、言い辛くって」
どうして謝るんだろう。ここまで説明されて、それでも私が怒ると思っているんだろうか。だったらそれは悲しいことだ。信用されてないってことだから。
でもそうじゃないことは私にもわかる。相談しようと思える程度には信用されている。信頼される間柄でなくても、信用はされているはずだ。つまり、ただただ自信がないだけなんだ。いつも胸を張っている五月さんが、私相手に冷静になれないくらい。
……よかった。
「……私で役に立てそうなことでよかった」
真面目は私にとって呪いの言葉だった。でも、五月さんがそこを信用してくれた。匂いを嗅いでいるのがバレたら、嫌われると思っていた。でも、五月さんはそんな私を必要としてくれた。
五月さんはずっと憧れていた『姫』で『ヒーロー』。こんなに幸せなことってない。胸いっぱいに幸福感と使命感が満ちていく。
けれど五月さんは、私のことを信じられないものを見るような目で見てくる。その視線には少し傷ついてしまう。そんな風に見られるとやっぱり信用なんてされてないのかもしれないと、不安に押しつぶされそうだった。
「……いいの? 協力、してくれるの?」
「勿論です」
私は精いっぱいの笑みを浮かべて、頷いてみせた。
「でも彼氏とか……怒らない?」
「ええ!? いえ、そんなの、私、いませんから!!」
「……そんな、全力で否定しなくても」
「全力で否定します」
胸を張ってそう言うと、五月さんは一瞬きょとんとしてから、弾けたように笑い転げた。いつも穏やかな空気を纏っている笑顔の人だけれど、こんな風に笑い転げているのは初めて見た。
中学生の男子みたいな無邪気なあどけないその顔に、心臓が大きく跳ねる。
「はぁ〜……本当、石動さんっていい子だな……って紅茶!」
五月さんは慌ててカップに紅茶を注ぎ、私の前に置いてくれた。
「……美味しいです」
「よかった」
紅茶のほのかな苦味と香ばしい香りと温もりがたまらなく心地よい。体も心も解けていく。
五月さんも同じように思っているのか、紅茶を飲んでいるうちにみるみる頬の緊張が解けていった。
協力
「っとグダグダしてんのもあれだし、さっそくいいかな?」
「は、はい!」
いい子だと褒められて素直に喜べるのはいつぶりだろう? 何とも言えない高揚感に包まれる。
そして五月さんは立ち上がり、ロの下、カーテンの向こうからミルク色のボックスを持ってきた。20cm×20cmくらいの小さなボックスで、天辺と正面の中央辺りに取手が付いている以外はこれと言った特徴はない。
「これって」
「うん、男が持ってるのは変だと思うだろうけど」
五月さんはテーブルの上にボックスを置くと、おもむろに取手を引く。すると天辺部分が縦に開き、更に横にも開き三面の鏡になった。
鏡の下の収納部分にはパッケージも可愛らしい化粧品がズラリと並んでいる。よくよく見ると、その殆どがリップクリームのようだった。
そして正面の取手、引き出しの中にはハンドクリームや櫛といった、上部には入らない大きめのアイテムが収納されていた。
パッと見ただけでわかる。社会人になって、嗜みとして最低限の化粧品を揃えた私よりもずっと品数は多い。
「……すごいです。これ全部五月さんのですか?」
「うん。趣味って言ったでしょ」
「でも、匂いって言う割には香水はないですよね?」
「うん、香水って難しくて数も多いし、自分では自分に合ってるかわからないし、なんとなくハードルが高くて。それになんか、いかにも匂いを隠してます……みたいなね」
なるほど、苦手意識があるらしい。
「匂い付きのリップとか、ハンドクリームとか、そういう方に逃げちゃってる」
「手軽ですもんね」
「うん」
「それで、似合う匂いを見つけるっていっても、どうやって見つければいいんでしょう?」
そう尋ねた途端、五月さんの動きがピタリと止まる。
「もしかして、考えてなかった……とか?」
多分図星だ。
「えっと……うーん、とりあえず手の甲に塗ってみよっか」
「……わかりました」
それで合う合わないが他人の私にわかるのかは多少疑問が残ったが、だからといって名案もなく。私は頷き、一つ一つ試してみることにした。
「うーんと、これはシトラスですか? 爽やかで、無難だとは思いますけど」
「まぁね。でもちょっと刺々しい気がして」
「そうですか……」
試していくことで、より痛感する。五月さんが揃えたリップクリームやハンドクリームのその種類の多さを。
匂いのあまりない保湿力抜群の高級品から、学生でも手を出しやすい可愛さ重視のいかにもな消耗品までありとあらゆるものが揃っていた。
けれどどれを買っても付けても彼は納得できていないということも、よくよく理解できた。趣味だと言ってはいたけれど、あれもこれもと手を出すのは、ベストワン・オンリーワンが見つかっていないのも大きいのだろう。
キス専用美容液

「うーん、どれも悪くないんですけど、一番似合うかどうかって聞かれると、わかりませんね……」
「そっか……。じゃあ、これはどうかな?」
そう言って、五月さんが手に取ったのは可愛らしいペンタイプのものだった。
「……ヌレ・ヌレ? これって何語ですか?」
「うーん、多分日本語?」
「え?」
五月さんは明らかに口にだすのを躊躇っている。痺れを切らした私がスマートフォンを取り出して検索を掛けようとすると慌てて口を開いた。
「これって美容液なんだけど、ただの美容液と違って……キス専用美容液らしいんだよね」
「……き、」
思わず繰り返しそうになるが、ギリギリのところで言葉を飲み込む。五月さんから面と向かって『キス』となんて……ドキドキというか最早、ハラハラという気分だ。
しかもこのキス専用美容液。一本だけではなく、数種類の香りが揃えてある。
「な、なんでそんなシリーズまで?」
「美容成分と香りに惹かれて……」
「すごい、女子だ……」
「……ありがとう、褒め言葉として受け取っておくよ」
香りだけでなく、美容成分の惹かれる辺り、私なんかよりもずっと女子だと思う。
「……それとさ、これ。購入ページにあった誘い文句が上手かったんだよね」
開き直ったのか、五月さんはそのシリーズの中から一本、ピンク色のパッケージのものを手に取った。
「自分に自信がない女性は、甘え下手なんだって」
私は反射的に息を呑む。
間違いなく、私は甘え下手だった。我慢しすぎてしまうところがあった。友人から水臭いと言われたことなど数え切れないほどある。それで離れていってしまった人だっていたほどだ。
だからといって甘えようとすると、今度は度が過ぎてただの我儘になってしまったり、加減が本当に苦手だった。
「裏を返せば、これ付ければ自信が付くってことでしょ? そんなに言うなら買ってやろうと思って――はい、石動さん」
不意打ちだった。ひんやりと柔らかいペン先が私の唇を撫で、追ってとろりとした感触が唇を覆ったかと思うと、芳しい香りが花開く。
「ど? 自信付いた? これ、香りは紅茶がベースらしいんだけど」
五月さんが淹れてくれた紅茶とは、全然違う。唇がカッと熱を持つ。
「え、えっと」
五月さんのまっすぐに向けられた視線が、たまらなく恥ずかしかった。心なしか彼との距離が近い。
自信がないことも、オンナノコじゃないことも、全部見透かされてる気分になり、私は彼の視線から逃げるように顔を逸した。
「あ……ど、どうでしょう。いい匂いだとは思う……かな」
「うーん、じゃあ……こっちは?」
そう言って彼が選んだのは同じ美容液シリーズの、ラブリーキスと銘打たれたもの。今度こそ五月さんは私の手の甲に塗ってくれた。
「どう?」
五月さんが何事もなかったように振る舞うので、私も必死で平静を装い手の甲の香りを嗅ぐ。わずかに紅茶と混じったクランベリー&ラズベリーの香りは、今日彼が纏っていたいちごの香りよりも爽やかで上品だった。
でも……。
「どうなんだろう……やっぱりよくわかりません。こういうの、付けたことなくて」
「なんで?」
五月さんは心底不思議そうに首を傾げる。
「私なんかが、こんなの付けてたら、ダサいかなって……」
恐る恐る口に出すと、途端にズッシリと負の感情が肩に大きく伸し掛かった。とても五月さんの顔を見ることはできず、背中を丸めて俯いてしまう。
格好悪いということはわかっている。でも自信がないから、どうしても顔を上げられない。
「……そういう考えはダサいかも」
自分の言葉以上に五月さんの言葉は私の胸に刺さった。
やっぱり五月さんも格好悪いと思っている。そう認識するとますます羞恥心が膨らんできて、今すぐここから逃げたくなった。
その時、五月さんの手が、私の頭の上にポンと置かれる。温かい。ううん熱い。その手は紅茶よりもリップよりもずっと熱くて、優しかった。
「やりたいならしたらいいし、わからないなら聞けばいいよ」
優しく諭す五月さんの声が、胸の傷に染み込んでいく。痛みは徐々に鈍くなり、羞恥心は薄くなる。
「五月、さん……」
「って、俺は自分に言い聞かせてる」
顔をあげると、五月さんの顔は驚くほど近くにあった。けれどそれ以上に微笑む五月さんが綺麗で、私は目が逸らせなかった。
「……そう、ですね」
逸らしたくなかった。
「私、これ、好きです」
あなたのことも、好きです。
「そっか」
近づきすぎたことで、憧れがもっと明確な感情に変化してしまう。これは辛いことかもしれない。でも今は目の前の五月さんが素敵で、それが心から幸せだった。好きな人の役に立てることが、幸せだった。
「……あ、いつの間にか私ばっかり。五月さんのを探してるのに」
「あ、ごめん」
元々の距離に戻る。寂しいと思いつつ、この距離感に安心する。
「えっと……五月さんは、どれが好きなんですか?」
「あー……そうだな、今日付けてたのは好きなんだけど……似合ってはないかなって。なんかベリー系可愛くて好きなんだよね」
似合ってるのに。
「でもちょっと俺には甘すぎるかな」
でも私が肯定するよりも早く、五月さんは自分で自分を否定してしまった。
チャンス
「あ、もうこんな時間だ。駅まで送ってくよ」
「え、で、でも」
「勿論泊まってもらってもいいよ?」
「じゃ、じゃあ駅まで」
「あはは、お供します」
そのまま言われるがまま最寄り駅に送ってもらって、五月さんと別れた。別れ際には「何か合ったら連絡して」と連絡先を渡されて、その時は何が起こったのかわからなかったけれど、電車に乗り込んでようやく私は事態を理解した。
これって、連絡していいってこと……? 冷静になるために窓の外に視線を向けると、駅前にまだ彼の姿があることに気が付いた。
なんでまだ、と思って、もしかして……電車に乗るまで待っていてくれたのだろうかという考えが脳裏をよぎった。そんなはずないと思いながらも、もしかして案じてくれているのかもしれないから……。そう自分に言い訳をして私は彼にメールを送る。
『電車、乗れました』
程なくして『よかった。今日は本当にありがとう』というメールが届いた。
簡素な文面を何度も何度も視線でなぞり、保護ボタンをタッチした。
雫
帰宅して、すぐにお風呂を沸かすと、夕飯もそこそこにお風呂に入った。
鏡に映る私は、昨日とも、その前とも何ら変わりなかった。特別きれいなわけでもなければ、魅力的なわけでもない。仕事と飲み会で肌も表情も疲れていて、自分でもうんざりしてしまうくらいだ。
でも、五月さんが触れた唇だけが艶々と輝いている。無意識のうちに人差し指でそこに触れていた。
すごく、柔らかい。
これがオンナノヒトの感触なのだろうか。正解なんだろうか。やはりどうしたって私は私に自信が持てない。
まだシャワーも浴びていないのに、雫が顎を伝っていった。
⇒【NEXT】この日以来、私が付いて回らなくて五月さんの方から私に声を掛けてくれることが多くなった…(オンナノコ未満、オンナノコ以上 3話)
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あらすじ
憧れの彼である五月に連れられ、
彼の自宅に来た亜久里。
何も分からないまま彼の部屋でシャワーを浴びる彼を待つあいだ、
亜久里はいろいろな可能性を考え戸惑う。
戻ってきた五月に彼女は必死になって…。