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官能小説 アストロロジーの恋愛処方箋 第一章 2話
セックスが重荷
エトワール・サインポスト(星の道標)で智子はしばらく蒼い海のような紅茶を眺めていた。
(青は心を安らがせる。青というと、海や蒼空。心広くなれる要素が多いからきっときっとおおらかな気持ちに戻れるはずだわ)
やがてカチャン、と食器を置く音がした。
七海は、お代わりのティーポットで継ぎ足した。
「ありがとう」
と智子は次に檸檬を浮かべた。
青に黄色が足されて、お茶は不思議な紫になる。
紫は古代でも高貴な気分にさせてくれる。
女性は己惚れる瞬間も必要だろう。
「不思議な色……ここに占い師がいると聞いたんですが、貴方ですか?」
(来た、本題だわ)
七海はいよいよかと、より丁寧に応対するべく姿勢を伸ばす。
実は大樹の裏の職業だが、あまり言えない事情があった。
大樹自体が、その能力を否定していることも多い。
占い師にも深い闇があるのだろう。
想像はつく。
何か、傷を持っているのは分かる。
『七海さん、俺が好きなら、小さい喫茶店やらない? 出資はするから』
不思議な出会いを思い返しながら、七海はにこやかに答えた。
「いますよ。ただ」
昼間の大樹ではだめだ。
占いのためのスイッチが入っていない大樹はただのパンケーキが大好きな大型犬のようなものである。
以前はそのミステリアスな部分に惚れこんで結婚を考えたこともあった。
得体の知れない占い師に貢ぎそうになって、名刺ケースを落として助かった。
(……早まらなくて良かった……のよね)
うーんと考えながら、答えた。
「……今、出かけています。来てくださったのに、どうしましょう」
「どのくらいで戻りますか?」
「……夜に現れるんですが、今日はあいにくお休みで神出鬼没なんです。いかにもでしょう?」
大樹が紅茶を詰まらせる音がした。
「ちょっと失礼します」
と七海はさっと大樹と女性の合間にパーテーションを移動させた。
智子はちらちら、と七海を伺っていたが、どこかほんわかさせる七海の口調か、雰囲気か。
ゆっくりと事情を話してくれた。
「……旦那の中折れで悩んでいて……それで……」
女性は言葉にならないようで、下げた両手を足の上で拳にしてスカートを握りしめている。
その手に涙が滴り落ちた。
「あまりに、こんなに、優しくて……美味しい暖かな紅茶をお出しになるから……っ。パンケーキもふわっふわで……緩んでしまうわ……」
素朴でいい。本当に忘れてしまった何かを思い出すような、素朴なお茶とパンケーキで。
七海はお客の手に手を添えた。
「お話ください。このお店は、そういうサポートのお店でもあるのですから」
***
『どうだった? いい御店でしょ。占い師には逢えた?』
『……うん、いなかったから、また行ってみるね』
スマホを覗き込んで、智子はそのまま支払いを済ませると、赤くなった鼻で、鼻水をずっとすすりながら、店を出て行った。
「出かけているはないよ。今の俺でもアドバイスくらいはやれるのに」
ドアの階段の上の踊り場から声がする。
大樹は、たまに高い場所に登って聞き耳を立てるのだ。
パンケーキ好きのドラ猫でもいいかもしれない。
(……猫耳が、見える……)
「お出かけでしょ。スゴ腕の占い師さんは。昼間の大樹は口出さない方がいいと思う。ぼーっとしてる天然なんだから」
がーん、となりつつも、大樹は目を瞬かせた。
「深刻そうだったな。僕に依頼?」
と首を傾げて見せた。
「パンケーキ三日分よ、どう?」
「契約成立」
で大樹は階段を立った。
「またあのお客は来ると思うよ。必ずね」
意味深な……しかし、大樹は外さない。
昼間の大樹は『エトワール・サインポスト』の単なる常連のお兄さんだが、夜の大樹は『スゴ腕占い師・アンソニー』の異名がある。
「旦那との生活問題か。顔を突き合わせる時間が長いほど、気まずいだろう」
「少しでも、慰められたらいいんですけどね」
「七海さんのパンケーキと紅茶にも、立派な魔法があるからね、きっと大丈夫」
水瓶座特有のロマンチストな呟きは嫌いじゃない。七海はほっとして頷くのだった。
智子の努力
智子はハンバーグを焼いていた。
野菜が足りないと冷蔵室のストッカーを開ける。
山芋、うなぎ……良いと思った精力がつく料理はひととおり作ってみた。
リビングを見れば机には「精力のつく食事」「精力のある夫婦生活」。
知恵も得ようと思った。
焼き時間を設定しようと料理アプリを開くと、隣には「EDの治療とは」のホームページのショートカットがある。
「こんなに、左右されてしまうのよ……」
ひと時のパンケーキも紅茶も、相談ごとも刹那を慰めるだけで、解決はしない。
むしろ、現実をまざまざと色濃くしただけではないのだろうか。
***
智子の生活は、朝、子供を小学校に送り出して、炊事洗濯の掃除を済ませて、その後は復職を目指して勉強して、旦那の問題に取り組むべき時間となっている。
「もう4時?!」
娘が帰って来るまえに、この『資料』をリビングから引き上げなければならない。
ハンバーグを蓋つきのプレートに仕込んでコンロのオーブンにセットする。
レンジフードが動き出したので、もう離れても大丈夫。
散らかした『資料』を手早く鞄に入れると、繋ぎの部屋になっている寝室に運んだ。
「……こういうのも、無駄だと言われるのかしら」
ぺたりと寝室の大きなベッドに座ると、なんだか空しくなってくる。
『わあ、凄い日が当たるのね。ここに住めるの? 高くない?』
『うーん……でも、俺が頑張るから、そのお腹の子はどうだ?』
あくる日の二人が透き通って見えるようで、智子は俯いたまま、目を閉じた。
真っ青な紅茶が浮かんでくる。
気分が高揚する夕方である。
智子はそっと胸に手を当てた。
旦那がEDでも、人生を添い遂げると誓ったのだから。
まだ好きだという気持ちをけっして手放さないように。
寂しいけれど……と智子は何気に自分の秘部にそっと触れた。
コリコリとなっていることに安心して、小さなバイブレーターを引き出しから取り出す。
罪悪感はあった。
旦那を裏切って浮気しているような、そんな気分も多いが、今日は違った。
いつもなら「ごめん」と呟く気持ちも湧き上がらない。
智子は蒼に包まれていればいい。
イクことにただ、集中すればいい。
それが旦那に繋がるなんて思う。

心地よいローターの震動に、身をゆだねていると、脳裏もどこかにつながったようにしびれる。
『心が冷えていませんか? お話ください』
蒼の中の七海の微笑みに、智子のなかナカが反応した。
――っ!
だらりと腕の力が抜けた。
心地よい決して強くはない絶頂に、身を浸す。
蠍座だからなのか、水に揺蕩うかと思えば潜るイメージがある。
旦那との激しいセックスを急に思い出した。
あの情熱が甦ってくれたら……。
***
(あのお店、また行ってもいいのだろうか)
パンケーキと紅茶と。
それ以外の何かを求めてもいいのだろうか。
『凄い腕の占い師がいるんだって』
……そのメッセージは頻繁に脳裏に浮かんでいた。
占い師なんて、と思った罰だろう。
「今日はいないんです」の言葉は。
智子はたゆたう心地の脳裏で、七海とのやり取りを思い返していた。
***
――お話ください。このお店は、そういうお店でもあるのですから。
温かい紅茶とパンケーキに背中を押されて、智子は重い口を開いた。
『旦那が……私の中で萎むんです。最初は元気なのに、私の中で……』
涙をこらえて、智子はEDの全貌を話した。
見ず知らずの他人相手、違う。
見ず知らずだから喋れたのだろう。
これが団地なら『あの旦那でしょ?……絶対浮気よね』などと噂されるところだが、以前と違って団地生活からは遠ざかっている。
旦那である陽介が寮を出て、戸建てを購入出来たからだ。
そして、娘が生まれて……。
「そのたびに、何かが心から抜け落ちて行って、重いものが溜まるんです」
「溜まる?」
「はい。旦那のぬくもりも一気に消えて、体内に氷の刃が突っ込まれたような感覚で、気がつくと旦那はもういなくて、『ごめん』と背中を向けるんです。私も背中を向けて、寝るんです」
店員の七海は「それは…」と言った切り、黙って智子の話を聞いてくれた。
あの店は、ああやって相談を引き受けているのだろうか。
世の中に、そんな都合のいいお店があるのか。
でもその答はもう智子が知っている。
***
『ミルクティーがいいと思いまして』
余韻から醒めるなり、七海の笑顔と言葉を思い出した。
「淹れてみようかな」
あの解れた感じが甦るかもしれない。
こういう時、蠍座の深みは付き合いにくい。
シャワーを浴びながら智子は思い返した。
あの色付きの紅茶は無理だが、ミルクティーなら。
それで? だとしたら、あの人凄い。
牛乳は美味しい低脂肪ものを揃えているし、カップだって結婚記念日に買った英国食器があったはずだ。
薔薇をあつらえた持ち手に、金の縁のブランドもの。
「……ざらざらする」
淹れてみたが、味が違った。
牛乳を暖め過ぎた? そもそも茶葉が違う?
見事に飲み残してプレートのハンバーグを確認しているうちに、娘が帰って来た気配に気づく。
呑み残しの紅茶はシンクに捨てた。
「ただいまー!」
元気な声にはっとすると、靴を脱ぎ散らかした小学3年の娘「陽子」が鞄を置いてリビングに飛び込んで来たところだった。
「おかえり」
「ママ、今日こそはハンバーグに目玉焼き忘れないでね」
「はいはい、手を洗って宿題やっちゃいなさい。またパパに見てもらうんでしょ」
「ママ、今日ねぇ――……」
喋りながら洗面台に立ったのだろう。声が遠くなった。
すれ違う夜
「だから、この言葉はね」
宿題に取り組む娘と過ごしていると、八時過ぎには「ただいま」と陽介が帰って来た。
陽子はまず陽介を出迎えると、そのままお風呂に行く。
『そおぉ……あの旦那がねえ』
『ずっと帰りが遅いらしいわよ。夜も駄目なんですって』
陽子をベビーカーに入れて、一休みしていた団地時代。
公園で聞いた取り留めのない奥様たちの会話を思い返した。重症だ。
(陽介は必ずこの時間に帰って来る。浮気はしていないわ)
きちんと夕食を摂り、陽子の成長を見越して。
お風呂も一緒には入らなくなった。
「おかえりなさい。お風呂、陽子のあとに入っちゃってね」
「……智子」
潤んだ目で視られても、次の言葉は想像がつく。
『疲れたよ』でもなく、「今日は頑張るから」いつもの言葉だ。
まるで甘味のない砂糖菓子。
疲れたよ、とは陽介は絶対に言わない。
笑顔で、「頑張るよ」と言った表情が眩しかった。
でも、今は何かが違うのだ。
セックスが重荷になっている。
なのに、陽介はむしろ躍起になって求めて来るようにも見えた。
勝てないゲームの引き際が見えなくなるように。
***
智子は違う意味で、高揚していた。
それは、決して性欲ではなく、みまもるような、そんな気分に近い。
陽介とは様々な道具を試して、ここまでやって来た。
ホッとあためる温めるジェルを秘部に塗ると、優しい手にそのまま任せる。
(がんばって)
そこまではいい。
前のようなキスして倒れ込む勢いはないけれど、昼間の揺蕩いを思い返した。
わたしが、それに浸ればいい。
「智子」
「あ……」
昔から変わらない。
口元に這わせられた親指を噛む。
(これは、大丈夫)
私が、導ければよかった。
七海さん、ありがとう。
「陽介、好き」
キスを強請って、腕を伸ばした。
もうすぐはいって来る……と目を瞑った瞬間に、萎む感触を思い出した。
確かめようとして、無意識に手で陽介のものを掴んだ。
(大丈夫、ほら)
陽介の瞳が一瞬怯えたが、また智子を映し始めた。
ひやり、と熱い感触がして、冷たいものに変わって行く。
「……ごめん」
気がつけば、智子の腹部に、陽介は射精していた。
コントロールが出来ないのも、EDの症状のうちのひとつだ。
熱が途端に引いて行き、何も受け入れなかった胎内がキュウと哭く。
「……ごめん……」
「いいよ、おつかれさま」
――私は、いったい誰にお疲れ様を言っているのだろう。
「中折れ」している陽介に? それとも、自分に?
早過ぎるか、萎んでしまうかが続き、「もう、寝ようか」とどちらともなく背中を向けた。
何に悔しいのか分からず、涙は止まらない。
嗚咽を堪えていても、それでも朝はやって来る。
明るい光に照らされて、救われたような気分と虚しさが一緒にせり上がった。
何事もなく過ごそう。何も変わっていない。
良い方にも悪い方にも。
「おはよう」
とキスし合って、愛を確かめると、智子と陽介は賑やかなリビングに駆け込んだ。
「おはよう、おねぼうさん」
とは娘の陽子だ。
陽子は朝起きて三人分の珈琲を仕込んだ珈琲メーカーのスイッチを押すのが好きらしい。
手早くプレートで三人分の卵焼きを仕込み、オーブンで陽介がパンを焼く。
思い思いのジャムを手にして、朝のニュースをつける。
珈琲を注ぐころには、お皿は空っぽ。
そろそろ陽子の好きなマーマレードジャムを追加しないと……
アプリで忘れないようにチェックをしていると「行ってきます」「行ってきまーす!」と元気な二人の出勤と登校時間だ。
見送って、智子は洗濯を終えると、鞄を手にした。
昨日慌てて詰めたせいで、鞄の中はめちゃくちゃだった。
いつもは取り出して読むのだが、今日は気が乗らない。
「やめよう。……お昼はパンケーキ」
七海さんは今日もきっと優しく迎えてくれる。
しっかりと私だけを見る暖かな紅茶と、パンケーキで、自分を充たされに行こう――。
⇒【NEXT】「どうぞ、真ん中に、今宵のお客様」(アストロロジーの恋愛処方箋 第一章 3話 エトワール・サインポストの占い師)
あらすじ
「エトワール・サインポスト」へたどりついた智子だったが目当ての占い師は不在だと言われる。
だがそこでふるまわれた紅茶とお菓子に癒された彼女は、あの店にまた行こうと考えていて…。