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官能小説 アストロロジーの恋愛処方箋 第一章 3話
エトワール・サインポストの占い師
パンケーキが良く焼けた。
前で、フォークを鳴らす大樹の声。
「絶対来るって言ってたよね」
「んー」
パンケーキを口いっぱいほおばった大樹に水を差し出しながら、七海は聞いた。
「そんな気がしたんだ。昼間の俺としてはね」
大樹はグラスの雫と曇りを指で悪戯しながら、続けた。
「ヒトって面白いよね。悩みを吐き出して、それで一度は落ち着くんだ。でも、それは夢のテーマパークと同じ。現実に立ち返ると、何も変わってないことに気付くんだよ」
「そうねぇ……」
年上らしくない風体だが、大樹は物の見方はやはり年上だと思う。
茶髪の短髪なので、若々しく見えるが、考えも斬新なようで、地に足がついている。
そして、何より占いを口にする時の目つきと声はセクシーだ。
少しばかり目尻が下がるので流し目に見える。
(その表情が好きなのよね……)
「あのお客もそうだ。だから占いは必要なんだよ」
かつては、業界を騒がせた占い師『アンソニー』がまさかこんな青年だとは思わないだろう。
昼間はパンケーキが好き(というか、多分それしか食べてない?)な大樹は占いで食べていくのを止めた。
業界では屈指の闇の占い師で、絶対に外さないと評判だった。
その天才占い師アンソニーはある夜から忽然と消えた。
「ヒトの運命で稼いじゃいけない気がしたんだ」
世の中には、それで食べているヒトも多いのだろうに。
しかし、大樹はすっぱりやめたと言った。
一度占って貰った時に、名刺ケースを落としたせいで、こうして付き合いが続いているから不思議ではある。
「……依頼とあらば、引き受ける。夜、ここ、貸してよ、あと、ホロスコープ作成するから情報お願いするよ」
「でも、あのお客が来ないと始まらないのよ」
会話の途中でチリンチリンと呼び鈴の音が響く。
「ほらね」と大樹は分かり切ったような顔で微笑んで
「ね?」と同意を求めるような表情をした。
やはり気になって
疑うわけじゃないのよ。
……期待もしない。
パンケーキが食べたいと思ったのよ。
自分に言い訳して、智子は同じ席に座った。
「こんにちは!」
七海の変わらずの挨拶にほっとする。
同時に一人でした時に思い浮かべたことも思い出して、智子は頬を少し熱くした。
「昨日の今日で、お邪魔します。あの、ミルクティーを」
「かしこまりました。今日は少し違いますが、いいですか?」
智子は頷いた。
何か、心に触れそうな気がする。
「出来ました」
出て来たミルクティーには昨日と違って、細い棒が刺さっている。
少し色も濃い。
(昨日の純白のミルクティーが良かったんだけど)
……この店にメニューがないのも、気分次第で淹れていたりして。
従来の疑い深さを引っ込めて口をつけてみることにした。
ピリッとしたスパイシーな刺激がある。
「美味しい」
「シナモンスパイスティーです」
七海はにっこり笑うと
「刺激的でしょ?」
と目を細めてじっと智子を見詰めた。
見透かされているような気分だ。
「あ、あの、昨日はご迷惑を……これ、わたしのおすすめなのですが」
慌てて陽子に買って来たついでに揃えた無添加のジャムの入った袋を差し出した。
七海は手で断りを見せたが、ひょいっと大きな手がジャムを掴み上げた。
「へえ、鳴門マーマレード? パンケーキにもスコーンにも合いそうだね、七海さん」
唖然とする七海の手からジャムを奪うと、すたすたといつもの席に戻って行こうとして、足を止めた。
「ああ、貴女のそれ、バランス」
「バランス?」
「ヒトには崩れるとまずいバランスが或るんだ。それが双方崩れているだけ」
ちらっと言葉の強さを過ぎらせて、青年はいそいそとジャムの蓋を開けている。
「……よく居ますね、あの人。ミステリアスで素敵ですね」
「ただの常連さんです。そうそう、占い師さんに連絡がつきましたよ。今夜21時、こちらに来られますか」
「え? 今夜ですか?」
「夜しか現れないので。ここエトワール・サインポストに来てもらうようにお願いしました。ただし、名前は言えません。それでも腕は保証します」
「ええ、わたしの友人も言っていました」
智子は考えたが、二度と逢えないかも知れない。
一度家に帰って、夕飯の支度をして、六時に出れば何とかなる。
友人にアリバイを頼もう。
「あの、占いのお代はいくら……」
「私が払いましたから、時間になったら是非お店に来てください。あと、すみませんが生年月日など、お聞きしてもよろしいですか? こちらのタブレットに入力をお願いします」
項目は簡単なものだった。
名前、生年月日。時間。星座。
悩み……個人情報に繋がるものはなく、智子はほっとした。
「智子さんですね。大丈夫ですよ。……きっと」
七海は穏やかに応えてくれた。
それだけで、来た甲斐がある。
「大丈夫」の言葉が聞けたならきっと。
プレッシャー
一方で、智子の旦那の陽介は会社帰りに鬱として、夕陽を眺めていた。
今日もまた「頑張るから」と言う覚悟を決めて帰宅するのだ。
今度は大丈夫だ、俺は出来る、と……。
「俺だって……なんでこんなことになったのか、わからないんだ」
……ああ、気が重い。
愛を交わす行為は、こんなにネガティブになるものだったか?
智子に「好き」と言うたびに、何かが崩れそうだ。
***
「ただいま」と帰ると、智子の姿はない。
「ママ、お出かけだって」
いつもなら「どこに」と夜の外出を疑うが、陽介は心ばかりほっとしたのだった。
今日は「頑張る」と言わなくていい。
「さあ、今日はパパがごはん頑張るぞ!」
「えー?」
子供との時間が心に染みわたる。
それだけでいいじゃないか。
冷蔵庫にはうなぎや山芋が入ったストックがたくさんあった。
「あたしも頑張るから」
そういえば、いつも夕食には山芋が……。
(智子……)
と陽介は冷蔵庫を閉めると俯いた。
「パパ?」
男泣きを見られないように。
夜のエトワール・サインポスト
エトワール・サインポストは夜になると、プランタに可愛いライトが灯る。
英国では全体を昼間では見られないほど変えるのではなく、一部のみを照らすことで、昼間とはまた印象が違った美しい景色を見せる公園が多かった。
それを七海は小さく取り入れている。ゴルド・ランタンやソーラーガーデンライトの小ぶりなモノで照らされた陰陽のあるエトワール・サインポストは幻想的な空間だった。
***
「わ、こんなに違うんですか」
「ちょっと雰囲気を変えたくて。では、私はこれで」
外を案内すると、七海はすっと姿を消した。
(騙されているような)
思いつつ、外階段に続くドアを開ける。
「え?」
一瞬階段が浮いているのではないかと思った。
昼間はあんなに日当たりが良かったお店は、絶妙なライトアップですっかり顔を変えている。
ドアも雰囲気が違って、紫に見える。
(陽介、行ってきます)
ドアを開けると、其処は宇宙だった。
言い過ぎではない。
智子は天井から床まで銀河系の中に立っていたのだから。
それが映像であると気がつくまでは時間がかかった。
「どうぞ、真ん中に、今宵のお客様」
長いベールを被った男性のような、女性のような姿が見える。
「占い師、アンソニーです。ご依頼を戴いたのは貴方ですか」
智子はぎゅっと胸の前で拳を作った。
(待ってて、陽介……必ず、何かを掴んで帰るから)
「はい、旦那がEDで……夫婦生活について……教えてください」
アンソニーの導き
占い師アンソニーは智子をしばらく見つめていたが、おもむろに口を開いた。
「あなたは水星の元に生まれていますね。生まれた時間は分かりますか?」
「確か、夜だったような」
占い師はまた無言になった。
「なるほど、貴方自身は夜の営みに恵まれているわけで。旦那のほうは?」
それは憶えている。
旦那の誕生日は憶えやすい。1/11だ。
「蠍座と、山羊座か。……相性は最高。深い愛情を持つ貴方と、誠実な心をもつ旦那様はこともスムーズだったようです」
どこか夢うつつに喋る口調に違和感があったが、智子は今の言葉でミルクティーの時のような心の解れる感触を憶えた。
「同じ目標を定めると、心をひとつに邁進できるが、どうも星の声がずれる。聞こえていない声があると言っています」
……聞こえていない声……。
智子は言葉の重みから、陽介を思い返した。
直近で陽介は何を言っていただろう?
おはよう。行って来る。ただいま。
今夜も頑張るから。ごめん……おやすみ。
そしておはよう。
――それだけだ。
「貴女は片側でしかモノを見ていない。……そして、何かを秘めている……?」
顔を覆っているが、目だけが見えている。
それでも、くぐもっている声など気にならないくらい、言霊が強い。
(この人、凄い……!)
金色に光る目に、吸い込まれそうだ。
そしてこの空間が智子の心の奥に何かを届けようとする。
それだけではない。
魔性の中にも、包んでくれそうな強さがある。
声が心地よい。
目を瞑る度に空気が揺れるような。
「秘めている声……ですか」
「隠し事だ。貴方は旦那のこと以上に、自分を見ていないと星たちは言っているよ」
智子は俯いて、ある日の行為を思い出す。
(すみずみまで愛し合って、愛撫して、挿入の前からわたしたちはもう愛を交わし合っていた。出来てもいいと思って、魂の底から発熱し合った。好きを交わらせるのだと……熱い肌をこすり合わせて、陽介は変わらずに私の腰を支えて、来てくれようとした……)
『ごめん』
愛も熱も、一気に去ったようだった。
無理して挿入しようとして。
「旦那は、私の中で萎むんです。私の……っ……自信なんか保てない……」
「それを旦那に言いましたか?」
アンソニーはすっと手を向けた。
「占いはね、星と星の影響が大切だ。『月』のエネルギーをいかにして理解にしていくかが求められる。貴方たちは、隠し事がありすぎて、忘れているのかも知れない。なぜ、夫婦に? なぜ、生計をともにしてまで、家庭を作る?」
アンソニーは告げると、占いでよく見る星のマークが並んだ図を広げた。
「あなたの生年月日を元に作ったものです。貴女の守護星は――」
初めて見る『ホロスコープ』にもう一枚。
「旦那のほうだね」と並べられた。
同じようなマークが対象に並んでいる。
「結論を言うとね、貴方達の相性は最高だ。だが、ひとたびズレると、奈落へ落ちてしまう。奈落とは、お互いがお互いの部屋に閉じこもり、出てこないということ」
「それは、寂しいですね……」
さみしい。
言葉に、はっと智子は口元を押さえた。
「やっと、出たようですね」
声に引き寄せられるように、涙が頬に零れ落ちた。
「……わたし、寂しかったんだ……」
***

陽介との夜が熱かった。
それは行為がではなく、好きが埋め尽くされて熱かった。
陽介とのエクスタシーは最高だった。
それを、否定された気がしていた。
「蠍座は愛に気高い。山羊座は愛に誠実だ。だからこそ、ずれが出たら、どちらかが……旦那の中折れは、旦那だけの問題でもあるし、夫婦の問題でもあるのは見える。しかし、貴女だけの問題でもある」
アンソニーは「占い師は愛のために必要だ」と結んだ。
「七海の依頼は、そういうものばかりでね。……セックスに関する時、葛藤する時、ヒトは星の導きに頼って良いとは思わない。頼って良いんだ、星と愛は同等だよ――」
「星と愛は同等……」
言葉にした瞬間、頬に冷たいものが流れて行った。
このままでは、終わってしまうかもしれない。
そんな風に考えていた心の闇が晴れていく。
「私が、占い師に頼るしかないと思ったのは、正しかったんですね」
「愛に深い蠍座だからね……」
「愛に深い……?」
「罪深く愛する星座と言えばいい?」
占い師は目を優しくし、智子の手に手を重ねた。
その指先の冷たさと、女性のような緩やかな動きに、智子は胸を高鳴らせてしまう。
誰にも見せられなかった、見せたかったものを、受け止めて欲しかったものをしっかりと受け止めて貰えたような。
「……どうしました?」
「言葉を受け止めているんです」
ふわり、とベールの向こうから見える眼が優しくなった。
「それは、俺じゃないでしょう。貴方が受け止めるべき相手は」
はっとして前を向くと占い師アンソニーは首を軽く振る。
「気を付けて、夜のうちに御帰りなさい。そうそう、七海から預かりものが」
(七海さんから?)
何となくその口調に引っかかりを憶えたが、占い師は遮るように袋を置いた。
可愛らしいギンガムチェックの包みには「頑張ってください」とウサギのカード。
二種類のミルクティーの入れ方に、御裾分けの茶葉とシナモンスティックが二人分セットになって入っていた。
クッキーも添えてある。
「七海さん……不思議な人……」
「ジャム、美味しかったよ。クッキーは……そのお返しだろうな」
月明かりにちらりと青年の顔が見えたが、涙で滲んで消えて行った。
⇒【NEXT】「なんでも、してあげる。罪深く愛する星座として」(アストロロジーの恋愛処方箋 第一章 最終話 星と愛は同じアストロロジー)
あらすじ
占い師、アンソニーとの約束を取り付けてもらった智子。
彼に打ち明けるのは彼女にとって一番悩んでいることで…。