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官能小説 アストロロジーの恋愛処方箋 第二章 1話
謎めいたお客様
「いらっしゃいませ」
いつでも明るい七海の声に、店内は華やぐことが多い。
「エトワール・サインポスト」は日当たりが良く、郊外にあるためにビルしか見えない都会よりはまた景色も見栄えがする。
しかし、どんなお客であろうと笑顔とはいえ、七海が苦手なタイプもいる。
ドアのベルが高らかに鳴り響き、お客様が姿を現したところで、七海は察してしまった。
相手は外見が派手過ぎるわけではないし、何か気になる造形でもない。
むしろ清楚で綺麗な女性だが、何かを感じ取ってしまう。
「いらっしゃいませ! どうぞ窓際のお席をご利用ください」
例えると
「畏まり過ぎていないか?」
という自問自答に近い。
相手は黒髪ストレートのボブ・カットにきっちりとしたスーツ。
それに社員証を掛けているから、最近また大きなオフィスビルに入った会社員だろうか。
「メニューをいただけますか」
「すみません、メニューは少なくて。でも、お客様に見合ったお飲み物を」
「ごめんなさい。一時間しか休憩ないので、すっきりしたものを戴けます?」
「はい、お待ちください」
七海は頭を下げると、キッチンに逃げ込んだ。
(逃げ込んだ? ……ああ、あのタイプは苦手かも)
とはいえ、お客様である。
すっきりしたものを手早く……
紅茶では時間がかかり過ぎるので、無炭酸にレモンとシトラスを浮かべて大きなグラスで作り上げた。
オレンジと、黄色が鮮やか。
氷は丸型にしたので、ポップな感じだ。
「七海さん、あの手のタイプ苦手そうだもんな」
足元で声がしてみると、大樹がキッチンで探し物をしているところだった。
「もう、蹴飛ばすところだわ。キッチン立ち入り禁止」
「クッキーを探していたんだ。七海さん、いつまでもパンケーキ出してこないし」
以前のお客様の時にパンケーキ三日分と大樹には言ってある。
今はそれよりも、あの休憩中に喫煙しそうなお客様が「遅い!」と言ってこないかが心配である。
「すいません、今お出ししますね」
誰も言っていないのに、七海は声を掛けて、お客を伺った。
思いつめたような横顔を見せたお客は、七海の挙動など見ていないようだ。
深呼吸をして「おまたせしました」と明るく告げてナフキンを並べると、女性は困惑の表情を向けて来た。
「ごめんなさいね。私、そこのオフィスビルに入っているコールセンター……ああ、〇〇のチーフなの。休憩はしっかり部下に取らせているものだから」
「お忙しいんですね。そういうことなら、少しでもゆっくり」
「笹野さやかよ。アナタは?」
突然聞かれて、七海も名乗った。
「七つの海か……世界の広さを持ち歩いているような名前ね」基本遠慮がないらしい。
ずけずけと口にする言葉には違和感はないが、スピードが早い。
「もしかして、お仕事はお客様相談室ですか」
「よくわかるわねえ」
やっと、お客様「笹野さやか様」の心に届いた。
七海は人の心の距離が読める。
「あ、はい。喫茶店なんかやってると、お客様の悩みをお聞きすることも」
「旦那とのセックスの興味、尽きないのよね」
――無理です。
この悩み、絶対無理。
悲鳴をあげそうになりながら、七海は「そうですか」と微笑んだ。
が、次にこのお客様が何を行って来るかが怖い。
さやかは身を乗り出してきた。

「若くはないのよ。お互いもうすぐ五十路。でも、二十歳の時から変わらないの。そういう夫婦、どう思う? 七海さん」
「えっ……」
ひょこっと大樹がキッチンから首を伸ばしているのが見えた。
「こんなこと、誰にも相談できないじゃない? 若い子に知られるのは怖いのよ」
「愛なら、正々堂々で良いと思いますけど」
「そうよね!」
さやかはいきなり明るい声で言ったかと思えば
「こんな時間!」
と腕時計を見て、コートを抱えて帰り支度を始めてしまった。
「いかほど?」
「あ、680円で税込みです」
「おつりはいいわ」
「ちょっとお待ちくださ…」
レジに戻るところでもうドアを出ていく音がした。
七海はがっくりと床に沈み込んでしまった。
みっともない。
しかし、入って来た時から見えていた。
あのお客様には敵わないだろうと。
「お疲れさん、七海さん、はい、これ」
小さなビニールに入ったラスクを上から差し出されて、七海はふいっと顔を背けた。
「勤務中です。もう、勢いが強すぎて……負けちゃったわ」
「さやかさん、変わってないなぁ」
何気ない一言に七海はすっくと立ちあがった。
「知り合いなの?」
「んー……まあ、知り合い、かな?」
掴み上げそうな勢いで聞いたことに気がついて、七海はトレイを抱え直した。
分かっている。
苦手な相手も世の中にはいるだろう。
それでも、バリキャリの年上の方の勢いには気圧される。
その上、「旦那とのセックスの興味が尽きない」……。
(こういう時の対応は……だめだ、分からないわ)
七海よりも10年近く多く生きている女性に、七海が「こうですよ」と愛の行為についていうのは変だろう。
蟹座特有でこんなところばかり竹を割ったようになってしまう。
「あのお客様が来たら、次はきちんと対応するね」
「いや、七海さんの怖気は真っ当だね」
「……論破が得意そうで、出足をくじかれただけです」
お客様相談室のチーフというなら、それは天職だろうと思う。
いきなり名乗って来て悩みをどすんと置いて行く度胸もすごいが、何となく落ち着いたほうが、とも考える。
「もう少し落ち着いたほうが良い気がするのよ。興味が尽きない……って」
「そんなことはないよ、それよりきみはお持て成しの準備したほうが良いと思うけど?」
「分かってる」
今日のお客様カードに、お名前と、分かったことと、お悩みを書き留めてみた。
笹野さやか。
……うん、覚えた。
よし、と腕まくりをすると、もう心が立ち直れた音がする。
どんなお相手でも、しっかりと聞いてあげたい。
「またいらっしゃると思うから、まずは聞いてみる」
すっとメモを大樹が取り上げた。
「いや、もう直接僕が応対するほうが良さそうだ。なんとなく、その方がいい気がする」
と大樹は告げたが、七海は持ち前の勝気で
「大丈夫!」
と言い返したものの――……。
アンソニーを知るさやか
翌日、さやかはきっちりと同じ時間にやって来た。
「昨日は悪かったわね。遅いお昼なの。なにかお腹に溜まるモノ、サンドイッチみたいなものはある?」
――無い。
とは言えない。
早速難題を振りかけられて、七海は
「サンドイッチですね」
と答えてしまった。
しかし、流石に火を通さないサンドイッチは出しにくい。
ホットサンドなら何度か作った覚えがある。
ホットサンドプレートがどこかに……
チーズと食パンと、ハムもある。
(これなら出来るわ)
半ば泣きたい気持ちになって来た。
こんなのは嫌だ。
お客様に、もっと毅然と立ち向かわなければ。
先週の夫婦のように救ってあげられることもある。
私がフラフラしていてはお客様に行く道を照らせない。
大樹がその名前を口にしてくれた時、七海には間違いなく星の道標が見えたのだ。
『エトワール・サインポスト?』
『そう。七海さんが好きそうだと思って』
――……大樹が付けてくれた店名に恥じないように。
***
「お待たせしました」
「あら、美味しそう。今日は少し時間が取れたの。いつもの休憩は40分。でもきっちり一時間取れたのよ」
目の前で食べ始めるさやかに少し、ほっとした。
(時にはお客様のオーダーなんかも良いかも)
と思った矢先に
「昨日の相談なんだけど」
と間髪入れずにさやかは告げた。
「私達、45歳なんだけど、どう思う?」
「どう思うって素敵かとおもいますが」
「そうよね! でも何となく周りを気にしてしまうのよね」
――周りを? 七海は首を傾げた。
「そう言うの、あるのよ。あんたには分からないわね。これ、美味しいわよぉ」
――分かった、大樹の言う通りだ。
「いや、もう直接僕が応対するほうが良さそうだ。なんとなく、その方がいい気がする」
と大樹は言ってくれた。
まだ若い七海では、さやかの心に寄り添えない。
その……点、大樹は占いという世界で色々な人の転落を見て来たと聞いた。
その中には今のような悩みもあっただろうし、もっと深刻な深淵もあったかも知れない。
それを知っているからこそ、大樹は七海に申し出てくれたのだ。
きっと、さやかに対する度胸もきっと違う。
(ごめん、言うとおりだった……)
七海は小さく懺悔すると、テーブルの下で、きゅ、と拳を作って見せた。
「あの、さやかさん」
七海はきっぱりと告げるべく顔を上げた。
「このお店、夜は占い師が呼べるんです! そういうのに抵抗がなければ、き、聞いて貰うのはいかがでしょうか?」
さやかは前回のお客様と違って、このお店を知らない。だからしっかりと伝えようと思う。
「占い師?……もうこりごりなのよねぇ。信用できる感じかしら」
「はい。多分占いに関しては素晴らしい方と思います。前にもここで悩まれたお客様を対応させて戴いて、みな、幸せに暮らしているんです」
「でも、わたし、旦那と幸せなんだけど……興味が尽きないのは変なのかとなやんではいるわよ」
「そのお悩みは私では御答え出来ませんから。悪いなあ、と思って」
さやかは
「気にしなくていいのに」
と取り合う気配を見せない。
(も〜〜〜)
と七海は焦り始めた。
「占い師は、アンソニーという名前です」
「なんですって?!」
さやかは椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がった。
「あんた、アンソニーと知り合いなの? あの占い師には言いたいことがあるのよ」
「お、お客様、落ち着いて」
「良いわ、逢う。何時に来ればいいの? 今日は夜デートだから無理よ」
さやかさんもアンソニーを知っている……?!
七海に嵐が吹き荒れた。
⇒【NEXT】――この恋は終りにはならない。(アストロロジーの恋愛処方箋 第二章 2話 いつまでも、旦那を好きではいけないの?
あらすじ
一見普通の喫茶店「エトワール・サインポスト」には常連の大樹というお客がいる。
彼は夜な夜な凄腕占い師アンソニーとして人々を救っていく…。