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官能小説 アストロロジーの恋愛処方箋 第二章 最終話
「エトワール・サインポスト」のパンケーキ
「こんにちは」
すっかり休憩をこのお店で済ませる常連になったらしい。
笹野さやかが今日も顔を見せてくれた。
昨晩大仕事をした大樹は開店前に起きたが、ソファのムートンの張替えをして、またどこかに出かけている。
一瞬さやかは大樹がアンソニーであることを知っているのかという疑問が過ぎったが、聞けるはずもなく、七海はその疑問をしまい込んで笑顔になった。
ほっ……とさやかの眼が安らぐのを感じる。
だから今日も。
私は私のやるべきことをやればいい。
***
「いらっしゃいませ! お疲れ様です、笹野様」
「さやかでいいです。あの、この間は……ごめんなさい」
とさやかは頭を下げた。
「この間ですか?」
「……わたし、八つ当たりをしていたのよね」
さやかは愁傷な口ぶりで再び頭を下げた。
「日々、お客様の相談を受け続けて、旦那との終わりに怯えて、若い子の配慮も出来ていない。アナタに教えられたわ。アンソニーが」
ぎくりとしながらも、七海はきっぱりと言う。
「ちょっと、それは大丈夫ですから。あ、何かご用意いたしますねっ」
謝られるのは好きではないので、話題を変えてしまう七海である。
「このあいだのオレンジティがいいかな」
七海はにっこりと笑った。
「同じ味では二度と入れられないので、アレンジでいいですか?」
「……それじゃ、お店の味が出ないわよ。何か目玉があったほうがいいのよ」
さやかは告げたが、
「いえ、そんなことはないわね」
と訂正を口にした。
今度は七海が頭を下げた。
そう、さやかさんの言う通り。
でも、七海は人の心に寄り添うと決めている。
「私の紅茶は、その時のお客様の心に合わせて決めるので、同じお味にはなりません」
「それはなんとか進んでいる、ということね」
とさやかは笑ってくれた。
それがとても嬉しくて、七海は
「パンケーキなら焼けますから」
と七海はちからこぶを作って見せた。
「じゃあ、それで」
「はい!」
とエプロンの紐を縛り直したところで、ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
大樹である。
(なんで、ここで出て来るかな……)
と思いつつ、二人を伺う。
ふと大樹がさやかから目を逸らせた。
「あの子、この間も来ていたわね」
「ただの常連さんなんです」
と常套句。
やれやれと大樹は窓辺のソファのさやかをちらりと見て、セルフサービスの水を取りに行った。
「……ちょっと失礼。お水が欲しいわ」
「あ、お客様にはちゃんとレモンウォーターをお出ししますから」
「いいえ、お水がいいの。ミネラルウォーターよね」
とさやかはすっくと立って、大樹と同じくグラスを手に並んだ。
――一触即発……とハラハラする前で
「アンソニー」
と名を呼ぶ。
大樹はぎくっとなりながらも涙目で(何とかして)と言わんばかりに七海を見やった。
七海も思わずグラスを落としそうになった。
「あの」
さやかはそこで区切ると、大樹の前で、静かに続けた。
「――という占い師に言っておいて。あなたは正しかったと。愛するあまり、旦那との終わりを見詰め過ぎていた。もう、わざわざ周囲に恐れて愛し合っているなんてアピールするようなことはしないわ。密やかに、壊されないように旦那との愛に生きる時間を護って行くことにする」
さやかの思い詰めたような、不思議な圧迫感はキレイに消えていた。
「昨日ね、旦那と確認し合ったの。私達には先が見えすぎていた。大切なことを置き去りにしたのよ。確かに、恋は終わったわ。でも、新しく何かが始まることを知ったわ。それが第二の人生ならそれでいいのよ」

「終わりと始まりですか?」
大樹はふっと笑うも、
「まだまだの僕にはわかりませんけど、そいつに伝えます」
と笑顔で答えた。
目を丸くするさやかにつられて、七海も驚いた。
大樹は、滅多にアンソニーであることに関わらない。さやかには何か特別なものを感じたのだろうか。
「七海さん、ぼくもパンケーキ」
――そうだった。
フライパンは丁度良く温まっている。
美味しいパンケーキを今日も焼こう。
「あ、あの、パンケーキたくさん焼きますね」
と七海は誤魔化すように声を掛けた。
もうすぐ夕暮れだと言わんばかりのオレンジの光が、七海の焼くパンケーキに注がれる。
「そうね、仕事だって一生懸命やって来て、若い子を何人も育てて来た私よ。ここから、奏一さんとも愛を育てていける。陽は暮れても、明日まだ会えることを知っているのよね」
「旦那様と仲が宜しいんですね」
「それはもう。……一緒に行ける気がするの。今は一緒に生きるわ」
「まだまだ世界には楽しいことがありますものね。美味しいケーキとか」
我ながらうまい具合の相槌だと思いながら、七海はパンケーキをフライパンでひっくり返す。
見るとさやかはソファ席に、大樹はカウンターに別れたようだ。
それでも小さい店内なので、互いの声は聞こえるだろう。
模様替えでパーテーションを片付けてしまったが、大樹の前には置くべきだった。
パンケーキをひっくり返す、ぽん、の音に大樹の呟きが重なった。
「ツインソウルは結びつきが強いのさ」
「え?」
とさやかが振り向き加減の大樹に向かって身を乗り出した。
「要は、前世では2人の魂が同じだった…その魂がふたつに分かれ現世ではさやかと旦那さんの魂となった…というのもありかなと。惹きあうというのかな。ちょうど磁石のS極とN極?のようなものでね」
「素敵ですね。同じ魂だから戻ろうとするんですね」
「同じ魂……」
「滅多にない奇跡だよ」
さやかの口元がむず、と動いた。
「それで納得したわ。もしかして旦那とのセックスの相性が良いのも興味が尽きないのもこういったことも関係するのかしら?」
七海と大樹は同時に目を丸くした。
大樹は
「宇宙は深いからね」
と目線を逸らせている。
今となっては、苦手だったさやかのこういう愛に積極的なところは悪くないと思う。
むしろ、女性として見習うべき部分もあるのではないか。
さやかはいつも、何かを教えてくれている。
それが何かはわからないけれど。
「きっと、そうですね。同じ魂をお持ちなら、繋がりが深いのかもです」
「それこそ、私が求めていたことだわ」
七海は器用に三つのお皿を持って、キッチンを出る。
一皿を大樹に、自分の分とさやかの分を運んで対面に腰を下ろした。
「私達もお昼がまだなんです。ご一緒してもいいですか?」
「今頃お昼ってうちのコールセンターと同じよ? そうそう、うちの子の中にね――……」
歩き出した恋
変わった紅茶が出て来た。
そうだ。
あの遠距離の子は無遅刻無欠勤で……労いが必要かもしれない。
でも、その方法は?
旦那に逢いたい、と自信を持って思い続けることに恥じらいがあった。
でも、わたしたちの恋は恋で、今、魂の底からの愛になったのだな、とさやかは思う。
このお店は心が静かになることに気がついた。
コールセンターは何かと心が騒めくけれど、お客様と一丸となる時、私はお客様を愛しているんだな、と感じたりもする。
でも、心は不安定になってしまうから。
――いい場所に出逢えたわ。
(そういえば、あの時はまだ旦那は駆けだしの飛び込み営業なんかで、将来が不安だった。そんな中で出逢った占い師に恋心を抱いていたのかも知れない)
『さやか様、貴方はその人を愛してはいません。恋は駄目になる』
それは未熟な恋だったということ。
いま、歩き出したのだろう。
アンソニーではなく、大樹としても、わたしも。
小さな優しさ
更衣室で例の子に逢った。
さやかは小さな紙袋を差し出した。
先ほど七海から譲って貰った茶葉だ。
「あ、チーフ……これ……」
「もうすぐ休暇でしょう? ゆっくりした時間を過ごしてね。いつもありがとう。今日もよろしくね」
「え……」
「あなた、無遅刻無欠勤でお客様の評判も良いから、行きつけの御店の紅茶なんだけど」
彼女は驚いてぽかんと口を開けていたが、頬を赤らめて俯いて微笑んでいた。
「オレンジカモミールよ。スパイス入りの」
勢いを出し過ぎず、でも激し過ぎない。
そんなあのお店の陽だまりをイメージする。
導くのに、強さは要らない。
そう、想い出した。
旦那の前の彼氏とは遠距離恋愛で、私はその時の寂しさも楽しさも知っている。
「遠距離恋は刺激的だけど、優しい愛に変わるかも」
驚いていた彼女は笑顔で
「はい」
と答えてくれた。
――七海の淹れた紅茶はオレンジカモミール。
女性にやさしいハーブティにシナモン入り。
「恋は刺激的だけど、優しい愛にぴったりですよね」
と七海はウインクしてみせてくれた。
それが素敵だと思ったのだ――。
『今頃お昼ってうちのコールセンターと同じよ? そうそう、うちの子の中にね、遠距離恋愛の子がいて、どう声を掛けたらいいのかしらと思っていて。美味しいわ。この茶葉、戴けないかしら』
『いま分けますね! 秋摘みのダージリンです』
渡された小瓶には小さなリボンと真っ白のカードがついていてギフト用になっていた。
七海さんは勘がいい。
きっと、大樹も倖せだろう。
***
「ありがとうございます! ……あの、シフトで少しご相談が」
悩んでいる子がいるなら。
お客様がいるのなら。
(また道に迷ったら、アンソニーと七海に星の道標を示して貰おう。私も私だけではなく、皆と一緒に自分の愛も照らそう)
と、さやかは心に決めたのだった。
END
あらすじ
すっかりエトワール・サインポストが気に入ったさやかは、今日も今日とて顔を出す…。