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官能小説 アストロロジーの恋愛処方箋 第三章 2話


自然な星の流れ

「さて、毛布よし、飲み物よし……一応、箒もあるし」

毛布は、大樹が倒れ込んでしまうので必需品だ。
飲み物は集中力を使い果たして酸欠や水分不足になるので、ホットミルクティーを常備、箒は変な倒れ方をする時のために一応常備。

『星の道標』からさほど遠くない、七海が住んでいるマンションはロングタイプでこじんまりとしていて、ロフトがあるが、紅茶の缶で犇めいている。
留学の時からの紅茶や、勉強資材はどうしても捨てられない。

洗濯物を取り込んでいるうちに、すっかり夜になった。
すこし肌寒いので、まだブーツで良いだろうか。

夜通し占いをやる夜更かし大樹は、翌日まで引っ繰り返って起きないことが多い。
相当な精神力を使うのか、豹変する時に魂が抜けてどこかへ飛ぶのか。

単に低血圧なのか、不機嫌になるので、転がしておくしかないのである。
起きればまたあの子犬のような大樹に戻るのだが。

――アンソニーか……最初見た時は、ミステリアスで驚いたけど。
今ではそのアンソニーと仕事をしているのだがら、世の中どうなるか分からない。

「毛布、お茶、うん。あとは、コースターの換えも……あー、ソファのカバーも変えたいから、発注しようかな」

脳裏に「使っていいよ」と渡されたクレジットカードが浮かんだが、突き返した想い出を引き出して首を振ったところで電話が鳴った。 鞠である。

「もしもーし。七海です」
『七海さん、遠距離恋愛してたのよね?』

「え?あ、はい。すぐに駄目になりましたけどね」
『それなら!遠距離でするエッチの仕方、知ってる?』

「あ、あの、鞠さん……?」

(やったことはある、けど……!)

『今度旦那とすることになったの!あ、あたし、一人ではできるんだけど、距離があるのにどうやって、って……』

慌てた隙にスマホを落としそうになって、七海は肩で挟み込み直した。

「今度旦那とすることになったの」
といささかながら興奮の声。

『強く出ても大丈夫』の大樹の言葉を思い出して、七海は
「やり方、知ってます」
と正直に答えた。

「あの、私も遠距離恋愛してはいたんですが、あまり続かなかったんで、参考になるかどうかですけど……私も、したいな、という気持ちにしょっちゅうなりましたし」

実際にやったか、やらないかは伏せておこう。
電話の向こうで鞠が声を潜めた。

『おかしくない?』
「どうしてです?」

『遠距離中に、したい、なんて』
「いえ、離れていたら……誰でも、そうなると思います」

この会話を繰り広げている場所が店でなくて良かった、と思う。
七海は毛布を置いてソファに座った。

『だって、私もう50手前よ』
「関係ないと思います」

これは前のお客様である、さやかさんに学んだことだ。
そう、愛に距離も年も関係ない。
ああ、このお客様にもあの前向きなエッセンスがあったなら。

七海は少しばかり考えた。
これは、大樹案件かも知れない――直感が働いたのだ。

「良かったら、私の知り合いに占って貰いませんか?お代は無料です」

そう、大樹への御礼は、七海がせっせとパンケーキを焼けば話はまとまる。

鞠は迷っているようだった。

『占いは……信じないけど』
とそこだけはっきり言ってきた。

「強く出て大丈夫」
を思い出して、七海は強く勧めた。

「旦那様とはお逢いにならないのですか」
『来月……年に一度だけの帰国があるけど、いつもホテルで過ごすのよね』

七海は遠距離恋愛の時代を思い出していた。
やがて幼過ぎた思いは駄目になったけれど、自分たちがずっと熟していたのなら……続いたかも知れない。

離れている間の価値が分かっているご夫婦なら、乗り越えられる。
そんな気がするのだ。

むしろ、乗り越えて欲しいと思った。

「では、お二人でいらしてみてはどうでしょう?」

鞠は
『そうね、旦那に七海さんを紹介したいわね』
と笑って逃げた。

「鞠さん」
七海は、そっと言った。

「逃げてばかりではだめな気がします」


逃げてなんかいない

――逃げてる?
何を言ってるの。

独りワインが思いのほかおいしかったからか、少々進み過ぎた気がする。
鞠は、酔い覚ましに窓を開けてバルコニーに出て、小さなテーブルにグラスとワインを置いた。
一緒に呑もうと買ってくれた、少し凝ったシェリーグラスはまだ揃いで使ったことがない。

グラスを空にして、もうすっかり旦那の気配が消えた寝室に戻った。
バルコニーのワインは丁度いいくらいに冷えているけれど、さすがにもうやめておこう。

(……火照って来ちゃった)

こうなると、落ち着かない。
下着に手を伸ばしたところで、旦那からのメッセージが来た。

向こうはおはよう。
こっちはおやすみ。

「今日はこっちが合わせるよ」
という眠そうな声に、酔いも手伝ってか、大胆な気分になってくる。

自身で乳房をさすってみると、身体は素直に反応してすっかりその気になっている。
今なら、応えられるかも。

「今日もお疲れ様……ごほうび」

少し濡れた下着の上から、手を当てようとして、鞠は立ち上がって机に手を掛けた。
実は机の角派であることは、言えていない。

旦那が一生懸命勉強したデスクを引き出す。
頬を寄せると冷たい。

角を秘密の箇所に当てて、爪先を突っ張らせる。

旦那を想ってひとりエッチ

「逃げてなんか、いないわよね……」

一人で快感に悶える声を電話越しに聞かせた後、そのまま寝に入った。

起きた後はデスクを丁寧に拭いた。
頬が熱い。

――逃げてなんかいない。
なぜ、七海さんはあんな言葉を……。

ただ、何が足りないか、知らないで進んでいる気はしていた。

寝る時の優しい感触が無い事。
言葉が無い事。

終わってしまえば罪悪感がある事の理由を知りたい気は、する。

***

「……二人揃って……ね。これはゆゆしき問題。パンケーキにフルーツ添え五日分かな」
「えっ……今って、果物もすごく高いのよ」

あふ、と欠伸を噛み殺した大樹は
「太陽二つを揃えられた僕の身になって欲しい」
と珍しくぼやいた。

「この間から、弱気だね」

聞いた大樹はがばっと起きあがって、クッションを抱えて身を乗り出させてきた。

「獅子座は手強いんだって。アンソニーだって逃げるんじゃない?」
「逃げる?」

「……どうしようって、迷っている感じがするよ」

チャンスが来た!と思った。
七海はずっと、大樹とアンソニーの意識について知りたいと思っていたのだ。

「ねえ、聞いてもいい?果物分」
「……どうぞ。というか、そんなに節約しなくても……カードを使っていいって言っているのに。それ、親父のだから」

また謎が増えたが、七海はまとめて聞いた。

「星に繋がるって、具体的にどんな感じなの?なぜ、そんな能力があるの?それで、その時の大樹は……どこに行くの?」

大樹はウーンと唸り声を小さく響かせ、
「企業秘密だ」
とぼやく。

「えっ……でも、分かってはいるのよね」

首を横に振る大樹。

「僕にもわからない。でも、何かをしなきゃいけない……僕がアンソニーに協力する感じ?ともかく、そんな僕でもアンソニーでも、獅子座カップルは難題なんだ……」

まだ愚痴っていたが、七海が困り始めたのを見て、やがて仕方ない、という顔になった。

大樹は
「仕方ない、やってみるか」
と渋々OKを出し、早速パンケーキのフルーツ添えを強請るのだった。


言いかけた言葉は

「駅前のスーパーが特売ね……いい感じの果物を探して来よう」

七海はお店を閉めてから、サンキューレターを書き、はがきを手に夕方の街並みを歩き始めた。

少し冷たい風に肩を竦ませながら、ポストにはがきを入れた。

隣には公園がある。
と、そこに大樹の姿があった。

「あ、大樹」

大樹は思い詰めたような顔で腕を組み、眉をしかめて夕陽の滲む空に顔を向けていた。
七海が近づいても気がつかず、今度は下を向いて動かない。

いつもとは違う横顔に、声が掛けられないまま、七海はその場から去った。
スーパーで果物を買い、ミニクロワッサンも買った。

帰り道、また公園に差し掛かったが、大樹は……今度は立って、街並みを見詰めていた。

なぜかその光景がやけに懐かしく感じて、七海もその場にぼんやりと立ち止まっていた。

――と、ようやく大樹が気がついたようだ。

「七海さん」
「クロワッサン、買って来たよ」

七海は袋を揺らして見せた。

「今日は、獅子座の新月なんだよな」
と空を振り仰ぐ大樹は少し、大きく見える。

傍に七海も座ると、すっかり暗くなった空に、星が並んで見えた。

ふわふわの大樹の髪が、ゆるやかに夜風に流されている。
少し、伸びたかな?と揺れる毛先を見ていると、七海は自分を鞠を重ねて、呟きたくなった。

「そういえば私も昔、遠距離恋愛をしていたことがあって……」
「え?そうなの?」

「大学時代よ。なんとなく、話したくなったのよね」
「相手は何座だ?」

「星座なんか憶えていないし、そんなに重要視してなかったよ」

過去を話す七海に、大樹は言葉を止めて
「七海さん」
と名前を呼んだ。

「まだ俺のこと……」
と言いかけて止めた。

その後、
「……いや。改めて獅子座同士について考えてみたんだ」
と続けた。

七海は、大樹が言いかけた言葉の続きを訪ねることができなかった。

夕暮れの風が、緩やかに過ぎ去って行った。


⇒【NEXT】雄基……帰って来て(アストロロジーの恋愛処方箋 第三章 3話 離れる時間が愛を育てる)

あらすじ

海外単身赴任中の旦那がいる鞠。
悩みがある彼女に七海は占いをすすめてみたのだが…。

亜麻寺優
亜麻寺優
TLと星占いが大好き。男女双方の視点から書くのが売りで…
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