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運命の男 後編(夏目かをる小説)


運命の男 後編

カズ&ミツのお笑いコンビは、たちまち人気になり、テレビにまで進出した。和幸のネタはいつも冴えていた。
上昇している時というのは、時間がいつも足りなくて、一日があっという間に過ぎていく。
どこへ行くにもいつも三人一緒で、本番で彼らが芸を披露しているときも、私は舞台やスタジオの脇で見守りながら、いつもお客にウケることだけを祈っていた。
彼らと一心同体。芸人の世界は毎日お祭り騒ぎのよう。

でもそれが日常になると、やがて和幸と恋愛している、という感覚がどんどん薄くなっていった。
お互いにそのことが何となくわかってきた頃……
地方で公演を終えた和幸が「ちょっと先輩のところへ挨拶に行ってくる」と宿泊先のホテルから出かけ、すぐに「泊ることになった」と連絡があった。

女の直感でおかしいと思ったが、「考えない」と脳にスイッチが入ったので、一人でベッドに横になった。
浅い夢を繰り返し見ているうちに、目が覚めて眠れなくなった。
時計をみたら朝の5時半。

香りの良いマッサージソルトでシャワー浴びてから、外に出て、ホテルの周辺を散歩した。
樹木がこんもりと生い茂り、そこにぼおっと光が集まっていたので、引き寄せられるように進んでいくと、小じんまりとしたプチホテルが佇んでいた。
田舎にしてはこじゃれたホテルで、フロントの隣の小さなカフェでは、モーニングサービスが始まっている。

カフェでは窓際のテーブルに一人の男性が座っていて、文庫本を読みながらコーヒーを飲んでいた。

その香りに誘われて、隣のテーブルに座った私もコーヒーを注文した。
男性が私に気づいて、私を見た。30歳半ばくらいの年齢で色が浅黒く、指まで日に焼けていた。知的な雰囲気が漂い、これまで会ったことのないタイプだったで、私は少しドキっとなった。

男性が会釈をしたので、私もつられてお辞儀をしようといたら、コーヒーが運ばれてきた。
男性が目でどうぞ、と勧めたので、私はコーヒーの香りを楽しみながら、一口飲んだ。
カフェの窓から植物が朝の光でキラキラ輝いているのが見える。

不思議な安らぎだった。
お笑いの世界へ入ってから、こんなに心が安らいだのは初めてだった。
芸人のときも、マネージャーになってからも、いつも走り続けていたから。

男性が話しかけてきた。

「失礼ですけど、宿泊ですか?」
「いいえ」
「変な質問ですみません。実はこのホテルを設計したのは僕なので」
「素敵なホテルですね」

「そうですか」と男性は微笑んだ。

私も微笑み返そうとして、たちまち中断された。和幸が若い女性と一緒にエレベーターから降りてきて、カフェを通り過ぎたのだ。
和幸と目があった。
私は凍りついたように動けなくなった。

彼とはもう戻れないの?

和幸が私の体を求めてきたのは、次の日の夜、東京へ戻ってからだった。

和幸は無言で私の乳房をまさぐってきた。いや、と首を振ったが唇を塞がれて、和幸は強く吸った。
キスされるのは半年ぶりだった。

服を脱がされて全裸になった私の体の隅々まで愛撫する和幸は、まるで初めてのように私を求めてきた。
でも一言も謝らない。
私はだんだん白けてきた。
やがて和幸の熱いものが貫通し、「ああ」と呻いたときに和幸は上で一生懸命に腰を振った。
「いやいや」と感じるフリをした時に、和幸とのことはもう終わってしまったのだと思った。
悲しくなったが、心と裏腹に体は彼の動きに合わせて、やがて一緒に果てていった。

やがて別れが…

和幸との別れを予感してから半年後、私はカズ&ミツのマネージャーを辞めた。
大手の芸能プロに引き抜かれ、私も一緒に移ったが、大手では彼らだけでなく、他の芸人のマネジメントもしなければいけなくなった。

ストレスがたまってしまった私は急性胃潰瘍で入院。
和幸はすぐにお見舞いに来てくれたが「俺のために病気になるな」と言っただけ。
和幸はなぜプロポーズしてくれなかったのだろう。
和幸が病室を出たときから雨が降り、やがて春の嵐となった。

激しい風雨を眺めながら、2年8ヶ月の和幸との恋愛は、本当の恋ではなかったと思った。
たまらなく淋しかった。

「あなたはすでに運命の人と出会っている」と占い師

退院してすぐに、お笑い芸人の頃からファンの由紀が有名な占い師のところへ連れて行ってくれた。

水晶とパソコン、そして太陽系のイラストが大きく描かれたポスターが貼ってある部屋に通された。
そこで一見普通の主婦のような占い師がこう言った。

「この間の男性は、仕事のパートナーね。彼も引退するでしょう。それから」と深呼吸をしてから

「あなたはすでに運命の男性と会っています。でもこれまでのように、運命の男性とはすぐにセックスをしてはいけませんよ」

占い師の言葉は、私の心に強く刻み込まれた。

「男性は心から大事にしたい女性とはすぐにセックスをしません。まず遠くから見つめて、だんだん近づいてきます。少しずつあなたの魅力を知って、それで好きになりたいのです」

なぜかあの人に再会。そして…

和幸との思い出がたくさんつまっているアパートを引き払って、私は安いビジネスホテルで赤坂住まいを始め、そして求人誌で見つけた赤坂の高級カジノクラブで働くようになった。
生き方がわからなくて飛び込んだ夜の世界だったが、働いているうちに自分の内側から新しい力が湧き出てくるのがわかった。
客層が良かったからかもしれない。品があって優しい紳士が多かった。チップも弾んでくれ、少しずつ私のお客様が増えていった。

ここは華やかな社交場で、男性達は楽しく遊びたいから、私たちバニーガールにも気を遣ってくれる。
カジノクラブではお客様に合わせてサービスを提供するだけでいい。
だからここのほうがお笑いよりもゆったりと時間が流れていった。
将来のことを考える時間もたっぷりあった。

3ヶ月ぐらい経ったある夜。
常連の年輩の会社経営者が、地方巡業先のホテルで会った建築家を連れてきた。

「君は1年前の…」
「覚えていたのですね。ありがとう」
「明るいから、びっくりした」
「あの時は暗かったですか?」
「いや…何か思いつめていたようだった」
「いま私は探している時だから、だから明るいのかも」
「何を探しているの?」
「いろいろです」

愛を、と言いかけて私はあわてて押し殺した。
本当の気持はまだ誰にも話せない。

その夜、常連の経営者と建築家と三人で店が終わってから韓国料理店でご飯を食べた。
建築家はイトウさんといって、一週間後に中東へ仕事で飛び立つのだという。
名刺をもらったときに「メールしていいですか?」と聞いたら「忙しくて頻繁に返信できないかもしれないけど」と照れ笑いをした。

可愛い人だった。
優しい気持が広がっていった。

別れのセックス、そして旅立ち

帰宅するとビジネスホテルのロビーで和幸が待っていた。
「遅かったね」と不機嫌な様子を隠さずに、和幸は私を抱きしめた。

「どうしてここがわかったの?」

質問に答えないで、彼は「事務所を辞める」とぼそっと呟いた。
私は彼を部屋に招いて、事情を聞いた。
事務所が入れる仕事の量がハンパな数ではないため、和幸と相方の光彦の疲労は限界を過ぎたのだという。

「もう、ネタも思いつかない。何もかも嫌になった。さくらがいないお笑いに未練はない」

和幸は私の胸に顔を埋めて涙を流した。もう「俺についてこい」の和幸ではなかった。

私は彼を抱きしめた。お笑いで一緒だった頃に彼が泣いたら、きっと私は彼を愛していつまでも一緒にいたいと思っただろう。

彼の服を脱がせてから、ベッドサイドの引き出しからアロエ入りのローションを取り出して、彼の全身をマッサージしてあげた。
そして彼のモノを口に銜えた。口の中で大きくなったので、私はゆっくりといとおしむように口の中で上下に動かした。
「うう」と彼が小さく呻いたので、私はますます口をすぼめて動かした。

「さくら、いいよ、すごくいい」

彼のモノが最高に膨れ上がったときに、私は彼の上で自分の中に招いた。
それは和幸とのセックスで初めてのことだった。

「さくら、いつもより濡れている」

和幸は興奮して、私の乳房をつかんだ。彼の動きに合わせて、私も腰をゆっくり動かした。

「もっと激しく」

和幸の切ない声が部屋に響いた。
花すらない殺風景な部屋で、私と和幸は別れを惜しむように、何度も何度も体を重ねあった。
彼が激しく狂おしくキスするたびに、私の心はすでに彼から離れて、新しい第一歩を踏み出していることがわかった。

私たちが初めて出会ってから、4年近くの時間が流れていた。

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あらすじ

夏目かをる
夏目かをる
2万人以上の働く女性の「恋愛」「結婚」「婚活」を取材し…
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