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ロマンチックなネイル 前編(夏目かをる小説)
ロマンチックなネイル 前編
昼下がりの美容サロンは、窓ガラスから降り注ぐ初夏の光で充満していた。
「エリカさん、指名が入ったよ」
そういうカリスマ美容師の上村和夫の視線が熱い。
独立を考えている彼は、私を引き抜くつもりなのだろうか?
「いらっしゃいませ」
顧客の川村素子さんに挨拶をすると彼女は「いつもお世話になっているから」と私やスタッフに南国の香りがする天然ソープをお土産に渡してくれた。
川村さんのオーダーは「音楽家の彼がほっとできるメイクを」
彼女は彼がプロポーズした時に「私があなたにふさわしい女性になるまで待って」とお願いしたそうだ。
待つのはいつも女性で、待たせるのは男性というわけではない。時には逆の場合だって、ある。だから私は川村さんが好きだ。
今日のメイクは、アイメイクを淡色でぼかしながら、頬紅は、ピンクとオレンジを重ねて明るくて温かなトーンにした。
「ネイルもお願い。星の形を入れて。とてもロマンチックな気持ちになるから」
私は川村さんのために丁寧に星の形を彩る。
初めてジョンとアンドレに出会った頃を思い出しながら。
パリで二人の魅力的な男性に出会って……
7年前、私はパリへ留学した。
美を追求するならフランス――
20歳の私は思い立ったら即実行がモットーだったが、パリへ着いてから初めて、フランス語ができなければパリで生きていけないことに気づき、しょんぼりした。
その時に声をかけてくれたのが、同じアパートのスイス人のジョンだった。
ジョンは私を街に連れ出してくれた。おかげで少しずつパリにも慣れることができた。
パリのアパートメントはどちらかというと下宿のような佇まいで、食堂には部屋を借りている私やジョンのような外国の学生でにぎわった。
その中に、初夏だというのに長袖のシャツを着ている無口な男性がいた。
ジョンの従兄弟のアンドレだった。
ブロンドにグリーンの瞳、中肉中背のジョンと正反対に、アンドレは長身で黒い髪に情熱的なブラウンの瞳をたたえ、どこか近寄りがたい存在だった。
そんなある休日――
アパートメントの庭でバスケット大会が行われた。 私は高校時代バスケット部だった。久しぶりにシュートを決めた。 ガッツポーズをとると、みんなから拍手喝さいを浴びた。
試合が終わって、洗顔していたときだった。アンドレがやってきて、私に謝ったのだ。
「これまで無視してすまなかった。前に日本人の女の子達からキャーキャー騒がれて、うるさかったんだ。でもエリカは同じ日本人でも、群れないし楽しい人だね」
アンドレの日本人に対する偏見にびっくりしたが、素直な態度はとても好ましかった。
アンドレは王族の隠し子だという。それを教えてくれたのは、ジョンだった。
「偏屈に見えるのはそのせいだよ」と静かに語るジョンのまなざしは大人そのものだった。
ジョン22歳、アンドレ21歳。
私よりも1〜2歳だけ年上なのに、二人とも大人びて見えた。その頃の私にとって、二人は異国のあこがれの男性だった。
アンドレの秘密、それは王族の証に刻まれて……
サマーバケーションが近づいたある日、私はアパートメントまでの道をいつもと変えて、セーヌ川を通りながら、試験のレポートの構成を考えることにした。
川べりではカップルが寄り添い、ここが恋の都パリだということを思い出して、私の心も少し熱くなった。
ふと、子猫が木陰のほうへ駆け込んでいたのを目で追ううちに、子猫に餌を与えているのがアンドレだと気づいた。
「どうしたの?」
「捨て猫なんだ。セーヌの川べりに住みついている」
アンドレの周りにスケッチブックと絵の具とパレットが散らばっていた。ここが彼のスケッチの場所なのだろう。
「子猫を可愛がっているのね」
「飢えている動物を見たら、誰でも助けたくなるよ」
アンドレは少しはにかみながら答えた。アパートメントでは決して見せたことのない優しい笑みだった。
「アンドレとデートしているの?」
バケーション前の試験まっさかりのときに、ジョンがアパートメントの廊下ですれ違いさまに耳元で囁いた。
外は雨で、窓には雨のしずくが浮かんでいた。
「ううん」と首を振ると、「本当?」と顔を覗く。
「もしデートだったらどうするの?」と私はいたずらっぽく笑った。
するとジョンは真顔になって「好きなの?」とますます顔を近づけてくる。
「好きよ。ジョンと同じくらい」と無邪気に言って部屋へ戻ろうとした。
するとジョンは私の腕を強くつかんだ。
「よせよ、好きになるんじゃない」
「どうして?」
「あいつは故郷で家を継がなければならないんだ」
「画家になるといっているわ」
「わかっていないんだな」
ジョンは私を強く抱きしめて、キスをした。
「エリカのことが好きなんだ。だからアンドレに渡したくない」
「放して」
でもジョンは私を抱きながら「好きなんだ」とまるで子どものように繰り返し好きだよ、とささやき続けた。
翌朝、私は最悪だった。
試験のことで頭がいっぱいだというのに、突然のジョンの告白…目の周りがむくみ、メイクで隠しても目立った。
「寝不足なの?」と心配するアンドレをさらっとかわして急いで学校へ向かった。
試験にだけ集中したかった。
試験の合間に、ジョンとアンドレのどちらが好きかを考えてみた。
ジョンは将来弁護士を目指す前向きでアグレッシブな男性だ。
一方、アンドレは画家を志すだけあって、繊細。どこかミステリアスなのも魅力的。
話し方にセンスがあるのは、王族の血を受け継いでいるから?
決められない、どちらも好き。
恋人でもないのに、どちらからも好かれているというふわふわ感が居心地がよかった。
まるで恋に恋をしているような…
試験の最終日に、私はセーヌ川のほとりを散歩した。試験から解放された瞬間に、アンドレに会いたくなったのだ。
アンドレは心のどこかできっと自由をこの上もなく愛しているのだと思う。
だから試験から解放されたこの瞬間にたまらなく一緒に過ごしたくなる。
でもその日は、アンドレも子猫もいなかった。
子猫の餌を入れる小皿もなくなっているところから、子猫は誰かにもらわれていったのだろうか…
ぼんやりとしていたらいつのまにかセーヌの川面にパリの夜の光が映った。
水面に漂う光に見とれていたときに、後ろから誰かが私の口を布で塞ぎ、押さえ込もうとした。
「あっ」
声にならない叫び声を挙げながらもがき、必死に抵抗をしたが、暴漢の力が強くてそのまま後ろの草むらへずるずると引きずられていった。
誰か…助けて…
その時だった。
反対側から誰かが走ってきて、暴漢の腕を思いつき倒し、私を救ってくれた。
「エリカ、大丈夫か」
アンドレだった。その瞬間、サングラスとマスクをかけた暴漢がアンドレに体当たりをした。
横転するアンドレ。暴漢はすかさず殴りつけたがアンドレも負けてはいなかった。
やがて暴漢が「覚えていろ〜」と捨てセルフを吐きながら逃げていった。
「血が出ているわ」
私はバックからハンカチを取り出して、アンドレの鼻血を拭おうとした。
「いいよ、ハンカチが汚れるから」
アンドレがそっとハンカチを持つ私の手首を押しやろうとしたときに、アンドレの破けたシャツの切れ目から、左肘のところに古い傷のようなものが見えた。
それは星の形をした入れ墨のようなものだった。
「これは?」
驚いた私に、アンドレは左肘を隠しながら、ゆっくりと語った。
「証だよ」
パリ郊外の瀟洒なホテルで一夜を共に…
私たちはその夜、カフェでディナーを一緒にした。アンドレの肘にある星の模様は、イタリアのある王族の証だという。
「隠し子なのに、王族の証だけが刻まれているなんて、おかしいだろう?」
彼は自嘲気味なポーズで、ワインを飲んだ。
「でも何だか楽しそうよ」と私がクスッと笑うと、アンドレはテーブルの下にある片足を靴からそっと抜き出して、私の片方の足に乗せた。
「今夜は二人きりでパリ郊外のホテルへ行こうよ」
彼の足のぬくもりが伝わり、ワインの酔いもまわってきた。
「いいわ」
その時ジョンの顔が浮かんだ。が、あわてて打ち消してアンドレに微笑みかけた。
パリ郊外のホテルは歴史を感じさせる瀟洒な外観で、小さなフロントに飾ってあるたくさんのお花が出迎えてくれた。
階段をのぼるたびに、ぎしぎしと音がする。古い木造のドアを開けると、まるでそこは修道院のような出窓に、シックで美しい色調のインテリアがたたずんでいた。
アンドレは私にキスをした。
長くて柔らかい舌がゆっくりと私の唇から侵入して、口の中で愛撫する。
「ああ」
これまで感じたことのないような陶酔感が体中に浸透してきた。
キスだけで感じるなんて…
恥ずかしさと感動に包まれたときに、彼がゆっくりと私をベッドに倒し、洋服を静かに一枚一枚剥ぎ取った。
少しずつ彼の前で、本当の私をさらけだすような気がして、羞恥心でいっぱいになった。
「早くしてほしい?」
彼がそっと耳もとで囁いた。耳たぶをかまれると、自然にイヤイヤをしてしまう。
抱きかかえられながら、横の姿勢で彼のモノが入ってきたときに、その男らしさに驚愕した私は「ああッ」と声をあげて彼の腕にしがみついた。
翌朝、彼はイタリアへと旅立った。
「待っていて」という言葉を残して。