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官能小説 同居美人 プロジェクトB 〜想子編〜 シーズン7
「ゆっくり受け止めてあげる」
有本さんとの間に開いてしまった距離はなかなか縮まらなかったものの、わたしはそれほど焦ったり、落ち込んだりはしていなかった。
お姉ちゃんからもらったアドバイスのおかげだ。
わたしはお姉ちゃんに、有本さんのことが好きなのだと打ち明けた上で、今の状態をどうしたらいいと思うか意見を求めてみた。
お姉ちゃんは約束を破ったことをもう一度謝ってくれた上で、こんな考えを話した。
「有本さんは約束を破った罪悪感から距離を測りかねているんだと思う。ここで想子のほうから無理に近づいてもきっと心の整理ができないまま戸惑ってしまうだろうし、少し落ち着いてもらう時間をとったらいいんじゃないかな。焦らないで、ゆっくり受け止めてあげて」
急いで修復しないといけないような気がしていたので、お姉ちゃんの言葉は少し意外だったけれど、有本さんの立場になって考えてみるとすぅっと染み込んできた。確かにあまりにも強い罪悪感があったら、行動を起こすことにしばらく消極的になってしまうものかもしれない。
もうひとつ、気になることを尋ねた。
「有本さんがわたしを好きなんだと思っていたって、お姉ちゃんは有本さんに言ったんだよね? あれ、どういうこと?」
わたしにそれを伝えたときに、有本さんの顔が紅潮していたことを思い出す。あれにはどういう意味があったのだろう。照れていたのだったら嬉しいけれど、不本意だったとか、怒っていたとかいう理由だったらイヤだな。
「そのままの意味よ。初めて三人で会ったときにそう感じたの。私、そういうことは結構敏感なのよ。有本さんが想子を慈しむような目で見ていたから、ピンと来たの」
「慈しむ?」
今まであまり馴染みのなかった単語に、一瞬面食らう。
「それって出来の悪い生徒を見る先生の目とは違うの? 出来の悪い子ほど、何というか、かわいいと思っちゃうような」
「かわいい」というところで、ちょっと舌を噛みそうになってしまった。
「そうだったとしても、そういうことも含めて慈しんでるのよ。ただ……想子の言う通り、指導者としての気持ちのほうが強すぎて、まだうまく恋心に気づけていないってことはあるかもしれないわね」
「そうかなぁ」
嬉しかったけれど、同時に疑問もあった。
わたしなんかの、どこがよかったのだろう。
そう言うと、お姉ちゃんは「私から話すのも野暮よ。落ち着いたら有本さんに聞いてみて」と弾むような声で答えた。
ともあれ、「ゆっくり受け止めてあげる」、それが今、できることだとわかった。わたしは有本さんに会ったときに、そっと微笑んだり、話すときもなるべく当たり障りのない話題を選ぶようにした。
一方で、平野井さんからピラティスを習ったり、池部さんから料理と栄養に関したことを学び始めた。
今までのわたしは、有本さんに依存気味だったと反省したから。
「きれいになりたい」と思うこと自体は間違っていない。でも、誰かのためにきれいになることの脆さを、いやというほど知った。
今度は自分のため――自分が自分として自信を持てるためにきれいになりたい。自信の欠如は、正しい判断力を、健全な自尊心を、そして進むべき道を見失わせる。
進むべき道を進んでいれば、きっと、出会うべき人と出会える。そんな自分をきれいだと思ってくれる人に。
それが有本さんだったら、嬉しいと思う。
それから数日後、有本さんに声を掛けられた。
「一緒に……水族館に行かない?」
「言えてよかった」
想子ちゃんに話しかけた俺は、また赤くなっていた。自分でわかる。
あのときと同じだ。
――お姉ちゃんは、俺が想子ちゃんのことを好きなんだと思っていたんだって。そう話したときと同じ。
俺は照れていた。これってまるで告白しているみたいだよな。
華やかな職業に就いているけれど、いや、華やかな職業に就いているからこそ、堅実であらねばと俺は常々考えている。きらびやかな環境に溺れて我を見失い、自分や他人を傷つけたり、誰かや何かに食い物にされたりする人たちを、いやというほど見てきた。
恋愛に関してももちろんそうだ。俺は女性に気持ちを簡単に伝えるようなことはしない。その気持ちが一時のものではないか、その恋愛で自分が本当に誠実でいられるか、よくよく考えてからではないと絶対に口にしない。
だから、要するに、こういう場面に慣れていないのだ。
俺は瞳子さんから指摘されたとき、初めて自分の気持ちを強く自覚した。それまでは「ちょっと気になる存在」兼「生徒」というぐらいに思っていた。より正確にいえば、思おうとしていた。
想子ちゃんの気持ちに気づいて、少し距離を取ろうと思ったときに、「好きになり始めているのかもしれない」とは思ったが、掟がある以上は苦しくなるばかりだから、しいてあまり深く考えないようにしていた。
今考えれば、瞳子さんの相談に乗ったのは、そんな気持ちを紛らわしたかったという理由もあったと思う。……結果的に想子ちゃんをひどく傷つけてしまったけれど。
自分のことを卑屈だと卑下するものの、だからといっていじけたりせず素直に努力し、実際にきれいになっている想子ちゃんのことを、俺は少しずつ好きになっていたのだ。
あの日、ストーカーまがいの行為をされたときは、正直いうと冷めかけた。でも冷静になって、自分だって悪いことをしたのだと考えると、想子ちゃんばかりを責める気にはなれず、複雑だった。俺だって、追い詰められればどんな行動をするかわからない。
その後、想子ちゃんがきちんと瞳子さんと話をしてきたと聞いて、思いは今まで以上に強くなった。勇気のある、強い女の子だと思った。
ちゃんと話したい。距離を元に戻したい。
掟のことがあるから近づきすぎるわけにはいかないけれど、せめて前と同じぐらいには。
だが、余計に意識してしまったせいもあって、うまく話せなくなってしまった。自分に意外なほど繊細なところがあるのを、初めて知った。
そんな俺とはうらはらに、想子ちゃんはいつも穏やかに微笑んでいた。
これってひょっとして俺の空回りなのかな、そんなふうにさえ思ってしまいそうな、穏やかな微笑。見るたびに少しずつ肩の力が抜けていく気がした。
「一緒に……水族館に行かない?」
そう話しかけるまでに、ずいぶん時間を必要としてしまった。でも……言えてよかった。
「名前で呼んで」
チケットは、福生さんが用意してくれたものだということだった。
冷たいように見えて、じつはとても優しい、面倒見のいい人だ。福生さんのイメージは最初に道場に来た頃と比べてだいぶ変わっていた。
「もらったものだけど、俺もちゃんと想子ちゃんと話したかったんだ。だから……」
そのときの赤い顔は照れているからだとわかった。気持ちに余裕があったせいかもしれない。
「その……約束を破って本当にごめん。これでまた元通りの俺たちに戻りたいな、って」
「嬉しいです。ぜひ」
自分にできる最高の笑顔で答えた。
出かける前に、有本さんはひとつ提案をした。
距離を元に戻すために、お互いの呼び方を出かける間だけ変えよう、と。
「今だけ想子って呼んでいいかな。俺のことも名前で呼んで。あと敬語も禁止」
「悠……さんで……いい?」
「うん、悠でいいよ」
といっても呼び捨てではどうしてもうまく呼べなくて、結局「悠さん」に落ち着いた。
水族館は電車で一時間ほどの郊外にあった。二人とも平日休める仕事なので、混んでいるであろう休日は避けてウィークデイの真ん中を選んだ。
入ってすぐ、水槽が両側から迫る通路が伸びていた。熱帯の鮮やかな魚たちが出迎えてくれる。
「わぁ、きれい」
水槽を覗き込むと、有本さん……悠さんと肩がぶつかった。
「ご、ごめん」
「いえっ……」
慌てて体を離す。些細なことなのに、しばらく胸がドキドキしていた。
「ここ、見どころのひとつみたいだよ」
大きなドアの前で、悠さんはパンフレットを見せてくれる。向こうには巨大な水槽が周囲を囲む部屋があるらしい。

「わ、あ……」
入った途端、わたしたちは言葉を失った。壁だけでなく、天井も水槽になっていた。
まるで海中に沈み込んだように、世界が青い。その中をさまざまな海の生き物たちが、思い思いに回遊している。
水槽の水を透かして上から自然光が落ちてくる。水の揺らぎが床に照らし出されて、二人で水の中にいるようだった。
「すごいなぁ、自然って……」
人間の手でつくられたものだとわかっていても、そう感じざるを得ない。
(自然の前じゃ、わたしの悩みなんてちっぽけなものなのかも)
部屋を出ると、心が妙に晴れ晴れとしていた。何が解決したわけでもないけれど、自然という違う角度から自分を見直せたことがいい気分転換になったのだろう。
(悠さんとこれからどうなるかわからないけど、わたしはわたしにできることを精一杯やっていこう。精一杯生きていた、あの生き物たちみたいに)
「想子、ちょっと表情が明るくなった」
悠さんの手が、頬に伸びてくる。が、彼ははっとして動きを止めた。
ごめん、とその目が語っている。
彼の手は、それまでも何度もしてくれたように、わたしの頭をぽんぽんと撫でた。
そのとき、軽やかな女性の声で館内放送が流れた。屋外のプールでイルカのショーが始まるそうだ。
「行ってみよう」
気まずさを払拭しようとするような悠さんの明るい声に、わたしはうなずいた。
平日で空いていたので、ショーではいちばん前の席に座ることができた。できたというか、スタッフに強引に薦められたのだ。とはいえ、悠さんのほうはだいぶ乗り気だった。
「せっかくなら間近で見たいじゃん!」
まるで子供みたい。
ショーが始まると、イルカたちは何度も豪快なジャンプを見せてくれた。
最後のほうでひときわ大きなジャンプをすると、水が大きく跳ね上がった。
「わっ、水しぶきだ!!」
悠さんは咄嗟にわたしを抱きしめた。
「わたし、今、抱きしめられてる」
濡れないようにかばってくれたのだとはわかっている。
でも、胸がドキドキして仕方がなかった。
わたし、今、悠さんに……抱きしめられてる。
「もう、大丈夫だよ……」
そう言っても、悠さんはなかなか離れない。
鼻が髪に触れたのが感触でわかった。
「いい香り……もう少しこのままでいたいな」
今日はナデテのピンクグレープフルーツをつけていた。ナデテは悠さんにマスカットをおすすめされて以来、自分でも集めるようになった。ピンクグレープフルーツは爽やかさの中にも甘さのある柑橘系の香りで、すぐにお気に入りになった。
何も言えない。
わたしたちには掟がある。こんなことをしていてはいけないはずなのに、体を動かせない。
悠さんの鼓動が伝わってきた。服ごしじゃなくて、肌に直接耳をつけたらもっと大きな音で聞こえるのかなと考えて、こんなときだというのに一人で照れる。
やがて悠さんが体をゆっくりと離した。
「ごめん、掟はちゃんと守らないとね。けじめはつけないと」
寂しそうに笑う。わたしも笑ってうなずいた。
ショーの帰りに風船をもらったけれど、わたしは早々にうっかり手放してしまった。
抱きしめられて、まだ緊張していたせいだ。
「あぁ、せっかくの思い出が……」
空に吸い込まれていく風船をしょんぼり見上げていると、悠さんにまた頭を撫でられた。
「思い出になるものなら俺が買ってあげるよ。どうせならお揃いのものを買おう」
お揃い! その響きに気持ちが浮き立つ。
さっきからわたしはワクワク、ドキドキしっぱなしだ。こんなに心が動いたのはどのぐらいぶりだろう。長い間忘れていた感覚だった。
水族館を出る前に、出口近くにある売店に寄った。
「どれがいいかなぁ」
二人で店内をうろうろする。が、長く迷うことはなかった。
「これがいい!」
わたしたちは同時に同じものを指した。
イルカのストラップだ。今日のショーに出ていたイルカを模したもの。
買ってもらったことも、気が合ったことも嬉しくて、わたしは包みをバッグに入れずずっと手に持っていた。
水族館を出ると日が暮れかけていた。
駅に向かう道に、二人の影が長く伸びている。
わたしたちはどちらからともなく、影で手をつなぎあった。
ここを反対側に向かって歩いていた今朝はまだあった、二人の間の壁は、いつしか消えていた。
「あのときさ……」
悠さんが静かに語り出した。まるで影同士で手をつないだことがスイッチになったように。
「想子ちゃんが俺と瞳子さんのところに来たとき、俺、また女性を不幸にしてしまったと思ったんだ」
「あのときは、そうだったかも」
少し考えて、わたしは返す。
「でも今は、そのおかげで強くなれた。お姉ちゃんを傷つけてしまったけれど、それを通してお互い言いたいことが言えるようになった。悪いことはそのままにしておいたら悪いことのままだけど、そこから学んで、成長の糧にしようと思えば、それまでよりもずっと素敵な未来を運んできてくれるんだってわかったの」
悠さんは驚いたような顔でわたしを見る。夕日が眩しいのか、目を少し細めていた。
「私、今、幸せだよ。でも、もっと幸せになりたい。今すぐは無理かもしれないけど、性格をもっと明るく変えて、もっと魅力的になれるように頑張る。だから、これからもご指導、よろしくお願いします」
最後だけは敬語にして、頭を下げる。
「俺も……想子ちゃんに大事なことを言いたいんだ」
しばらく呆然と何かを考えている様子だった悠さんが、ゆっくりと口を開いた。
「この気持ちに嘘はない」
「俺、想子ちゃんが大好きなんだ。卒業してからもずっと、一緒に前に進みたい」
思わず立ち止まってしまった。
まじまじと悠さんを見つめてしまう。悠さんの額に穴が開かないのが不思議なほどに。
……今、何て言いました?
声はまだ耳の中で反響しているのに、どうしても意味が掴めない。
いや、わかっているのだけれど……信じらない。
どこかで期待していた言葉。でも、まさか、現実になるなんて。夢で終わらなかったなんて。
「わたしなんかの……どこがいいの?」
すごく嬉しいのに、卑屈な物言いになってしまう。でもこのときのわたしは、そんなことで自己嫌悪する余裕さえなかった。
「想子ちゃん、『なんか』なんて言うの禁止」
悠さんは苦笑する。
彼はわたしを好きになった経緯を丁寧に説明してくれた上で、今日また改めてわたしに惹かれたのだと言ってくれた。
「この気持ちに嘘はない。俺に幻滅していなかったら……真剣に付き合ってほしい。もちろん卒業した後だけど」
涙が溢れ出す。ただ、うなずくことしかできなかった。
それからしばらくして、わたしは内野さんに食事に誘われた。
予約を取ってくれたのは、最近話題のフレンチレストランだった。「恋人と行きたいレストラン」としてランキング入りを果たした店だ。
予感があった。こんなところを選んだからには、内野さんはきっと何かを起こそうとしているんだという予感が。
店の中は確かにムードがあった。間接照明や流れる水を使った内装、キャンドルの炎……ドレスアップ推奨だとのことで、華やかに着飾った人々も非日常感という色どりを添えている。
内野さんが選んでくれたワインで、まずは乾杯をした。
食事が少しずつ運ばれてくる。
メインディッシュまでは、今まで通り仕事の話をした。紹介してくれた編集部でわたしのイラストが好評なので、自分も鼻が高いと言ってくれる。
やがてデザートが運ばれてくると、内野さんはちょっと姿勢を正した。
わたしをまっすぐに見据える。
「想子さん……今、好きな人とか、お付き合いしている人はいるんですか?」
「…………」
何と答えたらいいかわからず、黙ってしまう。
「もしいないのなら、僕と付き合ってくれませんか?」
「お姉ちゃんは?」
ほとんど反射的に尋ねてしまう。
「昔は……確かに気になっていました。でも今は……想子さんが気になって仕方がないんです」
「ごめんなさい」
即答した。あまり気を持たせなくなかった。こういうことは長引かせられるほうがつらいと、わたしは思っている。
「まだ微妙な関係ではあるんだけど、好きな人がいるんです。今はその人のことしか考えられません」
きっぱり答えると、「そうですか……」と内野さんは大きく息を吐いた。椅子の背もたれに体を預けて、力なく笑う。
「でも、内野さんがわたしのことをそう思って下さったのは嬉しいです。ありがとうございます」
内野さんは何か言おうとしたが、思い直したように口をつぐんだ。
こうしてわたしの、ひとつの恋は終わった。
さぁ、あとは卒業に向けて頑張るだけ。
でもわたしは、「ある教科」にずいぶん手こずることになる。
あらすじ
正光の計らいで裕は想子を水族館へ誘う。
2人の間にできていた壁は、そこで過ごしたひと時によりいつの間にか消え去り…