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官能小説 パラレル・ラブ ストーリーA 〜直紀編〜 シーズン2
「ときどき、目が合った」●西原ななみ
加藤さんはきっと怒っているだろうな……そう考えた私は、あえて加藤さんの近くには近づかないようにした。
今回のパーティは1対1で話すシステムはない。立食パーティで、近くにいる人に話しかけて会話する形式だ。加藤さんが私に対して何か思っているのなら、あちらのほうから来てくれるだろう。
もしそうなったら、改めてきちんと謝ろう。怒っているかもしれない人をむやみに刺激するよりは、しばらくは様子を見るほうがいいだろうと私は判断した。
近くにいる人とどんどん喋って下さい!と、ことあるごとにスタッフがハッパをかけてきた。ひとりぼっちになっている人にはスタッフが気を使って、別のひとりの人を紹介する。私も何度か、スタッフに男性を紹介された。正直気おされたけど、婚活って要するにライトなお見合いみたいなものだから、こういう「お節介」は正しいのだろう。
だけど、誰と、どんな内容の会話をしていても、私は話に集中できなかった。加藤さんが何をしているのか、どんな女性と話しているのか気になってしまう。当然、相手の男性との話は今ひとつ盛り上がらず、私はいろんな男性に紹介されては少し話し、また紹介されては少し話しということを何度か繰り返した。
加藤さんも同じような感じだった。いろんな女性と話してはいるのだけど、ひとりの人と長続きはしていないようだ。
私が加藤さんのほうを気にしているからだろうか、ときどき、目が合った。そのたびに私たちは、何かしてはいけないことをしてしまったかのように慌てて視線を逸らした。加藤さんのほうはひょっとして、短期間で二度も婚活パーティに来たことを照れているのかもしれない。
それにしても、加藤さんはどうしてひとりの人と話が続かないでいるのだろう。人のことをいえた義理じゃないけど、私には一応理由がある。
(ひょっとして気むずしい人なのかな。女性が引いちゃうような……)
ぶっきらぼうな加藤さんなら、あり得る気がした。
そのうちに私は疲れを覚えてきた。社会人経験がもうすぐ10年にもなれば、見知らぬ人とのコミュニケーションがまったくの苦手ということはないけれど、不特定多数と立て続けに喋るのはやはりキツイものがある。
(少しどこかに座りたいな……)

ふと横を見ると、端のほうに椅子が置いてあった。吸い寄せられるようにふらふらとそちらに進む。
小さく溜息をついて座ると、少し離れた隣の椅子から同じような溜息が聞こえた。
「ん?」
「え?」
思わずそちらを見ると、加藤さんだった。まわりを見る余裕がなかったから、気づかなかった。 私たちは見つめ合って、ぽかんとした。
「出会いなんて 求めていない」●西原ななみ
私たちの間の空気が緊張を帯びた。加藤さんの顔がこわばっている。
だが、一瞬ののち……私たちは、噴き出してしまった。
「なんか照れくさくて避けてたんだけど……あんたとはどうしても話さなきゃいけないらしい。腐れ縁ってやつかな」
照れくさいと言っているわりには、加藤さんの笑顔には屈託がなかった。 思いがけないほど無邪気で、私は笑いながらも少しどきりとしてしまった。
「また会えるとは思わなかったよ。この間の怪我はどう? って、ここに来られるぐらいだから、もう完治したのか」
「完治まではいっていませんけど、普通に生活する分には問題ないです。本当にありがとうございました」
私は頭を下げた。
「大したことじゃないよ、あんなの」
加藤さんは今度は苦笑する。 一度思いきり笑ったせいだろうか、それとも二度目ゆえの気安さだろうか。 加藤さんの表情や動作は前よりもいくぶんか柔らかいものになっていた。 その様子に背中を押された。
「あの……本当にすみませんでした」
私はもう一段深く頭を下げた。
「だから大丈夫だって」
「そうじゃなくて……あの日、私のせいでせっかくのパーティに行けなかったから。もしかしたらいい出会いがあったかもしれないのに」
加藤さんはきょとんとした。そんなこと、考えもしなかったという顔だ。
少し間を置いて、「あぁ」と返事のような溜息のような声を出した。
「じゃあ俺は、あんたにも今ここにいるみんなにもあやまらないといけないかもしれない。俺は……」
加藤さんは少し迷う。しかし、口にすることを決心したようだった。
「いい出会いなんて求めていないんだ。俺は結婚するつもりもないのに参加している。あのときも今日も。だから、あんたも含めたここにいるみんなの気持ちに水を差しているようなものだよな」
今度は私がきょとんとする番だった。
結婚する気がないのに婚活パーティに来ている? それ、どういうこと?
加藤さんは自分でも筋の通らない話をしていると自覚していたのだろう。さらに説明してくれる。
「俺は今は仕事が楽しくて、まだ結婚は考えられないんだけど、親がそれじゃ納得しなくてさ。 とりあえずポーズだけでもしておいて、その上でやっぱり無理でしたってことにすれば、あきらめてくれるかなと思って」
頭の中に、ついさっき、いろんな女性と話してはすぐに切り上げていた加藤さんの姿が浮かび上がる。
「それで、あまりひとりの人と長く喋らなかったんですか。仲良くなりすぎないように」
「ん、まぁ、そうだな。……ん?」
なんで知っているんだ?という顔をされて、私は慌てる。
「あ、いえっ……、機会があったらちゃんと謝りたくて……その、見ていたものですから……」
そうか、と加藤さんは小さくうなずいた。
「二人で 抜け出した」●西原ななみ
本来なら私は怒るべきだったのかもしれない。 真面目に結婚相手を探す気もない人が、親を安心させるなんていう自分勝手すぎる目的で茶化しに来ないでよ! と……。
だけどほんの少しの怒りすら湧いてこなかったのは、私が婚活というシステムを受け入れきれていなかったからだろう。
「私も……こういうパーティで相手を見つけたいとは、あまり強く思えないんです」
加藤さんはわずかに首を傾げた。その目が「どういうこと?」と尋ねている。
「結婚願望自体はあるんです。でもどうしても婚活に慣れられないというか……始めたばっかりだから当たり前かもしれませんけど……やっぱり結婚する人とは、もう少し自然に出会いたいというか……」
そこまでは言ったが、言葉が続かなかった。自分でもまだうまく言葉にできない。
「ふぅん、俺は婚活パーティってよくできてると思うけどね。 どんな出会いでも出会いには変わりないし、結婚願望がある以上はお互いいつかは確認しなきゃいけないことを最初からクリアにするのは悪いことじゃないと思うよ。 年収とか、結婚後の働き方の願望とかさ。最終的には絶対に向き合わなきゃいけないことなんだから」
加藤さんの言葉に、私はパーティが始まる前に書いたインフォメーションシートの内容を思い出す。確かにあれを見れば、相手の生活スタイルや結婚観はすぐにわかる。
便利だけど、私にはそれがいいことなのか悪いことなのかわからない。
それにしても意外だった。加藤さんが婚活パーティ擁護派だなんて。結婚願望がないだけで、婚活パーティ自体は否定的というわけじゃないんだ。
加藤さんは少し黙りこんだ。やがて、
「……あのさ、ちょっと外に出る?」
「ふぇっ?」
突然の提案に、変な声を出してしまった。
「俺とかあんたみたいな考え方でここにいるのは、ここにいる、真面目に出会いを求めている人たちに失礼だと思うんだ。一度、頭を冷やそう」
いわれてみれば確かにそうだ。そう考え始めると、少しでも早く出て行かなくてはという気になってきた。 私たちは二人で会場を抜け出した。 会場から少し離れたところにある喫茶店で、私たちは少しお茶をすることにした。
お互いが主張したことを考えれば、私たちは会場を出てすぐに別れるのが正しかった。 だけど私と加藤さんの間には妙な連帯感のようなものが芽生えてしまって、少なくとも私は何となく立ち去りづらかった。 加藤さんも同じように思ってくれたようで、それで私たちは矛盾した行動をとった。
喫茶店に入った加藤さんは、会場にいたときよりもいきいきして見えた。私もつられて気分がほぐれる。
「加藤さんはトレーニングか何かしているんですか?」
ふと、そんな問いが口から出た。前から聞きたかったことだけれど、落ち着いた今、改めて疑問に感じた。
「え? あぁ……この体つきか……」
加藤さんは笑って、自分の二の腕をぽんぽんと叩いてみせた。
「特に何もしていないよ。引っ越し屋の仕事をしているから、自然についたんだ」
「口説いている みたいじゃないか」●加藤直紀
「引っ越し屋さんなんですか!?」
彼女……西原さんの声が弾んだので、俺は少しびっくりした。「そう、だけど……何?」
「私、引っ越し屋さんって憧れの職業のひとつなんです」
目が輝いている。どうやらお世辞で言っているわけではなさそうだ。
「へぇ、どうして?」
「私、小さい頃、親の仕事の都合で引っ越しばかりしていたんです。友達と別れるのがいやで、引っ越しになるといつも泣いていたんですけど、そのたびに引っ越し屋さんが慰めてくれて……。肩車をしてくれたり、頭を撫でて勇気づけてくれたり。わざわざ『がんばれ』って内容の手紙を書いてくれた人もいました。だから『力持ちには優しい人が多い』って、今でも思ってます」
その気持ち、わかるなぁと思いながら話を聞いていた。西原さんの気持ちじゃなくて、引っ越し屋たちの気持ちだ。
引っ越し屋をしていると、親の転勤で転校を余儀なくされる子供によく会う。彼らの世界は大人に比べてひどく脆くて揺らぎやすい。引っ越しはそれをさらに揺さぶる、彼らにとっての大事件だ。泣いている子も、すっかり不安定になっている子も、逆に無理をして笑っている子もいる。そういう子たちを見ると、大事件に立ち合った身としては、些細でもいいからエールを送りたくなる。大丈夫だよ、君なら新しい場所でもこれまでみたいに楽しく生きていけるよ、と。
「私、自分に子供が生まれたら、あの引っ越し屋さんたちみたいな優しい人に育ってくれればいいなってずっと思ってました」
うっとり語る西原さんに、つい噴き出してしまった。
「笑わないで下さいよー。何かおかしいですか?」

ぷくっと頬を膨らませる。木の実を頬袋に入れたリスみたいだ。
「いや、ずいぶん先のことまで考えてるんだなと思って。そういう彼氏とか旦那がほしいって考えるほうが現実的じゃない?」
そこまで言って、はっと口をつぐむ。
……まるで口説いているみたいじゃないか。
西原さんは気づかなかったようで、首を傾げている。うーむ、意外とボケているところがあるようだ。 それにしても、世の中にはこんなふうに引っ越し屋の仕事のことを捉えてくれる人もいるんだな。 俺は引っ越し屋の仕事が好きだ。だからこの仕事のことを好きだといってもらえると、本当に嬉しい。
じつは俺は、元彼女に本社勤務の内勤から現場に移動したことでフラれていた。
理由ははっきりと口にしなかったが、やっぱりフツーのサラリーマンの彼女でいたかったのだろうというのはひしひしと感じた。
俺たちは俺の仕事以外にも、お互いのことをいろいろ話した。西原さんの仕事のこと、学生生活のこと、友人のこと、家族のこと……。
西原さんはITソフトウェア会社で経理の仕事をしているらしい。滑り出しがよかったせいか、口下手の自覚がある俺だが、気がつけばずいぶんすらすらと喋っていた。
「申し訳ございません、そろそろ閉店のお時間ですが……」
喫茶店の店員が話しかけてくるまで、ずいぶん時間が経っていたことに気づかなかった。 話し足りないということで意見が一致して、俺たちは後日もう一度会うことにした。
「後悔しないほうを 選びたい」●西原ななみ
<今日はどうもありがとう。足、無理しないようにして下さい>
翌日の夜から、私は加藤さんからのメールを開いては溜息をつくようになった。
私はたぶん、加藤さんに惹かれている……と思う。まだたった2回しか会ったことのない人だけど、恋愛なんて一目惚れから始まることだってある。
話すことが得意なわけでもない私が、気負うこともなく楽しく話せた。これってちょっとした奇跡かもしれない。
婚活パーティで知り合った人というのがまだ少し引っかかるけど、厳密にいえばパーティがきっかけということでもない気がする。それに加藤さんのいう通り、婚活パーティでの出会いだって立派な出会いだ。私もそろそろ考え方を変えたほうがいいのかもしれない。
話がズレてしまったけれど、私が溜息をついていた理由、それは加藤さんがパーティの会場で語ったことにあった。
――俺は今は仕事が楽しくて、まだ結婚は考えられないんだけど……
加藤さんには、結婚願望がない。
私だけが一人で浮かれていて、結局最後はすれ違い、なんてことになるんじゃないだろうか。
(このまま進んでしまって……加藤さんのことをもっと好きになってしまっていいのかな)
不安だった。
その夜、私は手鏡を手にした。パラレルな世界に住む、もう一人の私に相談に乗ってほしかったからだ。
何度か鏡に向かって呼びかけると、私が向こうから鏡を覗きこんだ。私たちはこんなふうにして、すでに何度も会話をした。話の内容は主にお互いの婚活の進み具合について。パラレルワールドなんて非現実的な状況に直面しながら、婚活なんて現実的きわまりないことを話すなんて、不思議という気持ちを超えて笑い出したくなる。
「カミサマは世界が不安定になっているから、突然消えるかもしれないって言っていたよね」
もうひとりの私が鏡の向こうで睫毛を伏せる。
「私は……とりあえず進んだほうがいいと思う。世界がいつ消えても後悔しないように」
世界が消えたとき、私はそれを認識できるんだろうか。認識できないんだったら、後悔もありえない。 だけど、もしそうだったとしても、やっぱり「後悔しないほう」の選択肢を選びたいと思った。
数日後、加藤さんからメールが届いた。
せっかくだからただ会ってお茶や食事をするだけでなく、どこか行かないかと誘ってくれた。
メールの中で、「例えば……」といくつか候補を挙げている。
⇒【次回】パラレル・ラブ ストーリーA 〜直紀編〜 シーズン3