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官能小説 パラレル・ラブ ストーリーA 〜直紀編〜 シーズン8


「これからもずっと 信じていける」●加藤直紀

俺は母親に電話して、突然ななみと会いたいだなんて、いったいユリから何を吹きこまれたのかと尋ねてみた。


だが母親は何も答えなかった。ただ、話を聞いて会ってみたくなっただけだという。そんなわけはないと思いつつも、しかし、それ以上は追及できなかった。

「それにしても、直紀はてっきり、何だかんだ言ってユリちゃんとくっつくんだと思ってたけどね。そうなってくれれば親としても嬉しかったし」

「親には感謝してるけど、だからといって親の好みや都合で生きてるわけじゃないよ、俺は」

「わかってるわよ、そんなこと。べつに強制してるわけじゃないでしょ。それより、その娘さん……大丈夫なの? 何か弱みでも握られてるんじゃない?」


やっぱりだ。ユリはななみのことを、何か悪く言っている。俺はあからさまに不機嫌な声を出した。

「冗談もほどほどにしてくれ。なんでそんなふうに思うんだよ」

「だって、自分には結婚願望はないってずっと言ってたじゃない。急にこんな話を聞いたら、逆に不安になるわよ」

「だから俺は結婚願望がなかったわけじゃなくて……」

「まぁいいわ。とにかく一度会わせてちょうだい」


結局、こんなふうに話は進んでいった。

当日、ななみはいつも指名している美容師に相談したという服装とメイクでやってきた。派手ではないが品があって、清楚な中にも華がある。俺はななみの心遣いに感謝し、こんな日にぴったりのアドバイスをしてくれた美容師に心の中でお礼をいった。

「あの……直紀さん」


車に乗りこむと、すぐにななみが声をかけてきた。

「こんなタイミングでいうのは変かもしれないけど、私、直紀さんのプロポーズをお受けします」

抱き合う男女

最初は小さかった声が、だんだん大きく、はっきりしたものになっていく。ななみはまっすぐに俺を見つめていた。

「ご両親にお会いするのに、中途半端な気持ちでは行けない。だからもう一度よく考えたの。直紀さんが今までしてくれたことや言ってくれたことを思い返して……」

俺はごくりと唾を飲みこむ。結論はわかっているはずの話なのに、ななみの口から次に何が飛び出すのか、まだ不安があった。

「この人だったら、もう迷うことはないと思えた。直紀さんは自分の気持ちをはっきり口にしながらも、いつも私の気持ちをちゃんと尊重してくれる。直紀さんだったら私、これからもずっと信じていける」


ななみがすべて言い終わるや否や、俺はななみを抱きしめた。運転席と助手席という距離があったから、「人」という字みたいな変な体勢になったけど、そうせずにはいられなかった。今すぐにでも車から連れ出して、どこか二人きりになれるところでもっと思う存分抱きしめて、キスして、押し倒してしまいたかった。

「ありがとう。やっぱり俺にはななみしかいない」


声がかすれたが、気にしない、いや、できなかった。


しばらく、ななみの肩の形と熱を感じていた。後になってこの瞬間のことを思い出すときが来たら、きっとこの肩の感触も一緒によみがえるんだろう。

「直紀さん、時間が……」


腕の中からななみが遠慮がちに呟く。俺は好きな相手に対してはよくいえば情熱的、ありていにいえばすぐに熱くなって、周囲が見えなくなってしまう。

ななみをそっと離し、額にキスをした。とにかく今は、今するべきことをしよう。

「無理しなくていいから、いつものななみでいて」


顔を覗きこむ。うなずいたななみの瞳に、揺らぎはなかった。

「この人と幸せに なりたい」●直紀の母

ユリちゃんによると、直紀の相手はずいぶん押しの強い女性のようだった。直紀もその押しに負けて、付き合い始めたのではないかということだ。


それ自体はべつに悪口ではないが、そんなふうに伝えられれば、息子の結婚についてやきもきする親なら会って、どんな相手か見定めたくもなる。

それに「押し」と一口にいっても、いろんな種類がある。直紀と電話していたときに一瞬不安としてよぎった、弱みを握られた上での「押し」だったら……なんてことも考えてしまう。


待ち合わせ場所のホテルのカフェには、息子たちのほうが早く着いていた。


私たちが入ってきたのを見ると、二人はほとんど同時に立った。女性のほうだけ、軽く頭を下げる。遠目で見ても緊張しているとわかる物腰や、清楚な雰囲気の服装は、私が思い描いていた「積極的な女性」像とはだいぶ違っていた。


私と夫が席に着くと、ウェイトレスが水を持ってきてくれた。メニューを開き、コーヒーを2つ注文する。息子たちも同じタイミングで注文した。待っていてくれたようだ。

夫と直紀は仕事場でたまに顔を合わせるせいか、挨拶らしい挨拶もしない。私のほうは直紀に会うのはかれこれ半年ぶりだった。わずか半年の間に顔だちが引き締まったように見える。

「はじめまして、加藤直紀の父と母です」


こういうときには口下手な夫に代わり、私が自己紹介をする。

女性が挨拶をしようとすると、直紀がそれを制した。

「こちらは西原ななみさん。結婚を前提にお付き合いしているんだ」

直紀は堂々としていた。目配せこそしなかったけれど、私も夫も考えていることは同じだっただろう。あれほど結婚を面倒がっていた直紀に、いったい何があったのだと。


この女性は、どんな人なんだろう。頑固な直紀の意見が半年で変わってしまうなんて、どんな魅力があるというのだろう。いや、もしかしたら魔力かも……。

「はじめまして。直紀さんとお付き合いをさせていただいております、西原ななみです」


直紀の紹介が終わると、西原さんは少し震えた声で言って、私たちよりも数段深く頭を下げた。

「これ、お菓子なんですけど、もしお口に合えば……」

平たい菓子折りを、テーブルの上を滑らせて差し出してくる。私はお礼を言って、ありがたく受け取った。

コーヒーが運ばれてきた。私たちが口をつけたのを確認してから、西原さんも飲み始める。


直紀が口を開いた。

「俺さ、今までは結婚とか考えていなかったけれど、ななみに出会って、この人と幸せになりたいって考えるようになったんだ。今回のユリの行動には正直驚いたけど、いつかはちゃんと紹介しようって思ってたよ」

「私もいい機会だと思いました。せっかくですから、直紀さんの子供時代のお話とか、伺いたいなって……」

西原さんはにこにこしながら、積極的に話しかけてきた。直紀のことだけでなく、私たちのことや、今日のお天気についてまで。

第一印象よりは、よく喋る人だった。


確かにユリちゃんのいう通り、押しが強いようにも見える。だけど、何だろう、この違和感は。


確かに表面だけ見れば、そう感じ取れなくもない。だけど西原さんは、無理にそうしているようだ。話題を探すのに苦労しているようでもあるし、ときどき声が震えていた。


ふと気づくと、テーブルの下で直紀がななみさんの手を包みこむように握っていた。西原さんは縋りつくように、直紀の手を握り返している。

(やっぱり……)


西原さんはべつに押しも気も強いわけではない。今は恋人の両親に少しでも気に入ってもらいたいと、頑張っているだけなのではないかしら。そういえばユリちゃんは昔から早とちりしがちなところがあった。もしかしたら何か勘違いしたのかもしれない。

「波乱万丈な人生に なるかもしれない」●西原ななみ

私は最初のうちこそご両親に頑張って話しかけていたけれど、そのうちにだんだんカラ回ったり、噛んでしまったりする回数が多くなっていった。やっぱり慣れないことはするべきではなかったのだろう。


直紀さんもことあるごとにリードしてくれようとしたけれど、私が普段とは違うペースで話そうとしているせいか、うまく噛み合わなかった。


今、ご両親の目には私たちはどんなふうに映っているのだろう。


無理をして笑っていたけれど、だんだん泣きたくなってきた。

「コーヒーのおかわりはいかがですか?」


ウェイトレスさんがやってきた。直紀さんのお父様が、「じゃあ」といって空になったカップを差し出す。


すかさず直紀さんが手を差し伸べて、それを止めた。みんなが一斉に直紀さんのほうを見る。

「今日はもう終わりにしないか」


直紀さんの提案に、ご両親が驚いた表情をする。直紀さんはウェイトレスさんに下がってもらうよう頼んだ。

「本当は、ななみは俺の両親に会う心の準備なんて全然できていなかった。じつは、結婚の話が進んだのもごく最近のことなんだ。そんな状況なのに、俺が無理をいって連れてきてしまった。だから今日はとりあえずこのぐらいにして、べつの機会に改めて挨拶をさせてくれないか。二人とも、もう少し落ち着いた気持ちになれる頃に……」


握っていた手に、少しだけ力をこめる。直紀さんの心遣いがうれしかった。

「二人がそれで納得するのなら、私たちは構わないよ。挨拶を二度もなんて聞いたことはないが、お前が変わっているのは昔から百も承知しているからな」


お父様は鷹揚だった。

「西原さん、直紀と付き合っていて大変でしょう。こいつは昔から変わったところがあってね」


お父様が話しかけてきてくれる。そういえば私は自分が話を切り出すことに一生懸命になって、お二人のタイミングのことを考えていなかった。

「いえ、大変だなんて思ってことはないです。でも、変わったところって、たとえばどんなところですか?」


直紀さんの気遣いで緊張が少しほぐれたせいか、ごく自然に質問が口をついた。

「昔から引っ越し屋の現場の仕事が好きでねぇ。家でも引っ越し屋ごっこばかりしていたんだ。今でも変わらなくて、少し困っているんだけどね」

「昔から憧れていたなんて、直紀さんらしいですね。そのお話を聞いてますます直紀さんを好きになりました。私、現場のお仕事ってとても素敵だと思っているんです」

「ほぅ、どうして?」


私は引っ越しを繰り返していた子供時代に、引っ越し屋さんに勇気づけられた思い出を語った。


話しながら、今の自分は無理に背伸びをしていないことに気づく。それでいいと思った。大きな会社の副社長さんなら、人を見抜く目も持っているはず。それならば取り繕って背伸びをするよりも、頼りないと思われてもありのままの自然体で素直に話をしたほうが、きっとよかったのだ。

「そうか、うちの会社の作業員にも聞かせたい話だね」

話はいつの間にかさっきより盛り上がっていた。

「じゃあ、そろそろ行こうか」


お父様がみんなを促す。気がつくと、結局二杯目も頼んだコーヒーが空になっていた。

「最後に質問していいかな」


バッグに手をかけた私に、お父様が声をかけた。

「何でしょう?」

「もし直紀と結婚するとしたら、将来的には副社長の妻ということになる。普通の会社員と結婚するのとは比べられない、波乱万丈な人生になるかもしれない。経営がうまくいっているときはいいが、業績が悪化すれば悲惨なことになる。それでもいいのかな」


その声はこれまでとは違い、低く、真剣味を帯びていた。

「私には これしかいえない」●西原ななみ

「私たちの業種は、今、決して景気がいいとはいえない。格安サービスも次々現れてきて、これからどうなっていくのか、ほかの役員や副社長の私でも読みきれない。最悪の事態だってあり得る。直紀と一緒になることが、茨の道の第一歩になるかしれない」


お父様は続けた。わざと大袈裟に話しているのだとは思わなかった。


考えていなかったわけじゃない。だけど、私はたぶん無意識に、それを形にしていなかった。


静かに息を吸いこむ。


形にならなかったのは、その問いを自分に向けて発するのが怖かったからじゃない。


答えがすでに出ていたからだ。

今、お父様がお話ししたことが、怖くないといえば嘘になる。でもそのために先に進むのをためらって、後悔したくない。守られることだけを望み、受け身でいるだけの人生からは脱しなければいけないと、私はこれまでの経験で学んだ。


私は答えを、固唾を飲んで答えを待つ人々に返した。

「顧客はちゃんと企業の姿勢を見ているんじゃないでしょうか。素人考えで甘いと思われるかもしれませんが、現場のことを第一に考える直紀さんが役員にいれば、会社がそう簡単に傾くことはないと思います。万が一それで傾いたとしても、直紀さんが現場のことをひたむきに考える限り、支えて、その信念を一緒に守っていきたいです。それが昔、孤独だった私を救ってくれた引っ越し屋のお兄さんに対するお礼にもなると思っています」


ご両親が私にどんな答えを期待していたのかはわからない。でもこれが、いつわりのない私の答えだった。私にはこれしかいえない。


お二人の視線が、私にまっすぐに注がれる。


不思議なことに、緊張はなかった。どの言葉をとっても、正直な、自分自身の言葉だったからだろう。


やがて、お父様の口から微笑が漏れた。それに呼応するように、お母様も穏やかに笑った。

「直紀には昔から困ったものだと思っていたが……困ったなりに価値観の合う女性がいるものだな」

「えぇ、直紀を理解してくれる、いいお嬢さんね。もったいないぐらい」


ありがとうとお二人は声を合わせ、私に頭を下げた。慌てて私も頭を下げる。

「直紀がなんだか前と変わったように思ったけど、ななみさんのおかげだったのね」


顔を上げたお母様が、直紀さんに向きなおる。

「俺のことをわかってくれた女性だから……俺はななみとこの先ずっと一緒にいたい、自分もななみのことを理解したい、そう思ったんだ。ななみのおかげで、俺は変わることができた」


直紀さんが胸を張ってくれたのが、うれしかった。

「もう欲しくて たまらない」●西原ななみ

こうして私と直紀さんの仲は、直紀さんのご両親の認めるものとなった。

「まったく困ったよ。結婚はいつにするんだ、式はどうするんだって、しつこく言うようになって。こっちはこっちのペースで進めているから、放っておいてくれよって伝えてるんだけど」

直紀さんはそんなふうに愚痴ったけれど、決していやそうな顔ではなかった。

「まずはななみの両親にもご挨拶に行かないとな」


そう、私たちにはもう「ひと仕事」残っている。

「もしもし、お母さん? 私だけど……じつはちょっと報告したいことがあって、ね」


私は家族と直紀さんを会わせるために、双方の予定を調整することにした。

その頃――、私たちには窺いしれなかったことではあったけれど、ユリさんもまた動いていた。

ユリさんは、要さんに接触していた。

そのことが私たちにどんな影響を及ぼすことになるのか、今の私たちにはまだ知るよしもなかった。


それはそうと……


これはまず、お話ししておかなければいけないこと。


直紀さんのご両親に会った日の夜、私と直紀さんはついに結ばれた。

「今度はユリに邪魔されないようにしないと、な」


直紀さんはそう言って、シティホテルの部屋をとってくれた。週末の夜、予約もなかったにも関わらず、部屋は運よく空いていた。レストランの予約はとれなかったので、食事はルームサービスを頼むことにする。


部屋に入るとすぐに、直紀さんに強く抱きしめられた。

「今日は、ありがとう」


耳元で囁かれる。直紀さんの心臓の鼓動がじかに伝わってくる。私は厚い胸に頬を寄せた。筋肉の弾力が心地いい。うっとりしてしまう。

「うぅん……私のほうこそ……」


ありがとう、と言おうとした唇を、熱い唇でふさがれる。とろけそうに熱い舌が入りこんできて、口の中をくるおしく愛でる。


「んんっ……」

肩をしっかり抱かれているので、身動きがとれない。苦しい。けれど甘美だった。


直紀さんが唇を離して、私を正面から見据えた。

「もう欲しくてたまらない……強引かもしれないけど、止められない」


その手が、ワンピースのファスナーに伸びた。


⇒【NEXT】引き寄せ合うように、私たちは唇を重ねた。(パラレル・ラブ ストーリーA 〜直紀編〜 シーズン9)

あらすじ

とうとう直紀の両親と対面するななみ。
自分がご両親にどう映っているのかを考え、緊張から泣きたくなってくる…

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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