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官能小説 パラレル・ラブ ストーリーA 〜直紀編〜 シーズン3
「気をつければ よかった」●西原ななみ
加藤さんは出かける場所の候補地として、水族館やスポーツ観戦などいくつか挙げてくれた。私はその中から、水族館を選んだ。ずうずうしいかなと思ったけど、行ってみたい水族館も挙げた。
<どうしてそこがいいの?>
<笑われちゃうかもしれないけど、マグロの回遊水槽があるんです。すごい迫力だって雑誌で見て、ずっと見たいと思っていたんです>

本当だった。前に雑誌で目にして以来興味があったのだけど、なかなかひとりでは行けずに今日まで来てしまった。
マグロを見たいだなんて、変な人だと引かれる不安もあった。
でも、好きなものは好きだといえるお付き合いをしたい。これは私の最初の勝負だった。
<面白い人だなぁ。でも、俺も見てみたくなった。俺だけだったら絶対そういう発想にならなかった。意見を聞いてみてよかったよ>
加藤さんはそんな返事をくれた。
翌週の休日、私たちは待ち合わせて車で水族館に向かった。
(うぅっ……寒い)
館内に入ってしばらく歩いていると、だんだん寒くなってきた。 もうすっかり暑かったからノースリーブのワンピースで来たのだけれど、館内は暗く、空調が冷たいぐらいに設定されていた。
(失敗したなぁ)
寒がりなほうではないだけに、自分のことを過信していた。
ふと隣の加藤さんを見ると、Tシャツの上に羽織った半袖のシャツを脱ごうとしている。
筋肉が多いから、こんな場所でも歩いていれば暑くなってくるんだろう。
少しうらやましい気持ちになりながら、鳥肌が立たないように肌の露出した部分をさする。
ふわっ、と肩に何か軽いものがかかる。
加藤さんが脱いだばかりのシャツだった。
「ごめん、気の利いたもんじゃないけど」
照れたように微笑む。
「寒そうだったからさ。女性は冷え性が多いもんな。俺も気をつければよかったよ」
「いえ、そんな……ありがとうございます」
私は頭を下げてお礼を口にしつつも、あらわになった加藤さんの逞しい二の腕から目を離せずにいた。
「前向きでいよう」●西原ななみ
館内を進んでいくと、やがてマグロの回遊水槽のあるスペースに辿り着いた。 360度をぐるりと水槽に囲まれ、まるで自分自身が広く、大きな海の底に沈んだような気分になる。
「すごい迫力だなぁ」
加藤さんが息を飲んだ。
「海は……どこまでもつながっているんですよね」
私は思わず呟いた。
「え?」
「海はつながっているから、離ればなれになってもいつかまた会える。昔、外国に行ってしまった、仲良しの子が言っていたんです。 ずっと忘れられない、私の大好きな言葉で……海の大きさを感じたかったから、この水槽をずっと見てみたかったんです」
「そういうことか」
加藤さんは笑いながら小さく息を吐くと、視線を水槽に戻した。
「あんた、引っ越しが多かったんだもんな。そういう言葉にはどうしても敏感になるんだろうな」
「そうかもしれません」
私はうなずく。水槽に貼りつかんばかりにして中を覗きこむ子供が、幼い頃の自分自身のような気がした。
最初は緊張していたけど、マグロの回遊水槽を見た後あたりから、気持ちがほぐれていった。
気持ちを受け止めてもらえたようで、うれしかったせいかもしれない。
珍しい魚をまじまじと眺めたり、サメの大きな口に驚いてみたり、気がつくと私はずいぶんはしゃいでいた。
「ははっ、かわいいところあるんだな」
その様子を加藤さんに茶化され、赤くなってしまう。
「褒めてるんだよ」
加藤さんは私の頭を大きな手で撫でた。どうしたらいいのかわからなくなって、うつむいた。
こんなとき、どうすればいいんだろう。
もし私にもっと恋愛経験があったら、とっさに上手な切り返しができたりしたのだろうか。
もう30歳だというのに、こんな状況で照れたり、困ったりしかできないのが少しいやになる。
そのとき、館内にアナウンスが流れた。
「皆さま、これより2時40分から、屋外特設プールにて、イルカとアシカのショーが始まります」
親子連れたちが「行こう、行こう」と声を合わせて、屋外への出口に向かう。
「俺たちも行ってみようか」
「……はい!」
加藤さんに明るい笑顔を向けられて、自己嫌悪を振り切った。今日は、前向きでいよう。
「息がかかって、耳が熱い」●西原ななみ
イルカショーの会場はすでに大勢の人で賑わっていた。それでも私たちは、立ち見ではあったけれど、かなり前の場所を確保することができた。加藤さんが要領よく人混みを抜けてくれたおかげだ。
ショーは観客の大半である子供たちも楽しめるようにとつくられていて、観客全員で掛け声をかけ合ったり、観客がインストラクターのクイズに答えたりするような場面もあった。私たちは回答者にこそならなかったけれど、かけ声は合図に合わせて声を揃えた。
「いーち、に、さーん!」
大きな声を出してから、目と目を合わせて笑う。
なんだか、うれしい。ひとりだったら照れて言えないけれど、加藤さんとこんなふうにするのは楽しい。
最後の最後でハプニングが起こった。
「きゃっ!」
イルカがクライマックスの大ジャンプを見せたとき、私たち側の観客に勢いよく水飛沫がかかったのだ。とはいえ、笑い飛ばせるぐらいの量で、私たちは髪や服を濡らしたまま、さっきより大きな声で笑い合った。
ショーが終わって屋内に戻ろうとすると、大混雑になった。
「あ、ちょっ……」
何度も加藤さんとはぐれそうになる。そのたびに彼は私の手を引いて、流されないようにしてくれた。
「埒が明かないな……このままじゃまた、あんたが転んじまうし」
「もうっ……」
怒る間もなかった。加藤さんは私を後ろ向きに壁に優しく押しつけた。そのまま私に覆いかぶさるような体勢になる。太い両腕を、私の頭の左右に突く。密着まではしていないが、体温や呼吸は感じ取れる。
「みんなが出て行くまでこのままやり過ごそう」
息がかかって、耳が熱い。「はい」と小さく答えた私の声が届いたかどうか、わからなかった。
屋内に戻ると、終わると加藤さんはお土産物売り場でタオルを買ってきてくれた。
それで髪と服を拭いていると、加藤さんが私の手からタオルを取って拭きなおしてくれた。
「わっ、だ、大丈夫です、自分で……」
「拭けてないからこうしてるんだよ。後ろのほう、まだ濡れてる」
言いながら早くも手を動かされてしまったので、私はなすがままになった。 加藤さんは続いて自分の体を拭こうとする。私はそのタオルを奪った。
「今度は私が拭きます」
「そう? ありがと」
加藤さんはあっさりしたものだ。屈んでくれたので、髪や肩を丁寧に拭いていく。
「ひゃはは……くすぐったい!」
「もう! 我慢してください!」
口では叱ったものの、ドキドキする。
(あ、マズイ)
黙っていると顔が赤くなってしまうので、何か話題を探す。
「昔、イルカみたいにみんなの人気者になりたいって思ってました」
「人気者かぁ」
加藤さんがふと、遠い目をする。
「俺は人気者じゃなくていいから、好きな人にだけ目一杯愛されたいな」
本気の返答が来るとは不意打ちだった。私は一瞬きょとんとしてから、
「子供の頃の話ですよ! 私だって……不特定多数のたくさんの人に愛されるより、たった一人の大事な人に愛されたいです」
言いながら、また顔がほてっていく。私はやっぱり加藤さんのことが好きかもしれない。
ふと仰ぐと、気のせいかもしれないけれど、加藤さんの頬も少し赤みを帯びているように見えた。
こういうの、デートっていっていいのかな。ドキドキして、でも楽しくて……ずっとこの時間が終わらなければいいのに。
また加藤さんに会いたい。一緒に時間を過ごしたい。
水族館を出て食事に入ったレストランで、私は加藤さんに思いきって尋ねた。
「加藤さんには、どうして結婚願望がないんですか?」
「下の名前で呼びたい」●加藤直紀
「前に言わなかったっけ? 今は仕事に集中したいから、結婚は考えられないんだ」
結婚を考えていない理由を尋ねられて、俺は答えた。
少し後悔した。いっとき楽しかったからといって、こんなふうに会うのはもしかしたら良くなかったかもしれない。
相手は結婚したくて、婚活パーティに来ていた女性だ。
「そういう目」で男を見るのは当たり前だろう。
「でも、仕事と結婚生活を両立させている人も多いですよね」
「俺にはタイムリミットがあるんだ」
「タイムリミット?」
西原さんが眉をひそめる。
「そう。俺はもともと内勤だったのが、無理をいって現場にまわしてもらったって話したよね。その期限が、3年なんだ。今年で1年だから、現場にいられるのはあと2年。その間はほかのことを考えたくないんだよ。あえて両立させたくないんだ。結婚自体がいやなわけじゃない」
料理が運ばれてきたが、西原さんも俺も手をつけない。大事な、ごまかしてはいけないことを話しているからだ。
「こんな状況じゃ、相手の女性にも悪いだろう。最初から『あなたのことは二の次です』って言っているようなものだから。 それでもいいっていう女性がいるなら、ありがたく結婚したいけどさ」
水を口に含みながら笑う。どうしても皮肉っぽい笑みになってしまうのは、我ながら都合のいいことを言うと思ったからだ。
「内勤には必ず戻らないといけないんですか?」
西原さんのほうがつらそうな顔になる。
「大好きなお仕事なのに……」
あぁ、この人はわかってくれているんだな、そう感じた。
すべて話したくなる。自分の素性を。どうして内勤に戻らないといけないのかを。
同僚の中でも一部の中のいい奴にしか話していないが、俺は会社の副社長の息子だ。 将来は社長の息子である従兄(いとこ)とともに会社を経営していくようにと、小さな頃から言い聞かされて育った。 俺も従兄もそれをいやがることもなく、むしろ誇らしいものとして成長した。 従兄は会社を経営して大きくすることに、俺は引っ越しという仕事で人に貢献することに興味があったからだ。
だからこそ、いつかは内勤に……中枢に戻らないといけない。 従兄はもう結婚して、子供も二人生まれた。親の七光りだと馬鹿にされない実績も重ねている。 俺も、早く同じ道を辿らなくてはいけない。
もう一口水を飲む。体にこもった熱が冷えていくような気がした。
(やっぱり、やめよう)
俺は思い返した。彼女だって、いきなりそんなことを打ち明けられても困るだろう。
「でもきっと、加藤さんは後悔しないで済むと思います。そんなに打ち込めることがあるなんて、何だか憧れちゃうな」
西原さんは少し寂しそうだった。だからこそ、嘘ではないのだろう。
俺たちは食事を始めた。
「西原さんはどんな仕事をしているの?」
沈黙が怖いのも、彼女に興味が湧いたのもあって聞いた。
「IT開発会社の経理です。友達には計算間違えそうっていわれるけど」
「実際には?」
「間違えないですよ! お金のことだから、もし間違えたら大変なことになるでしょう。いつも気を張っているから、仕事から離れるとぼんやりしちゃいますけどね」
「それで転んだりとか」
「そのことはもういいじゃないですか〜」
また、頬をぷくっと膨らませた。かわいい。
失礼ながら、四六時中ぼんやりしているタイプだと思っていた。
けれど、きちんとメリハリはついているようだ。ちょっと意外だった。
そしてその意外さは、俺にとっていやなものではなかった。
俺たちはほかに、俺がこれまで引っ越しでかかわった家族の話や、西原さんの幼いころの引っ越し経験の話で盛り上がった。
食事が終わって店を出ると、俺はある提案をした。
「いつまでも『あんた』なんて呼ぶのは、よくないよな。これからは……その、下の名前で呼びたいんだ。ななみさん、だったよな?」
結婚は、しばらくしない。そう思っていた。でも、彼女と一緒にいたら……これまで考えもしなかった道が開けそうな、そんな気がした。 一緒にいて、ほっとできる人だった。
(もし俺と彼女が、水族館で見た家族連れみたいになったら……)
一瞬だけど、そんな想像も浮かんだ。
「せっかく会えると思っていたのに」●西原ななみ
「これからも会いたいから、呼び方を変えたいんだ。ななみさんって呼んでいいかな。俺のことは直紀って呼んでほしい」
加藤さんに言われて、私は戸惑った。
(加藤さんには結婚願望がないのに……)
だけど、結婚自体がいやなわけではないという。そこに一抹の希望があるように思えた。
私たちは次に会う日を決めて、別れた。
家に帰ると、私はさっそくもう一人の私に今日の出来事を伝えた。
「あまり期待しすぎないほうがいいと思うんだけど……」
「立派な前進じゃない。消極的になっちゃだめだよ」
もう一人の私は、最初のパーティでパイロットの男性に助けられ、そこからやはりお付き合いとはまだいえない関係が始まったという。
「高木さんって変わった人ではあるけれど、私、少しずつ好きになっているんだよね。どうなるかわからないけれど、やれるだけのことはやりたい」
彼女はそう言って、穏やかに笑った。
(……ん?)
私は話しながら、違和感を覚えていた。
ほんのわずかではあるけれど、鏡の向こうに引っ張られるような感覚があった。
でもそれは会話が終わると、すぐに消えてしまった。
(気のせいだよね)
私は鏡を片付けて、ベッドに入った。
数日後。
直紀さんから届いたメールを読んだ私は、会社で声を出して驚いてしまった。
引っ越しの現場で怪我をしてしまい、入院したという。
<命に別状のあるようなことじゃなんだけど、骨にひびが入ってしまったから、出かけるのは延期にしてもらえないかな>
<当然ですっ! まずはしっかり怪我を治してください>
すぐにそう返事したが、寂しい気もした。せっかく会えると思っていたのに……。
私は休み時間に再びスマホを取り出した。
<ご迷惑じゃなければ、お見舞いに行きたいです。病院を教えてもらっていいですか?>
2回目のお出かけをする予定だった日、私は直紀さんが入院している病院に行った。
都内の、なかなか立派な病院だ。受付でお見舞いに来たと告げ、病室に向かう。
エレベーターを降りて、花束を抱えなおしながら廊下を進んだ。
直紀さんの病室は突きあたりにあった。ドアが開け放されている。
(あれ?)
中にはすでに誰かいるようだった。個室だというから、知り合いだろう。
邪魔をしてはいけないと思い、私は外で少し様子を見てみることにした。
あらすじ
加藤と出掛けることになったななみ。
加藤が挙げてくれた候補の中から、水族館に行くことに。
休日、待ち合わせをして水族館を訪れた二人は…